#1318 『ブラッド・メルドー・トリオ/ブルース・アンド・バラッズ』

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ノンサッチ/ワーナー ジャパン WPCR – 17274

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ブラッド・メルドー・トリオ;
ブラッド・メルドー  (piano)
ラリー・グレナディア  (bass)
ジェフ・バラード  (drums)

1.シンス・アイ・フェル・フォー・ユー
2.アイ・コンセントレイト・オン・ユー
3.リトル・パーソン
4.シェリル
5.ジーズ・フーリッシュ・シングス
6.アンド・アイ・ラヴ・ハー
7.マイ・ヴァレンタイン

2012年12月10日 & 2014年5月12日録音@アヴァター・スタジオ NYC
プロデューサー:ブラッド・メルドー


メルドーのピアノの響きは、バラードとなるといつだって朝露に濡れた可憐な花のように身をかがめ、ときには憂いを含んだ乙女の呟きのように聴こえる調べを口ずさむ。この新作のオープニングが何とバディ・ジョンソンの忘れがたい名曲、ドリス・デイやバーブラ・ストライザンドをはじめニーナ・シモン、あるいはモーズ・アリソンの渋いピアノ演奏など数々の名唱名演で親しんだブルージーな「Since I Fell for You」。思い詰めたようなメルドーの独白が耳を奪った瞬間、その乙女の呟きが嘆きともあきらめの声ともつかぬブルースマンの沈んだ声と重なって、思いがけぬ感動を呼び覚ました。こういう感激をかくもしみじみと味わったのは、前回がいつだったか思い出せないほど久しぶりだ。
新作としては『Where Do You Start ?』以来、約3年半ぶり。ブラッド・メルドーの新作はしかし、格別に意気軒昂というのでもなければ、新しいアルバム作りに向かってギラギラした情熱を垣間見せた作品というのでもない。ヨーロッパでのソロ演奏を集大成した4枚組の『10イヤーズ・ソロ・ライヴ』に刻印された、いかにも現代のピアノの詩人としての言葉(音)使い、柔らかな中にきらりと光るシャープなセンスと同質の表現美が浮かび上がってくる。その瞬間、メルドーの紡ぎ出す詩のファンタジーの中へいざなわれていく。とはいえ、メルドー自身が選んで構成したすでに発売済みの4枚組の方は2004年から2013年にいたる演奏記録であり、音楽的クォーリティが同じであるわけがない。そこにピアニストとしての、あるいは音で語り、音を織り成していく詩人としてのメルドーの、いわばメルドーらしさが、この新作に息づいているということではないだろうか。そんな意味でオープニングの「シンス・アイ・フェル・フォー・ユー」の深い味わいは格別で、しみじみと心に迫るメルドーのピアノ、というより物語の展開、特に最後にリズムを解いた後の呟きに似たソロには引き込まれる思いだった。
この曲はブルース・ピアニスト、バンド・リーダーとして黒人音楽時代が始まった40年代初頭から活躍したバディ・ジョンソンの、恐らくは永遠に愛されるブルージーなバラードといってよく、妹のエラ・ジョンソンを筆頭に数え切れないほどの名唱、また先掲のモーズ・アリソンやリー・モーガンらの数々の演奏がこの曲の忘れがたい魅力を伝えてきたこともあり、いわば異色のジャズ・スタンダードとして愛されてきた作品である。年配の方ならエラ・ジョンソンのブルージーなディープ・ヴォイスが脳裏に思い浮かぶだろう。それほど序奏からコーラスに入って以後のメルドーの、思いの深さが滴る水となって溢れ出るような演奏が心をとらえて放さない。
この場合、余りに「シンス・アイ・フェル・フォー・ユー」から得た感動が色濃いので、続く演奏が平板でないことを祈った。次の演奏次第ではせっかくの感銘が帳消しになることがないとはいえないからだが、その懸念は無用だった。曲はかつてジャズ・ヴォーカル全盛時代に多くの歌手が歌ったコール・ポーターによる玄人好みの歌曲。ゆったりしたビギン調の演奏はともすればイージーなムード・ミュージック風の軽さを連想させるが、それが落とし穴ではなく、むしろメルドーたちが「シンス・アイ・フェル・フォー・ユー」のブルージーな演奏とムードに呼応する演奏、すなわち料理法を考えた末のメランコリックな展開を選択した結果だったといっていいのではないだろうか。私の考えでは、この2曲と(5)の「These Foolish Things (Remind Me of You)」の3曲でアルバムのコンセプトを表現したといってもおかしくはないと思うほど、『Blues and Ballads』の的を射た演奏となっている。ちなみに、英国生まれの「ジーズ・フーリッシュ・シングス」もビリー・ホリデイ、ナット・コール、フランク・シナトラ等々多くのシンガーが吹き込んだバラードだが、米国のシンガー・ソングライターというよりメルドーの『ラーゴ』や2010年の『ハイウェイ・ライダー』のプロデューサーでもあるジョン・ブライオンの(3)「リトル・パーソン」と、チャーリー・パーカーの(4)「シェリル」をチェンジ・オヴ・ペース風に間に挟んで構成した全5曲で、アルバム・タイトルに掲げた『ブルース・アンド・バラッズ』は完結したと私は思っている。メルドー、グレナディア、バラードのリラックスしながらも緊密な演奏は(1)から(5)までの5曲で、タイトルに掲げた『ブルースとバラッズ』を語り尽くしているからにほかならない。むろんのこと、ビートルズの(6)「アンド・アイ・ラヴ・ハー」や同じポール・マッカートニーの終曲(7)「マイ・ヴァレンタイン」の出来が落ちるというわけでは決してないことを念のため言い添えておきたい。
ベースのラリー・グレナディアといい、ドラムスのジェフ・バラードといい、格別に構えた風もなければ、挑発的な仕草もまったくない息のそろったトリオならではの演奏で、トリオがいま最円熟期にあることを示唆した1作。堪能した。

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悠雅彦

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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