Jazz and Far Beyond

音楽以前に一人の人間として生きることを真剣に考えているような印象を受けましたね。
いまの私は「政治的」と呼ばれるよりも、あらゆる事柄に対して「先見的・能動的」な人間でありたい、と言い換えたい
田嶋真佐雄の音楽的な柔軟さは異彩を放っており、コントラバス奏者としての類型で語ることが難しい。その不思議な強さはどのように培われたのか。
今作『Manifeste』は、私が長年取り組んできたさまざまな要素を振り返る、一種の「レトロスペクティブ(回顧的)」なプロジェクト.
関西で活動を積み重ねる独創的なトリオ・IOSUIが、はじめて関東でライヴを行った。演奏に向けた想いとともに、それぞれの来し方行く末についてインタビューを行った。
ミドリトモヒデは自然体でふにゃふにゃふわふわと浮かび遊ぶサックス奏者である。その声はさまざまな音楽領域の模索のなかで得られたものだ。
宅 Shoomy 朱美が身にまとう唯一無二の雰囲気に魅せられる者は少なくない。その音は自己流の活動によって培われたものである。
2026年2月、即興前衛ヴォイシングの世界的パイオニアであるサインホ・ナムチュラク(Sainkho Namtchylak)が久しぶりの来日公演を果たした。これを機に、彼女の表現について短いインタビューを行った。
7年前と比べると、大友良英の髪はだいぶ白いものが混じっていたが、瞳は今も輝き、鋭い。
ポーランド屈指のピアノトリオ、RGG。今年8月末に初来日し、関西万博など大阪で公演した彼らは、結成25年を迎える来年、再来日を目指している。トリオのドラマー、クシシュトフ・グラジュクが意気込みを語る。
西嶋徹は自分からあちらこちらに触手を伸ばす性格ではなく、いつも向こうから来るのを待っている。しかし、必ずなにかが必要なときにやってくる。それに適応し、環境に応じてなんにでもなり、水のように形を変えるけれども本来の性質は変わらないのも、禅の思想に通じるのかなと考えているという。
ポーランド最高権威の音楽賞であるFRYDERYK賞を3回受賞しているピアニスト、アガ・デルラクが語る最新作『Neurodivergent』への想い
長野の山の中で即興演奏をするなどユニークな取組を続ける柳沢耕吉だが、ここに至るまでの道のりはまっすぐではない。日本とニューヨークで得たものをいったん横に置いて、あらためて即興とは何なのかと問い直しているようだ。
インプロシーンにおけるレオナの存在感はだれとも比べようがない。タップで叩き上げ、ときにリミッターを棄て去り、金属化を開拓し、いまの姿がある。
打楽器奏者の宮坂遼太郎のおもしろさは、演奏技術の追求ではなく、ヒエラルキーの無効化や独特の立ち位置の追求からきている。
単なるドキュメンタリーを超えた感動的な音楽映画。波乱に飛んだ天才ミシェル・ルグランのキャリアの全貌。
吉田野乃子が自身のバンド「Cubic Zero 立方体・零」の3作目『Cubic Zero / Creeping Melibe』(Nonoya Records Nonoya015) をリリースした。
かみむら泰一の演奏は内にも外にも開かれている。自分自身のヴォイスをいかに尊重するか、表現のための言語とはなにか。
ハードコア・ドラマーのウィーゼル・ウォルター。異質で唯一無二の個性をもつメキシコのサックス奏者マーティン・エスカランテ。ペルーのエクスペリメンタル・シーンを作り上げてきたベーシスト/ギタリスト、テテ・レギア。北米から中南米、さらに世界を旅するかれらに、現在進行形のインプロヴィゼーションやエクスペリメンタルの状況について話を聞いた。
香村かをりは即興演奏をすることで渇望を鎮めているという。だから、彼女は自分自身のことをミュージシャンだとは思っていない。
守屋オケ7作目のテーマは<Tribute>。莫大な制作費用は自分で責任を持ち自主レーベルでリリースする。
このアルバムにある全ての曲は、どれもガーシュインの<I Loves You, Porgy>に通じています。
川島誠はソロ演奏を指向する。それは、かれの表現が自身の内奥の声を出すことにほかならないからだ。
アキオ・ジェイムスはパワフルなドラミングをみせる一方で、つねに新たな方法論を模索する独自性をもつ。ひとつの場所に安住しない音楽家である。
山㟁直人は「叩く」ことの少ない稀有な個性をもった打楽器奏者である。国籍もあまり関係なさそうにみえる。この独自の道を、かれはどのように切り開いてきたのか。
これまで他の活動ほど着目されていなかった大友良英によるアジアでのネットワキーキングの試みを辿る。
石当あゆみは国内での演奏活動なしにNYのシーンに飛び込んだ人だ。エフェクターでサウンドのテクスチャーを追求する独創性はその中で生まれた。
ふたたびピアノを弾き始めたのは二十代になってからだし、ピアノトリオを組んではじめて人前で演奏してからまだ10年ほどしか経っていない。矢部優子は遅咲きの音楽家だ。
仲野麻紀は著書のタイトルにあるように、旅する音楽家である。それは異国に住み世界各地を移動するというだけの意味ではない。
今西紅雪のことを即興にも活動を拡げた筝奏者と捉えるのは妥当ではない。サウンドアートや電子音楽などとの関わりの中で自然に即興演奏を行ってきた人である。彼女にとって即興とは「ありのままの自分」だ。
クラリネットとバスクラリネットのみで即興演奏も行うプレイヤーは極めて希少だ。その独創性は、何かに依拠することなく自分自身の価値観に合う音を見つけてきたことによるものではないか。
実姉の橋本一子、義兄の藤本敦夫の全面的協力を得た新作『風のささやき』
加藤崇之は大ヴェテランでありながらまったく同じ場所にとどまろうとしない。音に対して自分を開き、つねに衝動やひらめきを大事にする人である。
池田謙は俯瞰の音楽家である。自身の音には確固たる方法論がありながら、自我を表出させることを極端に回避する。現代美術や小説も手掛けるかれの展開するマンダラはどのようなものか。
琵琶の硬軟さまざまな音やパーカッションの濃淡(韓国伝統音楽ふうにいえば長短が成り立っている)による複層的な音空間。そこには安寧の強さも対話の愉しさもある。
徳永将豪はロングトーンを追求するアルトサックス奏者であり、日本の即興音楽シーンでも特異な存在である。それは模索の結果たどり着いた「音の基礎研究」だった。
アートや音楽は抵抗の一種だと僕は信じています。
MIYAはフルート奏者であり、モジュラーという電子楽器をフルートと組み合わせる世界唯一の人であり、また日本の伝統音楽を演る人でもある。それぞれの活動が、彼女の原点であるフルート演奏にフィードバックされるのがおもしろいところだ。
6/29のコンサート「Jazz Legend 瀬川昌久さん 生誕100年コンサート」の基本的には企画者の一人です。
1992年福岡県出身。2015年バークリー音楽大学卒業。現在はニューヨークを拠点にして演奏活動を展開するほか、現地のミュージシャンを日本に招聘してツアーを開催するなど、日本とアメリカを股に掛けて活躍する若手ドラマーの森智大。3rdアルバム『Prana』を発表したばかりの彼にインタヴューを試みた。
静寂と静寂とのあわいにいるような蒼波花音の演奏は、多くのリスナーを驚かせ続けている。彼女は自分自身について「つねづね遅れを取るけれど、その先に良いことがある」人生だなと感じているという。
吉田隆一のことをバリトンサックス奏者と呼ぶだけでは不十分だ。SFへの深い造詣をもとにした文筆(日本SF作家クラブの理事も務めているのだ!)、サックス奏者たちの演奏法の分析、ラージアンサンブルのプロジェクト、無伴奏ソロなど、八面六臂の活躍ぶりである。
石田幹雄のピアノについて、「こんな感じ」だと説明することはむずかしい。その愉快なもどかしさの鍵は、石田のいう「中庸」「立体」「色味」かもしれない。
私の役割は、楽器の演奏者というよりも作曲家だと思っています。ECMのレコーディングに必要とされる重要な資質は、エゴが全く無いという事です。
フランコ・ダンドレア、ブルーノ・トマゾ、アンジェロ・マストロナルディ・インタヴュー
奇跡のリイシュー『Modern Art Trio』について語る
武田理沙が『Pandora』でシーンに衝撃を与えてから5年以上。いまだスタイルを定めず分裂気味に突き進むこと自体が、彼女の独創性である。
武本和大・インタヴュー:ピアノ・トリオ+ストリング・クァルテット+パーカッションによる新プロジェクト”Departure”に懸ける情熱
音楽は、感受性の高い人には人生を変えるほどの力がある。
大阪市の音楽教室’Ten-On’での「パーキンソン病応援ライブ」には、闘病中だったサックス奏者、赤松二郎氏が参加していた…今回は仲田夫妻インタビュー(後半)の前に、石井彰氏からの応援メッセージを掲載。
いまでは、即興演奏を手掛けて伝統的な邦楽から越境する箏奏者は少なくない。マクイーン時田深山もまた伝統から出発した人だが、彼女の音楽性は誰にも似ていない。
池田陽子はクラシックからロックを経て即興に入ってきた人である。2021年の終わりころに意に沿わぬ難聴を抱えてしまったが、それを機に、自分の音楽のあり方を見つめなおしている。それは音楽活動というものを考えるにあたり本質的なことにちがいない。
大阪音楽大学でクラシック、ジャズ教育に深く携わった赤松二郎氏がTen-On(大阪市旭区)の主催する「パーキンソン応援ライブ」に出演するようになった経緯を、Ten-Onのオーナー、仲田哲也、仲田奈緒子の二人に訊く~(インタビュー前半)
2015年に、カンザス・シティ出身のトランペット・プレイヤーのハーモン・メハリが日本に初来日し、このコラムで初めて日本のジャズファンに紹介した。メハリはその後、パリを拠点にしてヨーロッパで演奏活動をし、彼自身のスタイルを確立しつつある。今年、2023年11月に8年ぶりに日本に訪れたメハリへのインタビュー。
長沢哲は傑出した打楽器奏者でありながら打楽器奏者らしからぬところがある。そのギャップこそが長沢の本質だ。
音楽はテクニックでもないし、複雑なことでもない。人生のようなものなんだ。人生を語るものだ。どのように感じたか。何が出来るか。演奏する時に悲しい気持ちならば、そう伝わる。
あと2、3年経って、自分たちの音楽が世の中にパッケージングされる時に「オルタナティヴ・ロックです」「ニュー・ジャズです」という風に評価されたら、それでいいかな。
ジャズ・ピアニストRINAが語るフラワーアーティスト曽我部翔とのコラボレーション
限られた財源の中で、私たちは真に心に響くセッションだけにこだわっています。
「行き過ぎることを恐れない」という地下音楽の精神を現在これほどまで体現している人間は佐伯武昇の他にはいないだろう。なぜ彼はそんな表現行為をするに至ったのか、そしてこれからどこへ行こうとしているのか?その秘密を探るべく本邦初のインタビューを敢行した。
第一次世界大戦を経て19世紀的な価値観への懐疑から来る転換期に、ジャズという革新的な音楽が彼ら(フランスの知識階級)にもたらしたものは測りがたいものでした
ピアノ周りの奇妙な仕掛け、不思議なデバイス、演奏に向かうふるまい。すべてが独特極まりないアーティストである。
本藤美咲は自分の話をしながら「わたし馬鹿なんですよ」と笑う。彼女の底知れないおもしろさは、つねに眼前にある音楽に没頭し、文字通り身を投じ続けてきたところから形成されてきたように思われる。
レジェンドといわれる存在でありながら、その物腰はどこまでもやわらかく自然体。これからの時代における「いい音楽」とは?その探求は止むことを知らない。
中村としまるはノー・インプット・ミキシング・ボードから強烈な音を出す人でありながら、自分の音という我を通すわけではなく常に飄々としているようにみえる。このギャップは、状況の変化とそれへの対処を愉しむというスタンスのゆえだ。
ケネス・ダール・クヌーセン 新プロジェクトKemaka Kineticsと最新作『Zunkuft』について語る
ダブリン在住のピアニスト木村泉が、7月にジェリー・ヘミングウェイとの新作『Kairos』 (Fundacja Słuchaj) をリリースした。木村に即興演奏との出会いや現在の活動などについて話を聞いた。
「Hot House」は、平岡正明が「地下鉄東西線の南行徳と行徳のちょうど中間、埋立地の道路横に一軒だけ、ルート66沿いのモーテルでもはめこんだようなネオンが出ているところが、郷間和緒・松井節子のホームグラウンドだ」と評した、千葉県のジャズ磁場だ。松井節子は、開店以来ここでピアノを弾き続けてきた。
『Utsunomia MIX』の制作を進める中「これはアートの革命である」と熱いものがこみ上げてきて、今もその火は燃え続けています。
僕はロンドンの秘密で非合法の文化大使なんだ。これまでに多くのことを成し遂げ、今もなお多くのことを行い、保管庫/桶/棺桶/カタコンベから引っ張り出している。まだまだ続けるよ。
ポーランド・ジャズを世界に紹介するとともに、各国のジャズ・ミュージシャンをポーランドに招き、ジャズの世界的な展開を目指すレーベル JAZZ PO POLSKU の理念を語るヤクブ・クシェショフスキ
グラディス・ナイトのツアーバンドを18年務める鍵盤奏者、Yuko Tamura (田村裕子)さんはアレサ・フランクリンやグーグーシュのツアーバンドでも活躍していた。スティービー・ワンダーやエルトン・ジョンとも共演したり、あちらこちらで引っ張り凧だ。彼女の演奏をひと言で表現するなら、「クラッシック音楽で鍛えたタッチとゴリゴリのグルーヴを掛け合わせた貴重な存在」といったところだと思う。本番前に会場近くの公園で色々話を聞かせて頂いた。
永武幹子(ピアノ)が日本のジャズシーンで目立つ存在となって長い。今年(2023年)に台湾のサックス奏者・謝明諺との共演の際、自然に「インプロで」と指示して演奏する姿を観て、筆者は驚いた。どのような変化があったのか。
タツ青木は、シカゴ在住のベーシストであり三味線奏者でもある。フリーマン・ファミリー、フレッド・アンダーソン、AACMのミュージシャンたちとの出会いと共演、NYや東京とは異なるシカゴ・シーンの特徴、さらには新世代ミュージシャンたちについて語った。
阿部真武はさまざまなタイプのプレイヤーとしなやかに共演するベーシストである。演奏を行う場、演奏を介した関係の構築、それらは演奏家として自分自身に意識的にフィードバックされているようだ。
他者との関係の中にしか自分はない、そしてそれは交流=交換でもある。
ポーランドのピアニスト、マテウシュ・ガヴェンダが、2017年にポーランド最高権威の音楽賞FREDERYKI賞にノミネートされた自己のトリオを率いて日本にやって来る。初来日直前のガヴェンダにインタヴューを試みた。
ジャズにはクラブの雰囲気があっているような気がする。
竹下勇馬(楽器製作家、演奏家)はいくつものセンサーモジュールを取り付けた「エレクトロベース」、回転・揺動スピーカー、半自動楽器などを自作し、自ら演奏する。また近年は野鳥の撮影にも本腰を入れており、あまりのオリジナリティに誰もが戸惑っているようにみえる。その不可解さは少なくないインプロヴァイザーたちも惹き付けている。
これから先、世界に誇れる日本独自の「ジャズ文化」をどうやって保護・継承するのか、行政をどうやって巻き込むことができるかも課題です。
遠藤ふみは、この数年間の即興シーンにおいて大きな注目を集めるピアニストとなった。静寂を引き寄せて音を発するスタイルは、気の合う人との関係をゆるやかに深め、次の関係へとつなげてゆく中で得られたものだ。
瞬間に生きる即興演奏家の気迫が生々しく伝わり、“行き過ぎることを恐れない”地下音楽の本質を実感できる、まさに体験する即興ライブ・サウンド・ドキュメンタリー。テレビやパソコン画面ではなく、映画のスクリーンで観てこそリアルな体験ができるはずだ。
2003年3月、崔善培(チェ・ソンベ)が再来日した。韓国フリージャズの創始者のひとりである。
エレクトロニクス奏者の岡川怜央は突然シーンに出現した。それが突然にみえるのは、かれが内なる声に耳を傾けて個人としての急激な進化を遂げたからである。
ハフナーが語るアルバム『Silent World』に込められたポジティヴな感情
日本人は、世界共通で使える製品を作っているような気がするね。修理もできるし、それほど難解でもない。
ギタリスト・秋山徹次は独特極まりないスタイルを持っているようでいて、その一方でスタイルなるものとは対極にいるようにも思える。かれの演奏を予めイメージすることは困難であり、まさにそのことが秋山徹次という個性を特徴づけているようだ。
何年もの間、東京のシーンにおいてギタリスト・細井徳太郎の名前をみない日はほとんどない。かれの活動は多岐にわたっており、バンドも、デュオも、ソロでの弾き語りもある。そしてかれをジャズギタリストと呼ぶことは難しいかもしれない。それは活動領域ではなく指向性のゆえである。
2000年に行われたECMギタリスト、ジョン・アバークロンビ~のインタヴュー Part 1。
私自身の中ではっきりとした作品のイメージがあり、これだけのラインアップで面白くないわけはないという確信はありました。
ドラマー・パーカッショニストの外山明は形式にまったくとらわれないプレイを行い、ポップスやジャズだけでなくフリー・インプロヴィゼーションのライヴも行っている。だが、外山自身の演奏に対する考えに照らすならば、この説明は本質的なものではない。仮に外部からフリー・インプロヴィゼーションを演っているように見えたとしても、外山にはそのつもりがないからだ。
ジャズを出発点としながら一触即発のフリー・インプロヴィゼーションや遊び心満載の演奏まで実に幅広いサウンドを展開するピアニスト・高橋佑成。ジャンルがなんであれ、自身の根底は変わることがないと話す。
リスナーのソウルとスピリットを感動させる音楽を制作したい。
日本どころか宇宙を代表するサックス奏者・林栄一。「以前は、曲を演るときとインプロやフリーを演るときとで、スイッチを切り替える感じだった。今は一緒にしようと思っている」と林は言う。
このトリオの最大の魅力はみんながありのままの自分を出せる点。私のフレイズをきっかけに演奏が発展することもありますし、音を出す前にそれを察知されて先に突っ込まれることもあり、楽器で会話をしている感じ。ライヴをするたびにどんどん高いゾーンに昇っていくような手応えを感じています。
MMBトリオ:モツクーナス=ミカルケナス=ベレ・トリオとして9/30から10/07まで東京と近郊を巡演。
今までお世話になったこの音楽コミュニティーの特に女性のアーティストたちを少しでもサポートできたらとは願ってます。
ニルス・ヴォグラム「MUSE」が昨年発表したアルバム『Nils Wogram MUSE』(Nwog Records)がドイツジャズ賞 Deutscher Jazzpreisesインストゥルメンタル・アルバム部門で受賞した。ちょうどいい機会なので「MUSE」を含む彼の最近の活動について尋ねてみることにした。
僕はレコーディングを写真と同じように考えている。写真のように、その日その時のスタジオのムードとかを、鮮やかに切り取りたいんだ。
どうしてそうなったかわからないけれど、結果面白ければ、いい音楽であれば、いいんじゃないかな。
マルチリード奏者・松風鉱一(1948年、静岡市生まれ)。現在は自身のカルテット、渋谷毅オーケストラ、エッセンシャル・エリントン、サックス・ワークショップ、今村祐司グループなどで活動している。あまりにも独創的なサウンドの魅力は昔もいまもまったく色あせていない。