#1038『ヴィクトリア・ムローヴァ ヴァイオリン・リサイタル』
『Viktoria Mullova Violin Recital』

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2018年10月21日(日)@すみだトリフォニー・ホール
Reported by Kayo Fushiya 伏谷佳代
Photos by Koichi Miura 三浦興一

<プログラム>
ヨハン・セバスチャン・バッハ:
無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第一番ロ短調BWV102より
Ⅰ.アルマンド&Ⅱ.ドゥーブル
藤倉大:
無伴奏ヴァイオリンのための”Line by Line”(2013)
ヨハン・セバスティアン・バッハ:
無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番ハ長調BWV1005
Ⅲ.ラルゴ&Ⅳ.アレグロ・アッサイ
ジョージ・ベンジャミン:
独奏ヴァイオリンのための三つのミニアチュア(2001)
ヨハン・セバスティアン・バッハ:
無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第1番ロ短調BWV1002より
Ⅶ.テンポ・ディ・ボレーア& Ⅷ.ドゥーブル
ミーシャ・ムローヴァ=アバド:
ブラジル(2014)
ヨハン・セバスティアン・バッハ:
無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番ト短調BWV1001より
Ⅲ.シチリアーナ&Ⅳ.プレスト
セルゲイ・セルゲーエヴィチ・プロコフィエフ:
無伴奏ヴァイオリン・ソナタニ長調作品115
ヨハン・セバスティアン・バッハ:
無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調BWV1004より
Ⅴ. シャコンヌ


長大なプログラムである。80分間ノンストップ。バッハの無伴奏ソナタとパルティータを楽章ごとに分解して現代曲を交互に挟み込み、最後をシャコンヌ(パルティータ第2番)で締める。バッハは半音低く調整してガット弦仕様のガダニーニ、現代曲はストラディヴァリウス「ジュールズ・フォーク」で弾き分け。当初、ヴァイオリン・ソロの会場としてトリフォニー・ホールは広すぎるように思われたものの全くの杞憂であった。空間全体がムローヴァによるひとつの独立した小宇宙と化し、彼女の人生航路をなぞるかのような充実した音の推移に、観客は否応なく引き込まれてゆく。初めてムローヴァの音楽に接したのは30年前になる。だが、旧ソ連叩き上げの若手の筆頭時代から、押しも押されぬヴァイオリン界の女王として君臨する今になっても、その印象は驚くほど変わらない。時折含羞を含むような表情、メランコリックで戦慄するような深淵を覗かせるパッション。音楽のスケールは骨太で甚大だが、技巧の悉くが自家薬籠中とされているため、難所が難所に聴こえない。どこまでも自然体。強靭なスタミナを要するはずの80分の連続演奏にも大仰さはみじんもなく、大海を渡るかのような余裕がにじむ。ヴァイオリンと対話する個々の瞬間は、その充実した存在感を遺憾なく提示、とりわけヴァイオリンならではの技法の妙を凝らした藤倉大やベンジャミンの作品がその細密画のような騒めきを見せつける。バッハは前述したようにピリオド奏法に特化しているが、元来、ムローヴァの血であり肉である強靭なロマンティシズムは過剰な表出を要しない。ストレートなボウイングが、そのままシンプルで美しい軌跡を描く。終幕のシャコンヌはムローヴァの真骨頂。繰り返される主題が大きなうねりとなり、会場は静かな熱狂に呑み込まれた。(*文中敬称略。伏谷佳代)


<関連リンク>
http://www.viktoriamullova.com/

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伏谷佳代

伏谷佳代

伏谷佳代 (Kayo Fushiya) 1975年仙台市出身。早稲田大学卒業。幼少時よりクラシック音楽に親しみ、欧州滞在時 (ポルトガル・ドイツ・イタリア) に各地の音楽シーンに通暁。欧州ジャズとクラシックを中心にジャンルを超えて新譜・コンサート/ライヴ評、演奏会プログラムの執筆、翻訳などを手がける。

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