#1332 『辛島文雄/マイ・フェイヴァリット・シングス 』

閲覧回数 27,969 回

text by 望月由美 Yumi Mochizuki
ピットインレーベル Mシリーズ
PILM-0006  2,500円+税

発売・販売元:株式会社ピットインミュージック
配給:株式会社ディスクユニオン

演奏:

辛島文雄 池田篤 岡崎好朗 岡崎正典 楠井五月 井上陽介 高橋信之介
Special guest: 日野皓正 渡辺香津美

(1)(6) 辛島文雄 (pf) 岡崎好朗(tp)岡崎正典(sax) 井上陽介(b) 楠井五月(b) 高橋信之介(ds)
(2)((3) (8) 辛島文雄 (pf)池田篤(sax) 岡崎好朗(tp)岡崎正典(sax) 楠井五月(b) 高橋信之介(ds)
(4) 辛島文雄 (pf) 岡崎好朗 (tp) 岡崎正典(sax) 井上陽介(b) 高橋信之介(ds)
(5) 辛島文雄 (pf) 日野皓正(tp)
(7) 辛島文雄 (pf) 楠井五月(b) 高橋信之介(ds) 渡辺香津美(g)
(9) 辛島文雄 (pf) 池田篤(sax) 岡崎好朗 (tp) 岡崎正典(ts) 楠井五月(b) 高橋信之介(ds) 渡辺香津美(g)

1. マイ・フェイヴァリット・シングス (Richard Rodgers)
2. ジニーン (Duke Pearson)
3. イット・マイト・アズ・ウエル・ビー・スプリング (Richard Rodgers)
4. ジンジャー・ブレッド・ボーイ (James Edward Heath)
5.黒いオルフェ (Luiz Bonfá)
6. サトル・ネプチューン (Bobby Hutcherson)
7. チャンズ・ソング (Herbie Hancock)
8. ソー・ニア・ソー・ファー (Tony Crombie)
9. ニュー・ラグ (辛島文雄)
プロデューサー:辛島文雄
共同プロデュースサー:品川之朗(ピットインミュージック)
エグゼクティヴ・プロデューサー:佐藤良武
エンジニア:菊地明紀(ピットインミュージック)
録音:2016年2月25日、3月1,2日 スタジオTLiveにて録音

amazon_icon_link_3

辛島文雄のジャズ人生50年の軌跡を音にしたオールスター・ドリーム・セッション。

辛島文雄は昨2015年の夏、自己のホームページにガンという病に向き合うことになったことを告知し、病と闘いながら果敢に演奏活動を続けているが、演奏への意欲、そしてなによりも強靭な精神力が病の増殖をとめ、今年の2月、自己のグループから輩出した言わばレギュラー・メンバーに日野皓正 (tp) と渡辺香津美 (g) をスペシャル・ゲストに迎えてジャズへの想いの丈を100パーセント表出した作品で、隅から隅までジャズが満ちあふれている。

アルバムにはタイトル曲の<マイ・フェイヴァリット・シングス>をはじめジャズの名演、名曲が演奏されているがそのどれもが明瞭で闊達、自由な精神の持ち主で物事にこだわらない辛島文雄の生きざまがメンバー全員に伝わり爽やかでフレッシュなサウンドが生み出されている。

これらの曲たちはジャズを生きてきた辛島文雄の実体験でもあり、聴くものにとってラジオで聴いたりLPを買ったりジャズ喫茶で爆音を浴びたりした、人それぞれの時代の想いをよみがえらせてくれる。

アルバムのタイトル曲(1)<マイ・フェイヴァリット・シングス>は反射的にコルトレーンが浮かんでくるのがジャズ・ファンのほとんどだと思うが、井上陽介 (b)、楠井五月(b)の2ベースと高橋信之介 (ds)のシンバル・レガートによるイントロが新鮮で生き生きとしている。

コルトレーンは1961年の『ヴィレッジ・ヴァンガード・レコーディングス』(impulse!、1961)でジミー・ギャリソン (b) とレジー・ワークマン (b) の2ベースで刺激的なリズムを編み出していたがここでの井上と楠井の2ベースも強力、アルコとピチカートによる掛け合いは背筋がぞくぞくするほどスリリングである。

そして(2)<ジニーン>といえばキャノンボール・アダレイ (as) の『ゼム・ダーテイ・ブルース』(Riverside、1960)でのキャノンボール兄弟をプッシュするルイス・ヘイズ (ds) のリム・ショットが頭をよぎるが高橋信之介の明快なリム・ショットもなんとも気持ちよい。また、岡崎正典 (ts) もハンク・モブレイ (ts) のように奥ゆかしく燃えている。懐かしさがこみあげてくるファンキーなグルーヴである。

今回のアルバムを創るきっかけの一つが高橋信之介 (ds) の参加にある。昨年の暮れニューヨークから戻ってきた高橋信之介と久しぶりに会った辛島が、自分のトリオで3年も一緒に演奏していたのに作品がなかったねという話をし、じゃあ、やってみるかという気持ちが高まって今年の2月このレコーデイングが実現したのだと自らライナーノーツで語っている。

その高橋信之介は期待に応えて全編に渡って素晴らしいリズムを叩いているが(4)<ジンジャー・ブレッド・ボーイ>で大々的にフィーチャーされている。本家本元は泣く子もだまるマイルスの『マイルス・スマイルズ』(Columbia , 1966) のトニー・ウイリアムス(ds)の嵐のようなリズムが強烈であったが、高橋信之介のドラミングも思わず拍手をしてしまいたくなるほどのフットワークのしなやかさで迫真のパフォーマンスがくりひろげられる。

そして(5)<黒いオルフェ>で辛島文雄と日野皓正とのデュオが実現する。二人の長い共演歴の中でもデュオは今回が初めてとのことだが互いの気くばりとか気配が伝わり、また当意即妙にくりひろげられる即興の会話が奥深い。

辛島文雄がおごそかに、しかしみずみずしいタッチで導入部を弾き、二人の道をひらく。

日野皓正がそれに応えてスケッチ・オブ・スペインのクライマックスにおけるマイルスのように朗々と切々と吹く。

唇とトランペットが一体となってアブストラクトな黒いオルフェと化す、これは凄い。

繊細さと強靭さを往き来する音からは長年ジャズ・シーンを牽引し続けてきた日野皓正と辛島文雄という二人の年輪が浮かび上がってくる。

また辛島にとって長い付き合いだという渡辺香津美 (g) も(7)<チャンズ・ソング>と(9)<ニュー・ラグ>に参加しているが香津美が加わると全体がオブラートに包み込まれるような独特の艶が出できてサウンドがソフトになり、優美な雰囲気が漂う。

前作『エブリシング・アイ・ラヴ/辛島文雄ピアノソロ』(ピットインレーベル)ではエヴァンスやハンコック、渡辺貞夫等のアーティストの愛奏曲を演奏した。今回の『マイ・フェイヴァリット・シングス 辛島文雄』(ピットインレーベル)のキーワードは「ジャズ」、辛島文雄のオリジナル曲(9)< ニュー・ラグ>も含めてジャズの名曲ばかりがとりあげられているがその歴史的な名演の数々をしのびながら辛島文雄のジャズの半生がくっきりと描かれている。

ジャズと向き合って50年、時代時代に共鳴してジャズを切り開いてきた辛島文雄そして彼の仲間たちは単なる名曲の再演にとどめず、いま現在の先端のテイストで演奏していて辛島文雄のジャズ人生の回想であるとともに聴く者をもジャズがパワーを持っていた時代へと連れていってくれる。

この明るいスインギーな演奏からは、これが僕の音楽の半生なんだよ、楽しんでもらえたかな、これからも、もっと自分らしく前に進んで行くよ、と語り掛けてくる。そうした心のなごむインティメイトな作品である。

病と闘いながら創作意欲をかきたてて演奏活動を精力的に続けている辛島文雄の次作が何になるのか期待したい。

 

Share Button

望月由美

望月由美 Yumi Mochizuki FM番組の企画・構成・DJと並行し1988年までスイングジャーナル誌、ジャズ・ワールド誌などにレギュラー執筆。 フォトグラファー、音楽プロデューサー。自己のレーベル「Yumi's Alley」主宰。『渋谷 毅/エッセンシャル・エリントン』でSJ誌のジャズ・ディスク大賞<日本ジャズ賞>受賞。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

↓ ロボットでないかお知らせください。 * Time limit is exhausted. Please reload CAPTCHA.