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Concerts/Live ShowsNo. 230

#955 ティグラン・ハマシアン・ソロ・ピアノ

Tigran Hamasyan Solo Piano
2017.5.25 Hamarikyu Asahi Hall, Tokyo東京・浜離宮朝日ホール

Text by Hideo Kanno 神野秀雄
Photo by ⓒRyo Mitamura 三田村 亮

 

Tigran Hamasyan ティグラン・ハマシアン (Steinway D−274 piano, Micro KORG XL synthesizer, voice)

企画・招聘: シャ・ラ・ラ・カンパニー Sha-la-la Company / SHIKIORI 松永誠剛 Matsunaga Seigo
音響: 福岡功訓 Katsunori Fukuoka (Fly sound)
照明: 渡辺敬之 Takashi Watanabe

New Baroque
Fides Tua
The Cave of Rebirth
Egyptian Poet
Marks and Markos
Nairian Odyssey

Liac
Someday My Prince Will Come
Leninagone

 

 

all photos by  ⓒ Ryo Mitamura
アルメニア出身のピアニスト、ティグラン・ハマシアン。1987年7月生まれの29歳。アルメニアは黒海とカスピ海の間、トルコ、ジョージア、アゼルバイジャン、イラクに挟まれた高地にある小国だが (ちなみに吹奏楽経験者は、アルフレッド・リード<アルメニアン・ダンス>から認識したりする)、音楽では古くから不思議な存在感を放ち、たとえば ECM でも早くからアルメニア系の名前が散見されてきたし、マンフレート・アイヒャーもアンテナを張ってきたと推測される。そんな中で、現在、世界から特に注目を浴びている音楽家がティグラン・ハマシアンだ。

3歳でロック、10歳でジャズに目覚め、2006年「セロニアス・モンク・コンペティション」で優勝し注目されるが、それから10年立ち止まらず探求と進化を続ける。最近ではピアノトリオでのデスメタル的アルバム『Mockroot』(Nonesuch)、5世紀から現代までアルメニア宗教音楽を編曲し合唱とともに探検する ECM デビュー作『Luys i Luso』(ECM2447)、ノルウェーのヤン・バングらと共演した『ATMOSPHÈRES』(ECM2414/15) とプロジェクトごとに大きく形を変えるが、そこにはぶれない一貫した音楽がある。

2014年9月にピアノトリオで来日、15年はトリオでの来日が中止となり、今回は3年ぶりで、『An Ancient Observer 太古の観察者』(Nonesuch) の4月リリースを受けてソロ公演。東京と福岡県宮若市 SHIKIORI は早々と完売、その他、沖縄がらまんホールと屋久島自然公園の計4カ所でコンサートが開催された。

アコースティック・ピアノでのシンプルなソロを想像していたが、ステージでは、ピアノの左90度に配置されたシンセサイザーとエフェクターに目が行くし、謎の棒が数本立っているのに気付く。会場が暗くなり異様な興奮に包まれる中、ティグランが登場すると、立ったままシンセサイザーに向かい、パイプオルガンを彷彿させる低音からループを創り始め、高音に向けて音を積み重ねながら変化し、やがてアルメニアの旋律を感じさせるピアノの音をそこに挟みながら世界が創られていく。『An Ancient Observer』から<New Baroque>だ。立っている棒には電球がついていて工夫された照明であることに気付く。ティグランの音とともに、福岡功訓が Taguchiフラットスピーカーを選定した上、ピアノ、シンセ、ヴォイスの残響を統合しながら自然な深い音響を創り、渡辺敬之の点と面と空間を行き来する照明が浜離宮朝日ホールを特別な空間にする。

シンセサイザーはよく見ると、Micro KORG XLという3オクターブ鍵盤で5万円程度のシンプルなものだ。ヴォコーダーの機能も持つが、今回のティグランは声にエフェクトはかけていない。これにマルチエフェクターKORG KAOSS PAD QUADに、TC Electronic Flushback Delay、TC Electronic DITTO Looper – Flushback Delay などを組み合わせている。自らもMicro KORGを持っていると言う林正樹によると、このTCのディレイ&ルーパーの組み合わせは、ギタリスト、ヤコブ・ブロと共通であるのが興味深い (林は藤本一馬とともにヤコブと共演したばかり)。

そして、懐かしく切ないピアノのフレーズから始まり魂の奥に入り痛みと安らぎを行き来する<Fides Tua>。美しいピアノのパッセージが続き、ティグランの高音のヴォイスが心地よく響く<The Cave of Rebirth>。その高音の声の節回しはアルゼンチンのペドロ・アズナールを彷彿させることもある。タイトル通りに秘めた生命力を感じさせる1曲。

低音の唸るような声、細かなヴォイス・パフォーマンス、ピアノのうねり、時間を遡るような感覚で聴く<Egyptian Poet>、やがて望郷するような歌へ。思えばアルメニア人の失われた故郷でもあるアララト山周辺は、旧約聖書の「ノアの方舟」につながり、エジプトへ、パレスチナ、イスラエルへさまざまな人と文化が行き来した世界の雑踏と荒野、時間と空間に想いを馳せる。と思ったら本人もアルメニアの風景を見ながら『An Ancient Observer』に想いを馳せたと書いていた。日常と陰鬱と希望が交錯するような<Markos and Markos>。これらの曲は公式 YouTube でも公開されているのでご覧いただきたい。

ティグランの音楽はシンプルでもありながら、1曲の中にさまざまな要素が蠢きもつれ合うが、それはシームレスに移ろって行く。ロックもジャズもクラシックもアルメニア音楽も曖昧な中に顔を出す。たとえば上原ひろみの音楽が1曲の中に起承転結をもって変化し要素に溢れているのと対称的だ。それだけに曲を楽しむというより、水の流れや風を一緒に感じながらその風景と感覚を共有する感覚に近い。随所に入るアルメニアの旋律やスケールが心地よい切なさを誘い、日本人の魂にも共鳴する。

もちろんピアノ演奏に重点はあるが、ピアニストがおかずにシンセや声を入れるのではなく、ティグランの頭の中に、ロックからアルメニア聖歌までの音が混在しながら新しい音が生まれて来る中で、必然的な表現方法として、シンセ、ピアノ、声が渾然一体となり自在に組み合わされている。エスペランサ・スポールディングがベースから声までをシームレスな表現手段に使うように。すべてが繋がり、ティグランの頭で鳴る音が静かに展開していく。

休憩なしで約1時間20分の演奏。締め括りは<Nairian Odyssey>で、このミニマルで賑やかな曲で不協和音の中、突然止まる感覚で、ステージが終わる。それすら不思議な心地よさを残す。短くも充実した時間も満足した観客からの拍手が止まらない。

アンコールは<Liac>。テンポが揺れながら切なくピアノが歌い心を掴まれクライマックスとなる。鳴り止まない拍手で、アンコール2曲目に<Someday My Prince will Come>、ファーストアルバム『a fable』に収められたヴァージョンだがより長尺でより変態化している。何だこりゃなリハーモナイゼーションで、リズムも崩していき、原曲から遥かに離れて行くようでもあり、しっかりつながっているようでもあり、そしてこの曲にして最高の演奏で魂に沁みる美しさがある。これでノックアウトされて、スタンディングオベーションで拍手が止まらない。そして、3回目のアンコールへ。MCで1988年のアルメニア地震に触れた。約25,000人が亡くなり、40万人が家を失う。ティグランの記憶にはないだろうが、ティグランが幼い命を落としたかも知れず、今でも癒えることのない悲しみ。その鎮魂をこめたかのような<Leninagone>でコンサートを終えた。

企画・招聘で自身もベーシストであるSHIKIORIの松永誠剛に、今回のティグランの想像を超えた知名度と人気について訊くと、「今の時代が必要としてくださっている、、のかも知れません。」と語っていたのが、終演の瞬間に腑に落ちた気がする。観客たちの満足感も他のコンサートとは違う特別のもののように見えた。ティグランは聴く者を時間と空間の迷路に誘い、ともに魂の旅をする。このひとときを知らずに求めていた気がするし、特別過ぎる瞬間が成立するのは必然ではなく偶然の何かもあり、ここに導いてくれた何か、そして心を尽くして実現くれた方々に深く感謝したいと思う。次回の来日には、ぜひその目撃者、共有者となることをお勧めしたい。

 

【関連リンク】

Tigran Hamasyan official website

http://www.tigranhamasyan.com/

Tigran Hamasyan / An Ancient Observer

http://www.tigranhamasyan.com/ancientobserver/

Fides Tua

The Cave of Rebirth

Markos and Markos

Mockroot (Behind the Scene)

Tigran Hamasyan Trio at Cotton Club (September 26, 2014)

INTOXICATE インタビュー by 若林恵

http://tower.jp/article/feature/2011/11/21/eg_tigranhamasyan

【JT関連リンク】

『ティグラン・ハマシアン / An Ancient Observer〜太古の観察者』(多田雅範)

https://jazztokyo.org/reviews/cd-dvd-review/post-14162/

『Tigran Hamasyan/a fable』(若林 恵)

http://www.archive.jazztokyo.org/five/five788.html

このCD2015海外編『Tigran Hamasyan / Luys I Luso』

http://www.archive.jazztokyo.org/best_cd_2015b/best_cd_2015_inter_05.html

 

 

神野秀雄

神野秀雄 Hideo Kanno 福島県出身。東京大学理学系研究科生物化学専攻修士課程修了。保原中学校吹奏楽部でサックスを始め、福島高校ジャズ研から東京大学ジャズ研へ。『キース・ジャレット/マイ・ソング』を中学で聴いて以来のECMファン。Facebookグループ「ECM Fan Group in Japan - Jazz, Classic & Beyond」を主催。ECMファンの情報交換に活用していただければ幸いだ。

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