Jazz and Far Beyond

渋谷さんが奏でるスタインウェイのコンサート・グランドはどこかよそいきの響きがしていた。
「菅チンの前でなんか恥ずかしくてとても弾けないよお」
自家用オスプレイが間に合わなかった。
ピアノの前に座った姿は渋谷毅でしかないという存在感。
“優れた作曲家は沢山いるし、名曲がたくさんあるのだから、わざわざ作らなくてもね”
私の音楽生活、どこを切り取っても渋谷毅さんが散りばめられてる…。
もう一回お二人の共演、聴いてみたかったなあ…
「三田くん、僕はスタジオに入ると先生だからね。」
僕にとって渋谷さんは非常に大きな存在でした。
謙虚さの中に真実がある
雅代さんは歌わなきゃだめです。
「音楽というものは、いつものところで、ずっと演ってきた仲間と演るものであって」
おおげさでなく、“生きる” とは?ということも考えさせられ、今も霧の中です。
ビッグバンドのリーダーならともかくピアニスト、コンボのリーダーとしてエリントンを掌中に収めるミュージシャンは、ほかに思いつかない。
渋谷毅さん最大のメンター、デューク・エリントン生誕120周年記念コンサートを回顧する。
渋谷さんが奏でるスタインウェイのコンサート・グランドはどこかよそいきの響きがしていた。
渋谷は強く自我を打ち出すような弾き方はしない。それでいながら、譜面から読み取った音を渋谷毅という存在を通して聴かせる。
渋谷毅はデューク・エリントンやセロニアス・モンクと肩をならべるジャズの王道を歩んでいる。
次の30年は、その可能性を最大限に実現するための30年である。
渋谷さんが奏でるスタインウェイのコンサート・グランドはどこかよそいきの響きがしていた。
渋谷は強く自我を打ち出すような弾き方はしない。それでいながら、譜面から読み取った音を渋谷毅という存在を通して聴かせる。
渋谷毅はデューク・エリントンやセロニアス・モンクと肩をならべるジャズの王道を歩んでいる。
ニコラス・ペイトンがブッチャー・ブラウンとコラボし、『A Supreme Blue』というマイルス+コルトレーン100年記念アルバムを発表した。これがとんでもなくカッコいい。アルバムを丸ごと取り上げ、彼らの料理法と原曲の素晴らしさを解説。
巡る季節を進むLAL。次なる大台:連載通算600本に向け、快調に進む独り旅。
今月号では水無月下旬から文月下旬に巡った充実の現場6本をご紹介。
都内から少し離れたこの店が、音楽シーンの隠れ家のようなものになっているのかもしれない。
光源氏のモデルとも言われた「色好み」在原業平による「禁忌の恋」
カフカは模倣できるような何かではなく、一つの存在様式、スタイルの呼称かもしれない。
中村八大さんはトンガリまくった硬派なJAZZミュージシャン、でもある。
コルトレーンナイトはドラムスの石田博嗣が1992年より始めているトリビュート・コンボ。今年は生誕百周年と60回忌が重なり、特別気合が入っていたように思う。
アンジーヌ・ド・ポワトリーヌとロバート・グラスパーをどうしても観たくて、無理を押してニューポート・ジャズ・フェスティバルに行ってきた。本当に行ってよかったと、しみじみ思う。
オランダのサックス奏者、ベン・ヴァン・ゲルダーとギタリスト、レイ二エル・バースが岡山・蔭凉寺に登場。長年続く彼らのデュオ・プロジェクトでは、2人の限りない音楽探求の現場を目の当たりにする。
「Polyphonia」は、関西拠点のコントラバス奏者、森定道広が指揮を執り、ルネサンスからバロック期にかけて書かれたポリフォニー作品を中心に演奏するグループ。ジャズ・即興演奏家が多数参加している。
素敵なホールで素晴らしい演奏家と歌手による巨匠の作品を堪能した。
コンテンポラリーダンスから出発して独自の世界を作り上げている望月紅華、シカゴで即興音楽の道を切り開いてきたタツ青木、ふたりの一期一会の邂逅。
Text and photos by A
これだけの人数のオーケストラを、どのように響かせ、どのように聴かせるのか。
ニコラス・ペイトンがブッチャー・ブラウンとコラボし、『A Supreme Blue』というマイルス+コルトレーン100年記念アルバムを発表した。これがとんでもなくカッコいい。アルバムを丸ごと取り上げ、彼らの料理法と原曲の素晴らしさを解説。
温故知新の体裁を取りながらも、コーエン自身の強烈なアイデンティティを融合させて更なる高みへと昇華
「EVOKE」とは呼び起こすこと。バスクラリネットの音色が呼び起こすイメージはあまりにも蠱惑的だ。
サックスを吹き、曲を書き、短歌を詠む。私の中で、その三つは地続きの営みだ。
トン・クラミとして4枚目のアルバム。三者は「既存の場に入る」のでもなく、また「加算で場を作る」のでもなく、「場になる」。
それはジャズではなく、Far Beyond の世界だ
ジャズって「何を演奏するか」よりも「どう演奏するか」の方が大切に思える。
空間の中に言葉を音として綴り、それに合わせて爪弾くギターの音色が重なり合い、声とサウンドが融合した世界を描く。それはまるで淡い色調で描かれた透明水彩画のようだ。
Text and photos by A
アメリカン・ジャズ・ロックを、アメリカン・オーディオの底力で、たっぷり味わいました。