#968 食べある記 XVlll

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しばらくの間ご無沙汰していた「食べある記」の扉をを久しぶりに開けて、今回は「食べある記」を振り返りつつ、食べ歩きをひとしきり楽しむことにする。

「印田千裕・ヴァイオリン・リサイタル」、
2017年5月16日 東京オペラシティリサイタルホール

1.無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番ホ長調(バッハ)
2.夜想曲(サーリアホ)
3.ミッカ“S”(クセナキス)
4.ルブリョフの扉(糀場富美子)

5.ふるへたる身の舞踏(池辺晋一郎)
6.ヴァイオリン・ソナタイ長調(フランク)/
アンコール曲
*愛の挨拶(エルガー)
*ヴァイオリン・ソナタニ短調(幸田延)

後半が素晴らしかった。前半を含めたプログラムはバッハとフランクを軸にしてその間に現代作品を並べた構成で、彼女がまぎれもなくB➞C(バッハからコンテンポラリーへ)と銘打ったこのシリーズの建前と精神を愚直に演奏曲として讃美しようとしたのだろうと私は理解した。前半が失格だったというわけではない。ただ硬さが曲のスムースな流れを阻害したきらいがあったというだけのことだ。だが、後半の池辺晋一郎作品から斬れ味と伸びやかさが見違えるほどに輝き、英国王立音楽院で学んだ跡を実感させるヴァイオリンの格調と演奏の躍動感が聴く者に肉迫した音色が明快で歯切れの良さも申し分なかった。フランクのソナタでそうした彼女の美点と特徴が最大限に発揮された。とくに終楽章がベスト。ピアノの安田正昭の好演も賞賛に値するものだった。特筆したいのはアンコールで演奏した幸田延のヴァイオリン・ソナタ2曲。変ホ長調の第3楽章とニ短調の第1楽章、幸田延は幸田露伴の妹であり、滝廉太郎や山田耕筰の師でもあるという。ヴァイオリン・ソナタは日本人初のクラシック作品といわれるが、印田は柔らかな弓使いで優雅に旋律線を浮かび上がらせ、満席!の聴衆の大きな拍手を誘った。

 

東京都交響楽団/大野和士(指揮)with アルディッティ弦楽四重奏団
2017年6月30日 東京オペラシティ・コンサートホール

1.歌劇『ピーター・グライムズ』より「パッサカリア」作品33b(ブリテン)
2.弦楽四重奏とオーケストラのためのフルス(河)~私はあなたに流れ込む河になる~(細川俊夫)

3.交響曲第3番<神聖な詩>作品43  (スクリャービン)

生きている間に日本の交響楽団がスクリャービンの3番を演奏するライヴに立ち会えるとは思っていなかった。それだけに、結果は別にして感無量の面持ちだった。大野和士と現在絶好調の都響(コンサートマスターは山本友重)のコンビとあれば、裏切られる結末などありえようはずもない。ましてやアルディッティ弦楽四重奏団が特別出演するとなれば、多少の犠牲は覚悟のうえで駆けつけたファンが少なくなかったのではないか。かくいう私からして、このプログラムが発表されたときから柄にもなくエキサイトしていた。それかあらぬか、会場(1632席)は1階がほぼ満席。全体でも目勘定で80パーセントの入りを記録した人々の期待の中にこめられた、何やら玉手箱でも開けるかのようなワクワク感がホール全体をおおっているといってもあながち言い過ぎではないほど、ある種の期待感が会場に充満しているようだった。

そのスクリャービン。中後期の神秘主義的な作風への転機を示した作品自体は決して容易に理解しうるものではなく、むしろ異質な世界に舞い込んだかのような不安に満ちたスリルを絶えず孕んで進行する。序奏に続く3つの楽章は、全体で4楽章として聴いてもいいと私自身は割り切って、彼の語る音楽が示唆する宗教性、神秘性、パントマイム的要素、サウンドが暗示する色や光を感じ取りながら、それらが一体的に高鳴るサウンドの坩堝を楽しんだ。率直に言って、細川俊夫がアルディッティとオーケストラのために、というよりアルディッティの音楽性に触発されて書いた(2)の方が、演奏の迫真性という点では上質だったかもしれないが、すべてを含めて大野和士の入魂のタクト捌きに都響が全力で応えてみせた、今年上半期のベスト・コンサートのひとつだったと私は敢えていいたい。

 

サッチモの『この素晴らしき世界』録音から50年/
日本ルイ・アームストロング協会  第62回例会~ジャズ・レコード100年記念
2017年8月5日 アテネ・フランセ文化センター

1.この素晴らしき世界(1970年8月25日 デイヴィッド・フロスト・ショー)
2.エンターテインメント作戦(1967年12月29日、ABCテレビ中継)
3.1952年元旦、フランク・シナトラ・ショー出演のサッチモ(CBSテレビ1952年1月1日)
4.アイ・ゲット・アイデアズ(1959年2月15日、ドイツ、シュットガルト、テレビ放送)
5.ムーン・リバー(1970年2月11日、デイヴィッド・フロスト・ショー)
6.若き日のルイ・アームストロング(1932年、映画初出演、スターへの出発点
7.1936年、初のハリウッド映画出演とビング・クロスビーとの共演

8.ロッキン・チェア(1957   年12月30日
9.セントルイス・ブルース(1958年4月30日)
10.ジャズ大使サッチモ(1956年の『サッチモは世界を廻る』から)
11. 鉄のカーテンの向こう側での大歓迎(1965年3月22日、東ベルリン)
12.ボーイ・フロム・ニューオリンズ(聖者の行進)

ボーナス映像~What a Wonderful World の傑作映像

これは演奏会ではない。日本ルイ・アームストロング協会を主宰する外山喜雄・恵子夫妻が収集した巨星ルイ・アームストロングを中心にジャズ初期の映像をまとめて一挙に公開したフィルム・コンサートだ。といってもこれに先立つ61回例会での『ラグタイムからJASS誕生まで』と銘打った会では、外山喜雄とディキシーセインツほかピアノのアレクセイ・ルミヤンツェフやヴァイオリンの関泰子らの演奏でラグタイムの謎とジャズとの関係をひもといて、時には世界初のジャズ・レコードを混じえながらオールド・ジャズ・ファンを楽しませた。だが、この第62例会は実演を休み、映像によるルイ・アームストロングの逸品だけに絞って外山夫妻が紹介する形で進行。サッチモ・ファンならむろん、愛好家ならずとも感涙ものの映像が次々に飛び出す。それにしてもサッチモの貫禄、温かさと優しさ。シナトラがホストの番組なのにルイが親分でシナトラがチンピラみたい。吹き出しそうになった。(9)の「セントルイス・ブルース」ではルイがモダン派のジョージ・シアリングやジェリー・マリガンらと共演する。肌が黒いだけで深い悩みに明け暮れる辛さをルイが「Black And Blue」に託して歌う(10)の映像には思わずほろり。キリがないから、この辺りで締めくくることにする。興味がおありの方は、ぜひ第3回の『サッチモのジャズ事始め』(9月30日 1時半開演、お茶の水・アテネ・フランス文化センター)へ(会費3300円)。

 

Tokyo Big Band directed by Jonathan Katz
2017年7月26日 赤坂 B flat
photo : 丸山尚之

Reeds:八巻綾一 グスターヴォ・アナクレート アンディ・ウルフ レイ・マクモリーン 宮木謙介
Trumpets:ルイス・ヴァジェ 三上貴大 高瀬龍一 パトリーク・ムーディ
Trombones:三塚知貴 上杉優 川原聖仁 高橋英樹
French Horns:萩原顕彰 中澤幸宏
Rhythm:柴田亮ds 安ヵ川大樹b ハル高内g、ジョナサン・カッツp、conduct
アンドレア・ホプキンス(Special Guest)vcl

ジョナサン・カッツが Tokyo Big Band(TBB)を立ち上げたのが2008年。一方で、彼は日米混成のコンボを率いて活動しているので、当然のことながらTBBも多様な出身国者が集う混成ビッグバンドということになるが、それもあって音だし前のビーフラットの店内フロアはメンバーの友人や家族の会話もはずんで、いっそうインターナショナルな雰囲気に包まれる。当日の演奏は朝日新聞(夕刊)のステージ評で取り上げることになっていたのだが、この夜はなぜか会えば親しく挨拶を交わす岡崎好朗もスティーヴ・サックスもあいにく不在だったのは残念というほかはない。だが、秘かに期待するバリトン・サックスの宮木謙介や新鋭ドラマーの柴田亮、あるいは紅1点のトロンボーン奏者・上杉優らが、アンディ・ウルフやグスターヴォ・アナクレートら錚々たる外国のプレーヤーたちに気後れすることなく、溌剌とプレイしている姿に触れると頼もしさを思わずにはいられない。わけてもバリトンの宮木謙介に私は注目している。「パリの4月」(ボブ・ミンツァー編曲)で蓋を開けたこの夜は、アトランタ出身の女性歌手アンドレア・ホプキンスがゲスト歌手として登場し、2回のステージで「ベサメ・ムーチョ」や「ムーン・ダンス」など7曲を披露したが、なかではチャーリー・バーネット楽団の演奏やパーカーの超絶ソロで名高い「チェロキー」が、ジョナサン・カッツの好編曲や中での宮木の好ソロもあって印象深く聴けた。

 

 

TBBの最大の特徴はフレンチ・ホルンを2本常備し、サウンドに独特のカラーを付与していることと、日本の曲(唱歌や歌曲など)をジョナサン自身の編曲で披露する後半のクライマックスが大きな聴きものとなっていること。前半は「砂山」(中山晋平)1曲だけだったが、後半は満を持したように冒頭から日本の古い歌曲が全開した。安ヵ川大樹とホルンの萩原顕彰をフィーチュアした「おぼろ月夜」、激越な4ビートで聴く者を驚かせながらファンキーな色彩を盛り込んだジョナサンならではのサウンドつくりや、終盤のサックス・ソリ、トロンボーンのソロ・リレーと無伴奏ソロなど聴かせどころを心得た「荒城の月」、後半を盛り上げた最後の「お江戸日本橋」で、とくにサンバ調の「山寺の和尚さん」をメンバーがコーラスするくだりでは会場を大いに沸かせるなど、TBBらしさを楽しめた一夜ではあった。

 

野瀬栄進~ソロ
2017年8月4日、渋谷・松濤高木クラヴィア


photo by Asano

1.Free Improvisation
2.Exclude Out
3.Nothem Light
4.Moon Longing Sun
5.Uncertain Landscape
6.African Elephant
7.Back in New York
8.Iomante
9.Hokkaido
10.Awamori Dance
11.Ange
Enc.
1.I Loves You Porgy
2.Nostalgia Otaru

30年近くを日本で活動するジョナサン・カッツのようなアメリカ人がいる一方で、普段は母国を離れてニューヨークで活動する野瀬栄進のような日本人もいる(J−Squad を率いて去る8月初めにブルーノート東京の観客を楽しませたトランペット奏者の黒田卓也も例外ではない)。とりわけ野瀬はこの松濤サロンが誇るスタインウェイが気に入っていて、「何ていい音なんだ」と呟くことがある。この夜も例外ではなかった。30人も入れば満員となるサロンだけに、最高のピアノでいい演奏を聴く人々の、野瀬に対する信頼感がこの夜もいい響きを導き出したのかもしれない。愛器といってもいいほどピアノに集中し、ときにキーを愛でながら生み出された音と対話するかのように全11曲を弾き終えた後、野瀬が突然私の方を向いて「悠さん、何かリクエストしてくれない?」と水を向けてきた。一瞬戸惑ったが、咄嗟に口からこぼれた言葉が「何か野瀬さんのガーシュウィンが聴きたいな」だった。ところが感心したのは、彼は何らの躊躇も見せず、「僕の好きなガーシュウィンの曲がひとつあります。それが『ポーギーとベス』の中の “アイ・ラヴズ・ユー・ポーギー” です」といって彼が弾いたこの愛情溢れるバラードを聴いたとき、久しぶりに高木クラヴィアのピアノの素敵な音に酔った一夜だった(ちなみに彼はここでパーカッションの武石聡との The Gate で10月27日に演奏会を催す。また11月20日には再びソロ・ピアノ演奏を行うことが決まっている)。

 

X-tone Unit
2017年8月18日 六本木サテンドール

中村明一(尺八)
ジーン・エス(g)
ロッド・ウィリアムズ(p)
ポール・ジャクソン(el-b)
菅沼孝三(ds)
ヴィオリカ・ロツォフ(vcl)

中村明一氏からお招きをいただいて、興味津々でサテンドールの門をくぐった。理由はほかでもない。ハービー・ハンコックの盟友であり、彼が73年に吹き込んで大きな話題となった『ヘッド・ハンターズ』の最も重要なメンバー、ポール・ジャクソンが中村明一のグループの1員として活動しているという話がいったい本当なのか。実際に確かめたいという気持が働いたからでもある。それと日本とも縁の深いピアニスト、ロッド・ウィリアムズも参加しており、中村とはバークリー大学で同期のギター奏者ジーン・エス、複雑にして至難なフレーズを苦もなく叩くドラマー菅沼孝三らを擁したグループで、一般には虚無僧尺八の名手として名高い中村がどんなジャズ・プレイヤーぶりを発揮するのか。ワクワクしながら演奏を聴いた。中村がこれほどハードなジャズの演奏に炎を燃やして演奏する姿に私は率直にいってびっくりした。それとポール・ジャクソンの力強いべース技法の健在ぶり。「Milestones」に始まり、ポール・ジャクソンがべースとヴォーカルで活躍する「Watermelon Man」など期待を上回る中村らの熱演に、私も大きな拍手を送った。「鶴の巣籠もり」を演奏したかって? もちろんソロで、しかも丁寧な解説付きで。尺八の変化に富んだ深い音色に酔いしれた。

 

アントニオ・ザンブージョ
2017年7月10日 武蔵野市民文化会館小ホール

アントニオ・ザンブージョvocal, guitar
with
ベルナルド・クートportugal guitar
ジョアン・モレイラtrumpet
ジョゼ・ミゲル・コンデclarinet
リカルド・クルスbass

不勉強を恥じなければならないが、この夜、知人に誘われて初めて耳にするまでは、私はこのアントニオ・ザンブージョの歌を聴いたことがなかった。その歌声に触れるまでこれといってほとんど関心もなかった私だが、彼がギターを持って登場し、仲間の演奏メンバーのサウンドをバックに歌い始めた瞬間、心地よいヴォーカルと押し付けがましさがこれっぽっちもない演奏に思わず引き込まれた。事前に配られたちらしには<ポルトガルのカエターノ・ヴェローゾ>、<ファド誕生の栄誉、アマリア・ロドリゲス杯を受賞>、<現代屈指のファド歌手>と麗句が躍る。ファドといえば、大学に入ったころだったかアマリア・ロドリゲスの「暗いはしけ」を毎日のように聴いたことがあった。だが、情念のつぶてが降ってくるような激しいパッションは、サンブージョの歌のどこにもない。肩すかしを食らったようなソフトで柔らかい彼の歌が<現代屈指のファド>だとすると、アマリア・ロドリゲスは異色のファド歌いだったのかもしれない。ブラジルの白人音楽家はポルトガル人の末裔であることを思えば、サンブージョの歌がカエターノ・ヴェローゾの唱法の流儀と重なっても特段の不思議はない。シコ・ブアルキの作品集を吹き込む計画もあるとか。いずれにせよ、<ポルトガルのヴェローゾ>が最高の賛辞であることは間違いない。

2002年に最初のCDを発表して以来7枚のCDを送り出しているサンブージョだが、その彼と彼のグループを招いて一夜の公演を企画したのは武蔵野文化会館だった。むろん2年前にラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンで初来演したことが契機となっているわけだが、彼のステージを関東唯一の単独ホール公演として実現させた武蔵野文化事業団には拍手を贈りたい。10月28日(3時)には凄腕のトロンボーン奏者としてニューヨーク・ジャズ界を驚かせているライアン・ケバリー&カタルシスの公演を催す。期待が募る。

 

広島ウィンド・オーケストラ第47回定期演奏会/ダンス!ダンス!ダンス !!
2017年5月27日 JMSアステールプラザ大ホール

1.新世界の踊り
2.プスタ(4つのジプシーダンス)
3.コリアン・ダンス

4.ベリーを摘んだらダンスにしよう
5.アルメニアン・ダンス(全曲)

今、日本各地の巷では、とりわけ中高生の間でウィンド・オーケストラ、あるいはブラス・バンド、昔は吹奏楽団と呼んでいた形態の演奏が人気を呼んでいる。演奏やファンの声援が熱狂的な場合には、会場の熱気は高校野球や中高生たちのユース・サッカーをときに彷彿させるホットな雰囲気がはじけ、クライマックスでは爆発する。上野耕平やパンダ・ウインド・オーケストラの人気と高い注目に刺激を得て、札幌交響楽団のシンフォニック・ブラスのように全国各地でブラスやウィンド・オーケストラがいま刻の声を上げている。

広島ウィンド・オーケストラは93年に発足したプロの団体。この日タクトを振ったのは現京都市交響楽団の常任指揮者広上淳一。ダナ・ウィルソンの(1)、ヴァンデルローストの(2)、高昌師の(3)を演奏した前半から広上はピッチをあげ、タイトル通り踊るように指揮。ウィンドを銘打ってはいても、ユーフォニウムまで含むブラスの活躍も間宮芳生の(4)で発揮されたが、しかし何といっても吹奏楽では大人気のアルフレッド・リードの「アルメニアン・ダンス」が全曲演奏され、ファンの歓呼の中で最高の盛り上がりを示したことを特筆したい。トランペットとトロンボーンが10人、ホルンとチューバが9人、リード楽器を中心に25人など総勢55人の精鋭が広上の精力的な指揮のもとで青春?を爆発させた。同オケは12月23日にシカゴで催されるシカゴ・ミッドウェスト・クリニックに現音楽監督の下野竜也の指揮で参加する。どんな反響を呼ぶか。朗報を期待したい。

 

東京シティ・フィルハーモニック・オーケストラ/藤岡幸夫(指揮)&木嶋真優(violin)
2017年7月22日 東京オペラシティ・コンサートホール

1.シャコンヌト短調(弦楽合奏のための(パーセル/ブリテン)
2.ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調作品77(ショスタコーヴィチ)/ 交響曲第1番変イ長調作品55(エルガー)

いかにも英国留学の経験を持つ藤岡幸夫らしいプログラム。ブリテンが編曲したパーセルの「シャコンヌ」のあと登場したヴァイオリン奏者、木嶋真優の情熱が高度なテクニックと音楽性をたたえたショスタコーヴィチのへのオマージュとして美しく昇華したかのような、素晴らしい演奏に圧倒された。とりわけ第3楽章の冒頭のカデンツァには引き込まれたが、全4楽章の随所で木嶋真優ならではの匂うような色香を楽しむことが出来た。2015年に留学していたケルン音楽大学大学院を首席で卒業したことを充分に納得させられたといっても過言ではないショスタコーヴィチだった。どの楽章も彼女の呼吸と演奏の足取りが的確で自信に満ち、藤岡の的を射たタクトのもとで見事に弾き切った。近年私が聴いた中では出色のショスタコーヴィチではあった。

50の峠を越えてから作曲したエルガーの交響曲は変イ長調で始まってニ短調の終楽章で終わる変わった調性変化を持つが、フィナーレでは第1楽章の序奏が高らかに鳴り渡る。現在最も伸びのびとタクトを振っている藤岡がシティ・フィルの力を引き出した演奏という点で好感が持てたエルガーではあった。堅実でありながらオーケストラを優美に鳴らし、全体をソツなくまとめあげるあたりは、彼の英国での研鑽が生きている証しといえるかもしれない。

 

ぶつかりピアノ両国門天場所
2017年8月2日、3日、6日 両国門天ホール

芸術監督・鶴見幸代
ピアノ:高橋アキ  寺島陸也ほか(3日)野村誠、片岡祐介ほか(6日)

✩8月3日昼の部<稽古ピアノ作品より>
1.相撲ハノン:鶴見幸代
2.相撲聞序曲:野村誠
3.朝稽古:渡辺俊哉
4.こなた精霊:桜山智子

✩8月3日夜の部
1.相撲組曲「Xe」~2台のピアノのための(委嘱新作):神田桂子
2.とんとん~2台ピアノと小さな力士のために(委嘱新作):松平敬
3.ナマムギ・ナマゴメ (野村誠)

✩8月6日第1部

1.稽古ピアノ作品より「相撲間序曲」(野村誠)
2.花相撲~即興バトル
3.稽古ピアノ作品より「相撲間序曲」(野村誠)/
4.意気揚々 (片岡祐介)
5.平成29年大相撲春場所番付表~2台のピアノのための(松平あかね)

✩8月6日第2部.
1.すまひのしらべ~2台のピアノのために(宮内康乃)
2.相撲の譜~全8楽勝15ページ(野村誠)

両国の門天ホールで開催される両国アート・フェスティバルが第3回を迎えた。このホールではここ数年ピアノの名器(スタインウェイ)をときには2台用意して、聴くだけでなく見ても面白いイヴェントを試みている。両国といえば駅のすぐ傍に両国国技館がある。今回はまさに大相撲にちなんで、ぶつかり稽古ならぬぶつかりピアノと銘打ち、両国門天場所を開催した。芸術監督は鶴見幸代。私が見た(聴いた?)のは2日目の3日と最終日の6日。

出演者を力士にたとえれば、高橋アキと寺島陸也が横綱で、ほかに及川夕美、片岡祐介、大須賀かおり、野村誠、ほかに公募による演奏者も加わり、なかには小学生とおぼしき女の子が譜面と睨めっこしながらピアノを弾く場面も。私が見た3日のプログラムにはタイトルが<神事と伝統と現代の狭間に>とあり、鶴見幸代の「相撲ハノン」で始まった。場内は中央に向かい合う形でピアノが鎮座し、ピアノを取り囲むようにして4ブロックの客席がある。「朝太鼓」「二十股ヨイショ」「すり手ムカ手四つ」「どすこい稽古」「顔ぶれ、ぶつかり」「ちゃんこ作り」からなる『すもうハノン』は、相撲の稽古や型をピアノで奏するエチュードで、これを先生役の高橋アキと生徒役の持木唯花がピアノの教本(ハノン)ならぬ相撲の基本稽古を2台のピアノで実演してみせる。この大相撲とピアノの格闘の妙味は実際にこのイヴェントに立ち会わないと分かるまい。たとえば、神田佳子の「相撲組曲」は(1)壁と孤独と(2)先代の教え~重圧に負けるな、弱音を吐くな(3)愚直な相撲道(4)猛稽古~努力で天才に勝ちます(5)心技体の歯車(6)立ち合い~強烈なおっつけ(7)綱の重み、からなる。よほど大相撲を愛し理解し心酔した人でなければ、この表題とピアノ曲との間に潜む表現の可能性を想像することすら出来ないだろう。だが間違いなく、作曲者や出演者の多くが大相撲に精通し、相撲の技や大相撲界の風習等に愛情を持っているからこそ、「ぶつかりピアノ」の面白さが発揮されたといってよい。

「とんとん」では作曲者の松平敬自身が行司をつとめたり、本物の大入り袋(名古屋場所)にお札を入れて演奏者に手渡したり、懸賞金を相撲の紙人形に挟んで、ときには懸賞金のフレに芸術振興基金(交付金提供者)の看板を掲げたり、今後の予定コンサートを告知したりと、アイディアの限りを尽くして盛り上げた制作者、スタッフ、出演者の健闘を讃えたいと思う。最後は出演ピアニストによる弓取り式。来年はどんなアイディアでフェスティバルを開くか。楽しみに待ちたい。(2017年9月7日了)

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悠雅彦

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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