#966 照内央晴・松本ちはや《哀しみさえも星となりて》 CD発売記念コンサートツアー Final

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2017年7月21日(土) 東京都江東区・ティアラこうとう

Reported by Akira Saito 齊藤聡

照内央晴 (p)
松本ちはや (perc, vo)

照内央晴、松本ちはやというふたりの即興演奏家によるCD作品『哀しみさえも星となりて』は、2016年2月21日に、渋谷の公園通りクラシックスで行われた演奏の記録である。その発売を記念して、2017年2月12日の船橋きららホールを皮切りに、この日(同年7月21日)のティアラこうとうまで、日本各地でツアーが行われた。

レコ発とは言え、特定の曲が演奏されるわけではない。毎回、ふたりは特に何も決めずに完全即興演奏に臨んでいる。共通する点は、ピアノ、パーカッションという楽器のみである(場合により他の共演者も参加する)。従って、彼らの演奏に立ち会うことは、演奏者だけでなく聴き手にとっても文字通り唯一無二の体験となる。

また、このことは、演奏された直後の音の響きだけでなく演奏そのものが、場により、通常よりも大きく影響されることを意味してはいまいか。彼らのパフォーマンスは振る舞いとシームレスにつながっているからである。CDは、公園通りクラシックス特有の空間を想像しながら聴いた。ツアー初日の船橋きららホールでは、ちょっとした間合いや距離感があり、それが音を出すことへの緊張感を生んでいたように思えた。照内央晴は、模索の果てに「その時」が到来すると殻を決壊させるプレイを行うことがしばしばあり、ステージ全体でのダイナミックな展開に貢献した。入谷のなってるハウスでは(2017年3月27日)、小さいハコならではのアグレッシブな感覚があった。そしてこの日は、これまでよりもふたりの演奏が有機的・親密につながり、オムニバスの短編映画のように、短い時間で音風景を転換させ続けるステージとなった。もちろん、場の効果だけでなく、デュオを続けてきたことによる成熟や変化による結果でもあるのだろう。あるいは、たまたまそうであったのかもしれない。完全即興演奏の面白さである。

最初は、照内が静かに懐かしくも冷たくもある旋律を弾いた。松本はやはり静かに銅鑼を響かせ、太鼓を爪で引っ掻き、存在を示し始める。次第に速度を持ち、それは照内にも伝播した。松本のパーカッションによるダンスや跳躍もまた照内に伝わり、パーカッシブなピアノへと昇華した。

突然の静寂。南米の木の実が触れ合う音が予兆となり、松本がマリンバを弾いた。それはまるでパントマイムを幻視させるサウンドだった。ふたりのシンクロののち、急にピアノが強い音を発した。松本は座り、その音を意図的に身体の中に侵入させているように見えた。そして時間の流れ自体を認めるかのように、壺状のウドゥドラムから奇妙な音を次々に放った。彼女は次に、金属球に何本もの金属棒が付いたウォーターフォンを擦り、甲高い音により、どこか遠くの世界における白昼夢を創出した。

30分が経ち、速度による騒乱がサウンドの主役に躍り出た。松本は棒ですべてを叩き、照内は音のクラスターを作った。しかし、この騒乱は、松本が客席を横切り、玩具を弄ぶような演奏を始めたことによって、別の局面に入った。

一方の照内は、納得しているかのように足踏みでリズムを取っていたのだが、松本がステージに戻り、時間の進行がサウンドの中心となった。やがてふたりが一体となって音圧を高めていった。ピアノはもう後戻りできず、飛び続ける他はない。やがて、照内がコアの旋律を見出した。松本が呼応して、それを受け容れる響きを作りあげた。

収束に向かって力を振り絞る。松本が太鼓を渾身の力で叩き、それにより銅鑼が共鳴して響いた。そして音楽は、また、遠くへと去っていった。

アンコールに応えての短いパフォーマンスでは、松本の唄も含め、ふたりとも様々な音を選んで試しているようにみえた。これがまた、デュオであろうとなかろうと、今後の彼らのサウンドの要素として展開していくのかもしれない。

(文中敬称略)

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齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 環境・エネルギー問題と海外事業のコンサルタント。著書に『新しい排出権』など。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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