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Concerts/Live Shows特集『クリス・ピッツィオコス』No. 234

#971 JAZZ ART せんがわ 2017

2017年9月16日(土)・17日(日) 調布せんがわ劇場、仙川駅前公園他

Reported by 剛田 武 Takeshi Goda and  齊藤聡  Akira Saito(Chris Pitsiokos Solo)

Photos by Masaaki Ikeda, except  *by 剛田 武 Takeshi Goda  and  **by 齊藤聡  Akira Saito(9月17日)

 

 

JAZZ ART せんがわ2017
祝・第10回

いい音が息づく いい街に近づく いい風を感じる

飼いならされた耳が大空にはばたく時
親密になることで知性が野生を連れて来る

よりローカルに よりワイルドに よりディープに

お祭りではなくてコミュニケーションの5日間
音楽は生命の力を育ててくれる

(斜体はJAZZ ARTせんがわ 2o17 公式サイトからの転載。 以下同)

 

2008年7月に第1回が開催された東京都調布市のローカル国際音楽フェス『JAZZ ARTせんがわ』の記念すべき第10回目。筆者にとっても2013年から毎年通っている秋の風物詩である。今年は過去最長5日間の開催となったが、土日の2日間3つのプログラムを観た。数日前に別のライヴ会場で会ったジャズ関係の知り合いに「JAZZ ARTせんがわに行きますか」と尋ねたところ、「縁がなくて(行ったことが無い)」という返事だった。筆者が通うきっかけは灰野敬二が出演したことだが、そこから生まれたせんがわとの縁に感謝するばかりである。願わくば多くの人が何らかのきっかけで縁を結んでいただきたいものである。

 

9月16日(土) 13:30 – 15:00
巻上公一ディレクション
VocColours(ヴォク・カラーズ)with 北陽一郎/小森慶子×モーガン・フィッシャー×巻上公一 Alive Painting:中山晃子

VocColoursの面々とは、2015年にモスクワから北に電車で23時間もかかる街、アルハンゲリスクの有名なジャズフェスティバルで会った。いい大人が自由奔放に声で遊んでいる姿は、多くの観客の気持ちを解放してくれることだろう。兼ねてから交流のある北陽一郎が加わる。そしてモーガン・フィッシャーの豊かなキーボードの演奏と小森慶子のクラリネット、巻上公一のトリオは初顔合わせのマジックを企画している。

VocColours/ヴォク・カラーズ(即興ヴォイスグループ)、北陽一郎(Tp、Laptop)
小森慶子(Cl)、モーガン・フィッシャー(Key)、巻上公一(Vo etc.)
中山晃子(映像)

●小森慶子×モーガン・フィッシャー×巻上公一

 

巻上のテルミンとヴォイスとコルネットと尺八の奇矯さに小森のクラリネットとバスクラの優雅さ、モーガン・フィッシャーの玩具やキーボードの悪戯っけが相俟って、ちょっとエキセントリックな午後のひとときを楽しむ。チェンバロやハープやオルガンなど様々な音色を駆使したフィッシャーのプレイが、色彩豊かなリキッドライトと共振して夢みる時間を創り出した。

 

●VocColours(ヴォク・カラーズ)with 北陽一郎

 

転換中に客席で観ていた外国人男女4人が立ち上がってステージに。彼らこそ巻上が「年齢が僕より上でおじいさんおばあさんっぽい」と語ったドイツの即興ヴォイスグループ、ヴォク・カラーズ。一見普通の初老の観光客風だが、歌い始めたとたん吃驚。おじいさんおばあさんが身を捩って奇声を上げたり囁いたり咳き込んだりげっぷをしたり朗々たる声で歌い上げたりやりたい放題。北陽一郎のアンビエントな電子音やトランペットと融合すると、一幕のミュージカルを観ているような気分になる。もちろんストーリーの無い(読めない)音楽劇である。アンコールで小森,フィッシャー、巻上が加わったが、一番楽しそうだったのは5人の異能声楽家たちであった。驚きと笑顔と溢れたステージだった。

 

CLUB JAZZ屏風&公園イベント
次の劇場公演までの間、生憎の小雨まじりの天気の中、散歩がてらに屋外イベントを冷やかした。

●白石民夫×諏訪創×mehata@公園イベント/仙川駅前公園

 

丁度来日していたニューヨーク在住のサックス奏者・白石民夫が出演。遠くからでも独特の突き刺さる高周波音が聴こえてくる。公園は子供たちの遊び場なので、一番楽しんでいたのは幼児から小学生の子供たち。出演ミュージシャンの楽器を借りて思い思いに遊んでいる。白石は少し離れて誰もいない空間に向けて音を発している。その姿は30年前に東大のイベントで観たときとほとんど変わっていない。来日してからぎっくり腰を煩って体調不良と言うが、演奏の手抜きは一切無し。孤高の地下鉄ミュージシャンの矜持はせんがわでも異彩を放った。

 

●VocColours@CLUB JAZZ屏風

 

*Takeshi Goda

雨が酷くなり、仙川駅前で行われていたCLUB JAZZ屏風は屋根のあるショッピング広場に場所を移して開催していた。丁度ヴォク・カラーズがJAZZ屏風に入るところ。畳2畳の空間にメンバー4人と日本人パフォーマーが入り、お客は子供二人。屏風の中から聴こえる様々なヴォイスに周りを囲む観客も興味津々。屏風を開けて楽しそうにパフォーマンスするメンバーたちの笑顔が笑いを誘う。外にいるミュージシャンも参加して、世界で一番小さなライヴハウスは大盛況。『お祭りではなくてコミュニケーション』というJAZZ ARTせんがわの精神が最も顕著に体現されていた。

 

 

9月16日(土) 16:30 – 18:00
坂本弘道ディレクション
「サイレント映画との出会い」
南方美智子/七尾旅人×坂本弘道 with 映画上映・喜劇映画研究会

喜劇映画研究会所蔵のアーカイヴからを音楽家が自ら映画を選んでのコラボレーション。生ピアノにエレクトロニクス、繊細かつエネルギッシュな音世界を構築する南方美智子のソロ、驚異的なライヴパフォーマンスで未踏の領域を切り開く、音楽の求道者、七尾旅人は坂本弘道とのデュオ、果たしてどんな世界が立ち上がるのか、ぜひ目撃してください。

 

●南方美智子× バスター・キートン 「文化生活一週間/キートンのマイホーム(1920)」

 

バスター・キートンは益田喜頓(あきれたぼういず)の元ネタ、程度の知識しか無かったが、銀幕のキートンは水も滴る好男子。相手役の女優も怖いほど美しい。美男美女によるドタバタ喜劇は、南方による場面にあわせたキーボード演奏により、目が離せないほどスリリングな活劇と相成った。効果音も含め心象表現豊かな演奏は、このままパッケージしてニューバージョンとして公開したら話題になりそう。映画に出てくる不思議な形の家に憧れて、実物大で再現してしまったアーティストがいるというのも納得。

 

●七尾旅人×坂本弘道

 

人気シンガーソングライターの七尾旅人は坂本とデュオでせんがわ劇場に登場。ソングライターとして他の歌手に曲を提供する一方で即興ライヴも積極的に行う七尾と、坂本のチェロから流れ出す自由に満ちた音色により、楽曲と即興を自然に行き来するイマジネーティヴな演奏を繰り広げた。自ら選んだ喜劇映画の名場面集を背景にした二人の演奏は、当然ながら画面とシンクロしていないが、七尾の描く哀感に満ちたメロディを聴いていると、笑いの裏にある深い哀しみや当時全盛を誇った数多くの喜劇俳優たちの行末に想いを馳せて、思いがけず涙が頬を零れた。

 

 

9月17日(日) 19:30 – 21:00
巻上公一ディレクション
ヒカシュー×クリス・ピッツィオコス

ニューヨークでここ数年で頭角を現したサックス奏者のクリス・ピッツィオコスは、初来日。とてもサックスとは思えない音が超ハイスピードで連射されます。そんな彼のソロとヒカシューとのコラボレーション。これは刺激的な組み合わせになるはずです。すでにヒカシューの秋の新作アルバム『あんぐり』の録音にクリスが参加するなど、交流ははじまっていて、息もぴったり。(巻上公一)

ヒカシュー[巻上公一(Vo,Theremin,Cornet)、三田超人(G)、坂出雅海(B)、清水一登(Pf,Synth,B-Cl)、佐藤正治(Ds)] Chris Pitsiokos クリス・ピッツィオコス(sax)、沖至(tp)

 

●クリス・ピッツィオコス・ソロ

**Akira Saito

クリス・ピッツィオコス、待望の初来日演奏である(正確には、高校時代にジャズバンドで東京、広島、京都で演奏したようだ)。バックステージで会った彼は堂々とリラックスしていた。
アルトサックスソロを2本。最初の演奏は、循環呼吸によるノンブレス奏法だった。太く艶めかしい倍音が共存する。やがて高音が低音を押しのけて前面に出てきた。15分が過ぎたころに、彼は急ブレーキをかけて打ち切った。慣性が大きいだけに、その終了の力も強いものだった。
一転して、次の演奏は、微分的な無数の破裂音が連ねられた。大変なエネルギーであり、湿ったフラグメンツの数々がスパークした。途中でピッツィオコスは思索しながら静止し、また何かが降りてきたように猛然とダッシュした。
彼の演奏の強度は誰もが認めざるを得ない。あらゆるテクを詰め込んで吐き出す、それはやはりキメラのごとき怪物だと言ってよいだろう。
2年半前に彼の演奏をブルックリンで観たときには、もっと口を柔軟に動かす独自な吹き方をしていた。そのことを演奏後に訊いてみたところ、自分は次第に変わっているからとのみ答えた。今後さらなるキメラ的なプレイヤーとなってゆくのか、それとも何か特定の道を見出してそれに賭けてゆくのか。(齊藤聡  Akira Saito)

 

●ヒカシュー+沖至+クリス・ピッツィオコス

 

JAZZ ARTせんがわには第1回からすべて出演しているヒカシューのステージ。実は筆者が彼らのライヴを観るのは主にせんがわなので「かつてのテクノポップが実験的なバンドに変貌した」と感慨を抱いていたが、先日都内のライヴハウスでワンマンライヴを観た時、初期の曲を多数含むポップな楽曲中心で意外な驚きを覚えて、巻上に「想像以上にロックバンドですね」などと失礼な感想を口にしてしまった。来年40周年を迎える大ベテラン・バンドのヒカシューには、ポップ/ロック/演劇/即興/実験性など様々な顔がある。ひとつの表現に拘らずあらゆる要素が縦横無尽に交錯するのが、ヒカシューの魅力に他ならない。

さて、そんな筆者の思いに応えるように、この日のステージも変幻自在のアメーババンド(?)ヒカシューの本領発揮。ニューアルバム『あんぐり』収録の「いい質問ですね」にはじまり、奇想天外な歌詞とメロディと楽曲展開のタイフーン。曲中のインストゥルメンタル・パートが拡張され、変態的なギターソロやドラムソロが炸裂する凄腕演奏家集団の心意気を見せつける。後半、沖至が客席からおもむろにステージに上がりトランペットで参加。さらにクリス・ピッツィオコスも呼び込み、二管(時に巻上のコルネットと清水のバスクラリネットが加わり最大で四管)の即興演奏が繰り広げられた。特にピッツィオコスは、恐らく初めて聴くヒカシューの曲で展開すら覚束なかったと思われるが、機転の利いた演奏で、沖との二重奏も見事にこなした。まさか来日初日に日本のジャズ・レジェンドと共演するとは思ってもいなかっただろう。そんな出会いこそ、JAZZ ARTせんがわならではのコミュニケーションの魅力に他ならない。終演後ピッツィオコスやヴォク・カラーズのメンバーや日本の若手ミュージシャンが談笑するロビー風景にその想いを強くした。

Set List

1 いい質問ですね
2 マグマの隣
3 もしもしが
4 ニョキニョキ生えてきた
5  ナルホド

アンコール
6 筆を振れ、彼方くん

 

巻上はインタビューで、来年からカナダのヴィクトリアヴィル・フェスティバルとの提携の可能性があることを語っている。もし提携が実現したら、より国際色と多様性に富んだラインナップになるだろう。同時に日本のミュージシャンがヴィクトリアヴィルに出演する機会も増える。世界中のローカル・フェスがネットワークすれば、世界を標準化するのではなく、アイデンティティを伴ったグローバリズムの実現に一歩近づくことであろう。JAZZ ARTせんがわのこれからに大いに期待したい。

(2017年9月26日記 剛田武)

 

 

 

 

 

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。サラリーマンの傍ら「地下ブロガー」として活動する。著書『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰、即興アンビエントユニット「MOGRE MOGRU」&フリージャズバンド「Cannonball Explosion Ensemble」メンバー。

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