#1320 『橋本孝之 / SIGNAL Harmonica Improvisation Takayuki Hashimoto』

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text by 剛田武 Takeshi Goda

Nomart Editions NOMART 111  定価 ¥2,160(税込)

Takayuki Hashimoto (hca)
1. SIGNAL 1  / 15: 37
2. SIGNAL 2  / 15: 32

Recorded in Akasaka, Tokyo February 14, 2016

Liner notes: 長谷川裕倫 Hirotomo Hasegawa
Produce: Satoshi Hayashi


生命の信号としての「呼吸」を取り戻す音楽的試み。

人間を含む多細胞生物が生存するために必要なのは外呼吸、すなわち外界から酸素を取り入れ、体内で消費して二酸化炭素を放出することである。つまり吸って吐いて吸って吐いての繰り返しである。意識しなくても生命のある限り繰り返されるこの営みを音に転化する方法はないだろうか。息を吐く(吹く)ことで音を出す方法には事欠かない。そもそも声とは息を吐くことで発せられる。話し、叫び、歌う、すべて息を吐くことで生じる。笑う際に、息を吐きながら笑い声を上げるのではなく、息を吸う際に笑い声を上げる「引き笑い」を芸にする者もいるが、あくまで少数の変り者と見做されるに 過ぎず、「ハハハ」「ヒヒヒ」「フフフ」「ヘヘヘ」「ホホホ」といった笑い声のほぼすべてが、息を吐くことにより発生する音である。音楽演奏に於いても、クラリネットやサックスやフルートやトランペットなどの管楽器は殆どすべてが息を吹き込むことで音が出る仕組みになっている。

では「引き笑い」以外に息を吸うことで出せる音はないだろうか、と考えると、ピカピカの小学一年生の頃、音楽の時間に練習したハーモニカを思い出す。子供の手のひらに収まるコンパクトな銀色の楽器は、吹いても吸っても音が出るのが面白くて、通学路で吹き(吸い)ながら登下校していたのではなかったか。本当に音楽が好きになったなら、食事のとき以外はずっとハーモニカを口に咥えたままで暮らすのも悪くない、と夢見たこともあったかもしれないが、学年が上がると音楽の授業でハーモニカを使うことが減り、代わりにリコーダーという「吹く」だけの楽器がメインになる。生命の命綱である「呼吸」の「呼」と「吸」を分断するこうした企みは、多細胞生物グループから人類という種を独立させる試みか、それとも吐かれる「二酸化炭素(CO2)」と吸われる「酸素(O)」との大気内権力抗争の表面化であろうか。

ハーモニカを巡る妄想は尽きないが、『SIGNAL(信号)』と題されたこの作品を最初に聴いたときに頭に浮かんだのは、吸って吐いて吸って吐いて、という人工呼吸やラマーズ法を思わせる生命体の営みだった。

即興音楽ユニット.es(ドットエス)の橋本孝之の、サックスによる『COLOURFUL – ALTO SAXOPHONE IMPROVISATION』(2014.2)、ギターによる『Sound Drops – Takayuki Hashimoto Guitar Solo』(2014.4)に続くソロ・アルバム第3弾はハーモニカによる作品。前2作で演奏テクニックや音色の美しさといった世の中一般の評価基準を無意味化する「存在」としての「音(TONE)」の在り方を提示した橋本は、今作でも「これが音だ」と宣言する天地無用の空気感を生み出している。暗闇に立ち上る白い煙を思わせる静謐なサクソフォンが無限の色彩を幻視させる『COLOURFUL』と、弦をはじけば音が出るという当たり前のギター奏法を放棄した『Sound Drops』、どちらもサウンドの感触は静物的/物音的で、人間の肉感性を少なくとも表面上は感じさせないクールなオブジェ作品だった。しかしハーモニカを演奏する橋本の口元にズームインして至近距離から録音したようなこのCDには、ハーモニカの楽音(TONE)以上に、口唇や舌や喉や唾液が発する様々な音(NOISE)が収録されている。肉体が発する生活音は、時と場合によっては嫌悪感を抱かせるだけだが、ここでは「呼」と「吸」が捻転して絞り出すハーモニカの音色と相まって、絶妙なアンサンブルやハーモニーを形作っていることに気付くだろう。ここで行われているのは、橋本孝之を形作る無数の細胞がハーモニカを舞台に繰り広げる肉体のオーケストラに他ならない。指揮者橋本が無意識に発する信号(SIGNAL)は、吸って吐いて吸って吐いて、という規則正しい生命の鼓動なのである。
(2016年6月28日記 剛田武)

.es公式サイト


橋本孝之 Live Schedule

●2016年7/8(金)
西荻Pit Bar(東京)
橋本孝之「kito-mizukumi rouber」にて出演!
出演:Kito-mizukumi rouber(長谷川裕倫, 大國正人, 内田静男, 橋本孝之) / トンカツ / XisY / calque / a sox / DJ ムラさん(from岡山)
時間:18:30/19:00
charge:前売¥1200/当日¥1500 *No Drink Charge

●2016年7/30(土)
サケデリックスペース・酒游館(滋賀・近江八幡)
*レコ発LIVE第3弾!!!
「ニューアルバム「曖昧の海 / Ambiguity Sea」発売記念ライブ」
出演 : .es (ドットエス: 橋本孝之 & sara)
時間:18:00/18:30
charge:前売¥2000/当日¥2500 *ドリンク付・地酒のみお代わり自由!
・予約/問合:酒游舘(近江八幡市仲屋町中6)
sakedelic@shuyukan.com TEL 0748-32-2054(10-17時)

●2016年7/31(日)

小岩 bushbash(東京)
橋本孝之「kito-mizukumi rouber」にて出演!
SPACEGRINDER×bushbash×BLOODBATH Records presents…
『EXTREMEDIVES in Tokyo 2016 Koiwa Death Fest, vol.77 Summer 2016』
出演:kito-mizukumi rouber / SPACEGRINDER。/ ZAGIO EVHA DILEGJ / 斜陽 / GATE
S/T [Acid Mothers Temple&The Melting Paraiso U.F.O] with Satcat [kuruu-cruw] / Congenital Haemorrhoids
時間:16:00/16:30
charge:ADV¥2,000 / DOOR¥2,500

●2016年8/20(土)
Super Deluxe(東京)
橋本孝之ゲスト参加!グンジョーガクレヨン新作「Gunjogacrayon」レコ発LIVE
出演:グンジョーガクレヨン+橋本孝之 / INCAPACITANTS /ドットエス(橋本孝之&sara)

●2016年8/27(土)
ギャラリーノマル(大阪)
「木村秀樹 Period 3: Fragments」最終日Live
Piano duo concert:Fragments
出演:Hada Benedito Mateo(from Berlin) / sara(.es ドットエス)
時間:19:00-
charge:¥1500
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剛田武

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。会社勤務の傍ら、「地下ブロガー」として活動する。近刊『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。 ブログ「A Challenge To Fate」 http://blog.goo.ne.jp/googoogoo2005_01

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