#1015 風ぐるま—時代を超えて音楽の輪を回す/波多野睦美・栃尾克樹・高橋悠治/まつおかさんの家~CD風ぐるま2「鳥のカタコト 島のコトカタ」発売記念

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2018年6月5日(火) 東京オペラシティ リサイタルホール

Reported by Kayo Fushiya

<プログラム>
D.チマローザ:ピアノソナタ変ロ長調
シューベルト/高橋悠治:民衆に訴える
ヘンデル:美しさが悲しみを纏うと~オラトリオ『ヘラクレス』より

元永定正/高橋悠治:絵本『ちんろろきしし』より
すからいぶり/つんしんかにばご/こんじじじのきたくれぽ/きき/きあきりこごん/みきききみこかだぽぴんぴし/きよこまらのるの/
かりばよろくからりののの

辻征夫/高橋悠治:まつおかさんの家 *初演

時里二郎/高橋悠治:『鳥のカタコト 島のコトカタ』
じょのうた 序の歌/名井島の猫/いぬたにほうと/鳥のかたこと 島のことかた/にいさんのこさえた人形/ないしまの

アンコール:納戸の夢、或いは夢のもつれ


6年ぶりに「風ぐるま」を鑑賞。ステージ全体を演劇的な一コマに変えてしまう、三者による寛いだ、しかし高密度の音の交歓は健在だった。チマローザのピアノソナタで幕開け。高橋悠治のタッチは軽やかで、鳥の囀(さえず)りのよう。音間のリヴァ―ブは連結され、自然な香気が満ちる。この日も一貫して派手なプレイに至ることなく、どちらかというと寡音ながら、噛みしめるように、訥々と物語を紡いでいく。三人三様に熟練のプレイヤーであるからこその、揺るがぬ独自性のフレーズによって引き継がれてゆくハイクオリティなシーンの数々。力を誇示するようなトゥッティは全くない。

バロックからロマン派、現代までの時空を跨ぐ「風ぐるま」の基軸のなかでも、現代絵画と現代詩と音楽を結んだ中盤からがやはり見せ(聴かせ)どころだ。聴覚と視覚、歌と言葉、音と造形、響きとあわい、など感覚の統合への試みが随所で浮彫りにされる。元永定正の絵本に高橋が音楽をつけた『ちんろろきしし』。「人の真似をするな」を標語とした具体美術協会の作家たちのなかでも、元永ほどその作風を変化させた画家は珍しい。おもに1980年代より顕著になる、無意味な言葉の羅列をタイトルとしたユーモラスな抽象絵画は、音や言葉の解体をめざしたミュージシャンや詩人にとっても共感できるものであった。今回のステージでも、パネル化された絵が持ち込まれ、波多野が無機質にタイトルを読み上げ、観客の視覚と想像力の隙間を三者の音が埋めてゆく趣向。とりわけ栃尾のバリトン・サックスが、空間への美しい侵入ぶりをみせる。屈強な楽器という先入観を払拭する、息をのむような柔らかさと肉声への近似値は浸透力抜群。滑らかさのなかに独自のひんやりとした琴線をもつ波多野のヴォイスも、シラブルごとに自在な伸縮。生きていることのグロテスクさそのものである。一音一音の手触りを確かめては繋いでゆく高橋のピアノとの絡まりは、続く『まつおかさんの家』、『鳥のカタコト 島のコトカタ』でもさらに濃度を増してゆく。豊かなフィクション性に彩られた終曲。ひらがな表記にまぶされた物語世界に観客はすっかり埋没し、ふと人間の視点から逸脱していることに気が付く。主体が浸食される。周縁からホール全体を満たすバリトン・サックスの持続音、「ことばのカタチ」と意味との境界を掠めるヴォイス、テクストがもたらすイメージの氾濫に絡めとられるのだ。民話的な哀感は同時に未来的。微視と巨視の並走。覚醒と熱っぽさの混在—「風ぐるま」は、統合された知覚による経験の最先端を飄々と廻り続ける。(*文中敬称略。伏谷佳代)


【関連リンク】
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伏谷佳代

伏谷佳代

伏谷佳代 (Kayo Fushiya) 1975年仙台市出身。早稲田大学卒業。幼少時よりクラシック音楽に親しみ、欧州滞在時 (ポルトガル・ドイツ・イタリア) に各地の音楽シーンに通暁。欧州ジャズとクラシックを中心にジャンルを超えて新譜・コンサート/ライヴ評、演奏会プログラムの執筆、翻訳などを手がける。

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