#1338 『Chris Pitsiokos Quartet / One Eye with a Microscope Attached』

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text by 剛田武 Takeshi Goda

Chris Pitsiokos Digital Album released August 23, 2016

Chris Pitsiokos – alto saxophone and compositions
Andrew Smiley – electric guitar
Henry Fraser – electric bass
Jason Nazary – drums

1. Dogwood
2. Fried
3. Droll Noon
4. Improvisation
5. Atomic Instruction
6. One Eye with a Microscope Attached

Recorded at Seizure’s Palace by Jason Lafarge
Mixed and mastered by Weasel Walter

 

世界を撹拌し音楽を活性化する21世紀型リアルファンクの確信犯。

2012年夏、クリス・ピッツィオコスがニューヨーク・ハードコアジャズ・シーンに登場してから丸4年が経った。22歳の若さでひと回り以上年長の即興音楽の猛者たちと渡り合い、新鮮な息吹をブルックリンにもたらした彗星は、それ以来、性別も人種も国籍も文化背景も様々なミュージシャンと切磋琢磨し、楽器の演奏テクニックはもちろん、音楽演奏に於ける思想を深化させてきた。2014年にシスコ・ブラッドリーが行ったインタビューでは、即興演奏について「若いうちに自らの言語を発展させてそれを貫くもの」とする一方で、作曲については「一生の間に進化し続けて、最後は全く別のものに変わる可能性がある」と語っている。つまり、自己責任で行う即興演奏は、テクニックを磨いたり経験を積んだりしても、培った根本精神は変わらない。しかし作曲とは他者に対して責任を負う行為なので、その為に学ぶべき語彙や社会経験が無限に有って、その習得の度合いに応じて常に大きく変化して行くというわけである。

この思想を踏まえてピッツィオコスの活動を俯瞰すると、2012~14年のウィーゼル・ウォルター (ds) やフィリップ・ホワイト (electronics) 等とのデュオ&トリオ作やソロ・アルバムで即興の可能性を追求しながら、2015年(録音は2014年10月)のクリス・ピッツィオコス・トリオ『ゴーディアン・トゥワイン』で初めて「作曲されたジャズ」を志向。それ以降はメンバーや形態を変化させながら、自分の作曲を他者と一緒に演奏することを活動のひとつの核にしてきたように思われる。そんな折、ヨーロッパの音楽家と共演した『プロティーン・リアリティ』は完全な即興作品ではあったが、初期の一触即発の緊張感ではなく、共演者と協同してストーリーを紡ぎ出す共振性(シンパシーと呼ぶには激烈過ぎるが)を備えたスタイルを打ち出した。

配信先行でリリースされた本作は、2015年9月に結成され、12月にライヴ・デビューしたクリス・ピッツィオコス・カルテットの初録音作。2016年4月にブルックリンのシジャーズ・パレス・スタジオでレコーディングされた。メンバーはいずれもニューヨーク在住のミュージシャン。

アンドリュー・スマイリー(g / 1983年生まれ):
Little Women、The Will Mason Ensemble、Empyrean Atlas、Feast of the Epiphanyといったグループで活動するギタリスト。ギターの可能性を拡大する演奏で知られ、個人主義的な演奏スタイルは、容易に他者と迎合することを拒む。そのため彼の音楽は強烈・荒涼・冷徹と評される。2017年にソロ・アルバムをリリース予定。

ヘンリー・フレイザー(b / 1991年ボストン生まれ):
ニュー・イングランド高等音楽院でCecil McBee、John McNeil、Anthony Coleman、Ted Reichmanに指事し、2014年に卒業。ニューヨークでAnthony Coleman、Joe Morris、Tony Malaby等とレコーディングやライヴで共演し、Panama Jazz FestやNew Orleans Jazz & Heritage Festivalなど各地の有名なフィスティバルにも出演する。クリス・ピッツィオコス・カルテットの他にMichael Foster’s The Ghostなどのグループに参加するとともに、ダブルベースのソロ活動もしている。現在ブルックリン在住。

ジェイソン・ナザリー(ds / 1983年アトランタ生まれ):
2005年にジョージア州アトランタからニューヨークへ移り、即興シーンに衝撃を与えてきたドラマー/プロデューサー。Tony Williams、J Dilla、Morton Feldman、Lightning Boltなど多様な影響を受けた個性的な即興演奏で知られる。様々なプロジェクトで活動。最も有名なのはジャズ/パンク/ソウルバンドのLittle Womenで、アメリカ/西欧をツアーし、3枚のアルバムをリリースしている。他にJoe Morris、Darius Jones、Dave Crowell、Olga Bell、Travis Reuter等のレコーディングにも参加。

『片目に顕微鏡を付けて』というアルバム・タイトルから、筆者は70年代アメリカのシンガー・ソングライター、ティム・バックレーのアルバム『グッバイ・アンド・ハロー』(1967)のジャケットを思い出した。冷戦やベトナム戦争などで強大化するアメリカ合衆国に生きる孤独な魂を歌った作品で、右目に顕微鏡のレンズを嵌めて力なく微笑むバックレーの肖像が深い悲しみをたたえている。ピッツィオコスのソロ・アルバム『オブリヴィオン/エクスタシー』のジャケットはバックリーを真似たようにも思える。【*注】

そんなタイトルが想起させる物悲しさとは正反対に、アルバムはドラムとベースの毅然としたタイトなビートでスタートする。凄まじいスピードで音の断片を連射するピッツィオコスのサックスと、弦と弦を痙攣させて火花を散らすスマイリーのギター。複雑極まりないアクロバティックなリズムを反復するドラムとベース。ピッツィオコスの作曲能力がグループの邁進力で二乗されて、電撃ショックを放ちながら聴き手の先入観を破壊する。突進することしか知らない蛇のような初期形態から、放射能をまき散らしながら闊歩する二足歩行へ進化したシン・ゴジラのように、ピッツィオコスの作曲能力が著しい進化を遂げたことは間違いない。

筆者はこのサウンドをファンクと呼びたい。ピッツィオコスの作曲は、変態的な運指を要する難易度高いフレーズの連続だし、拍子記号の不可知なリズムは、踊る手足がピカソの絵画のように出鱈目にコラージュされてしまいそう。しかし、これまでのピッツィオコスの作品の中で最もポップな印象があり、サウンドの中核には紛れもないグルーヴとファンクネスがある。身体は無理でも頭をシェイクして柔らかくすればコンテンポラリー・ジャズやプログレッシヴ・ロックと錯覚しそうな瞬間もある。またオーネット・コールマンが唱えたハーモロディクス理論とプライムタイムで生み出された「フリー・ファンク」の進化型と捉えることも可能だろう。

しかしジャズやプログレやオーネットと異なるのは、ピッツィオコス等が21世紀の申し子であり確信犯であることだ。彼らにとってポップとアヴァンギャルドの境界は存在しない。ジャズもパンクもヒップホップも前衛もすべて等しく「音楽」でしかないという生まれながらに血肉の中に刷り込まれた感覚を武器に世界を撹拌するからこそ、彼らの音は限りなく「リアル」なのである。30分に満たないアルバムに凝縮された無尽蔵の音の飛沫を浴びるとき、我々の感性は活性化し、顕微鏡を外して世界に挑む勇気が湧くのである。

(2016年8月28日記 剛田武)

*注:ピッツィオコス本人に確認したところ、アルバム・タイトルは、「現代のレオナルド・ダ・ヴィンチ」と呼ばれるアメリカの建築家・思想家バックミンスター・フラー(Buckminster Fuller)が宇宙的な視点から地球の経済や哲学を説いた記念碑的著作『宇宙船地球号操縦マニュアル(Operating manual for Spaceship Earth)』(63)にインスパイアされたとのこと。

ダウンロードはコチラから($7.00以上)⇒download 

 

Tim Buckley / Goodbye and Hello
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Chris Pitsiokos / Oblivion/Ecstasy
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剛田武

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。会社勤務の傍ら、「地下ブロガー」として活動する。近刊『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。 ブログ「A Challenge To Fate」 http://blog.goo.ne.jp/googoogoo2005_01

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