#710 山下洋輔スペシャル・ビッグバンド・コンサート 2014

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2014年7月17日 Bunkamura Orchard Hall
Reported by 悠雅彦(Masahiko Yuh)
Photos by ⓒEiji Kikuchi

1.展覧会の絵(ムソルグスキー~ラヴェル~松本治)
2.交響曲第9番ホ短調作品95 ” 新世界より” (ドヴォルザーク~松本治)

エリック・ミヤシロ、佐々木史郎、木幡光邦、高瀬龍一(tp)
中川英二郎、片岡雄三、山城純子(tb)
池田篤、米田裕也、川嶋哲郎、竹野昌邦、小池修(reeds)
高橋信之介(ds)
水谷浩章(b)
山下洋輔(p,talk)
松本修(arrange,conduct,tb

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2年に1度のお楽しみ。山下洋輔スペシャル・ビッグバンド(SBB)が迎えて第5回のコンサートを渋谷のオーチャード・ホール(Bunkamura)で催した。前回の2012年がサントリー・ホールで、今回がオーチャード・ホールとくれば、まるで山下洋輔がクラシック界に殴り込みをかけたかのような威勢の良さ。快感さえおぼえる。私にはむしろ清々しくさえある。羽目を外したかのような、この能天気さなればこそ、「お叱りは覚悟の上で、ジャズマン一同気持よく炸裂させていただきます」との山下自身のご開帳宣言(プログラムの口上)とあいなるわけだろう。
実際、当の山下洋輔にとっても待ちに待ったコンサートだというのは間違いなく、その数日前のインタヴューでSBBの話を持ち出したとたん彼自身が期待にエキサイトするかのような表情を見せたときに私は合点がいった。山下にとっては2年に1度相まみえるメンバーとのこの邂逅は、まるで牽牛と織女の逢瀬ならぬ、待ちこがれた一夜なのではないだろうか。あるいは私自身がそうだったように、当夜が待ち遠しくてならなかったのはむしろSBBの熱烈なファンの方だったかもしれない。それもこれもラヴェルの『ボレロ』に続くムソルグスキーの『展覧会の絵』(ラヴェルのオーケストラ版が有名)の成功が生んだ期待の現れ。その結果、大きな会場を埋めた人々の歓声と拍手が、バンドのゴージャスな面々がステージに歩を進めはじめた瞬間に沸き起こったのだ。
実際、2012年の『展覧会の絵』は大成功だった。当夜の第1部はその『展覧会の絵』の再演で始まった。メンバーでは2年前のベーシスト金子健が体調を崩し、代わって水谷浩章が出演した以外はすべて2年前と変わらない。まさに山下が「凄腕の演奏家たちが一堂に会する、勢揃いの美学です」と述べた口上通りのスリリングな演奏が今年も、2年前のエリック・ミヤシロ(宮城)らによるユーモラスなシーンを彷彿させながら展開していった。『展覧会の絵』は間違いなく『ボレロ』に続くSBBのヒット曲になるだろう。
2012年の『ボレロ』の面白さも、アンサンブルをあの鮮烈なリズムから解放した秀抜なアレンジに負うていたことを思えば、『ボレロ』といい『展覧会の絵』といい第一に称賛されるべきは編曲者の松本治であることは言うまでもない。表舞台のスターは山下洋輔以下の面々だが、遠慮なくいわせてもらえばSBBの成功の陰の立役者は松本治である。
とりわけ前回の殊勲甲は間違いなく松本治だった。
さて、今年(第5回)の聴きもの、『新世界』はどうか。ちなみに、ドヴォルザークの『新世界』(交響曲第9ホ短調)は4楽章構成で、第2楽章の最初の主題は<家路>として余りにも名高い。SBBにとっても、松本治にとっても、交響曲を俎上にのせるのは初めて。実は、次が『新世界』だと耳にしたとき、私には楽しみである一方で一抹の危惧をふと感じた。なぜかといえば、交響曲である以上、第2楽章と第4楽章だけで事を済ますわけにはいかない。だが、『新世界』の愛好家は別にして、すべてのジャズ・ファンが全4楽章に一様の親近感を持つとは限らない。すべては松本治のペンにかかっていると言ってもいい。そう考えると、過去『新世界』に親しむ機会に恵まれなかったSBBファンを前にして、第1楽章と第3楽章をどうジャズ化、いやSBB化するかが成否を占う鍵になるのではないかというプレッシャーに、松本治が襲われたとしても無理はない。その意味では期待した結果が得られなくても松本を責めるわけにはいかない。それは余りにもアンフェアだ。第2楽章だけやればいいじゃないかと短絡する人もいるだろうが、それでは『新世界』にならない。そこが大小さまざまな楽曲で組曲風に構成されている『展覧会の絵』と違う。そうかといって第1、第3楽章はエピソード風のごく短いアンサンブルで逃げるというのも賢明ではない。松本がいかに悩んだかが、この2つの楽章のジャズ・アンサンブル化の処理にうかがうことができた。
予想した通り第1楽章と第3楽章は焦点がぼやけた感じで、この『新世界』を過去にほとんど聴いていない人にも、むしろ『新世界』をよく知る人にはなおのこと、第1楽章と第3楽章は原曲の持つメロディアスな魅力、特にドヴォルザークが母国のボヘミアや米国滞在中に耳にした黒人霊歌などの親しみやすい旋律をやや持てあましたとの印象が拭えなかった。山下洋輔のソロで火蓋を切るという裏をかいた異彩を放つ冒頭も、もっと山下色が濃厚なソロでスタートしたら勢いがついてよかったのにと思ってはみたものの、岡目八目で好き勝手なことを抜かすなと嫌みをいわれそうで怖い。 案の定といえばよいか、第2楽章でSBBは一息ついた。つまり第1楽章の失点を取り返したのだ。
<家路>の旋律として誰もが知っている第2楽章の主旋律。オーケストラではオーボエに似た音を出すイングリッシュ・ホルン(コール・アングレともいう)がこの子守唄のような旋律を吹くが、松本はSBBのアルト奏者・池田篤のソプラノ・サックスにすべてを托した。池田の柔らかなトーンと夢見るような表情をまぶしたパッセージを組み合わせた手法が聴衆を惹きつけたことは間違いないが、池田のそうしたプレイを想定しながらアンサンブルとの呼吸を巧みにはかった松本の書法がオーケストラ全体の波打つウェーヴ感を引き出したという点でも出色であった。また、第4楽章もエリックをフィーチュアし、原曲通りにトランペットの輝かしい音色を前面に立てて聴衆を惹きつけ、大きな拍手喝采を受けた。スターぞろいのバンドの中でもエリックの存在感はひときわ抜きん出ているといってもいいが、今回はトロンボーンの中川英二郎がエリックと並んで普段ほとんど見られないトロンボーンによる超絶テクニックを披露して度肝を抜いた。ここまでトロンボーンが技を進化させているのかと目をみはる一方で、この楽器に取り組み始めた小中学生が怖じ気づくのではないかと心配になったほど。今回見せ場をつくったエリックと中川の超絶技巧バトルはこれからのSBBコンサートの呼び物になるだろう。サックスでは川嶋哲郎がソプラノとテナーで大奮闘。このためにわざわざニューヨークから帰ってくる高橋信之介のめりはりの利いたドラミングも迫力充分。また、守屋純子オーケストラのテナー奏者・小池修が何とバリトン・サックスで大きな音量とめりはりの利いたソロで存在感をアピールするなど、数え上げたらキリがないほど、本邦の超一流の奏者が勢揃いして圧倒的なプレイを披露するSBBのアンサンブルと個人プレイの最良のミックスを引き出した松本治の健闘を称えて締めくくることにしたい。アンコールは山下洋輔の『Groovin’ Parade』。まさに陽気な大団円にふさわしいパレード調の楽しい盛り上がりで幕となった。

*関連リンク
CD『山下洋輔スペシャル・ビッグバンド/ボレロ|展覧会の絵』レヴュー
http://www.jazztokyo.com/five/five1113.html
CD『山下洋輔スペシャル・ビッグバンド/ボレロ|展覧会の絵』録音評
http://www.jazztokyo.com/column/oikawa/column_198.html

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悠雅彦

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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