#1324 『Tord Gustavsen / What was said』

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text by Kazue Yokoi 横井一江

ECM 2465

Tord Gustavsen (piano,electronics, synth bass)
Simin Tander (voice)
Jarle Vespestad (drums)

1. Your Grief (Tord Gustavsen)
2. I See You (Norwegian Traditional)
3. Imagine The Fog Disappearing (Mathilda Montgomery-Cederhielm)
4. A Castle In Heaven (Norwegian Traditional)
5. Journey Of Life (Norwegian Traditional)
6. I Refuse (Tord Gustavsen)
7. What Was Said To the Rose – O Sacred Head (Tord Gustavsen, Hans Leo Hassler)
8. The Way You Play My Heart (Tord Gustavsen)
9. Rull (Tord Gustavsen)
10. The Source Of Now (Tord Gustavsen)
11. Sweet Melting (duo) (Norwegian Traditional)
12. Longing To Praise Thee (Norwegian Traditional)
13. Sweet Melting Afterglow (Tord Gustavsen, Simin Tander, Jarle Vespestad, Norwegian Traditional)

Recorded at Oslo’s Rainbow Studio in April 2015
Produced by Manfred Eicher

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静かに浮かび上がる声。ペルシャの神秘学者で偉大な詩人ジャラール・ウッディーン・ルーミーの英訳詩にトルド・グスタフセンが作曲した<Your Grief>をシミン・タンデールは語るように歌う。次のトラックは、アフガン詩人によってパシュトー語に翻訳されたノルウェーのルター派教会の賛美歌<I See You>。その言語を解さない者は、音響的に紡がれるコトバを音として聴く。パシュトー語の響きに神秘的な世界に誘われる。

トルド・グスタフセンの新たなプロジェクト「Hymns and Visions」による本作は、彼が子供の頃から親しんだ賛美歌のパシュトー語訳と英訳されたルーミーの詩を取り上げている。ルーミーは旋回舞踊で知られるイスラム神秘主義(スーフィー)のメヴレヴィー教団の始祖である。イスラム教の中でも音楽や踊りと結びついたスーフィーとルター自身も賛美歌を書いたルター派の教会、いずれも音楽と結びつきの深い宗派だ。ひとつのアルバムの中で2つの異なる宗教、世界観から生まれ、翻訳された歌が交互に現れる。それらを繋ぐようにさまざまな文化に造詣の深かったサンフランシスコ・ポエトリー・ルネッサンスの重要人物でビートの父とも言われたケネス・レクスロスの詩がひとつ(<I Refuse>)。

シミン・タンデールの声は魅力的で、歌とサウンドとしてのヴォイスの境界を行き来しつつ、詩の世界を浮かびあがらせる。彼女の声質あるいは歌い方のためか、早世したノルウェーの歌手ラドカ・トネフを思い出した。グスタフセンのピアノのタッチは端正で、美しい旋律の中に思索の世界に耽溺するような精神性が垣間見え、時に仄かに用いられるエレクトロニクスが空間に広がりを与える。ヤーレ・ヴェスペスタのドラムスもサウンドに奥行きを与える音響的なアプローチも交えた控え目ながらも勘所を押さえたもので、このプロジェクトの世界観を共有していた。

「Hymns and Visions」はグスタフセンが、アフガニスタン人の父を持つケルン生まれの歌手シミン・タンデールと出会ったことで生まれた。パシュトー語はアフガニスタンの公用語である。多文化主義がさまざまな軋轢を生み出す現在、多様な文化が出会い、行き交い、交感する空間こそが求められているのではないか。また、アマルティア・セン(*) が言うところのアイデンティティの複数性、人は国境や国籍、文化、宗教など境界を越えたアイデンティティ意識を持っていることを我々は気付くべきだろう。本作が生まれたことに時代の必然性を感じている。これもジャズという開かれた精神の音楽がベースにあればこそ。

* アマルティア・セン: インドの経済学者。哲学、政治学、倫理学、社会学にも影響を与えている。アジア初のノーベル経済学賞受賞者。(ウィキペディアより)

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横井一江

横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。The Jazz Journalist Association会員。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。海外レポート、ヨーロッパの重鎮達の多くをはじめ、若手までインタビューを数多く手がける。 フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)。趣味は料理。当誌「副編集長」。 http://kazueyokoi.exblog.jp/

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