このライブ/このコンサート2011国内編#01 『坂本弘道=松田美由紀/言葉は玄天に砕け、弓は下弦を射る』

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2011年7月24日(日)@下北沢・レディジェーン

text by 伏谷佳代 (Kayo Fushiya)
Photo:かわいさとし (Satoshi Kawai)

≪出演≫
松田美由紀(reading)
坂本弘道(cello,etc)

松田美由紀が1992年に扶桑社から発行された自著『子宮の言葉』を朗読し、坂本弘道が音楽をつけてゆくというデュオ・インプロヴィゼーションである。いわゆる音としての言葉に特化した、言葉とチェロによるコラボ、という類のものではなく、語られる内容—人生そのものの深みとスケール—が大きなうねりとなって押し寄せる。それだからこその感動である。何か理屈では割れない強烈なものを体現しているからこそ、演出法や出し物の如何ではなく聴きたくなる・見たくなる…、そんな欲を抑えられなくなるデュオ。思えば、存在自体が音楽そのもののような組み合わせだ。

本の内容は故・松田優作との出会い・結婚・出産・別れまでを綴ったもの。今でもほぼ定説となっている「恋愛と生活は同居しない」の例が見事に当てはまらない、大恋愛結婚生活で、いかに壮絶に自我と自我が格闘し愛情が強固なものとなっていったかが力強く語られるが、前述したように松田美由紀は特別な演出を施すことなく地声で読んでいく。ざっくばらんに読む箇所だけを決め、あとは即興で音をつけていったというが、ノコギリやエッジの効いた数々の奏法ばかりを取沙汰されることが多い坂本弘道の、ソフト面というか屈指のメロディメーカーぶりが改めて露わになった一夜であった。死の場面で妻である朗読者が感極まるとき、背後に流れるのは坂本の名曲「マボロシ」である。映画のサントラとして、舞踏の伴奏として、数々のインプロ・セッションの挿入として、様々な設定で何度この曲を聴いたか知れないが、毎回感極まる。気高さを湛えた甘美ながら、過去にも未来にも属さぬ不思議な憧憬をもつメロディである。この日も、レディジェーンは水を打ったような静けさとなった。誰もが、語られる喪失の耐え難さ、その厳粛な事実に単純に釘づけにされたのではないか。坂本弘道の音楽には、生傷に塩を塗り込むような直截性と、それと対極の気高さやロマンティシズムがゆらゆらと絡まり合っている。

どのような人生にもすっと入りこんでしまう曲を1曲でももっているミュージシャンは偉大である。それが身に染みた夏の夜更けだった(*文中敬称略)。

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@ Satoshi Kawai
© Satoshi Kawai
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伏谷佳代

伏谷佳代

伏谷佳代 (Kayo Fushiya) 仙台市出身。早稲田大学卒業。幼少時よりクラシック音楽に親しみ、欧州滞在時(ポルトガル・ドイツ・イタリア)には多言語習得と組み合わせた音楽諸般への理解を深める。欧州ジャズとクラシック音楽を中心とした新譜とコンサート評多数。流れゆく音楽の形相を適格に捉え、深くかつ簡潔な文章スタイルで、ジャンルを超えて多くのアーティストから信頼を寄せられている。

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