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Concerts/Live ShowsNo. 224

#928  読売日本交響楽団・第564回定期演奏会

2016年11月24日 19:00 サントリーホール
reported by Masahiko Yuh 悠 雅彦

1.ピアノ協奏曲第3番ハ短調 作品37(ベートーヴェン)

………………………………休憩………………………………

2.交響曲第4番ホ短調 作品98(ブラームス)

読売日本交響楽団
小林研一郎(指揮)
イェルク・デームス(ピアノ)

私はクラシック音楽から出発し、10代の終わりごろにジャズに溺れ、新世紀に突入して間もなくジャズがかつての貪欲にすべてを呑み込んで大胆に消化する破天荒な磁力を失いかけたころから、クラシック音楽や邦楽を再び熱心に追いはじめるようになった。振り返って、ジャズなどまだ知らなかった中学生のころ、家にあったSPレコードを出発点にクラシック音楽に夢中になり、AMラジオ(当時はFM放送などはなかった)のNHK第2放送が流していたクラシック音楽のレコード放送を聴くため、適当な理由をつけて時折学校を早退したことが幾度となくあった。そのころ聴いたピアニストの一人にイェルク・デームスがいた。当時、パウル・バドゥラ・スコダやフリードリッヒ・グルダとウイーンの三羽烏の1人として活躍したデームスは、スコダやグルダが世を去った今も矍鑠として演奏活動を続けている。そのデームスは今年88歳を迎えた。私にとっても忘れがたいピアニストの一人、デームスが来演して読響と共演するという。これは私には聴き逃せない好機だ。コバケンと読響のことはほとんど眼中になく、ただデームス聴きたさにサントリーホールへ出かけた。
ステージに現れたデームスは好々爺然として、ふと街中で出会ったら人のいいおじいさんとしか見えない彼が、いざピアノに向かうと毅然として、しかし優しさを決して失わない若き日のベートーヴェン作品を淡々と弾く姿に不思議な親近感を覚えた。かつてのスコダの天才肌の演奏、ウィーンの輝きを放つ陽光のようだったグルダのベートーヴェンやジャズともまったく違う、ウィーンの穏健な気風を自然体で発現するデームスの演奏を聴けた至福は、ただデームスの生を聴けたという充足感に満たされたものだった。デームスはピアノの椅子に座ったまま指揮のタクトを見ることもなければ、視線を客席に投げることもなく、まさに淡々と演奏に向き合っているように見えた。

彼の演奏を聴きとどけた時点で、この夜の私のほとんどすべては終わった。私にとってのコンサートはデームスを聴き終えた時点で終わったも同然だった。だが、実際は前半が終わったに過ぎない。まだ後半が残っている。小林研一郎の指揮による読売日本交響楽団のブラームスがあるのだ。もし私が余り関心のないプログラムだったら、思い切って席を立ってもよかっただろう。だが、この夜のブラームスの「交響曲第4番」はその昔、NHK交響楽団の演奏をNHKの第1が放送する時間(N響アワーといった番組名だったような気がする)で、クルト・ウエスの指揮で聴いて惚れ込んで以来、この曲がラジオで流れることが予め分かると学校を早退したほどの愛好曲となった。それは今でもほとんど変わらない。この夜、気持の上でちょっと引っ掛かったのは指揮者が小林研一郎だという点だった。彼の指揮ぶり、あるいはオーケストラをドライヴさせるタクトの運びが、私には好みではなかったというだけのことに過ぎないが、いったん敬遠してしまうと私のように全面的に背を向けてしまう人がいる。ところがこの夜、演奏が始まってまもなく、居ずまいをただして聴き始めた自分がいることに気がついてオヤッと思った。最近聴いた同曲の演奏の中でピカ一といっても過言ではないほど、実にバランスがとれた、しかもアクセントも思い切り伸縮自在につけた「第4番」だったのだ。また小林もいつか聴いたときのように大仰な身振りのタクトではない。ことに第4楽章のシャコンヌの主題から展開部を経て最高潮に達し、コーダへ劇的に高まっていく流れでも、その昔感じたわざとらしさのない自然で均衡のとれた演奏で、第4楽章を聴き終えた瞬間私のコバケンに対するかつての評価は瞬く間に消え去ったように思われた。感銘を新たにした「第4番」だった。アンコールで演奏した同じブラームスの「ハンガリー舞曲第1番」も、「第4」同様の演奏ぶりで申し分なかった。こんなことがあるのかと半ば不思議な気分につつまれながら満ち足りた気分で席を立った。

言うまでもないが、読売日本交響楽団の近年の充実ぶりが小林のタクトの志向する演奏の形を最善の姿に結集させたことは疑いない。東京都交響楽団といい、京都市交響楽団といい、この読響といい、近年の充実ぶりには目をみはらせるものがある。この夜の読響(コンサートマスターは日下紗矢子)の流麗な演奏を称えたい。

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

#928  読売日本交響楽団・第564回定期演奏会」への1件のフィードバック

  • 素晴らしいDemusの演奏でしたよね。2018年12月2日はいよいよDemusの90歳。東京の紀尾井ホールでの記念リサイタルがあるようです。Demusの音楽人生そのものを聴いて来ようと思います。
    今のピアニスト達には表現出来ない品性の高い音世界と音楽です。

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