Jazz and Far Beyond
2021年3月17日付けニューヨークタイムスにピアニスト/コンポーザー藤井郷子のインタヴューが掲載れた。
今年で第50回を迎えるメールス・フェスティヴァル、そこで最も観客を沸かせた日本人グループは渋さ知らズだ。ヨーロッパでは全く無名の彼らが1998年に初登場し大成功する、その先駆けとなったのが第25回、1996年のフェダインのステージだったと私は思う。
今、流転を経たうえで「かもめ」を聴いている。生活の各方面で負の力にめげそうになるなか、フローラの声とチックのフェンダー・ピアノは、懐かしさ以上に、深く心に響く。ラブではなくピースを歌っている。ただし何か行動を促すメッセージはない。この絶対的な平安は涅槃の境地ではないかと近頃思う。
ジャズを始めたきっかけは?
と訊かれれば、僕は必ず「Chick Coreaとの出逢い」と答える。
「Now He Sings. Now He Sobs」は最大級のインパクトでした。先ず、アルバムタイトルからして自分が描いていたJAZZのイメージをはるかに超えた意思、「向かい合わざるを得ない」なにものかを感じたものです。
小学校4年生でエレクトーンのコンクールに向けて曲を探していた時、楽器店の方が「これを聴いてみて!」と一枚のCDを渡してくれました。それが『Friends』。聴いた瞬間に衝撃を受け、何度も聴いてメロディーを口ずさんでいました。
アブストラクトなメロディーでも、リズムがハッキリある事からその楽しさを拾う事も出来る。例えば初期のバンド、サークルでもどれだけフリーキーな演奏になってもメンバーによるメロディーというオモチャ箱を使った音遊びという感じにも取れると感じる。
ロバート・グラスパー(Robert Glasper)率いるR+R=Now(Reflect+Respond=Now)の2018年にBlue Note NYCでのライブ版がこの2月12日にリリースされた。先行して1月22日に<How Much A Dollar Cost>がストリーミングサービスからリリースされた。筆者はこれを聴いて胸を掴まれた気分になった。原曲は2015年にリリースされた、ラッパーのKendrick Lamar(ケンドリック・ラマー)の問題作で、オバマ元大統領のお気に入りの曲としても知られている。今回はいつもと趣向を変えてこの曲を掘り下げてみることにした。
大胆にも日本公演を実現してくれたあいミュージック鯉沼さんのお陰でアート・アンサンブル・オブ・シカゴを京都で撮影できた。
4月7日のビリー・ホリデイの106歳の誕生日を祝し、彼女の美しく独特なスタイルを称えたい。
そして幕は上がった。今宵3月21日、遂に私の2021年のLAL:ライブの現場巡りがスタートした。
被写体のキースが2度にわたる脳卒中でリハビリ中であることは周知のとおりだが、撮影者のロベルトも病床で白血病と闘っている。
達人ふたりの共演は聴き手にとって饗宴であり、どの料理に注目しようとも、並行世界でまた別の料理が供されている。しかも、いたずらに贅沢でもストイックでもない手仕事のプロセスとして。
なるほど、こうして並べて聴いていると「BGMことはじめ」ともいえるサティと麻紀さんの音楽とはおどろくほどの親和性がある。
大阪の堺市にある“SPinniNG MiLL”という明治後期の紡績工場。その空気感とそこに宿った独特のリバーヴ感が音楽を決定づけている。
Hanina Podladowska の手によるその美しいアートワークを100%斟酌しており、まさにそれにふさわしい音が三人によって紡ぎ出されている。
40年以上の長きに亘り音楽とアートの最前衛で活動し続ける3人が若き日に繰り広げた逸脱表現は、過去(70年代)から断絶し、新時代(80年代)の前衛音楽の到来を告げる予兆である。その意味で『歓喜の逆火』とは言いえて妙である。
ヨーロッパでは文学の朗読が盛んにおこなわれるが、言葉と音との境界、その現在進行形の侵食関係がよく顕われている。どう表現するかではなく、表現したいことは何なのか。その核がブレないからこその、表現形態の無限の拡がりである。/ There is a long-time tradition of recitation in Europe. This album is an embodiment of boundless relationship between words and music, its ongoing mutual erosive state at the front. What matters is not “how to express”, but “what is expressed”; any variant of forms presupposes the existence of its core.
クリス・ヴィーゼンダンガーのピアノ演奏は指先にも思索のフィルターがはりめぐらされており、凡庸からかけ離れていながら乱暴さのまったくない音に驚かされる。ヴァルネラブルであっても隠そうとせず、それによる豊かなグラデーション、共演者や周辺世界との相互浸透を、大きな個の力として確立しているかみむら泰一のサックスとの例外的なデュオ。
チャック・ジョンソンのペダル・スチール・ギターが描き出すサウンドは、蜃気楼のように浮かび上がる遠い記憶を掴もうとする夢の世界のサウンドトラックである。
2度目の共演で相互のコミュニケーション、強度、多様性を驚くほど増した即興演奏のデュオ。
音楽はしばしば特定の記憶を結びついて懐かしさを増すが、生きえなかった過去を想像力し喚起することによってもまた、今を揺さぶり未来を幻視する力をもつ。
音の魅力に、オーと大声をあげて聞き惚れてボリュウムをあげ、筆者の経験値ではこれ以上の種明かしができない。
Tsのオンマイク・サウンドが耳に飛び込んでくる。狙いである。
ボーカルまでが音場を表現して、マイクの前に立ち尽した音とは違う。
オーディオ系鑑賞に気分痛快。ボリュームを上げて楽しみたい。
即興演奏の立ち上がるサウンドを、エッジのシャープさで強調され、会場での即興を聴いた気分になる。
音楽の自然バランスに任せて、ミックス・バランス等、録音において飾りを挿入しない音も注目
ぼくのバンド The Marvel (ザ・マーヴェル)が誕生したこと自体が Marvel(奇跡)なんだ。