#1007 青木菜穂子+神田晋一郎 夜の音樂 / ゆび の たわむれ vol.3 ≪Tango Concert≫

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2018年3月23日  東京・渋谷公園通りクラシックス

Reported by Hideaki Kondo 近藤秀秋

出演:
神田晋一郎 (piano)
青木菜穂子 (piano)

 

音楽批評の徳永伸一郎が、青木に関し以下のように書いた事がある。「日本を代表するタンゴ・ピアニストの一人として知られる青木は、アルゼンチン・フォルクローレを現地で本格的に学んだ、おそらく唯一の日本人ピアニストでもある」(『ラティーナ』2015年5号)。

長く「夜の音樂」というコンサートシリーズを続けてきたピアノストの神田晋一郎は、2017年末から「夜の音樂/ゆび の たわむれ」という2台ピアノのコンサートシリーズをあらたにスタートさせている。第1回はジャズ・ピアニスト山崎修隆、第2回はクラシック・ピアニスト石川武蔵、そして去る3月23日に行われた第3回は、タンゴ/モダン・フォルクローレの青木菜穂子との2台ピアノとなった。

コンサートは、青木の専門とするジャンルであるタンゴやモダン・フォルクローレ(*1) を軸に、神田や青木のオリジナル曲を織り交ぜる形で進行した。神田がホスト役に徹し、青木が解説を入れながら進行したため、結果このコンサートはアルゼンチン音楽の紹介という面がクローズアップされた。アルゼンチンに渡り、レオポルド・フェデリコ楽団で活躍したニコラス・レデスマ、そしてモダン・フォルクローレのリリアン・サバの両氏に師事した青木の演奏は、一聴してリズムが違う。そして、タッチに対する美的基準が、西洋音楽とは別物に聴こえる。青木を通してみるアルゼンチン音楽の美学、これを入念に紐解くコンサートとして成立したのは、様々なジャンルを跨いで外部の視点を持つに至った人物でなければ気づく事の出来ないだろう質問を散りばめた神田の慧眼と、何度も現地に赴いて音楽を体に入れた青木の演奏あってのことであったと思う。音そのものにしても、音に内包された思弁としても、タンゴとモダン・フォルクローレをこの水準まで掘り下げて紹介できるピアニストは、たしかに今の日本では貴重であろうし、またそれをタンゴフォルクローレのコンサートではなく、外部の視点から見つめ返したところに価値が生まれたコンサートであったと感じる。

2台ピアノのコンサートとしては、良い意味で対照的なふたりの演奏が面白かった。クラシック、ジャズ、即興など多彩な演奏活動をしてきた神田だが、今の演奏からはジャズを強く感じた。例えば、ルバートであっても左手はインテンポに近づき、右手だけがよりルバートする。一方の青木は、リズムから先に演奏を組み立て、ルバートするなら全身ルバートである。このような対照性は、タッチに対するアプローチにもあらわれる。2台ピアノとしては食い違いの多い演奏と言えなくもないが、それ以上に長年かけて丹念に築きあげてきた両者の価値観を見る思いがして、感慨深いものがあった。そんな中、両者の同調が強く見られた演奏は、青木「garden」とピアソラ「Tangata」の2曲。このふたつは同時にコンサートの白眉であったと感じたが、両曲に共通項として介在していたものをひと言でいうと、ジャズなのかも知れない。ここに、共通言語としてのジャズの特殊性を感じもした。

現在の神田の実際の企図を私が理解しているとは思えないが、「ゆびのたわむれ」の彼の活動を字義通り受け取るならば、2台ピアノのコンサートシリーズというだけでなく、様々なピアノ音楽にその価値を認め、それを身体に取り込んでいる過程という所だろう。実際には、神田のこうしたポストモダン的な視点は今に始まった事ではなく、デビュー作『音樂美學』の時点ですでに多くの音楽を跨いで統合するその結果を提示していた。ジャンル音楽を逡巡して統合し、また逡巡する。この螺旋の過程がこのコンサートシリーズであるならば、この螺旋を小さくまとめずになお大きく描いて欲しい。エンターテインメント・ショーではない、重要な局面を見つめ続ける音楽が日本に生き続けるには、青木のようなスペシャリスト的な探究と、神田が持っているようなトータルな視点は、車の両輪のような相補的なもので、どちらが欠けるわけにもいかないだろう。今なお日本であまり知られないモダン・フォルクローレをトータルな視点から解体したコンサートは、プレイヤーのみならずそれを聴いたものにも大きな利益と喜びをもたらしただろうし、恐らく今後もそうだろう。第4回の「ゆびのたわむれ」にも期待したい。

 

(*1)アルゼンチン・モダン・フォルクローレに関しては、アルテス電子版に寄稿した事があるので、興味ある方はそちらに当たられたい。http://magazine.artespublishing.com/web/kondo_hideaki-argentina

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近藤秀秋

近藤秀秋

近藤秀秋 Hideaki Kondo 作曲、ギター/琵琶演奏。越境的なコンテンポラリー作品を中心に手掛ける。他にプロデューサー/ディレクター、録音エンジニア、執筆活動。アーティストとしては自己名義録音 『アジール』(PSF Records)のほか、リーダープロジェクトExperimental improvisers' association of Japan『avant- garde』などを発表。執筆活動としては、音楽誌などへの原稿提供ほか、書籍『音楽の原理』(アルテスパブリッシング)執筆など。

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