#1347 『ZEK TRIO / ZEK ! – A Piano Trio only plays the music of Led Zeppelin』

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text by Takeshi Goda 剛田武

CD2枚組:レーベル名なし  ZEK-001/2  ¥3,000(税込)

ZEK TRIO:
清水くるみ Kurumi Shimizu (p)
米木康志 Yasushi Yineki (b)
本田珠也 Tamaya Honda (ds)

disc1
1.Friends (11’44”)
2.The Song Remains the Same (9’31”)
3.Moby Dick (19’43”)
4.The Rain Song (9’19”)
5.Four Sticks (9’35”)
6.Immigrant Song (6’01)

disc2
1.Bring it on home (10’47”)
2.Ramble on (8’35”)
3.Friends (12’24”)
4.Ten Years Gone (8’52”)
5.Whole Lotta Love (12’41”)
Bonus Trac
6.Intermezzo (2’35”)

disc1.recorded:Shinjuku Pit Inn on Aug.11,2015
disc2.M1.6.recorded:Fuji Koln on Jun.11,2015
M2.3.4.5.recorded:Shinjuku Pit Inn on Jun.12,2015

Recording and Mixing Engineer: Koshu Inaba
SR Engineer: Takahiko Watanabe(Pit Inn)
Mastering Engineer: Naoto Shibuya
Cover&Logo Design:Shuzo Ishizaka

 

絶句トリオに学ぶ理想的アートフォームの形而上学的分析と証明。

筆者の大学時代の音楽サークルの大先輩にして、詩人の林浩平による著書『ブリティッシュ・ロック 思想・魂・哲学』(2013 講談社選書メチエ)は、ニーチェ、ハイデッガー、アガンベンなどの哲学を根拠にして思想の側からロックという「現象」を深く読み解く未曾有の論考である。ハイデッガーの実存の「開かれ」の概念とロック、「新たな霊性を啓くメディア」としてのロック。林は、そういうロック思想・魂・哲学の最高の体現者としてレッド・ツェッペリンの名前を挙げる。鼓動するドラムとベース、咆哮するエレキギター、絶叫のヴォーカルによる「ディオニュソス的陶酔」は、通称ZEPと呼ばれるこの70年代ブリティッシュ・ロックの雄に集約されていると断じる。

日本を代表するジャズピアニスト本田竹曠の息子である本田珠也がドラムを志したのもZEPのドラマー、“ボンゾ”ことジョン・ボーナムの影響が大きいと言う。音楽に囲まれた環境に育った少年が思春期を迎えたとき、ボンゾの逞しいドラミングに陶酔し、フラストレーションによる激情と破壊衝動を、ボンゾのようにドラムを叩くことで創造性へと昇華させたことは想像に難くない。そんな「ディオニソス的陶酔」がジャズへと向かったきっかけも、エルヴィン・ジョーンズにボンゾ的なモノを直感したことだと、本田は告白している。

一方、本田竹曠に師事をしたピアニストの清水くるみがZEPを“発見”したのは、陶酔的なロック衝動というよりも、楽曲にジャズ/即興の素材としての可能性を感じ、想像力を刺激され、森羅万象を内包した宇宙の調和を見いだしたことだと言う。理性的な感覚と、客観的な視点から論理的に判断した清水の「開かれ」は、まさしく「アポロン的」と言える。

芸術は「アポロン的なもの」と「ディオニュソス的なもの」という、ふたつの要素のせめぎあいによって展開してゆく。それはオスとメスによる生殖のようなものだ。ふたつの異質なものが絶えず鬩ぎあい、しかるべきときに両者の和合が訪れる。そんな男女の駆け引きにも似た芸術の特質を、ただ論理的(アポロン的)に理解するだけでなく、ずばり直観的(ディオニソス的)にも把握できれば、美学はおおきく前進することになる。

アポロン的なものとディオニュソス的なものの対立関係は「夢」と「陶酔」という異なる芸術世界に対応させてみるとわかりやすい。ショーペンハウアーによれば、両者が交じり合い両立するとき、宇宙の本体である「意志」が、ひとつの芸術の形をとって発現し、形而上学的な奇跡をおこすという。つまり、アポロン的な清水とディオニソス的な本田(奇遇なことにメスとオスでもある)の鬩ぎあいにより、彼らの美学は高度な次元に達することが出来るのである。

それではトライアングルの最後の頂点、米木康志とは何者か?トリオの中でただ一人ZEPの来日公演を経験した男、しかし音楽的内容をなにひとつ記憶していない男、10年目の1stアルバム発売に際して浄土ヶ浜への憧れを口にする男。

彼の存在は、日本神話に登場する無為の神に該当する。例えば『古事記』では、イザナギとイザナミが生んだ三貴神アマテラス・ツクヨミ・スサノオの真ん中のツクヨミが無為の神として扱われている。心理学者の河合隼雄の著書『中空構造日本の深層』(1982 中公叢書)によれば、日本にはキリスト教のような「中心統合構造」はなくて、常に真中に無為の神がいて、それがうまく左右への行き過ぎを是正しているという。つまり寡黙なスーパーナチュラリストの米木は、両極端の本田と清水の間のバランスを取り、演奏体としてのトリオが崩壊することを防ぐ守護神に他ならないのである。

以上の考察から“レッド・ツェッペリンの音楽だけを演奏するピアノ・トリオ”であるZEK TRIOこそ、哲学的・心理学的・社会学的・神話論的・考古学的に理想的な芸術形態であることが証明された。

(2016年10月26日記 剛田武)

お詫び:愛とスリルに溢れた演奏内容、収録楽曲の分析、ブリティッシュ・ロックとブリティッシュ・ジャズの関係と歴史、レーベル名をつけるのを失念した演奏家の意識の正しさ等、数々の興味深い事例については、残念ながら誌面の関係で割愛せざるを得ませんでした。今後チャンスがあれば、お届けしたいと思います。

 

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剛田武

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。会社勤務の傍ら、「地下ブロガー」として活動する。近刊『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。 ブログ「A Challenge To Fate」 http://blog.goo.ne.jp/googoogoo2005_01

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