#1051 作曲家グループ<邦楽>コンサート~音のカタログ vol. 8

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text by Masahiko Yuh  悠 雅彦

2018年12月3日18時半 杉並公会堂(荻窪)小ホール

1.橘川琢:筝・響花歳時記 第一集《冬景五章》作品104(2018年)より
「初雪の賦」「歳晩」「春望~福寿草~」(全曲初演)
中島裕康(筝)

2.服部義治:「老梅ろうばい」~篠笛と筝のための~(初演)
小野さゆり(篠笛)見崎有希子

3.川崎絵都夫:「彼方へ…」
金子展寛(筝)合田真貴子(十七絃)

4.シュムコー、コリーン・クリスティナ:蒙古の馬(The Mongolian Takhi )
樹本佳音里(十七絃)シュムコー(三味線)コリーン・クリスティナ(三味線)

…………………………………<休憩>………………………………

5.高橋久美子:界 – KAI – 雅楽器 小アンサンブルのための 2 (初演)
中村かおる(楽琵琶)野田美香(楽筝)

6.橋本 信:エタミーヌⅢ(2017)
柴  香山(尺八)榎本百香(琵琶)吉澤延隆(十七絃)

7.松尾祐孝:美しの都Ⅲ~尺八と十七絃筝の為に~(1996)
中島翔(尺八)吉原佐知子(十七絃)

8.マーティン・リーガン:木枯らしの詩 尺八二重奏のための(初演)
田辺頌山(尺八!)菅原久仁義(尺八Ⅱ)

司会:田中隆文(邦楽ジャーナル編集長)

 「音のカタログ」とは、わが国の邦楽界を代表する作曲家たちによるグループ展のタイトルである。ユニークな点は、ここに集う作曲家が邦楽畑の出身ではなく、洋楽出身の人々という点だ。この<邦楽2010>という作曲家の集まりは、優れた先達である故三木稔や日本音楽集団の創設メンバーだった故長澤勝俊らの衣鉢を継いで、洋楽の出でありながら邦楽器を用いた作品を作曲する分野で意欲的な仕事を展開している作曲家たち(少数の外国の作曲家を含む)から成る、というユニークさで明らかだろう。このグループ展は当該作曲家たちの発表の場であり、いわゆる西洋音楽分野の作曲家たちの通俗的な会とは違い、邦楽界に目を向けて作曲(編曲も含む)をアピールする、まさに異色の能力と個性の持ち主たちの特異な作曲グループの作品発表の一大ステージといってよい。現在参加している約40名の作曲家の中から、第8回の今年は8人の作曲家の作品が邦楽界の優れた演奏家によって披露された。

 総評的に言えば、今年はどの曲にも捨てがたい風味と聴きどころがあったが、全8曲の中で私が独断で選んだこの日のベストは、最後の第8曲、マーティン・リーガンの尺八2重奏曲「木枯らしの詩」であった。リーガン氏は優れた尺八演奏家でもあり、数年前に所属するオーラJ のコンサートで聴いたことがある。当時作曲した「東雲の詩」が作曲コンクールで入賞した経歴を持つが、この日の「木枯らしの詩」はさらに熟成した作曲の粋が地味を醸し出すような味わい深い1曲であった。何より田辺頌山と菅原久仁義の演奏が、月並みな賞賛で恐縮だが素晴らしかった。たった二人の演奏ながら、丁々発止というよりアンサンブルとしての情感の通わせ方と呼吸の微妙なズレが生むスリリングな応酬、そこから生まれる快感は聴くものを酔わせるに充分な味わいだった。両者の音色の微妙な違い、そのわずかな違いがむしろアンサンブルの精妙なスリルを生む快感といえばよいだろうか。完璧と称えたいくらいの美しい2重奏であった。

 他の演奏も負けず劣らず中身の濃い演奏だったが、これはひとえに作曲家たちの邦楽への眼差しのホットな真剣さを示すものだろう。篠笛の小野さゆりと筝の身崎有希子が対話しあった「老梅」(眼龍義治作曲)。この曲での篠笛と筝の演奏は、私にふと、その昔モーツァルトが当時出現したてのクラリネットに出会って才能を触発された一事を思い出させるほど、素敵な出会いを実感させてくれた実に興味深いデュエットであった。こういう形で篠笛を聴くのは初めてだったが、単に篠笛と琴のアンサンブルの珍しさを超えて、小野さゆりと巡り合ってこの曲を作るアイディアが閃いたという作曲者の述懐が聴く者をうなずかせるほど深い感銘を味わうことができた。小野は2本の篠笛を使い分けたが、ピッチが不安定という弱点を持ちながら、秋の風情をを感じさせる哀愁味豊かにして微妙な(サトルな)音色を持つ篠笛の情緒性に思わず涙した。その音色にはふと一噌幸弘の能管を思わせる和の美しさがあった。
尺八ともフルートやピッコロとも違う、一吹きで日本的な情緒を表し出す哀感をたたえた音色と、その音色を生み出す小野さゆりの技法に胸を打たれた。

 坂本龍一のオーケストレーターをつとめたこともある川崎絵都夫の筝と十七絃による合奏曲「彼方へ…」。かなりの邦楽作品をすでに発表している川崎にとっても筝と十七絃の合作は初だとか。3つの部分からなる作品だが、とりわけ第3曲の叙情の世界が、十七絃のソロをはじめ両者(金子展寛、合田真貴子)の闊達な意気込みとも相まって哀愁の滲み出る佳演となった。

 すでに東京フィルの欧州楽旅のために書いた「尺八と管弦楽の為に」の成功以来松尾祐孝はこの分野で活躍する先駆者。本作は往年の「尺八協奏曲」の系譜下にある、神秘的で深みのあるチャーミングな作品。「美しの都Ⅲ」は尺八の中島翔と十七絃の吉原佐和子による秀逸な演奏で緊迫感に富む優美な流れを生み出した。

 中島裕康(筝)が演奏した橘川琢の「響花歳時記」(『冬景5章』より)では、久方ぶりに故三木稔の薫陶を得た作品と出会って感涙した。

 みずから達者な三絃を演奏(十七絃は樹本佳音里)したシカゴ出身のシャムコーとコリーン・クリスティナの「蒙古の馬」は、まさしく馬が駆けていく軽快で力強い前奏とリズムが他の7作品とは趣向の異なる面白さで異彩を放った。

 最後は今年の3月に Crossroads Vol. 3として『解体新譜』という新作を発表した高橋久美子の「界-KAI-」。雅楽器 小アンサンブルのための2(2018)初演との小見出しがついたこの作品は、この日は琵琶と筝によって演奏された。雅楽へのアプローチから生まれた第2作(ちなみに前作は笙、篳篥、龍笛のアンサンブル)ということになる。從って、ここでは楽琵琶と楽筝の最小のアンサンブルにより、1300年守られてきた絹糸の繊細な調べが、しゃもじのようなバチを使った初の演奏として披露された。おそらく数年のうちにはより充実した、メリハリの効いた曲として生まれ変わる可能性を秘めた作品と興味深く聴いた。

悠雅彦

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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