ジャズ・ア・ラ・モード #62.キース・ジャレットのミニマリズム
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2023年年頭にあたり、昨年9月にアルバム『ボルドー・コンサート:Bordeaux Concert』をリリースした、現在療養中のキース・ジャレットを、彼の回復を祈って取り上げる。
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2023年年頭にあたり、昨年9月にアルバム『ボルドー・コンサート:Bordeaux Concert』をリリースした、現在療養中のキース・ジャレットを、彼の回復を祈って取り上げる。
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ホリデイ・シーズンに相応しい、グリッター(光り物)・ファッションについて。
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『ブルーノート・イヤー、ザ・フォトグラフィー オブ・フランシス・ウルフ』という写真集に出てくる多くのミュージシャン達が、ボタンダウンカラー・シャツを着ている。
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MJQのメンバーたちは、間違いなく皆、アメリカン・トラッド・スタイルを素敵に着こなしている。
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UMKCのチャック・ヘディックス氏からチャーリー・パーカーの愛娘、プリー・パーカーの墓石の写真が送られてきた。
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1930年代に流行した『モンキーバック・スーツ』とカウント・ベイシーのバンドリーダーとしての装い。
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ジュディ・ガーランドをはじめとし、多くの女性ジャズ・ミュージシャンたちに愛されてきた『リトル・ブラック・ドレス』について。
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スポーツウエアとしてのスキーウエアが登場する以前のビリー・ホリディとルイ・アームストロングのスキー・ウエアについて。
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2月21日はニーナ・シモンの生誕89年の誕生日にあたる。
ニーナ・シモンと言えば、ユニークなヘアスタイルの、強く、気高く、神々しい姿が思い浮かぶ。
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ニューヨークのピアニスト・ヴォーカリストの実力派、チャンピアン・フルトンがスカンジナビアン・リズム・セクションをバックに歌う、ロマンチックなアルバム。
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ベッシー・スミスはブルースを唄うシンガーであったが、新しいファッションで新しいパフォーマンスを披露する新しい時代を牽引する女性の一人だった。
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1940年代後半から~1950年代にかけ、女性ジャズシンガー達の間でまるでお姫様が着ているようなステージ・コスチュームが流行った。
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ローリング・ストーンズのドラマー、チャーリー・ワッツはロッカーであるだけでなく、ジャズ・ミュージシャンであり、高い美意識を持つエレガントなベスト・ドレッサーだった。
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1923年、若きカウント・ベイシーが故郷レッドバンクから初めてニューヨークに行く前に購入した『モンキーバック・スーツ』について。
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ジャズのスタンダードナンバー<ポルカ・ドッツ・アンド・ムーンビームス:Polka Dots and Moonbeams>からファッションの話を一つ。
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ワイルドでマッチョな雰囲気の男性がよく似合う『ヘンリーネック・T-シャツ』とジャズ・ミュージシャンについて。
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2021年チャーリー・パーカーの生誕101年に向けて、パーカーの生涯がUMKC(ミズーリ大学カンザスシティ校)ライブラリーのホームページ用に作られ公開された。
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眼鏡、サングラスの歴史とスタイル、ジャズ・ミュージシャン達が流行させたと言われるサングラスについて。
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4月7日のビリー・ホリデイの106歳の誕生日を祝し、彼女の美しく独特なスタイルを称えたい。
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スタイリッシュ度は極めて高く、現役のミュージシャンの中では抜きん出ている、ソニー・ロリンズのビッグ・サイズ・ファッションについて。
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スウェーデンのジャズ・シンガーで女優でもあるモニカ・ゼタールンド のエレガントで洗練された’60年代調ファッションについて。
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世界中の人達に愛された超一流ミュージシャン、ルイ・アームストロングの白いハンカチーフとソックスについて。
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史上最高のエレクトリック・ベース奏者ともいえるジャコ・パストリアスのファッションは、9月にCOVID19の感染により亡くなった日本人ファッション・デザイナー高田賢三がルーツ。
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アストラッド・ジルベルトは彼女の女性像、ファッション共に、1960年代そのものだった。
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チャーリー・パーカーに関するカンザスシティ・パブリック・テレビジョン制作のドキュメンタリー映画のビデオ公開について。
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チャーリー・パーカー生誕の地、カンザスシティでの『チャーリー“バード”パーカー生誕100年祭』の様子。
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最新チャーリー・パーカー評伝、チャック・へディックス著『バード:チャーリー・パーカーの人生と音楽』の邦訳に携わった翻訳者、川嶋文丸氏へのインタビュー。
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偉大なバンド・リーダとして活躍したカウント・ベイシーと、トレード・マークでもあったキャプテンズ・ハットについて。
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チャック・へディックスによるチャーリー・パーカーの評伝、『バード:ザ・ライフ・アンド・ミュージック・オブ・チャーリー・パーカー/bird : The Life and Music of Charlie Parker』(2003年発行)の日本語訳版発売。
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1950年代に流行した『ニュールック』のエラ・フィッツジェラルドとマリリン・モンローの関係について。
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カンザス・シティ出身のトランペット・プレイヤー、ハーモン・メハリが挑んだパリ・コレクション『オム・プリッセ・イッセイ・ミヤケ』のショウとパフォーマンス。
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暦の上では春。ビリー・ホリディのファー・コート(毛皮のコート)と春を象徴する花『スミレ』を歌った『コートにスミレを』について。
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キャブ・キャロウェイといえば誰もがステージ上で燕尾服を着て歌い踊る姿を想像するだろうが、何故、彼がホワイトの燕尾服を着るようになったのだろうか?
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1990年年に来日したジェイ・マクシャン・トリオの日本公演が素晴らしいマスタリングで蘇ったアルバム。
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“これまでにない新しい形のジャズ、一見に値する”という触れ込みで来日した『ラ・ファミリア・ロペス・ヌッサ』。
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1960年代半ばから、どんどん派手で過激に歳を重ねていくのと同時に俄然面白くなってきた、オーネット・コールマンのファッション。
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ヘイゼル・スコット。女性ジャズピアニストの草分け的存在でもあり、ジャズ、クラシックのピアノニストであったと同時にシンガー、女優でもあった多才なアーティストだ。
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1960年代後半から1970年代にかけ、アメリカのジャズ・ミュージシャン達の多くが露骨にアフリカン・ファッションを身に纏ってステージに立つようになってきた。
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パット・メセニーというとすぐに『ボーダーストライプのT シャツ姿』が思い浮かぶ。
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『ジェイ・マクシャン・ライブ・イン 東京 1990』のCDをリリースした経緯と、CDを巡るカンザス・シティのジャズシーンの話。
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ビリー・ホリデイのガーディアの花でもなく、華やかなローブ・デコルテのロングドレスの話でもない。ビリー・ホリデイの愛犬の話について。
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1956年Verveレコードの『ELLA AND LOUIS : エラ&ルイ』のアルバムカバーに見られる2人のファッションについて。
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カンザス・シティで活躍していたビッグ・ジョー・ターナーとジミー・ラッシンッグ。
体が人並みはずれて大きいが、粋でおしゃれなシンガー達だ。
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2018年の2月号#238に、『 チェット・ベイカーのミニマリズム』として彼のT-シャツスタイルについて取り上げた。ちょうど1年後、また<My Funny Valentne>の季節である。今回は、チェット・ベイカーのセータースタイルについて見てみよう。
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ミズーリ州、ジャクソン郡において、公民権運動に貢献した功績を称えられた3人のミュージシャン。
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メルバ・リストンは女性であることを全く媚びず、インテリジェンスをひけらかす事もなく、常に控えめなファッションに身を包み、あくまで男性陣の中に巧く溶け込み、やるべき事を完璧にこなして行った。そこに『メルバ・リストンの真のエレガンス』がある。
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9月の初めからカンザスシティに滞在した。私がこの街を訪れ始めてからこの20年、ミュージシャン、ジャズ・サポーター達の交代、ジャズ・コミュニティの在り方なども含めて、カンザスシティのジャズシーンは大きな転換期にあると、と強く感じた。
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タイム・ライフ社が1998年に出版した『remembering SINATRA- A life in pictures 』という本が本棚に眠っていたのを思い出し、改めてそのカバーのフランク・シナトラを見て、何とも粋にハウンドトゥース・チェック(千鳥格子)のジャケットを着こなしているな、つくづく思う。
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<Guess Who I Saw Today ?>の人である。自分に何が似合うかを、どうしたら自分らしさを、自分の美しさを見せる事が出来るか、よく知っているナンシー・ウィルソンは歳を重ね、更に洗練され、優美になっていく。
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<Feel So Good>の美しいメロディーとフリューゲルホーンの音色は、チャック・マンジョーネの完璧さ、爽やかさ、クリーンさそのものを見事に反映した演奏、と彼のファッションからも言えるだろう。
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「ソウルの女王」というのもよく解ったが、ジャンルを超えたシンガーだと痛感した。私は彼女に比較的近い良い席にいてよく見えたが、私と同じ人間とは思えない程の存在感とオーラがあった。
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1960年、27歳のクインシー・ジョーンズは自己のバンドを率いて、ヨーロピアン・ツアーを行っている。この時、彼とバンドメンバーがユニフォームとして着用していたセーター・ルックが当時、如何に画期的なものであったか、この奥の深いテーマを探ってみた。
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エラ・フィッツジェラルドとサラ・ヴォーン。ジャズ史上最も有名な女性トップ・ジャズ・ヴォーカリスト達である。レディ・エラとディヴァイン・サラ。ジャズシンガーの女王達の数ある写真の一部から、彼女たちの存在感溢れる姿とファッションを見て欲しい。
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ホワイトシャツはスーツを着用する男性にとっては基本必須アイテムだ。今回は、ジェリーマリガンのホワイトシャツ姿がいかに魅力的か、見てみる。
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ディジー・ガレスピーとベレー帽、角縁眼鏡スタイルほど、新しいスタイルの音楽とスタイルが密接な関係にあり、あるジェネレーションのシンボルになった例はないだろう。
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『4.スタイリッシュなバンドリーダー達』で初期のバンドリーダーやメンバー達が、如何にお洒落に気とお金を使っていたか、という事を書いた。
ほとんどのバンドが専属シンガーを抱えていた。シンガー達は一際目立ち、個性的でユニークなファッションでバンドに花を添える存在だった。
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ビリー・ホリデイというと誰もが髪にさした白いガーディニア(梔子)の花を思い浮かべるだろう。私はビリー・ホリデイについては、彼女が晩年よく着ていたシンプルなニットセーターがゴージャスなドレス姿よりもさらに彼女を美しく素敵に表現していると思う。
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レスター・ヤングのポークパイ・ハットはあまりに有名で、彼のトレードマークとなっている。ポークパイ・ハットを被った姿多くの写真が残されており、アルバムカバーにもなっている。
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T-シャツ1枚のチェット・ベイカーがセクシーでクールだと感じる。
無駄なものはない、彼のミニマリズムなのだ。
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『アイビー・ルック』というと、20世紀に最も流行ったファッション・スタイルの一つである。誰がファッション・アイコンだったか、という事にはいくつかの説がある。マイルス・デイヴィスを中心としたジャズ・ミュージシャン達だ。ジャズ関係者ならほとんどの人が、マイルス・ディヴィスが『アイビー・ルックのファッション・アイコン』という事に異議を唱えないだろう。
アイビー・ルックについて。そして、どうしてマイルス・デイヴィスが、なぜ彼を中心とするジャズ・ミュージシャンにまでアイビー・ルックが広がったかについて探ってみた。
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メリー・ルー・ウィリアムス(Mary Lou Williams:1910年5月8日〜1981年5月28日)は女性ジャズ・ミュージシャンのパイオニアであり、ジャズシーンに最も貢献した女性ピアニスト、コンポーザー、アレンジャーの一人でもある。
彼女のミュジシャン活動の初期、1930年代に活動していた頃のファッションに注目したい。
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初期の多くのジャズミュージシャンたちは服装に凝っていた。パリッとした服装は成熟と成功を意味していた。
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アニタ・オデイ、というとほとんどのジャズファンが1958年のニューポート・ジャズフェスティバルでブラックにホワイトのオーストリッチのついたドレスを着て<Sweet Georgia Brown >と<Tea for Two >を歌う姿を思い浮かべるのではないだろうか?
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チャーリー・パーカーが好んで着ておりよく似合っていた、と思うのはペンシルストライプの間隔が少し幅広で地の色が濃いスーツだ。ダブルブレストの4つボタン6つボタンで襟は幅広のピークドラペル( 襟先が尖ってシャープなもの)。トラウザーはゆったりしたで幅広のシルエットで裾はシングル。バードの写真の中にシャツに皮のサスペンダーをしている写真をよく見かけるが、サスペンダーを着用していたに違いない。
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1958年のアメリカ東海岸ニューポートで催された第5回ニューポート・ジャズ・フェスティバルを記録した『真夏の夜のジャズ(Jazz on A Summer’s Day)』(1960年公開)は出演者の顔ぶれ、演奏のみならず、編集、映像も素晴らしいドキュメンタリー映画だ。ダイナ・ワシントンもこのフェスティバル出演者の一人だった。この映画の中には、何人かの素晴らしい女性シンガー達が登場するが、今でも個人的に一番ショッキングで好きなのはダイナ・ワシントンだ。
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全コラム# 51, マット・ケインとカンザス・シティ・ジェネレーション・カルテットのメンバーの一人、ハーモン・メハリが新アルバム『ブルー:Bleu 』をリリースした。
カンザス・シティ期待の星、ハーモン・メハリにその後の活動の様子や新アルバム『ブルー:Bleu 』について聞いてみた。
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マット・ケインと、ハーモン・メハリを始めとするカンザス・シティの若い世代のミュージシャン達を巡り、カンザス・シティのジャズシーンに見られる動きに注目。
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2016年の大晦日。カンザス・シティの女性ヴォーカル・グループ、ワイルド・ウィメン・オブ・カンザスシティのシンガー、ジェネヴァ・プライス(Geneva Price)からギフトが届いた。37年前の彼女のファーストレコーディングのコンテンポラリー・クリスチャン・ミュージックの<A Touch of Love>。新しい年、2017年に向け、大きなモチベーションになった。
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カンザス・シティ・ジャズ華やかなりし1930年代、アフリカン・アメリカン達と多くのミュージシャン達にとって重要だった『12th 通り』、『パセオ(Paceo)』と『ザ・ボウル(The Bowl)』について紹介。
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ジェイ“フーティー”マクシャン(1916.1.12〜2006.12.07)。若きチャー リー・パーカーの異才を見出したカンザス・シティを代表するミュージシャン。
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この2016年はカンザス・シティ・ジャズの大御所、チャーリー・パーカーを見いだしたジェイ・マクシャンの生誕100周年にあたる。ジェイ・マクシャンは1930年代にカンザス・シティから生まれたブルースピアニスト、バンドリーダーであり、チャーリー・パーカーの才能を理解した人でだった。彼の人生はブルースと共にあり、2016年の今もカンザス・シティの総てのミュージシャン達の最高の指導者だ。
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キム・パーカー はジャズシンガー。サックス奏者チャーリー・パーカーの義娘。
今回のインタビューは、昨年2015年8月27日にミズーリ州カンザス・シティの郊外、カンザス州オレイサで行った。
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“オーニソロジーPart 2” は、カンザス・シティの街で、チャーリー・パーカー(以下バード)が関わっていたクラブやエンターテインメントの場所を中心に、カンザス・シティ・ジャズを語るに欠かせない場所を紹介していく。
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私のカンザス・シティ滞在にはいくつかのハイライトがある。その一つにUMKC (University of Missouri-Kansas City )、ニコルス・ライブラリー、マー・サウンド・アーカイブスのディレクター、チャック・ヘディックス氏(以下へディックス)を訪れる事がある。
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2015年はバード生誕95年、没後60年。8月29日のチャーリー・パーカー・バースディ・セレブレーションに合わせてカンザス・シティに滞在。
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2015年はバード生誕95年、没後60年という節目にあたる。8月29日、バードが眠る、ミズーリ州、カンザス・シティのリンカーン・セメタリーで催された『チャーリー・パーカー・バースディ・セレブレーション』の様子を綴る。
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でも、僕は実際にコンペティションはあまり好きではないです。どうしてかって、現実的な音楽の世界の中で、とっても不自然なものでしょ?!
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初めて訪れたのは1998年。一昔前の話だが、あれから随分時間が経った。色んな事があった・・・と、当時の事がつらつらと懐かしく思い出されてきた。「カンザス・シティの人と音楽」のコラムは2007年にスタートした。今回で42回目になる。様々な事をこのコラムで紹介して来たが、私が何故この街に通い始めたかといういきさつと、当時の事に話を戻そうと思う。
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2014年秋、29年ぶりにワールド・シリーズに出場したも、惜しくもサンフランシスコ・ジャイアンツにやぶれ優勝を逃したカンザスシティ・ロイヤルズ。そのロイヤルズを応援したカンザスシティ・シンフォニーのディレクターを務めるマイケル・スターン氏の、ユーモアとウィットに溢れたパフォーマンス。
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カンザスシティ・ロイヤルズが、2014年メジャーリーグベースボール (MLB) で29年ぶりにワールドシリーズ出場を果たした。街をあげての応援と、この街の人達のカンザスシティ・ロイヤルズ応援歌の数数。
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2013年10月に新しく出版された、チャック・ヘディックス著『バード:ライフ&ミュージック・オブ・チャーリー・パーカー』(University Of Illinois Press)をカンザス視点で読む。
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チャック・へディックによるバード(チャーリー・パーカー:1920年8月29日~1955年3月12日)の生き様と音楽を綴った新刊が2013年8月30日に刊行された。パーカーに関する従来の著作が主としてパーカーの音楽とレコーディングに焦点を当てていたのに対し、ヘディックスの新刊では、16才で溺れたドラッグがどのように彼の人生や音楽に影響を与えたかについて、新たに発見した資料や見過ごされて来た資料を丹念に読み直す事によって解き明かしている。
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93歳のマイラ・テイラーが歌う井上ひろしの昭和歌謡<雨に咲く花>を聴いてみたいが、「ワイルド・ウイメン」をカンザス・シティから日本に招く手だてはないものだろうか。
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カンザス・シティ在のディーン・ハンプトン氏が終戦にあたり、子供たちと友人に宛てた私信を同氏と関係者の許可を得て掲載します(訳責:稲岡邦弥)。氏は手紙の意図について、「アメリカ人が過去の歴史の重要な事件を思い出し、アメリカを価値あるものにする手助けをするつもりで書いた。若者には、アメリカと日本の歴史を良く踏まえ、日米両国の価値ある関係を理解する一助として欲しい」と語っている。
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1920~30年代、民主党員のトム・ペンダーガストがあらゆる面において大きな影響を及ぼした。当時禁酒法下だったアメリカで、彼は警察を抱き込みその禁酒法を有名無実化させ、ナイトクラブの違法営業を庇護した。お酒も何でもありで、そこでカンザス・シティ・ジャズが花開いた。 その、ペンダーガストの支援によって上院議員から後にアメリカ合衆国33代大統領にまでなったのが、”原爆投下をし、第2次世界大戦を終わらせた大統領として知られる”ハリー・トルーマンである。トルーマンはカンザス・シティが生んだアメリカの英雄の一人であるが、ペンダーガストの存在なくして彼は大統領にはなれなかったかもれない。そういったいきさつで、トルーマン~ペンダーガスト~カンザス・シ ティ・ジャズという図式になる。
私は、もしカンザス・シティを訪れなかったら、戦争、原爆、 核兵器について今ほど真剣に考えなかったかもしれない。
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2006年に製作、公開されたクリント・イーストウッド監督の2本の映画、『父親達の星条旗』 と 『硫黄島からの手紙』 は日本でも海外でも話題となった。戦争をどちらが悪いという観点からではなく、戦争が人間に与える影響について深く考えさせられる映画だった。映画とはいえ、私にとってはショッキングかつ複雑な想いをさせられるものだった。 その理由のひとつに、今回のコラムで紹介する長い話がまさにこの映画そのものの様な話なのである。また、この話がジャズを楽しもうという動機から訪れ始めたカンザス・シティ絡みである事も何かの縁だろうとも。
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カンザス・シティの3大名物といえばBBQ、ジャズ、野球。BBQはカンザス・シティ文化のハイライトといえるテーマだろう。
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アメリカに奴隷制度があった時代、過酷な状況下で白人たちが食べない粗末な食材を、黒人奴隷たちがいかに栄養と パワーをつけるか工夫しクリエイトしてできた料理だ。ジャズ同様に、奴隷制度、人種差別の一番激しかったアメリカ南部、ルイジアナ、ミシシッピ、アラバマそしてジョージア州あたりがルーツなのもよく知られている。カンザス・シティで友人のシャロンが作ってくれたキャットフィッシュ・ディナーを通して、『食における人種差別』も考える。
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