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CD/DVD DisksNo. 244

#1540 『謝明諺 / 上善若水 As Good As Water』

Text and photo by Akira Saito 齊藤聡

Hsieh Min Yen HMY004

Minyen Hsieh 謝明諺 (ts, ss, didgeridoo, pipe, penny whistle)
Shih-Yang Lee 李世揚 (p)
Sabu Toyozumi 豊住芳三郎 (ds, perc, erhu)

1. 眾妙之門 The Secret of Being
2. 驚蟄 Awaken
3. 棲硯之白 The White Lives In Inkstone
4. 穀神 Ceres
5. 古池や – 蛙飛び込む – 水の音 I The Old Pond-A Frog Jumps In-Plop! I
6. 古池や – 蛙飛び込む – 水の音 II The Old Pond-A Frog Jumps In-Plop! II
7. 古池や – 蛙飛び込む – 水の音 III The Old Pond-A Frog Jumps In-Plop! III
8. 上善若水 As Good As Water
9. 真空 Vacuum
10. 雨來時,虹來時 Raindrops and Rainbow

Producer: Minyen Hsieh 謝明諺
Recording, Mixing & Mastering: Howard Tay 鄭皓文
Recording Assistant: Chou Han Tsay 蔡周翰、William Lin 林威宇
Recording Studio: Lights Up Studio
Piano Tuning: Chia-Yu Lee 李佳祐
Recording Date: Nov 23rd, 2017
English Translation: Liao Tua Tao
Art Design: Joe Fang 方序中 Joe Fang、FKWU 吳建龍 @究方社 JOEFANG Studio
Publishing: 好有感覺音樂事業有限公司 Feeling Good Music Co.
Release Date: July 2018

 

謝明諺(シェ・ミンイェン)は1981年台湾・台北市生まれのサックス奏者である。彼の活動は幅広く、彼にとって、オーソドックスなジャズと完全即興との間には何の垣根もないように見える。

今年、台湾でも頻繁に演奏しているバンド・東京中央線への客演では(アルバム『Lines And Stains』、2018年6月27日の新宿ピットインにおけるレコ発ライヴ)、ジャズ・イディオムによって、豪放でユーモラスなプレイを聴かせてくれた。一方で、水道橋のFtarriにおける大上流一・岡川怜央との共演では(2018年6月26日)、巧みで多彩な音を用いて完全即興を展開した。しかしそれらの演奏は両極端にあるものではなく、ジャズと即興の要素が互いに浸食し合っているものであった。ジャズ系、インプロ系と別れることが多い現況にあって、この躊躇のない越境ぶりはとても新鮮なものに感じられる。

本盤は、フリージャズの巨匠・豊住芳三郎が台湾に渡り、現地の謝、李世揚(リー・シーヤン)と行った即興演奏の記録である。

短い自己紹介のような演奏のあと、2曲目では、冒頭に掛け声でリズムを取った直後にまったく走りださず、模索を始めるという落差で驚かせてくれる。まるで三者ともに音の響きを確かめているように聴こえる。次第に各々の存在感が増してゆく。しかし、彼らは3曲目になっても疾走することはしない。豊住が二胡、李が鍵盤ハーモニカを弾き、独特に揺れ動く世界を創出してみせる。謝のサックスは、彼らの擾乱による雲の上で静かに叙事詩を朗読するようだ。

4曲目で潮目が変わる。攻めに転じた李のピアノ、豊住のドラムスを横目に、驚くべきことに、謝はアボリジニの民族楽器ディジェルドゥを吹く。だが、長い管によりびりびりと震える低音を淡々と出すばかりではなく、蛇になったかのように李と豊住とに絡んでゆく。

続く3曲目は、「古池や – 蛙飛び込む – 水の音」と題された連作である。差し込む光のように李のピアノが刺激を与える中で、豊住の二胡が日本の雰囲気を創り出し、謝ははじめは日本的な旋律を、やがてサックスにより自由に飛翔する。勿論、豊住は決して邦楽そのものを演奏しているのではない。思い出したようにドラムスの生命力あるパルスを放ち、二胡の表現は伝統的なそれを逸脱してゆく。三者は柔軟に変わり、異なる相互作用を提示し続ける。ここに来て彼らは確実に阿吽の呼吸を獲得したように聴こえる。古池というよりも天を目指して登りつめる、見事な盛り上がりである。

8曲目のタイトル曲は、抑制した謝のサックス、美しく響く李のピアノが聴き所だ。ここでも豊住が背後で二胡を弾き(人の声を思わせる擦れと軋みが素晴らしい)、三者が一体となって霧の大河を想像させる大きな流れを創出する。

続く「真空 Vacuum」においては、その言葉を反芻させるように、透明で清冽な音空間が現れる。そして最後の短い曲によって、再び三者が肩の力を抜いて気持ちを発散し、一連の演奏が締めくくられる。

このアルバムは、極めて自然に汎東アジア的な音の物語を提示してくれるものだ。三者の異なるバックグラウンドや経験を反映してか、サウンドは天地のあちこちをさまよい、そのつかみどころのなさがまた大きな魅力となっている。

ところで余談ながら、ライヴにおいて、謝のサックスからソニー・ロリンズやマイケル・ブレッカーを想起させられる瞬間があった。謝にロリンズの愛聴盤を訊いたところ、彼は、50年代の『Night at the Village Vanguard』、『The Sound of Sonny』、60年代の『The Bridge』、『Sonny Meets Hawk!』、『East Broadway Run Down』、『In Copenhagen 1968』、さらに80年代の『G-Man』を挙げた。日本で名盤扱いされているものも、あまり顧みられないものもあり、この幅広さが面白いところだ。

旧来の視線からは、台湾はジャズや即興が盛んな地としては認識されなかっただろう。事実、謝はベルギーでサックスを学び卓越した技量を身に付けている。しかし、彼によれば、渡欧当時はまだ台湾のシーンは小さかったものの、現在では独特なサウンドと個性を持った音楽家が活動しているという。

豊住は以前から台湾を訪れて演奏を行っている。謝とは2012年5月に台湾で初共演し、その後、東京・阿佐ヶ谷Yellow Visionでの「阿部薫37回忌記念ライヴ」(2014年9月)、再び台湾での「2nd Taiwan International Improvised Music Festival」(2017年11月)と共演を重ねている。このフェスのメインステージは豊住やジョン・ラッセルらの演奏であったが、他のギグやワークショップも行い、またスタジオ入りして録音した記録が本盤ということになる。

また、李も、フレッド・ヴァン・ホーフ、山内桂、河合拓始といったフリージャズ・即興演奏のミュージシャンたちとの共演を積み重ねている(豊住とのデュオ作品もリリースしている)。

2015年から始まったアジアン・ミーティング・フェスティバル(AMF)が、この9月には台湾において、「ノイズ・アセンブリー」を開催するという新展開もある。

今後、台湾のジャズ・即興シーンがどのように変貌してゆくのか、注目すべきである。

(文中敬称略)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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