#957 ダイアン・リーヴス

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2017年5月29日(月曜日)at  Blue Note ブルーノート東京

text by Masahiko Yuh 悠 雅彦
photo by Takuo Sato 佐藤拓央

ダイアン・リーヴス (vocal)
ピーター・マーティン(piano)
ロメロ・ルバンボ  (guitar)
レジナルド・ヴィール (bass)
テレオン・ガリー  (drums)

1.Broad-moor
2.The Twelfth of Never
3.Minuano
4.Infant Eyes
5.All Blues
6.Cold
7.Waiting in Vain

Encore : You Taught My Heart to Sing

実は、期待を控えめにして、初日のステージを聴いた。それというのも、まだ眩しいほどの初々しさが身を包んだ衣装から弾け飛ぶかのようなダイアン・リーヴスと初めて会った日の印象が、彼女の名前を聞いただけでいまだに鮮明に脳裏に甦ってくるからだ。あれは彼女がマウント・フジ・ジャズ祭に出演するために初来日した1987年8月のことで、小さなインタビュー記事を書くためだった。30年も昔のこと。彼女は30歳を過ぎたばかりだった。彼女に何を訊ねたかは、今となっては何一つ覚えていない。ただホテル・オオタニのラウンジに彼女が付き人と現れたときの涼やかな初々しい笑顔が脳裏にこびりついている。あれから30年が経ったのだ。つまり、30年前のダイアンが現れるわけがない、ということ。

今般の来演は4年ぶりと聞いた。ピーター・マーティンらクヮルテットの演奏をバックに舞台へ登場したダイアンは、脳裏で微笑み続けるあの日のダイアンの母親のようだった。無理もない。ダイアン・リーヴスは1956年10月23日生まれ(デトロイト)だ。ということは現在、彼女は61歳。シンガーとしては峠を越したと言っても、あながち的外れではないと思う。とはいえ、この新世紀に入ってからというもの、私は彼女のコンサートをほとんど見る機会を失している。それを棚に上げた物言いには改めて非を詫びなければならないが、あれほどファンを魅了したチャーミングなダイアンが長い歳月を経て私の目の先で貫禄豊かな姿態と表情で、むしろ堂々とした貫禄豊かな歌いっぷりを通して聴く者を酔わせるという不思議な恍惚感を私は歓喜して味わったのだ。かつてモダン・ジャズ全盛期にまばゆい光を放ったエラ=サラ=カーメン時代を経て、エラ・フィッツジェラルド、サラ・ヴォーン、カーメン・マクレェからジャズ・ヴォーカルの歴史へ寄与するバトンを受け取ったシンガーは、実際、ダイアン・リーヴスとカサンドラ・ウィルソンをおいてない。中でも5度もグラミー賞を受賞し、特に2003年に『リトル・ムーンライト』がベスト・ジャズ・ヴォーカルアルバムに選ばれたことで3作連続のグラミー賞に輝いたとき、彼女は絶頂期、恐らくはキャリアの頂点に達したといっていいかもしれない。それから14年。ダイアンはジャズ・ヴォーカルのトップをきわめて今日にいたっている。

場内は超満員。この数年、「ブルーノート東京」に限らずこの種の大型ライヴハウスは特にシンガーが出演する週となるとどこも好況に沸いているが、それにしてもこの活況ぶり。これってダイアン・リーヴスの人気ゆえなのか。彼女がバックの音楽に乗って登場し、第1曲「Broad–moor」を歌い始めたときの観客の熱い拍手を通して、確かに期待の大きさをうかがうことができた。メドレー風に歌い継いだ曲が何と「The Twelfth of Never」。ちょうどハード・バップ黄金期がクライマックスを迎えようとしていたころだから鮮明に覚えているが、ジョニー・マティスがたしか「いついつまでも」の邦題で歌った曲で、彼の「お見当て違い/It’s Not for Me to Say」に続くヒット曲だった。確かこのあとエルヴィス・プレスリーも取り上げた。当時はジャズ・ヴォーカルには不向きなポップソングととらえる向きもあったが、ダイアンのこの曲を聴いているとジャズ・ヴォーカルかポップ・ヴォーカルかを分ける最大の要素はその曲に対するアプローチの差、あるいはそうした取り組みの本質的な違いであるということがよく分かる。

ステージが盛り上がりはじめる中盤でダイアンがウェイン・ショーターの「Infant Eyes」とマイルス・デイヴィスが名高い『カインド・オヴ・ブルー』で演奏した「All Blues」を巧みな唱法で披露したあと、クライマックスに相当する次の「cold」や70年代末のボブ・マーリーのヒット曲「Waiting in Vain」で観客をエキサイトさせ、舞台を大きく盛り上げた巧みな展開術に、30年以上にわたって人気を保ち続ける彼女の、単なるジャズやポップの垣根を越えたシンガーとしての成熟した姿にあらためて感嘆しないわけにはいかない。加えてその上「Cold」ではロメロ・ルバンボのギターだけをバックに全編スキャットを披露しながらも、決して単なるジャズ臭いスキャットに堕さず、大勢の観客の拍手を誘うところがいかにも巧者ダイアン・リーヴスらしい。2003年に『リトル・ムーンライト』で4度目のグラミー賞(Best Jazz Vocal Album)に輝いた彼女の、いわば真骨頂といって過言ではない充実したステージだった。

10年以上にわたってコンビを続けるピーター・マーティンやロメロ・ルバンボが彼女を支えているという目に見えぬ安心感もむろん無視するわけにはいかない。それ以上に私にとって嬉しかったのは、久方ぶりに名手レジナルド・ヴィールのベース技法を目の当たりにできたことだった。

http://www.bluenote.co.jp/jp/artists/dianne-reeves/

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悠雅彦

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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