RIP Roswell Rudd by Ethan Iverson

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ラズウェル・ラッドのための2コーラス イーサン・アイヴァーソン

偉大なアメリカのミュージシャン、トロンボーン奏者のラズウェル・ラッドの訃報を聞いた。残念なことだ。彼のディスコグラフィーは膨大だ。古くは、アルバート・アイラー、ニューヨーク・アート・カルテット、スティーヴ・レイシー、セシル・テイラー、アーチー・シェップ、カーラ・ブレイ、チャーリー・ヘイデン、ミシャ・メンゲルベルク、エンリコ・ラヴァ..等々。

おそらくラズウェルは何でも演奏できただろうが、彼がどのような状況下でもうまく適応できた理由は、彼がつねにフォーク・ミュージシャンのように演奏できたからだ(事実、彼はアラン・ロマックス*に協力した民族音楽学者でもあった)。
*アラン・ロマックス Alan Lomax:1915年生まれのフィールド・ワークを中心としたアメリカの民族音楽研究家。1940年代から60年代にかけての米英のフォークソング・ブームにも多大な影響を与えた。

彼の最初のセッション『Everywhere』(1966) でラッドはチャールズ・アイヴズ*賛歌の<Yankee No-How>を録音しているが、ラッドがスティーヴ・レイシー(ss)と双頭でケント・カーター(b)、ビーヴァー・ハリス(ds)と共演したアルバム『Trickles』(1975) に収録された<Robes>こそジャズ・ミュージシャンからのアイヴズへの最大のトリビュートといえよう。カーターの挑戦的でブルージーなベースの伴奏を得てラッドは刮目すべきメロディックなソロを展開している。このトラックでアイヴズ的な最たるものはラッドが後からオーバーダブしたスローなチャイムのパートである。<Robes>は僕が使わせていただいているアイディアの中でも頻度の高いものである。
*チャールズ・アイヴズ Charles Ives (1874-1954)
コネチカット州生まれのアメリカ現代音楽のパイオニア。存命中はほとんど無視されていたが、近年、アメリカの民俗音楽を取り入れた作品が高く評価されるようになった。

ラッドから受けたもう一つの強力な影響は、彼がハービー・ニコルスのモザイク・コレクションに寄せたライナーノーツだ。ラッドはニコルスを知悉し、彼の音楽を知悉し、ミュージシャンのペンになるジャズに関する最も優れたエッセイをものした。ハイスクールの頃、僕は彼のライナーノーツを繰り返し熟読したものだ。ラッドがいなければ、僕のブログDTM*が存在したかどうか疑わしいもんだ。
*イーサン・アイヴァーソンが運営するブログDTM=DO THE M@THは、Jazz Journalists Associationにより2017年度のベスト・ジャズ・ブログに選出された。

幸いにも僕は2度ほどラッドに会う機会に恵まれたが、彼の傑出した貢献に個人的に謝意を表したい。彼は人間的にも素晴らしい人物のようだ。DTMに転載するためラズウェル・ラッドに関する記事をあちこち探し求めているが、彼は最高のブラスバンドから敬意を表されるに値するミュージシャンだ。
*初出:https://ethaniverson.com/2017/12/22/two-choruses-for-roswell-rudd/

イーサン・アイヴァーサン Ethan Iverson
ピアノ、コンポーザー、文筆家。
1973年ウィスコンシン州生まれ。フレッド・ハーシュ他に学び、トリオThe Bad Plusのピアニストを務める。現在は、ビリー・ハート・カルテットなどで活躍しながら、菊地雅章『黒いオルフェ〜東京ソロ2012』(ECM) 他のライナーノーツなどを手がけている。

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