#999 Winter Song book with Miwazow
みわぞうと冬のソングブック~みわぞうブレヒトを歌う

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2018年1月12日 中目黒 Cafe & Live spot FJ’s

Reported by Shuhei Hosokawa 細川周平
Photo by Yoshito Sekiguchi 関口義人

 

出演:
こぐれみわぞう(歌)
大熊ワタル(クラリネット他)
近藤達郎(ピアノ)

Special Guest:
安冨歩(歌・お話)
片岡祐介(鉄琴)

第1部
⚫︎Die Moritat von Mackie Messer (メッキィ・メッサーのモリタート)
⚫︎Das Lied von der Moldau (モルダウ河の歌)
⚫︎Matrosen Tango (船乗りのタンゴ)
⚫︎Lied von der Belebenden Wirkung des Geldes (お金の活力の歌)
⚫︎Und was bekam des Soldaten Weib (兵士の妻は何をもらった?)
⚫︎Kanonen Song (大砲の歌)
⚫︎Balada para un Loco (ロコ(狂人)へのバラード)

【Guest:安冨歩コーナー】

【こぐれみわぞう】第2部
⚫︎Vom ertrunkenen Mädchen (溺れた少女のバラード)
⚫︎Grabrede 1919 (墓碑銘1919)
⚫︎満月の夕
⚫︎Kaddish
⚫︎Volt Ikh Gehat Koyekh
⚫︎Lied vom achten Elefanten (8匹目の象の歌)
⚫︎Der Song von Mandelay (マンダレー・ソング)

【アンコール】
⚫︎ Bei Mir Bistu Sheyn (素敵な貴女)

シカラムータでチンドンを叩くこぐれみわぞうが、ブレヒト・ソングを歌うと聞かされていた。この組み合わせは想像の範囲内だったが、彼女が舞台中央でソロ・ヴォーカルを取るライブを見るのは初めてだった。また「ブレヒトを歌う」からは彼のオペラ、劇中歌、労働歌などから有名無名10数曲を並べるようなライブを予想していたが、ずいぶん外れた。葉巻の詩人からは切れた凧のように飛び去り、どぎまぎ、どきどきの全体だった。

まずブレヒト・ソングといえばこの曲、「モリタート」(「マック・ザ・ナイフ」)から始める。シカラムータのクラリネット奏者大熊ワタルと、器用柔軟なピアノの近藤達郎が歌を支えつつ導いていく。伴奏というより並奏で、気持ちを今年が初演90周年の『三文オペラ』の時代に連れて行ってくれる。この曲が元は大道の歌い語りに由来することを思い出させる粗さと活気は、ジャズ・ヴォーカリストの洗練とはずいぶん違う。続いて彼女としては本日初演という危なげなクルト・ワイル作曲「水夫の唄」、そしてようやくチンドンを彼女は抱えて『三文オペラ』から「大砲の唄」が歌われる。この曲でユダヤ系のワイル独特の下町風情(彼女はストリート感覚と呼ぶ)がチンドンに合うと直感したのだという。ここから片岡祐介のマリンバ、木琴を加えて、ふだんのシカラムータにひねりを加えて、泥臭いうえに無垢な上澄みを漂わせる歌が蘇った。自分の楽器を持った彼女は強い。仲間も強い。続いてブレヒトが第二の作曲家ハンス・アイスラーと組んで書いたもっと政治的な歌、たとえば「金があればいい」や「兵士の妻のバラード」に引き継がれる。ここまでドイツ語で歌ったのは、ブレヒト・ソングは歌詞の響きが旋律にあまりに深く浸み込み、やたらな翻訳を拒むからだと彼女は語るが、松本隆の日本語訳『冬の旅』のように、原曲の魅力を損なわず歌いやすく耳に乗りやすい訳詞を誰か書いてくれないものだろうか。

このあたりまでは想定がつく。しかし続くのはかつてミルヴァが歌ったピアソラの「狂人へのバラード」で、アルゼンチン独裁政権への抵抗の歌とみわぞうは解釈した。何しろブエノスアイレスの街角でタクシーの「空車」を知らせるLibre(自由の意味、英語のfree)の小旗が堂々と振られるのに、歌詞のイカれた、イカした主人公は熱狂するのだ。しかしブレヒトからのはみ出しとしてこれはまだ序の口だった。

第二部は女性装の経済学者、安冨歩が白いロングドレスで登場、自著を一編の歌にした「星の王子さまは誰が殺したか」、みわぞうが加わった「ヒトラーの歌」(彼の精神病理に関する批評本の要約)、それに彼が会場に来る道すがら思いついたというまさに超最新曲「流れ星の子孫」(45億年の宇宙誌から地球や霊長類のはかなさを肯定する哲学的内容)を自演した。こんな出来立ての歌を聴くのは初めてだ。そのくせトルコ軍楽隊の定番「偉大なる祖先よ」を使って料理する近藤・大熊の編曲の妙に舌だか耳を巻く。名義上はブレヒトとは離れても、民族レベルの暴力に対する抗議の姿勢は共通するというのがみわぞうの考えで、彼女は彼女を招いたらしい。

続いてみわぞうがかつて旅回り楽団モノノケサミットのリズム隊として、阪神淡路大震災の慰問以来定番として演奏した「満月の夕」を初めてヴォーカリストとして歌い、日本でブレヒト=アイスラーに通じる肝っ玉シンガー・ソングライターとして中川敬に敬意を払う。さらにシカラムータのレパートリーからクレツマー音楽の古典「カディッシュ(祈り)」「ヴォルト・イー・ゲハト・コイケ」をユダヤ移民の俗語(イディッシュ)で歌い、いつもの顔に戻った。ブレヒトが活躍した戦前ベルリンで大きく存在した(ヒトラーによって粛清された)ユダヤ・コミュニティで歌われていたというつながりだ。合間に彼女と大熊は以前、旧東ベルリンへブレヒト(やアイスラー)の墓参を果たした話を聞かせてくれた。相当筋金入りのブレヒト思いである。アンコールには、その時代のアメリカのユダヤ系発信のヒットとして、ドイツにも逆輸入された「素敵な貴女」が用意されていた。良い歌は政治体制を越えて人の心に侵略するという例だ。次回はデヴィッド・ボウイが歌った第一次大戦終戦直後のブレヒトの戯曲『バール』の主題歌をリクエストしたい。

ライブの副題は「ブレヒトをたたき起こす」「~を呼び覚ます」でもよかったかもしれない。生誕120周年を祝って今年は「ブレヒトを歌う」が他にも企画されるかもしれないが、このライブは名曲アルバム以上に、現代日本で彼の仕事を振り返り歌い直す意味を即興と逸脱の余地を広げて発想された。ブレヒトの現代性を思い知り、彼の度量の広さ、奥の深さを思い出す一夜だった。彼は第一次大戦後の混乱期とワイマール文化期からナチズム政権、第二次大戦、戦後の冷戦期まで軍事化する世界情勢に針を刺し、寓話のかたちで自由と良心を教え、良き作曲家に恵まれ、こうして知恵と皮肉を後代に歌い継がれた20世紀稀な演劇・詩人だった。みわぞうは何度も歌詞の内容があまりに、アジア事情で民心を煽って国民管理に、オリンピックに、軍備に爆走する今の列島の状況を予言していると驚いていた。歌ってすぐに変わる世界ではないが、素敵な歌がないよりずっとまし、希望を持って歌っていこうと、彼女は力強かった。ブレヒトはブレないヒトだった。

 

 

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細川周平

細川周平 Shuhei Hosokawa 国際日本文化研究センター教授。専門は音楽、日系ブラジル文化。主著に『遠きにありてつくるもの』(みすず書房、2009年度読売文学賞受賞)。編著に『ニュー・ジャズ・スタディーズ-ジャズ研究の新たな領域へ』(アルテスパブリッシング)、『民謡からみた世界音楽 -うたの地脈を探る』( ミネルヴァ書房)など。

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