#1018 永武幹子×齋藤徹

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2018年7月7日(土) 千葉県市川市・cooljojo

Text and photos by Akira Saito 齊藤聡

Mikiko Nagatake 永武幹子 (p)
Tetsu Saitoh 齋藤徹 (b)

1st set:
1. Reflections (Monk)
2. Four in One (Monk)
3. Lotus Blossom (Strayhorn)
4. I Let a Song Go Out of My Heart (Ellington)
5. Take the Coltrane (Ellington)
2nd set:
1. Jackie-ing (Monk)
2. Come Sunday (Ellington)
3. Caravan (Ellington / Tizol)
4. Ugly Beauty (Monk)
5. I Mean You (Monk)

永武幹子は、関東のジャズクラブを中心に活動し、自身のグループの他に、植松孝夫、鈴木勲、酒井俊、増尾好秋らビッグネームのリーダーのもとでも堂々とした演奏を行い続けている。すでに彼女は「ジャズピアニスト」として聴く者を魅了する個性を発揮している。

だが、それだけでなく、絶えず野心的に新たな領域を模索してもいるように見える。完全即興系のライヴでもその姿を見かけることがあった。2017年11月に、日本橋三越において画家・小林裕児のライヴペインティングがあり、齋藤徹(コントラバス)と熊坂路得子(アコーディオン)が即興演奏を行い、そのパフォーマンスの後に、筆者が永武を齋藤に紹介した。もっとも、紹介などしなくても、彼女の強い興味のひとつが即興演奏にあったことからも、遠からず接点はできたのだろう。そして初共演が実現した。

怖いものなしに見える永武にとっても、この日に向けて思うところはあったようだ。どうやら、ジャズクラブ・横濱エアジンのオーナー梅本實氏に相談したところ、自分の得意とする世界でぶつかるべきだとの助言を得たという。それは「即興」ではなく、やはり「ジャズ」なのだった。

一方の齋藤徹は、対照的に、「ジャズ」の世界にどっぷりと身を置いてきたわけではない。高柳昌行、富樫雅彦といった「ジャズも演る」巨人との共演からはじまり、多彩な形で、即興演奏の世界を切り拓いてきた音楽家である。その中で、「ジャズ」への接近と離脱も何度もあった。2000年前後の「往来トリオ」では、林栄一(サックス)、小山彰太(ドラムス)と組み、『往来』、『雲は行く』、『櫻』の3枚のディスクを残した。後年、齋藤はそれを「ジャズの実験」でありもうその世界に戻ることはないだろうと言ったのだが、「ジャズ」はすっぱりと手を切れる相手ではなかった。2016年の還暦記念ソロリサイタルではチャールス・ミンガスの曲を演奏し、また、翌2017年には「齋藤徹 plays JAZZ」と銘打って、かみむら泰一(サックス)、石田幹雄(ピアノ)との演奏を行った。しかし、その時の演目はジャズスタンダードではなく齋藤のオリジナルだった。果たして「ジャズ」とは何なのか?規則なのか、精神なのか、それとも曲か。

この日に向けて選ばれた「ジャズの曲」は、デューク・エリントン、セロニアス・モンク、チャールス・ミンガス。本番の前に、音世界を限定しすぎてしまうという理由で、ミンガスが外された。

冒頭のモンク2曲「Reflections」「Four in One」では、互いにプラットフォームの共有を目指して模索する雰囲気が支配した。前者では齋藤のコントラバスに永武がミシャ・メンゲルベルグを思わせる発散したアプローチで迫り、いきなり歓喜の表情を見せた。後者ではテーマで飛び跳ねるようなテーマのアルコに対して、ピアノでの介入に全精力を傾けた。そのことが表情に直接的にあらわれていた。

3曲目は「Lotus Blossom」(ストレイホーン)。上述の『往来』において齋藤と林とがデュオで演奏した曲だが、齋藤がその時期以来演奏したことはあったのだろうか。ここでは旋律を優しく撫でるようなベースに、ピアノが静かに選びながら音を重ねつつ自分の時間を増やしていった。一転し、「I Let a Song Go Out of My Heart」(エリントン)では、魅力的なピアノの和声から始まり、齋藤がピチカートによって愉し気にリズムを刻んだ。そのリズムは、ふたりの遊泳や螺旋の絡み合いに応じて自在に変えられ、そしてスピードを増していった。続く「Take the Coltrane」(エリントン)においては、複雑な混沌のピアノソロからやがてテーマが現れ、足踏みもあった。齋藤は棒で弦を、また手でコントラバスの胴体を叩き、その中から音を浮かび上がらせた。ここに永武がテーマを付加していく場面には、間違いなく「ジャズ」としての快感があった。

セカンドセットは再びモンクの「Jackie-ing」から始まった。テーマを軸にピアノが様々な変奏、ベースが応じて笛も吹き、ふたりで遊び、スピードアップして終わった。「Come Sunday」(エリントン)では、齋藤が味わいのあるソロから音域を拡げてゆき、弦の端をひっかくプレイも見せた。ここでは主役ふたりがなめらかに交代を続け、サウンドが分厚くなる過程において、曲の持つ力そのものが引きだされていくように聴こえた。やはり「ジャズ」とは曲の魅力を意味するものでもなかったか。それは、続く「Caravan」(エリントン/ティゾール)において、齋藤がマラカスを使って雰囲気を醸し出そうとしたことにも見い出すことができた。鍵盤の低音の中から曲の世界が開けてゆき、齋藤がウォーキングベースでそれに応じた。

4曲目の「Ugly Beauty」(モンク)では、永武が歌いながらピアノを弾き齋藤が重ねる。そして最後は「I Mean You」(モンク)。ややアップテンポで示し合わせて始まり、終わってしまうのが惜しいほどふたりとも愉しそうに演奏する。コントラバスの弦の軋みが、それだけで歌となっていた。齋藤の仕掛けに呼応し、永武も笑いながら弾いた。

演奏後、永武は、緊張と集中でほぼ何も覚えておらず、指が震えていたのだと言った。それは観る側からはわからないことであり、間合いを図るような序盤の雰囲気と、ひとつひとつの音を出す際の苦悩の表情や、何かを得たときの歓喜の表情がそれだったのかと思いいたるのみだった。結果として、文字通り一期一会の共演があっという間に過ぎてしまい、その場に立ち会った者の中に、簡単には消えない余韻を残した。既成の「手続き」に依拠することのない、人間の音楽だった。

(文中敬称略)

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齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 環境・エネルギー問題と海外事業のコンサルタント。著書に『新しい排出権』など。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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