JazzTokyo

Jazz and Far Beyond

閲覧回数 37,515 回

Concerts/Live ShowsNo. 223

#921 遠藤千晶・筝リサイタル

text by Masahiko Yuh 悠 雅彦

2016年10月10日月曜日 14:00~   紀尾井ホール

1.散りぬるを(善養寺彩代作曲)~委嘱・初演
2.乱輸舌(八橋検校作曲)
3.筝と管弦打楽のための雅影(石井真木作曲/1980年)
4.舞あそぶ音に~筝とオーケストラのための(松下功作曲)~委嘱・初演

遠藤千晶(筝)
日本フィルハーモニー交響楽団/梅田俊明(指揮)

一心に全身全霊を込めて溌剌と楽器と向かい合いながら演奏という行為に挺身するアーティストの姿、それは演奏家が誰であろうと美しい。この日の演奏が始まってまもなく、遠藤千晶の演奏家魂が虚空を切り裂くように弾け散った「乱輪舌」(みだれりんぜつ)が高潮化していくさなか、八橋検校の作と伝えられるこの楽曲と対峙して、むしろ音楽がもつ不思議な味わいや奥深い魅力を、まるで桜がいっせいに開花する瞬間のときめきのように聴衆の心に響かせた筝の独奏に、私は彼女の天衣無縫とも言うべき音がいざなう世界に遊ぶ柔らかな感性の豊かさを思った。ここでは早掻(はやがき)の技法をはじめ、演奏速度の緩急をコントロールする能力をも問われるという、その意味では「乱輪舌」は演奏者の力量が試される難曲だが、彼女は天性豊かな音楽性と冒険心を厭わないキャラクターを発揮して弾き切った。

それにしても、別掲の演奏曲目を一瞥してお分かりのように、ソロで演奏した「乱輪舌」以外の曲はすべてオーケストラ(日本フィルハーモニー交響楽団)との共演であり、そのうちの2曲がこのリサイタルのために遠藤自身が作曲者に委嘱した新作、つまりは世界初演作であることを見ても、彼女の試みが単なるオーケストラとの共演を超えて尋常ならざる意気込を示す例外的な演奏家魂の発露を示すアドヴェンチャーであることに、聴き手の私の方がエキサイトしてしまうほどだった。冒頭文で触れた「乱輪舌」に触発された石井真木が、生前の1980年に作曲した「筝と管弦打楽のための雅影」でも、初演者の沢井忠夫のライヴCDに触れた彼女がまるで故人とバトンタッチしたかのような溌剌とした意気軒昂ぶりを終始発揮しながら推し進めていく演奏ぶりには戸惑いや優柔不断は微塵もない。プログラムには沢井忠夫のCD解説に執筆した石井真木自身の文章が掲載されている。「乱輪舌」の冒頭の1部を曲の主題のように扱いながら、それがこの曲の展開の重要な作曲要素として組み込んでいく故人の「乱輪舌」への思いの深さとなって結晶している点に、作品の素晴らしさがあるといっていいように思われる。主題を変奏させて展開する西洋的変奏形式が、故人のノーツから借りれば主題を西洋風に変奏させるのではなく、主題とよく似た恩恵やリズムが<全曲に分散配置されている(ちりばめられている)故ではないか>との鋭い指摘からも、故人の「乱輪舌」への思いの強さを窺うことができる。それらをすべて理解し納得した上で、遠藤千晶は果敢に生田流の師でもある初演者、沢井忠夫の後を追い、その上でみずからの力量に賭けて挑戦する気概を示そうとしたのだろう。

その彼女の格別な気概と演奏家としての進境を示したのは、現東京芸大副学長でもある作曲家、松下功にみずから委嘱し、この日が初演となった「舞あそぶ音に~筝とオーケストラのための」の演奏だった。冒頭近くでのカデンツァといい、後半に入った所で再び演奏されるカデンツァといい、この2つのカデンツァを聴いただけで、この日の演奏に遠藤千晶が示した筝の高度な演奏技術、次の1ページのために彼女が2つの委嘱作品を含む演奏に全身全霊を賭けようとした気概が、並々ならぬものであることを再確認させられた。

それにしても、遠藤千晶という演奏家はよほどオーケストラとの競演がお好きらしい。2年前だったか、彼女が藤岡幸夫指揮の日本フィルと共演した定期公演を聴いたことがあるが、彼女のプロフィールを見るとほかにも日本の幾つかのオーケストラと競演しているところを見ると、よほどオーケストラとの競演に演奏家としてのスリルを見出し、かつ満喫しているのだろう。この日も日本フィルハーモニー交響楽団との共演で、梅田俊明の抑制の利いたタクトのもと<ザ・コンチェルト>と銘打った筝×管弦楽団の魅力を、あたかも独り占めにしたかのような喜びを満喫しながら伝えることに奏功した。

遠藤千晶が2009年に『日本伝統文化振興財団賞』を受賞した時の初々しさを思い浮かべると感慨深い。2009年から足掛け7年で彼女は着実な成長を遂げ、いまや邦楽界の第一線を闊歩する。ジャンルとしての邦楽を超えた彼女のさらなる飛躍を私は大いに期待する。

 

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください