#1070 3/23 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団~第56回ティアラこうとう定期演奏会

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text by Masahiko Yuh . 悠 雅彦
photos: courtesy of City Phil

2019年3月23日土曜日 14:00 ティアラこうとう大ホール

1.ピアノ協奏曲第2番ハ短調作品18(ラフマニノフ)
2.交響曲第2番ホ短調作品27(ラフマニノフ)
*ピアノ・ソナタ第12の第2楽章(モーツァルト)~上原彩子のアンコール曲

東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
川瀬賢太郎(指揮)
上原彩子(ピアノ)

ハ短調のピアノ協奏曲。作曲者のセルゲイ・ラフマニノフがもし存命していて、この演奏を聴いたとしたら、いったい何と言っただろうか。過去、数え切れないほどこのコンチェルトの演奏を聴いてきた私も、この日以上の演奏をすぐには思い出せないほど、上原彩子と川瀬賢太郎のピタリと息の合ったハ短調に随所で落涙させられるという予想もしない顚末に戸惑ったほど。それほどいささか周囲には決まり悪いくらいの感激だった。

とはいえ、予感はあった。もっともそれは指揮者の川瀬賢太郎への過剰なくらいの期待がまさったためで、ピアニストへの信頼と期待を伴ったものではなかった。その意味ではこのピアニストへの信頼は単に世評や私の信頼する執筆者たちの評価に準じたものであることを、あらかじめ白状しておきたい。

このコンサートにあらかじめ◎をつけて注目していた理由はほかでもなく、川瀬賢太郎が神奈川フィルを振った演奏に大きな感銘を与えられたからだ。この日のプログラムに紹介されている彼の経歴によると、2011年に名古屋フィルを振ってデビューした後の2014年4月、神奈川フィルの常任指揮者に就任したとあるので、私が2016年5月に横浜のみなとみらいホールで彼がタクトを振った神奈川フィルと名古屋フィルとのジョイント演奏によるショスタコーヴィチの交響曲第7番 ” レニングラード ”を聴いて感激したのは、まさに彼の新たな出発が音を立てて始まった瞬間だった。その1ヶ月後の6月25日、<武満徹作曲賞>の本選で東京フィルを指揮して受賞4作品を振った演奏を目の当たりにして、作曲審査に当たった一柳慧が絶賛したことなどを思い浮かべると、この日の彼の指揮による音楽の造形がさらにスケール豊かな陰影に富むものへと進んだとの実感を持ったのも当然だったかもしれない。この事実を改めて確認させられたのが上原彩子とのラフマニノフであり、後半の交響曲第2番ホ短調であった。

さて、ピアノ・コンチェルト。冒頭のソロによる提示を聴いているうちに、このピアニストはやはり只者ではないと確信した。冒頭の導入部でのソロの提示に始まって、次にオーケストラとピアニストとの対話が開始される瞬間の、上原と川瀬の息を呑むような呼吸の合致。その瞬間、私は両者の手や指先から2人の情動が、まるで朝顔の花びらから露の雫がしたたり落ちる光景に転化したと、不意に錯覚しそうになった。こんな経験は私には初めてだった。普通、独奏者(ここではピアニスト)は指揮者に何か格別な注文をつけることはない。彼女がしばしばオケや指揮者の方に目をやるのは、オケや指揮者に注文をつけようとしたのではなく、むしろ指揮者やオケとのかかる一体感を持続させ、さらに自らのみならずオケを含めたこの精神的カタルシスを共有しようという意図の現れゆえであると、私は理解した。なぜって、そこでのテンポは決して一様ではないし、従って平板ではない。にもかかわらず演奏には少しの乱れもないどころか、揺れ動くような楽想の流れ(上原の自在性発露)を川瀬が見事にキャッチして引き出し、戸澤哲夫(コンサートマスター)を中心とした東京シティ・フィルの稀れに見る一体的なアンサンブル能力が底力を発揮したことが、この快演を生んだと言っていいからだ。ピアニスト、指揮者、オーケストラがまさに一体となって全身全霊でこの稀れにみるラフマニノフの近代的ロマンティシズムの花を咲かせた演奏だったと言ってよいだろう。

ホ短調交響曲の方も前半のピアノ協奏曲の流れと高揚感が顕著。川瀬賢太郎のスケール豊かな表現性が緻密な音作りを通して発揮され、川瀬らしい大輪の花を咲かせた。ピアノ・コンチェルトでは使用しなかった指揮棒を用い、シティ・フィルの持てる力をフルに引き出してみせた見事なホ短調交響曲だった。かつて江東公会堂と呼ばれていた会場のティアラこうとうは、長細いいわゆるシューボックス型のホール(1228人収容)だが、やはり上原彩子お目当ての人々がシートを埋めたからか熱気ほとばしるコンサートとなった。私自身は指揮者・川瀬賢太郎がどんな成長ぶりを果たしているかを確かめに来たコンサートだったと言ってもいいが、率直に言って期待をはるかに上回る彼の成長を間近に確かめることができた上、上原彩子の世評通りの快演を初体験できて、実に気持ちのいい土曜の午後ではあった。


悠雅彦

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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