#832 ロバート・グラスパー・エクスペリメント× 西本智実 シンフォニック・コンサート

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Robert Glasper Experiment ×Tomomi Nishimoto Symphonic Concert

2015年6月8日 19:00 東京芸術劇場コンサートホール(東京・池袋)
Text by Hideo Kanno 神野秀雄
Photo by Hideyuki Arai 新井 秀幸(日本写真家協会会員)

 

ロバート・グラスパー・エクスペリメントRobert Glasper Experiment
ロバート・グラスパー Robert Glasper(p, Fender Rhodes, YAMAHA Motif 7)
ケイシー・ベンジャミン Casey Benjamin(sax, vocoder)
アール・トラヴィス Earl Travis(b)
マーク・コレンバーグ Mark Colenburg(ds)

西本智実 Tomomi Nishimoto (指揮 Conductor)
イルミナート・フィルハーモニー・オーケストラ Illuminart Philharmony Orchestra
山下康介 Kosuke Yamashita  萩森英明 Hideaki Haginomori
石川洋光 Hiromitsu Ishikawa  岩城直也 Naoya Iwaki (編曲 Arranger)

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第1部前半 イルミナート・フィルハーモニー・オーケストラ
ニコライ・リムスキー – コルサコフ:スペイン奇想曲
Nikolai Rimsky-Korsakov / Capriccio espagnol, Op. 34
1. アルボラーダ Alborada
2. 変奏曲 Variazioni
3. アルボラーダ Alborada
4. シェーナとジプシーの歌 Scena e canto gitano
5. アストゥリア地方のファンダンゴ Fandango Asturiano

第1部後半 ロバート・グラスパー&イルミナート・フィルハーモニー・オーケストラ
Jesus Children (BR2)(編曲:山下康介)

第2部 ロバート・グラスパー・エクスペリメント&イルミナート・フィルハーモニー・オーケストラ
Mayden Voyage (Mood)(編曲:萩森英明)
Let It Ride (BR2)(編曲:萩森英明)
Gonna Be Alright (F.T.B.) (BR)(編曲:岩城直也)
For You (Double Booked) (編曲:萩森英明)
J Dillalude (In My Element) (編曲:萩森英明)
Mortal Man (Kendrick Lamer / 編曲:萩森英明)
Afro Blue (BR) (編曲:岩城直也)
Smells Like Teen Spirit (BR)(編曲:山下康介)
I Stand Alone (BR2) (編曲:石川洋光)

※ 「演奏予定曲として案内しておりましたモーツァルト:ピアノ協奏曲21番第二楽章は、グラミー賞最優秀トラディショナルR&Bパフォーマンス授賞曲<Jesus Children>に変更になりました。」
BR=Black Radioに収録。BR2=Black Radio 2に収録。

一定の成果と課題を残したロバート・グラスパーとオーケストラの「エクスペリメント」

ジャズとヒップホップ、R&Bを音楽的にも人脈的にも有効につなぎ「現在進行形のジャズ」の最重要人物のひとりと認識され、大きな影響力を持つロバート・グラスパーが、クラシックのオーケストラと共演、モーツァルトのピアノ協奏曲にも取り組むと言う。指揮者は西本智実。オーケストラは自身のイルミナート・フィルハーモニー・オーケストラ。「ジャズとクラシックのコラボレーション」「芸劇で激突!」と謳い文句は勇ましい。2014年7月にはノースシー・ジャズ・ファスティバル2014において、ロバート・グラスパー・エクスペリメント(RGE)とヴィンス・メンドーサの編曲・指揮でメトロポール・オーケストラと共演しており(YouTubeで見ることができる)、今回の企画のヒントにはなっていると思うが、メトロポールはストリングスがあるものの性質的にはビッグバンドに近くクラシックという軸はない。私はジャズとクラシックは両者への尊敬を込めてそう簡単に交わらないと思っており、ジャズにオーケストラをあてるという試みには一歩引いて考えているし、極端な例として、ふたつの世界で活躍するキース・ジャレットやアンドレ・プレヴィンは決して両者を混ぜようとしない。しかし、これまでさまざまな音の融合で独自の世界を切り拓いて来たロバート・グラスパーが生み出す音なら、怖いもの見たさ感も含めて、その目撃者となる価値があるに違いない。 オーケストラのメンバーがステージへ、そして指揮者の西本智実が颯爽と登場し、ヴィジュアル的にも人気が高いのに納得する。西本には関心を持ちながら演奏を聴いたことがなくとても楽しみにしていた。曲はリムスキー=コルサコフ<スペイン奇想曲>。スペインの作曲家ホセ・インセンガがまとめたスペイン民謡集「E cos de Espanaスペインからの響き」の旋律をもとに構成され、もともとヴァイオリン協奏曲として着想されたが管弦楽曲に変更して完成、そのせいもあってかソロパートが多い。西本のブログで「ヴァイオリン、フルート、クラリネット、ハープの各ソリストがアドリブ的要素がある曲をあえて選曲しました。」と説明しているのは即興ではなくソロが多いという意味だろう。ヴァイオリンのハーモニーにどこか濁りがあり透明感がなく倍音域の輝きが出ない。打楽器に切れがない。楽器の音程が揺らいだり、かすれやノイズが入る。優れたオケの管楽器奏者は独特の存在感を見せるがそれが発揮できていない。そしてオケのグルーヴがひとつになったときに最高の興奮が訪れるはずの<スペイン奇想曲>なのだが、そのグルーヴが揃わない感があって、オケのメンバーのパワーが同じベクトルを向かず、残念なまま終了してしまった。

いよいよ、ロバート・グラスパーが登場し、大きな拍手で迎えられる。第1部後半のポイントは何かというと、第2部のロバート・グラスパー・エクスペリメント(RGE)との共演を前にして、ロバートのみが参加し、コンサートグランドピアノの生音でオーケストラと観客と向き合う点にある。当初、モーツァルト<ピアノ協奏曲 第21番 ハ長調 KV.467>から<第2楽章>が予定されていたが、直前に<Jesus Children>に変更された。正直なところ、ロバートがどうモーツァルトに向き合うか、クラシックをどうとらえるかを楽しみにしていたし、謳い文句の「ジャズとクラシックのコラボレーション」を実質失ったことはとても残念で、次の機会に期待したい。

『Brack Radio 2』に収められた<Jesus Children>は、スティービー・ワンダーの<Jesus Children of America>をカヴァー、RGE、レイラ・ハサウェイ、マルコム=ジャマル・ワーナーで第57回グラミー賞の、ベストR&Bパフォーマンスを受賞している。オケがゆったりとしたハーモニーの流れを作り、ロバートのピアノがゴスペルの語法をまじえて、祈るように繊細に歌い上げる。ロバートはヒューストンのキリスト教の影響が強い地域の出身で、カトリック、メソジスト、セブンスデー・アドベンチストなどの教会で演奏し、ロバートを大きく特徴づけるゴスペル的なハーモニーを身につけ、その後に、高校、大学へと進む。それだけにロバートが魅せ創り出した世界観は特別なものだった。編曲は山下康介。中川英二郎(tb)が吹いていたNHK朝ドラ<瞳のテーマ>の作曲で記憶していて、映画・テレビの劇伴の作編曲でも活躍するが空間の広がりを感じさせるオーケストレーションの中で歌わせるのは得意とするところだ。ただ、東京芸術劇場というアコースティックなハコでピアノを音響的に鳴らしきれたかというともうひとつで、オケとの音量バランスも改善の余地はある。これはピアノの生音での演奏が1曲10分のみという状況では、フィードバックによる修正が十分にできないというのも大きい。またロバートが多用する同一音の連打をすると、アコースティックなホールでは音が濁ってしまう。また音量バランスは指揮者にも責任の一端はある。このあたりは再演される中で研ぎ澄まされていくことを期待したい。教会での豊かな経験を持つロバートならこういう空間をアコースティックに美しく鳴らす感覚を確かに持っていると思う。

休憩に入ると、第1部で使われたピアノが下手に搬出されて、上手から第2部で使う別なピアノが搬入される。ピアノは2台ともスタインウェイD-274(奥行274cmのフラッグシップ・モデル)。セッティングとしては、ビルボードライブ東京と同じく、ロバートが右端に、ケイシー・ベンジャミン(sax, vocoder)、アール・トラヴィス(b)、マーク・コレンバーグ(ds)の順に並ぶ。つまり、ピアノの反響板はステージ後方を向きながら控えめに開けられ、生音を客席に届けることなく、マイクで収録された音のみをPAから出す。ロバートの手前にはフェンダー・ローズ・ピアノがあり、その上にYAMAHA MOTIF 7が載っている。アールはウッドベースも用意していて確か1曲のみで使用した。

第2部はハービー・ハンコックの<Maiden Voyage>から始まる。これはファーストアルバム『Mood』からだが、RGEの『Black Radio』『Black Radio 2』の収録曲を中心に構成される。またケンドリック・ラマーの<Motal Man>も演奏された。全般にRGEが通常と近い形で演奏して、グルーヴの主導権をとり、オケがハーモニーと響きをサポートする流れが多い。ノース・シー・ジャズ・フェスティバル2015で、RGEとレイラ・ハサウェイがヴィンス・メンドーサ編曲・指揮のメトロポール・オーケストラと共演した際には、オーケストラがRGEを煽るような部分があるのと一線を画すが、メトロポールは名前がオーケストラだがビッグバンド的要素が強いから当然だ。

今回のアレンジは正解で、危惧されたオケの不安定さの露呈を最低限にしながら、効果的にRGEのサウンドを拡張することに成功している。西本もRGEとオケを結ぶ大役を果たしていた。アレンジャーの名前が申し訳程度に当日のパンフレットに書かれているが、アレンジが優れていて、実質この公演の要となった点は特筆したい。4人の中のひとり岩城直也は21歳、東京音大指揮作曲専攻在学中で活躍している気鋭だ。岩城に今回のアレンジで意識した点をきくと「彼ら(RGE)の中で創られるグルーヴやフィーリングを大事にすることを意識しつつ、『オーケストラとの共演』というテーマのもとでいかに彼らのサウンド感をバックアップするオーケストレーションをするかを目指しました。」リハーサルでの感想は「グラスパーが所々で入れる気持ちのよいフレーズが一気に曲全体を引き締め、アレンジにもまとまりが出たように感じました。また、西本さんの圧倒的な牽引力で、リハ時間も少ない中全体が合致していったように思います。同時に、山下先生・石川先生・萩森先生のそれぞれカラーを持った素晴らしいアレンジにより、RGE×イルミナートというアンサンブルが変幻自在に移り変わっていく、そんな感覚を覚えました。」なお、岩城は玉置浩二のシンフォニック・コンサートのオーケストレーションも提供し、自身では「サウンド・パティシエ・オーケストラ」を主宰している。

RGE とオケの響きが溶け合う瞬間は素晴らしかった。ケイシー・ベンジャミンのヴォコーダーは個人的にはそれほど得意ではないのだが、弦のハーモニーに溶けあうとむしろしっくり来たのは意外だった。マーク・コレンバーグは相変わらずの高速で緻密複雑なドラミングはRGEを特徴付け、会場を興奮させるが、その音は比較的クリアに響いていた。マークのファンは特に多いようだった。アール・トラヴィスのベースに関しては、自在でこの大人数のグルーヴを支えるプレイは素晴らしく、視覚的にも追えたが、PAがその音響を伝えきれなかった。PAはあまりよくなく、ステージ両脇のシンプルなスピーカーのセットから音を出すセッティングであったが、不明瞭な低音がまわってしまう中、肝心なベースの音は聴こえにくい状態。素人でわからないが、たとえば、より多くの場所にユニットを置いて小さめな音量で鳴らした方が残響の悪影響が出ないとか方法があるのだろうか?いや、響かないホールを会場に選ぶというオプションはむしろあったかもしれない。他方、メトロポールではピアノは客席に向けられており、少しでも、また視覚的にもアコースティックな響きを活かすという手もあった。岩城も東京芸術での音量調整、残響の難しさは実感したと語っていた。東京芸術劇場という残響が長いコンサートホールを空間に選んだ以上、より綿密なサウンドデザインは必須であったろう。

そして会場を穏やかな興奮に包みながら、『Black Radio』に収められたニルヴァーナのカヴァー<Smells Like Teen Spirit>でクライマックスを迎える。そのまま、『Black Radio 2』の<I Stand Alone>へとつながる。RGEの公演は拍手の立ち上がりが微妙だが、ここでも、ばらばらと拍手が湧き、やがて大きな拍手に包まれる。あれ、アンコールがない?という疑問が会場で起こったが、終演後に貼り出されたセットリストには<I Stand Alone>がアンコールと記されており、切れ目なく演奏したことが判明し、納得して帰っていった。

今回は、企画準備等に少しずつ無理や詰めが甘い点もあって残念であったが、とにかく勢いを持って「実験=エクスペリメント」してみたら、思いのほかよく、RGEサウンドの有効な拡張を見ることができたという感がある。RGEという世界的にも注目される素材を受け止めるのであれば、東京で話題性と集客力のあるイベントとするだけでなく、世界を相手に発信するだけの構想と準備が欲しかったし、そのよい機会でもあったと思う。オケの選択にもオプションがあったかもしれない。西本の“人気”、“カリスマ性”を前面に立て、またいたずらに「クラシック」を強調するよりも、より冷静で地道な見せ方がむしろクラシックファン、ジャズファンを含む通な層、幅広い層にアピールした可能性もある。ともあれ、このコンサートに多くの方が尽力され、実現にこぎつけ、新しい響きを魅せてくれたことに心から感謝したい。よりトータルな完成度を増した形での再挑戦を楽しみにしたい。

【関連リンク】
Robert Glasper official website
http://www.robertglasper.com
ロバート・グラスパー ユニバーサル・ミュージック
http://www.universal-music.co.jp/robert-glasper/
公演ウェブページ・ビルボード・クラシックス
http://billboard-cc.com/classics/2015/03/world_premium_rt/
西本智実ウェブサイト
http://www.tomomi-n.com/jp/
イルミナート・フィルハーモニー・オーケストラ
http://illuminartphil.com
西本智実オフィシャルブログ 関連記事
http://tomomiroom.exblog.jp/21328767/
http://tomomiroom.exblog.jp/21299133/
岩城直也 オフィシャルウェブサイト
http://soundtogether7081.wix.com/naoya-iwaki
山下康介 プロフィール
http://www.concordia.co.jp/artist/kousuke_yamashita.html

ブルーノート東京 ロバート・グラスパー・トリオ (2015年9月28~29日)
http://www.bluenote.co.jp/jp/artists/robert-glasper/
ブルーノート・ジャズ・フェスティバル・イン・ジャパン 2015
http://bluenotejazzfestival.jp
Robert Glasper Experiment and Metropole Orchestra
conducted by Vince Mendoza featuring Lalah Hathaway and Bilal
North Sea Jazz Festival 2014
https://youtu.be/ie-wtJ1BUxE
※公式YouTubeではないため、リンク切れになる可能性あり

FbF1231 LR832g LR832h

L:『Robert Glasper Trio /Covered』
C:『Robert Glasper Experiment /Black Radio 2』
R:『Robert Glasper Experiment /Black Radio』
(ユニバーサルミュージック / Blue Note)

【追記】
ロバート・グラスパーは、2015年9月にヴィセンテ・アーチャー(b)、ダミオン・リード(ds)とのトリオで来日し、9月27日に横浜赤レンガパーク野外特設ステージで開催される「ブルーノート・ジャズフェスティバル・イン・ジャパン」にも出演する。別途、「パット・メセニー&ブルーノート東京・オールスター・ジャズ・オーケストラ directed by エリック・ミヤシロ」も出演するプログラムとセッティングで、ロバート・グラスパー・トリオのアコースティックな音を煉瓦の壁に挟まれた野外ステージでPAを経てどのように鳴らし魅せるのかもあわせて注目したい。新作『Covered』の音を初秋の横浜の新旧が交叉する風景の中で聴くのを楽しみにしている。

*初出:2015年6月28日 Jazz Tokyo #209

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神野秀雄

神野秀雄 Hideo Kanno 福島県出身。東京大学理学系研究科生物化学専攻修士課程修了。保原中学校吹奏楽部でサックスを始め、福島高校ジャズ研から東京大学ジャズ研へ。『キース・ジャレット/マイ・ソング』を中学で聴いて以来のECMファン。東京JAZZ 2014で、マイク・スターン、ランディ・ブレッカーとの”共演”を果たしたらしい。

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