#1011 ヴァネッサ・ブレイ = 山口コーイチ ”ピアノな夜”

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4月17日 渋谷・サラヴァ東京

text by Takashi Tannaka 淡中隆史
photo by Kazue Yokoi 横井一江

 

「ヴァネッサ・ブレイと山口コーイチが各々ピアノ・ソロを行い最後は二人の連弾」という情報で渋谷サラヴァ東京へ。会場に入るとピアノには椅子がひとつだけ置かれていてやはりボーカルマイクは見あらたらない。

テーブルで隣席となった男性から「今日はどういう演奏なのですか」ときかれたが、こちらも何を弾くのか、もしかして歌うのかどうかもわからない。

「美人シンガーで、ポール・ブレイの娘だからぜひみたくて」。

熱心なコレクターで、ライヴにも数多く足を運んでいる方のようだ。トゥイン・デンジャーのボーカリストとして初めてヴァネッサ・ブレイを知り、その後にポール・ブレイの娘であることがわかってライヴへの期待がふくらんだとのことだった。

そうか、『オープン・トゥー・ラヴ』(ECM)を聴き続け、リアルタイムでシャーデーへの想いも強く、そのふたつを現在まで共有している人がいるものなのだ、と感心してしまった。そんな偶然をたぐりよせられる事からもライヴに来る人々の「動機」には興味はつきないものです。

ヴァネッサ・ブレイへの予備知識はサイケデリック・インディー・バンド、「ビースト・パトロール」(Beast Patrol)、シャーデーのスチュワート(スチュ)・マシューマンとのコ・リーダーバンド「トゥイン・デンジャー」(Twin Danger)への参加を経てピアノ・ソロ・アルバムに至る、というものだ。しかし、これらの情報から描けるヴァネッサのイメージはロック、ポップ、ジャズなどのボーカリストでギタリスト、さらにピアニストという曖昧なものでひとつに結実しない。オーセンティックなジャズのファンという観点から見るとシャーデーとはジャズのフォーマットを転用した「おしゃれな」ポップス。シャーデーのサイドからはポール・ブレイは「難しいジャズ・ピアニスト」と映るはずだから。

会場で出会ったライターの佐藤英輔さんはトゥイン・デンジャーの前回の来日公演(ビルボードライヴ東京 2013年4月16日)をみている。彼の話によれば、公演ではスチュワート・マシューマンを目的とした熱烈なファンが多く、残念ながら会場の入りはあまり良くなかったそうだ。契約条件として過去のヒットチューンを演奏することが決まっていて日本のシャーデーのファンを対象としたライヴだったようだ。思えば「シャーデー」とは80年代にジャズのイメージ革命をもたらした巨大なアイコンで、現在も神秘性を維持している存在。対して「トゥイン・デンジャー」は30年ぶりに復刻されたアメリカのシャーデーのようだ。オリジナルが持っているミステリアスな要素を現在のアメリカ(カリフォルニア)に置き換えた、とも言える。

しかし、であれば、ヴァネッサはユニットのボーカリストとしてのシャーデー、ソロピアノではポール・ブレイという(双方噛み合ない)残像が投影した先入観ではかられ、観られ、聴かれてしまう奇妙な立場を避けきれないことになる。会場で、稲岡さんと「やっぱり似ていますね」、「そう、特に鼻のあたりがね」、「いえ、音楽が、なんですけど」という会話をしてしまったのも先入観から逃れられないからだ。そうしてこれに類することを彼女がこの先もずっと感じて生きて行くのかと思う。アイコニックな印象を濾過して作られた「期待」のもとで新たな音楽を紡いでいくのはいかに大変なことか。

1st.ステージはヴァネッサの8曲ほどのフリー・フォームのインプロヴィゼーション。(「直前インタビュー」によるとテーマはすでに考えられたものかもしれない)。

繊細で初々しい即興性をもつ弱音の音楽、音への戸惑い。自己が発した音への驚きに触発されてなだらかに増殖されていく。確かに表情は父ポール・ブレイに通じるものがある。どうしても感じてしまう。何というか「心拍数似ていますね」、とでも表現すればよいのか、決して話法が似ているわけではないので。

2nd.は渋さ知らズ”などで活躍する山口コーイチが2曲のソロ。フリーインプロヴィゼーションから始まり「枯葉」のイントロダクションと彼が20年前にポール・ブレイのライヴで聴いた「オール・ザ・シングス・ユー・アー」などの断片を挿入する長大な一曲。次に彼のオリジナルをテーマとした10分を超えるもう一曲が演奏された。現れては消える「断片」とインプロの自然な融和、アイディアが生まれた瞬間とその解決、新たな挿話への流れは築き上げられた堂々としたスタイルで巧みに構成されていて観衆を引きつけてしまう。

最後にふたりが4手での連弾を行った。初々しいフラッシュとそれを受け止めて自然に構造化しながら発展し、解決していくふたりのあり方はとても美しい。ある程度、相互に「手の内」を知りつつ向かい合うと音楽はやがて「対決」、「競い合い」になってしまう。昨年聴いた傑出したピアノデュオ、スガダイロー/ジェイソン・モラン(草月ホール)が理想的な演奏でありながら過度に高度な作曲的、即興的な対峙〜対決に陥ってしまった事とくらべてしまう。このふたりにはそれが全くない。初めて知りあった新鮮なおどろきからこぼれ落ちてくる音楽。イマジネーションのタイプ、出どころが違う二人の絶妙なデュオだった。

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淡中 隆史

淡中隆史Tannaka Takashi 慶応義塾大学 法学部政治学科卒業。1975年キングレコード株式会社〜(株)ポリスターを経てスペースシャワーミュージック〜2017まで主に邦楽、洋楽の制作を担当、1000枚あまりのリリースにかかわる。2000年以降はジャズ〜ワールドミュージックを中心に菊地雅章、アストル・ピアソラ、ヨーロッパのピアノジャズ・シリーズ、川嶋哲郎、蓮沼フィル、スガダイロー×夢枕獏などを制作。

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