#73 悲喜交々

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渡辺貞夫が東京文化会館(小ホール)のプラチナ・シリーズに初登場した。
いちどこの目と耳で確かめたいと思っていたドラマーのケンドリック・スコットが渡辺貞夫のもとに馳せ参じると聞いて、ほかの催しには思い切って目をつぶることに決めた。実は、この夜は幾つかのコンサートが重なっており、強く誘われていたもうひとつのコンサートに出席する旨の返事を済ませたあとだったのだ。一方、スコットとは4つ違いのベン・ウィリアムスは今やトップ・ベーシストの1人と目されるだけの期待の俊英である。ピアニストのクリスチャン・サンズについては何の知識もない。ただ、この両者と肩を並べるピアニストなら相当な力をもつ器に違いあるまいと勝手に思い込んだ。そのとたん、なぜか急に彼らのプレイを聴きたくなった。約束していたコンサートは諦めることにし、一方の催しについては当該オフィスへ断りを入れ、文化会館の聴衆の1人となった。
しかし翻って、渡辺貞夫の年齢や体調を考えたら、一抹の不安がないわけではなかったというのも事実。このコンサートの直前に迎えた誕生日で、彼は84歳になった。方や、彼より4歳も上の年齢で若手顔負けの矍鑠(かくしゃく)としたプレイを続ける北村英治の存在が恰好の励みになっているとしたら、私たちファンにとってもこんな嬉しいことはない(ちなみに、その北村英治はカルテットを率いて、12月のプラチナ・シリーズ<クリスマス・ジャズナイト>に登場することになっている。今から待ち遠しい)。

出だしはやや遠慮がちに見えたものの、渡辺貞夫のあの滑りのいい艶つやしたアルト・サックスの音色(ねいろ)には少しの変わりもなく、目を閉じて聴いていると以前どこぞで聴いたときの活きのいい彼の姿がダブって見えるほど、演奏を重ねるにつれて3人の若い有能な黒人ミュージシャンとの呼吸も調和し合い、秘かに心配したアンサンブルややり取りの乱れもなくスムースに展開した。惜しむらくは展開がやや単調で、テーマ提示、ソロのリレー、小節交換と、いささか型通りだったことだ。それと、渡辺貞夫が演奏曲の説明などにトークのマイクを使わなかったため、会場を埋めた大半の人々の耳にまったく届かなかっこと。意外だったのはこれまでだったら何曲もプログラムを飾ったスタンダード曲や彼の愛奏曲であるバップ・チューンが最後の最後まで現れなかったことだ。わずかに後半の締めくくりでチャーリー・パーカーの「 Moose the Mooche 」を演奏したことぐらい。昔からのファンは最後で溜飲を下げたろうか。あとはすべて彼の最近のオリジナル曲で、「PlumIsland」、「Episode」、「Deep in a Dream」、 「Re-Bop」等々。細かいことにまで立ち入る必要はあるまい。彼が昔と変わらぬ屈託のない表情で元気なプレイを見せてくれていることだけで充分。渡辺貞夫の機嫌も上々。アンコールにも気軽に応える。最後は復興支援ソング「花は咲く」(菅野よう子作曲)をサービスして締めくくった。
渡辺貞夫自身が選んだというバックのトリオ。ベースのウィリアムス以外は初共演だということだったが、ピアノのサンズといいドラムスのスコットといい出色の逸材ぶりを発揮したプレイが印象的だった。洗練されたフィンガリングが魅力的なサンズより、ロバート・グラスパーらとの共演経験を持つスコットの洗練された豊かな創造性を感じさせるドラミング(打楽器奏法)に高い関心を抱いた。

そういえば、近年、シャープな技量と豊かな音楽センスを持つ若いドラマーが続々と出現している。日本という限られたマーケットの中でもドラムス分野から注目すべき人材が来日しているのをご存知だろうか。昨年だったが、かのロバート・グラスパーがトリオを率いて来演した(ブルーノート東京、12月20日)とき、超満員の中に見覚えのある顔があった。ドラマーの大槻 KALTA 英宣だった。珍しく最近の若手ドラマー談義に花が咲いた。グラスパー・トリオのドラマーはダミオン・レイド。初めて目にするドラマーだったが、大槻が感心するくらい細かい手さばきとグラスパーとの呼吸のよさが印象に残った。そういえば、今ごろ(3月10日より3日間、丸の内のコットンクラブ)は、エリック・ハーランドがサックス奏者ウォルター・スミスⅢを含むクヮルテットを率いて来演しているはず。チャールス・ロイドやジョシュア・レッドマンとの共演で私も期待をしている現在注目の中堅ドラマーの1人だ。1月に来演したトランペット奏者マーキス・ヒル・クヮルテット(16、17日、同コットンクラブ)のドラマー、ジョン・デイヴィスが負けず劣らず目をみはる素晴らしさだった。2014年のセロニアス・モンク・コンペティションの覇者マーキス・ヒルの目の覚めるようなプレイを引きた立てていたのがジョン・デイヴィスだったのだ。マックス・ローチ、エルヴィン・ジョーンズ、はてはロイ・ヘインズらジャズの歴史に名を刻んだ偉人や名手の大半が世を去って、新しいジャズの時代を担っていくのは間違いなくこうした若い獅子たちである。ドラムスの世界もむろン例外ではない。ドラマーに限らず、こうした活きのいい新鋭たちが次代の歴史を作っていくのだ。


相も変わらず精力的な活動を続けている田村夏樹=藤井郷子夫妻から、つい先ほど新譜が送られてきた。『Trouble KAZE / June』(Circum–Disc/LX009)とある。夫妻がピーター・オリンズらと活動しているKAZE とどう違うのか?藤井郷子本人による同封の説明文には次のようにあった。
<Trouble Kaze >は名前の通り、KAZEにドラムとピアノを加え、2ドラム、2ピアノ、2トランペットという変則セクステットです。ダブルトリオ、あるいはトリプルデュオでもあります。ピアノが2台ある会場を探すのはまさにトラブル(Trouble Kaze のもじり)。このバンドもKaze同様、ドラムのピーター・オリンズのアイデアです。ピアノのソフィーはフランスの即興シーンでは長らく活躍を続けていて、2014年からはフランスのナショナル・オーケストラでも演奏しています。ドラムのディディエも同国の即興シーンでは有名です。このバンドは Kaze と違い、譜面を使わずにインプロヴィゼーションだけで、それも楽器の伝統的な演奏方法にとらわれない方法で演奏します。私もソフィーも、ピアノの鍵盤よりは、内部演奏している時間の方が長いし、トランペットもドラムも普通の方法は使いません。ピアノが2台のため、2015年2月結成以来、3回の公演しかしていませんが、来月(3月)に第4回をベルリンで行うことにしています(藤井郷子)。
付け加えれば、本CDの演奏は昨年6月20日、フランス(Lille–France)のマルテリエ(Malterie)でのライヴ。録音などの作業はすべてピーター・オリンがあたった、とある。 演奏者は、(tp)田村夏樹、クリスチャン・プリュヴォ、(p)ソフィー・アニエル、藤井郷子、(ds)ディディエ・ラセール、ピーター・オリンズの6名。

それにしても、田村夏樹=藤井郷子夫妻の精力的な活動は両者が米国での留学や演奏活動から帰国した1997年から一貫してまったく変わらない。活動や音楽を通して創造する姿勢に爪の先ほどもブレがないのだ。カナダのさる批評家が藤井郷子を「ジャズ界でもっと注目すべき新人」(コーダ誌)と大書してから約20年経ったが、彼女自身はむろんのこと田村夏樹との活動においても変わらない。彼女が敬愛してやまなかったポール・ブレイやジョージ・ラッセルが逝き、ジャズの有りようも過去の尺度がまったく当てはまらないほどに変化した。だが、音楽に立ち向かう彼女や彼らの意気ごみや創造的スピリットにはこれっぽっちの変化もなかったといっても誇張にはならないだろう。その間、彼らには何度驚かされたか分からない。それも1度や2度ではない。近くは2年前の7月、新宿ピットインでの<藤井郷子 3 Days>と銘打ったイヴェント。初日の彼女のオーケストラ東京に始まって、2日目の藤吉Night(藤井郷子と吉田達也との対決)、3日目の最終日はGato Libre とTobira–one。前者では彼女はアコーディオンで田村夏樹のトランペットと金子泰子のトロンボーンを向こうにまわして奮闘し、夫妻がドラムの井谷享志と組んだ後者では自身の音楽をありのままに表出する彼女の率直な言葉遣いを楽しんだ(中核メンバーのベース奏者トッド・ニコルソンはニューヨークへ帰国中のため不在)。といっても、これはほんの一例に過ぎない。2009年の初頭、4タイトルのCDを<一挙同時発売>したときの驚きは今も脳裏にある。翌年には3作を同時発売。つまり、こんなことは彼女や田村にとってはごく当たり前のことなのだ。何年か前だが、夫妻が年平均4枚以上のCDを10年間休みなく続けていることを知って、個人的にはこうした話題に余り深入りしないことにした。


ここまで書き終えたとき、突然、藤井聡子さんから思いもよらぬ悲しいメールが舞い込んだ。
「2月20日早朝、闘病していた木村昌哉さんが亡くなりました。ただただ辛いです」。
絶句するほかなかった。
木村昌哉は藤井郷子のジャズ・オーケストラ東京の不動のテナー・サックス奏者で、松本健一と並び立つ両雄の1人、まさにかけがえのない1人だった。実は私自身も個人的に彼の助けを借りたことがあった。パソコンがうまく働かなくなったときだったが、相談した藤井さんから機械に詳しい人間として木村さんを紹介されたことがあり、彼に家までご足労願ったことが あったのだ。彼は面倒くさい顔などまったく見せず、気持よく足を運んでくれた。あれこれと処置をしてくれたおかげで、ピンチを一時的にしのぐことができ、仕事を無事に済ませることができた。その彼が、私よりはるかに若い彼が、先立ってしまうとは。長く生きているとかくも悲しい目に遭うことは絶対に避けられないということか。
去る1月9日に新宿ピットインでの<あれもこれも>と看板を掲げた田村夏樹=藤井郷子の2部にわたるコンサート。Quartet Maho(田村、藤井、加藤崇之、井谷享志)に続いて、藤井郷子オーケストラ東京が勢揃いしたが、メンバーは1人を除いて常とまったく変わらなかった。サックス・セクションにはいつもと変わらず、ただ木村昌哉の顔だけがなかったものの、彼が闘病中であるとは聞いていなかったこともあったゆえか、それにいつもの調子でバンドの凄まじい演奏を思い浮かべながら書いてしまったせいで、木村さんが元気にサックス・アンサンブルの中心に座っているとすっかり思い込んでしまったらしい。そのため当初、木村さんがサックス・セクションに座っていると勘違いしたまま書いた原稿を提出してしまった。それがそのままアップされてしまったのだ。その文章を読んだ藤井郷子さんから、当日はすでに彼が闘病中であることを指摘されて初めて、彼がサックス陣にいなかったことをあらためて確認したというわけで、この部分だけ書き直させていただいた。お許しいただきたい。わざわざお知らせ下さった藤井聡子さんにはお詫びとともに深甚の謝意を表したい。
休憩を挟んで、このあとTobira–one、Toh–Kichi(藤吉)と続き、まさに<あれもこれも>。最後にSatoko Fujii Quartet が登場した。メンバーは田村、藤井、ドラムスは藤吉の吉田達也、そしてベースが早川岳晴。早川がこのクヮルテットで演奏するのは本当に久しぶり。久々の共演で互いに燃えたのかもしれないが、聴いていても自然にエキサイトさせられるほどの熱演。本当はこのクヮルテットの演奏を寸評したかったのだが、木村昌哉の訃報でそれどころではなくなった。藤井さんからのメールでは「闘病されていた」とある。すると彼はこの1月~2月にかけて癌と闘っていたのだろうか。藤井さんは言葉を継いで「これからがますます楽しみなミュージシャンだったのに」と記していた。藤井さんはさぞ辛かろう。私は今はまだとても信じられない気持だ。木村さん、冗談だよと言って戻ってきて下さい。
もう一度、衷心より祈る。木村さん、冥福を祈ります。(2017年2月24日記)

(追記)
原稿を提出した翌日の新聞(2月25日夕刊)で、日本の誇るピアニストの一人、辛島文雄が膵臓がんで68歳の生涯を閉じたことを知り、再び涙した。彼は私には最も忘れがたいピアニストの1人だった。というのも、彼の初リーダー作『ピラニア』(whynot)をプロデュースしたのが他ならぬ私だったからだ。この一作は当時トリオ・レコードから発売されたが、録音を担当してくれたのが及川公生氏、発売の責任者が稲岡邦彌氏という、現JAZZTOKYOの重鎮のお2人だった。因縁の深さを思わずにはいられない。改めて辛島文雄の冥福を祈る。
辛島さん、お疲れさま。合掌。

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悠雅彦

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

One thought on “#73 悲喜交々

  • 稲岡編集長
    2017年5月7日 at 11:19 AM
    Permalink

    5月8日(月)19:30 open 20:00 start
    渋谷『公園通りクラシックス』
    魔法カルテットwith スペシャルゲスト 赤井祐介 – guitar
    田村夏樹 – trumpet
    加藤崇之 – guitar
    藤井郷子 – piano
    井谷享志 – drums
    予約\3000 当日\3500
    http://koendoriclassics.com/

    5月9日(火)19:30 start
    西荻窪『音や金時』03-5382-2020
    ガトー・リブレ
    田村夏樹 – trumpet
    金子泰子 – trombone
    藤井郷子 – accordion
    \2700(飲食別)
    http://www2.u-netsurf.ne.jp/~otokin/

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