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CD/DVD DisksNo. 219

#1323 『森山威男 板橋文夫/童謡 おぼろ月夜』

text by 望月由美

ピットインレーベル Jシリーズ
PILJ-0010  2,500円+税

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発売・販売元:株式会社ピットインミュージッ
配給:株式会社ディスクユニオン

森山威男 (ds)
板橋文夫 (p)

01.  赤い靴(本居長世)
02.  浜千鳥 (広田龍太郎)
03.  めだかの学校 (中田喜直)
04.  叱られて(広田龍太郎)
05.  花嫁人形 (杉山長谷夫)
06.  赤とんぼ (山田耕筰)
07.  とおりゃんせ(わらべうた)
08.  海~わたらせ(井上武士~板橋文夫)
09.  ふるさと~おぼろ月夜 (岡野貞一)
10.  夏の思い出 (中田喜直)
11.  七つの子~夕焼け小焼け(本居長世~草川 信)
12.  グッドバイ (板橋文夫)

プロデューサー:森山威男&板橋文夫
共同プロデュース:品川之朗(ピットインミュージック)
エンジニア:菊地明紀(ピットインミュージック)
録音:2015年8月5,6日,可児市文化創造センターalaにて録音


物心ついたころから慣れ親しんだ懐かしいメロディーが二人を童心にかえらせた極めてインティメイトな世界である。

ドラムとピアノの一対一、ましてや森山威男と板橋文夫となれば壮絶なバトルを想像するのが普通だと思うがここでの二人の問に対決はない、ただただ漂う哀愁のまにまに色彩ゆたか、陽気で明るい二人の親密さが伝わってくる。

ドラムとピアノのデュオは意外と少ない。古くはシェリー・マン(ds)とラス・フリーマン(p)の『THE TWO』(CONTEMPORARY,1954) やマックス・ローチ (ds)とセシル・テイラー (p) の『HISTRIC CONCERTS』(SOUL NOTE,1979)、そして渋谷毅 (p)と森山の『SEE-SAW』(徳間ジャパン)、一曲のみであるがエルヴィン・ジョーンズ (ds)とセシル・テイラー (p) の『MOMENTUM SPACE』(VERVE. 1998)が頭に浮かぶ。

あまり多くはない組み合わせであるがこのエルヴィンとセシルのやり取りの緊迫感に今回の森山・板橋が近い。エルヴィンvsセシルはもろフリー、一方の森山・板橋は童謡の世界、しかし根っこはフリーな精神、これはもう世界共通なのである。

演奏曲のならびを見れば誰もがメロディーの浮かんでくる曲ばかりである。

(1)<赤い靴>はブラシでスタートする。板橋がスローで優しくテーマを弾く。<赤い靴―…>とつぶやきながら森山のブラシが徐々に激しさを増し、バスドラの連打が繰り出されるが板橋は赤い靴のメロディーを繰り返し弾き続ける。テーマの繰り返しがこれほどの説得力をもつとは驚きであり、エヴァンスの『EMPATHY』(VERVE,1962)<ダニー・ボーイ>以来である。

学生時代、ブルーベック・カルテット『風と共に去りぬ』(COLUMBIA,1959) のジョー・モレロ(ds)を手本に新聞紙の上でブラシをこすって研鑽したという森山のブラシの妙技が聴かれる。
ピアノとドラムというシンプルな編成だからこそ微妙なブラシの震えまでが手に取るようにわかる。

(2)<浜千鳥>もスローなペースでスタートするが森山のステイックから刻まれるビートはスローでのグルーヴィーなエルヴィンを思い出させる。
このシンバル・レガートにあおられて板橋がたまらず体をゆすり(多分) 浜千鳥を空に飛びたたせ、森山のドラム・ソロに引き継ぐ。森山のバスドラがさく裂するところはいつもながら素晴らしい。

(5)<花嫁人形>はジャズの世界ではエルヴィン・ジョーンズ (ds) がジャパニーズ・フォーク・ソングというアナウンスをして愛奏していたことがあり、1991年3月シュトウットガルトでのライヴがビデオアーツから発売されていた曲で、ソニー・フォーチュンとラヴィ・コルトレーンの2管をプッシュするエルヴィンが板橋を鼓舞する森山と重なる。ブラシからスティックに持ち替えてぐいぐいスイングする森山、煽られた板橋もトレモロで応酬、ほかのどの花嫁人形よりもジャズである。

(11)<七つの子~夕焼け小焼け>は森山のマレットのショーケースである。森山のメロディアスなマレットさばきにのって板橋がシングル・トーンで<七つの子>を弾く、「真夏の夜のジャズ」のチコ・ハミルトン (ds) に似た幻想的な音の饗宴がくり広げられる。

これらの童謡にまじって板橋文夫の曲が2曲さり気なくちりばめられている。(8) <渡良瀬>と (12) <グッドバイ>の2曲。

板橋のつくる曲はそのどれもがわらのべ唄のような物語を持ったロマンチックな名曲ばかりである。

『濤』(FRASCO,1976)の<グッドバイ>、『WATARASE』(NIPPON COLUMBIA, 1981) の<渡良瀬>以来なんどとなく演奏しレコーディングしてきた曲であるがそのどちらもが子供の口ずさむ唄の心、息遣いとメロディーを持っているので、古くから親しまれてきた童謡の中に入っていても何の違和感もないばかりか活き活きと鮮やかな光を放っている。

レコーディングが行われた岐阜県可児市文化創造センターalaは森山威男のホームグラウンドである。

森山は1985年岐阜県可児市に移り住み、以来、岐阜から森山ジャズを発信し、毎年この可児市文化創造センターで定例のコンサート「森山ジャズナイト」を開くなど勝手知ったるホールであり、鳴りも響きも判っているホールで、二人の童謡集をつくるには最も適した場所ということで板橋とピットインのスタッフが可児へ赴きレコーディングされた。

森山威男にとって山下洋輔トリオを退団後のファースト・ステップから一緒だった板橋とのデュオにおそらくは胸を弾ませ構想を想い描いてのレコーディングであったと思う。

ここにはブラシからシンバル・ワーク、ステイック捌き、マレット、バスドラにいたるまでの森山威男のドラミングの全てがあますことなく刻まれている。

アルバム『森山威男 板橋文夫/童謡 おぼろ月夜 』(ピットインレーベル)には森山威男と板橋文夫という最強のコンビがついに到達した童謡の世界がひろがっている。

そしてここに卓越した森山の弾力に富んだリズム、ドラミングの全て、いつも内に火と燃えるロマン、情熱を持ち続ける板橋がいるからこそたぐいまれな童謡ジャズが出来上がったのである。

望月由美

望月由美 Yumi Mochizuki FM番組の企画・構成・DJと並行し1988年までスイングジャーナル誌、ジャズ・ワールド誌などにレギュラー執筆。 フォトグラファー、音楽プロデューサー。自己のレーベル「Yumi's Alley」主宰。『渋谷 毅/エッセンシャル・エリントン』でSJ誌のジャズ・ディスク大賞<日本ジャズ賞>受賞。

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