Jazz and Far Beyond

55回目となったメールス・フェスティヴァルは、会場を市街地に近い場所、中世に建てられたメールス城の近くにある広場に移し、5日間に亘って開催された。
不測の事態が重なりつつ。結果的に「没入型」とはまた異なる音楽映画が現前してしまう。
グランドフィナーレでは、鴈治郎が音頭を取り、上方歌舞伎の存続と支援を観客に向けて力強く訴えかけました。
ジスモンチ、ブラジル音楽に惚れ込んでいた人達が、初体験の人達を巻き込んで新たなコミュニティを形成する。
ポスト・クラシカルとカテゴライズされるヘニング。ライブで聴いた彼の演奏は、不自由な時代を過ごした人間が自力で獲得した「自由」のパワーと喜びに溢れていた。
未公開映像を含めた、ドキュメンタリー映画『カウント・ベイシー』を観て。
毎度ながらMODEに集まる若者の柔軟な感性には驚きと喜びを感じる。実験的な芸術を通じた「交換・交流」の場としてのMODEが支持されている証拠に違いない。
ジェリー・ヘミングウェイが来日、アイルランド在住のピアニスト木村泉とのデュオでのツアーを行った。
中川家3世代に加え、ドラムとチューバとバンジョーに世界的名手が勢揃いした「TRAD JAZZ COMPANY」は、古き良きニュー・オーリンズの音楽を現代に伝えるには日本一のスーパーグループ。ラ・フォル・ジュルネならではの大人の歓びのひととき。
関西で活動を積み重ねる独創的なトリオ・IOSUIが、はじめて関東でライヴを行った。演奏に向けた想いとともに、それぞれの来し方行く末についてインタビューを行った。
アムステルダム・コンセルトヘボウの『圧倒的に豊かな音』に愕然とした。箱物はやたらと増えているのに、こういうクオリティのホールを日本でも作ることは出来ないのだろうか?
世界で活躍し、ECMやブラジルもリスペクトする3人の初共演。素晴らしいオリジナルの数々を持ち寄り、他にジスモンチ、ホイーラー、ハーシュ、ウィンストン、ジャヴァン、谷川&武満なども交え美しく歌い上げた。
衒(てら)いなく穿たれた音は瞬時に柔らかさを湛え、響きは「通時」から「共時」へとその性質を変える。永遠のように慈しむ一瞬、内観とともにゆっくりと攪拌される「時」。
この若き音楽家パブロ・バジェは、まさにタンゴの奥深さと未来を背負っているのだろう。
サインホ・ナムチュラクが7年ぶりに東京で公演を行った。
今回は人ならば還暦にあたり、特別な興味を覚えた。ジャンル特定の小さめのハコを60年維持するとは世界にもめったになく、演奏を聴きに行くというより式典に参加するような心持で会場に向かった。
7回目を迎えた熱海未来音楽祭は、11月29日と30日の2日間に亘って行われた。
ちょうどその日は冬至に当たった。ゆず湯の代わりにアキオン(昭男の音)をいただいて、耳もからだも温ったまった。ほっこり満足のひとときだった。
トーマス・モーガンのベース・ソロ、トミーカ・リードのカルテット、その圧倒的な想像力と集中力。
矢沢朋子のピアノは、より深いところでのバーバリズムという新たな段階に進んでいることを感じさせた。
瞑想的なサウンドでありながらロックの覚醒感を伴う60分は、これまで体験した実験音楽や即興音楽では味わったことのない原初的な興奮と至福感に満ちていた。
伝統の中に落ち着くのではなく、八木美知依が探求している現代の音楽としての箏アンサンブルのひとつのマイルストーンとなる公演だった。
今年は大友良英が個人的にアジアン・ミュージック・フェスティヴァル (AMF) を始めてから20周年に当たる。それを記念した公演が行われた。
矢野顕子のソロと森山威男を中心とするクインテットで現代を生きるミュージシャンの今の演奏を聴かせる。
アルベルト・ノヴェッロの投射光がサウンドの媒体となり、ピエロ・ビットロ・ボンの執拗かつ強粘性のサックス、アンドレア・グリリーニの絶えることのない揺動とともに、全体として物語性をもつ即興演奏を繰り広げた。
このピアノトリオのサウンドはとても独特で、ピアノのプリペアドを始め3者がいろいろなエフェクトを使っている。
斉藤はきわめて優秀な奏者だが、彼に課せられた使命は偉大な先覚者を乗り越えることにある。
謝明諺カルテット台湾公演に見る日本のフリージャズ・ミュージシャンとの世代を超えた共演と交流。
現代作品においては、ギターが有するポテンシャルを、現代奏法を用いるなどしてどこまで高められるか。
音楽フェスティバル「Miło mi(ミヲミ)~サウンド・カルチャー:ポーランド×日本」は大阪で開催された国際交流企画。関西万博で海外文化への関心が急上昇した大阪の「なんばひろば」で賑やかなコンサートが続いた。
ロサンジェルス在住のピアニスト、ジョシュ・ネルソンのThe Discovery Project、2025年ヴァージョンでは、新加入ベーシストをフィーチャーし、東京と関西でツアーを行った。
ベース奏者ヴィニシウス・カジャードが初来日した。そのうち、立ち会うことができた東京での2夜について報告する。
<夜空ノムコウ>で知られるシンガーソングライター川村結花が30周年を記念してオールタイム・ベスト盤『Melody Maker』がリリース。メンバーの温かい想いと楽しさに溢れたバンドライヴが行われた。
それから43年が過ぎた。その2人がまだ大勢のファンの前にいて、幸せを送り続けてくれている、その光景に胸を熱くした。
池本が、NYでダニーと初めて会ってから10年。自分のislesで、同じステージに立てていることの幸せを、奇跡のようにかみしめている。
楽しみにしていた行本 清喜氏のSoulbleedのコンサートを観にNYCのNubluに出かけた。昨年動画を観た時から彼らのグルーヴに魅せられ、この日が来るのを首を長くして待っていた。生で体験した彼らのグルーヴは想像を絶した。グルーヴ・ヘヴン!
『超ジャズ』の刊行記念ライヴに出演したミュージシャンは3人。ビッチェズ・ブリューで定期的な演奏機会を得た纐纈之雅代(サックス、ギター、ヴォーカル)と香村かをり(韓国打楽器)、そして出演時のことを強烈に覚えているのなか悟空(ドラムス)である。
大阪・関西万博「ショパン・ウィーク」期間中開催の「ショパン作品をジャズで再解釈した特別な4公演」
ポーランドのレジェンド、アンドジェイ・ヤゴジンスキ(piano)も登場。ショパン・ジャズの歴史と現在を描く企画。
大阪・関西万博の関連プロジェクトとして、ポーランドのジャズ・アーティスト9組の公演が大阪と東京で行われた。ポーランドでとりわけ勢いのある音楽家、グループを間近で聴く貴重な機会となった。
テリ・リン・キャリントンが歌手のクリスティ・ダシールと組んでリリースしたアルバム『We Insist 2025!』は、マックス・ローチが1960年にリリースした『We Insist!』へのトリビュート作品。しかし本人がMCで話したように現代の視線により「reimagine」された音楽であり、驚くほど鮮烈だ。
NYCマーカス・ガーベイ公園で開かれたチャーリー・パーカー・ジャズ・フェスティバルのリポート。
このトリオの結成初期から聴き続けてきたファンを、彼らはBlue Note Placeに連れてきたのである。そして彼らは、そんなプレッシャーを包み込むような高揚感に転化し、すばらしい演奏を聴かせてくれた。
ショーロクラブをはじめ幅広い活動で既視感のない音を追求する鬼才 沢田穣治。沢田を敬愛する立命館大学教授にしてピアニストの神子直之。ECMリスペクトを共有する2人の初共演が、両者のオリジナルにケニー・ホイーラーの名曲を交えて実現した。
二人はやりとりの名人芸を静かに展開した。速弾きへ向かう技巧の炸裂ではなく、互いに相手の出方に即興で反応するジャズの基本に立ち返る芸の確認で、二人の音楽的境地の達成と思えた。
ジェシカ・アッカリーがはじめての来日ツアーを行った。ジャズ・即興シーンでこの数年間注目度が高くなってきたギタリストである。
不気味さをまぶしたヴェルヴェットの弱音が無限に拡張してゆく異世界。皮膚全体から多孔的に染み入る波動に戦慄。次元が違う。
音響体験としても面白いコンサートだった。何よりも齢を重ねても好奇心旺盛なテリー・ライリーのチャーミングさとその創造意欲に感銘を受けた。
70歳を超えてもなお、ストイックに挑戦を続けて自分を磨き続けるパット・メセニー。2025年のソロ・コンサートは、2024年をはるかに上回る驚異的なクオリティだった。
シカゴのフリージャズ・シーンにおける活動が長いタツ青木だが、このところ帰国して東京での演奏を行う機会が増えてきた。今般の再来日で組まれたギグ、さらに先行する形での舟遊び。
エリック・ミヤシロの呼びかけで結成されたトランペット奏者4人からなる新ユニット「4TRP. Legends」は、世界中の人にレジェンド達の魅力とトランペットの魅力と無限の可能性を伝えていくことだろう。
奇しくも現実のコンクラーベが後を追うことになった珠玉のミステリー映画。映像美と研ぎ澄まされた音響に惹かれるが、主人公ローレンス枢機卿の苦悩と葛藤に「バシェの音響彫刻」の一種を、緊張感の表現に弦楽器のスタッカートの旋律を多用しているのが印象的だ。
今回、その場をキーファー作品が占め、その存在が語りかけてくることに存在で返すと、田中泯はパフォーマンスの後に語っていた。
こんなピアニストがいたという発見と、その哀惜の念をこんなかたちで映像表現できるという驚嘆に心を持っていかれた。
台湾の謝明諺が「大」が付くヴェテラン安田芙充央と初共演。注目度が高かったようで、会場には台湾から日帰りで観に来た猛者もいた。
ポーランドの現代ジャズを紹介するイベント、ライヴ、トークショー、DJの3部構成。
元「オルケスタ・デ・ラ・ルス」の創立メンバーを核にした、少し懐かしさのある強力なサルサ・バンド『オルケスタ・デラックス』がデビューした。「デラックス」というだけあり、楽しさもメンバーも超豪華だ。
アートのパワーは人々のパワーに通じている。
初めて生演奏による今回のケルン・コンサートを観賞した感想の総括としてはやはり生演奏は素直にいいものだ。
今年で10回目となる田村夏樹・藤井郷子の昼夜ぶっ通しライヴ「あれもこれも」が2月2日に新宿ピットインで開催された。
若手の沼尾と鈴木がベテランの大友、磯端とそれぞれデュオ・セッションを行う。
などでルイの複雑な気持ちを伝える場面もあり、この話題を避けてはいないのも良かった。
ソプラノサックス奏者、Joe Rosenbergが率いる2管コードレスカルテットには、関西拠点のプレイヤー3人が加わった。中身の濃いインプロヴィゼーション、曲展開の面白さは、今年も期待通りだった。
色彩豊かな音世界を描く3人が2月大阪に初めて集い、衝撃のケミスリーを生み出す奇跡のライヴとなった。4月20日、下北沢「No Room for Squares」で東京初演を予定しており、この奇跡の出会いとサウンドをぜひ体感して欲しい。
今回は必要性に駆られ、ケンドリック・ラマーのスーパーボウル・ハーフタイム・ショーを取り上げた。どのニュースメディアも「この先何年も語り継がれる」と評価したラマーのアメリカ批判メッセージは確実に彼の天才性をヒップホップ界以外にも知らしめることになった。
「この2人、恐ろしいほど進化してる!!」期待を遥かに超えた素晴らしい演奏だった!
数十年間偽名で逃走した挙句、死の間際医師に「桐島聡として死にたい」と訴えた。
じわじわとした独特の「ゆらぎ」の境地と甘やかなる思索性-このボーダーレス時代にはいかにも得難い。
北欧から即興演奏のトリオが来日した。コントラバスのクリスティアン・メオス・スヴェンセンは過去に何度も来日しており、またポール・ニルセン・ラヴ(ドラムス)、田中鮎美(ピアノ)らとの共演で国内でもわりと認知度が高い。ドラムスのクレステン・オズグッドは菊地雅章(ピアノ)やドクター・ロニー・スミス(オルガン)などレジェンドとの共演盤を残しており経験豊富だ。バスクラリネット、クラリネット、フルートを吹くアンドレアス・ロイサムは初来日。
ロバート・グラスパーがボストンに来ると必ず出かけているが、ピアノ・トリオでのライブは初めてだった。あまりの凄さに失神寸前だった。なぜこんなに彼らに魅了されるのか、理解できないから何度でも足を運んでしまう。
ロンドン、アヴァンギャルド音楽の聖地「カフェOTO」での3日連続公演の最終日は、「あまちゃん」と盆踊りのプログラム。大友はこれが受け入れられるか不安だったが、スタンディングの観客が大熱狂しひとつになる感動の夜となった。
八木美知依がこれまでにない顔ぶれで演奏するというので、下北沢 Lady Jane へ出かけた。
エキセントリックな軸に振り切ろうと思えばいくらでも「スタイル」らしきものを提示できる選曲ながら、舘野も有吉もそうしたエゴとはひたすら無縁である。
NYで活動を続ける石当あゆみ(サックス)のミニツアーが行われた。再演のほか新たなミュージシャンとの手合わせもあり、ふたたび東京の即興シーンに足跡を残した。
シフの実際の演奏は録音を遥かに凌駕する。定評あるバッハだけでなくベートーヴェンのソナタ3曲がとりわけ素晴らしかった。
ジョビンと坂本龍一が繋いだ日本とブラジルの深い音楽の絆。優れた音楽は新たな手により、形を変え世界に受け継がれていく事を実感させるライブだった。
演奏曲はほとんどどがマリアの作曲で、鳥など自然や身の回りのことが発想の元になっている
香港映画のサウンドトラックの多様さやすばらしさに改めて気づき、より深く知るきっかけにもなった
この日のためにオーガナイズされた11人編成のスペシャル・バンドによる貴重なライヴ
UKジャズの奇才ジョー・アーモン・ジョーンズがBaroomで栗原健を迎えて行なったスペシャル・ライヴ
JAZZ ART せんがわの面白さは独自のプログラミングにある。総合プロデューサー巻上公一、そして坂本弘道、藤原清登という3人のプロデューサーの協働体制が功を奏して、間口が広く、新たな出会いのある開かれたフェスティヴァルになっている。
ECMレコードというのは、マンフレート・アイヒャーという「耳の音楽家」によって選ばれ繋がれた、膨大な量の世界の音の図書館である。
政情不安で治安も悪く、貧しい家庭から希望を持ってオーケストラの練習に励む子ども達、希望の星であるスター指揮者ドゥダメル、その試練と苦悩。感動する。間違いない。感動した。
このコンサートは、ピアニストの矢部優子がYouTubeでたまたま聴いたアイヌの子守歌<60のゆりかご>に心を動かされ、アポイントひとつ取らず北海道まで旅をしたことに端を発する。演奏が終わるころ、ホールは多幸感に満ちていた。
時に刃(やいば)のような協奏を各々のソロが受け止める刹那に覗く、流れ落ちるパッション、それを単音に収斂させるタフネス―目の当たりにする度に、クァルテットを構成する個人と総体、その互角の強度を再認識する。
舘野泉を触媒として更新される音風景は、拡張を止めない。
今年の「秋のアキ」は新たな出会いがあった。それが何らかの形で今後繋がっていけばいいなと思う。
北村は今年95歳(!)だが、クラリネットの音色は世界一美しいのではないか、と思わせるほど澄んでいる。
『Love Supreme』のコルトレーンでしられる黒人写真家チャック・スチュアートの回顧展とライヴ。
脊椎損傷から再起した天満敦子の<望郷のバラード>と寺島夕紗子の<さとうきび畑>の完唱に胸を熱くした。
ジルにまた会える、それも京都で会えるとは思ってもみなかった。御年八十うん歳、今回は三人息子と孫娘のファミリー・バンド、最小限だが信頼は厚い連中で後ろを固め、休憩なし、気がつくと二時間。
完全に今を生きたものであり、即興音楽の枠組みを超えた新しい表現だった。
異能のサックス奏者クリス・ピッツィオコスが7年ぶりの来日を果たした。ここでは、東京における3箇所のギグを報告する。
どんなに激しくとも、決して攻撃的でも破壊的でもなく、微光に包まれるような、どことなく温かな手触りが感じられる、じつに不思議な演奏
ベーシストの阿部真武とギタリスト/サウンドアーティストの津田貴司によるソロ&デュオ。大阪市、阿波座のシェ・ドゥーヴルにて充実したライヴを体験した。
たしかに心底から魂を揺さぶられる感動的なフィナーレではあった。
展示作品そのものが演奏の方向性に強く関わっている。
4時間に亘るイベントは、表現者としての彩Sayaの今後の飛躍を予感させる生命感に溢れていた。
Dai Kimoto & His Swing Kidsは10月に日本全国10カ所以上を回るツアーが組まれている。
芸術性の高い音楽と最高の録音技術が重なった時にしか味わえない、貴重な瞬間の連続。様々なシーンの描写も美しく、どこを切り取ってもECMのジャケットを彷彿させるような、創造性に満ちたものであり視覚でも楽しませてもらった。
もはやカーラ・ブレイ作品への取り組みは、吉田のライフワークと言っていいのかもしれない。
本書によれば、ブレイの探究の過程を解き明かす鍵はオーネット・コールマンやシンセサイザーにあるという。慧眼というべきだ。
チック・コリアのすべてを網羅した日本で編集された公認本。
現場を知るフォト・ジャーナリストが遺した本だけに、60年代終わりから70年代半ばにかけての日本におけるジャズ、とりわけフリージャズとその受容を時代の文脈から読み解くには貴重な本だ。
錆びついた耳を活性化させ、なんども聴いたはずのアルバムから新たな音を見出すことは歓び以外のなにものでもない。本書がすぐれた評伝であることの証左だ。
83の中小レーベルから1291枚のアルバムを選択、934枚に試聴用のSpotifyのQRコードを付したガイドブック。
60年代〜70年代の東京のジャズ喫茶シーンを平岡一人称で描き出した。
激しく斬り込む愛好家・村上春樹、誠実に受けてたつ演奏家・小澤征爾のまれにみる手に汗握る対談集。
この写真集は杉田誠一が1969年から1975年の間に海外取材の際に撮影した写真を集成したものだ。
氏が追い求めていたのは、ジャズという鏡に映し出された人間そのものにこそあるのではないだろうか.
ジュラ紀の化石になれなかったゴジラは、エネルギーとマテリアルの怪物として復活した。
ギタリストを中心に据えながら、卓越した知識と洞察力で、これまでになかった視点からジャズ全体を考察していく「現代ジャズ進化論」。
彼ら偉大なるアマチュアの活躍こそ、地方都市でジャズというマイナー音楽を一般に知らしめ、世界的なミュージシャンに新天地を提供したのである。
近年、来訪者と情報が増加しているミャンマーの文化的側面を、耳から知ることをおすすめしたい。
「SENSES COMPLEX-五感を超えて、感覚が交差・拡散する地点」というギャラリーノマルのコンセプトの具現化に違いない。
ジャズ・アルバムを肴に聴いた当時を振り返る半自伝的な切り貼りスナップショット集で、主題と変奏と混乱と逆転と結末をうまくつけて一冊の作品としている。
多くの著作の中にあって、これは著者にとって初めての「ジャズ本」
ルイ・アームストロングの名曲『この素晴らしき世界』。写真家 岩合光昭が約50年間に撮影した、世界中の風景と動物たちの写真に、岩合自らが選曲した音楽を添えた集大成となる写真集にこの名前をつけた。
かつての「ハードバップの伝導師」が「ECMの伝導師」に?
数年前からぼくが俳句の日めくりに凝っているのを知った友人が、『日めくりジャズ366』を贈ってくれた。元旦から毎朝起きると、その日に録音されたレコードのジャケット写真を見て、編者のひとことを読むのが楽しみとなった。
「Jazz is Pop!!」の2024年版。この1年にジャズに何が起こったかを可視化し、ジャズ内外のミュージシャンに語らせながら、いま聴くべきジャズを巧みな構成とヴィジュアルでわかりやすく総合的に描き出すことに成功している。4/5-8には南青山BAROOMで「BRUTUS JAZZ WEEKEND 2024」を開催。
ベルリンを拠点に音楽の旅を続ける25歳のピアニスト藤田真央が旅先での想いを綴った連載が待望の単行本化。世界を駆け抜ける藤田の2年間の記録が、情報に富み正確な文章ととっておきの映像とともに記され、楽しく引き込まれる名著が生まれた。
ジャズピアノについての本は世界中にゴマンとある。だが、本書はそのどれとも違う。アメリカでの調査、膨大な文献、資料をあたり、様々な音源を聴いて書き上げられた労作だ。
正直言って、どの頁にも引用したい文がある。それだけこの書には悠さんの、批評と、それ以上に思想が凝縮されている。
マシュー・シップは広く知られたピアニストでありながら、日本では過小評価されているように感じられる。スタイルが単純に極端なものでないことがその理由かもしれない。だが、かれの多くの作品に向き合ってみれば、繰り出される音が極めて知的に制御されており、誰にも似ていないことが実感できるだろう。
ジャズ喫茶文化を体現し続ける四谷「いーぐる」のオヤジ後藤雅洋による21世紀以降のジャズに焦点を当てた有効なガイドブック。
著者のシスコ・ブラッドリーは、無数のインタビューや資料収集、さらにはライヴ会場に足を運び、この労作をものした。本書は歴史としてだけではなく、現在につながるものとして読まれるべきだ。振り返りはつねに現在進行形である。
スタンダード=アメリカン・ソングブックを金科玉条とする彼のジャズ鑑賞美学をエッセイとして実例をあげて敷衍したのが本書である。見事という他ない。
来日したジャズ・ミュージシャンが残《日本録音作品》を通して見る日本ジャズ発展史。
ECMのファンには『真実』、『カタログ』を座右の書としつつ、ECM Records: HomeとJazzTokyo を定点観測的に目配りするスタイルが成立する。
その書物の表紙はどんどんと漆黒に近づいていき、やがて異端教徒の為の聖書となることだろう。
河崎の求めるのは仮構の共同体、幻想の部族であろう。それは上演であり作品ではないのだ。
この一書がそのままユーラシア文芸手引書なのだ。
英国の極めてユニークな打楽器奏者ロジャー・ターナーがパートナーのマリ・カマダとともに書き上げた本であり、ターナーが演奏に使う道具がひとつひとつ紹介されている。だからといって本書が「謎解きロジャー・ターナー」になるわけではない。なぜならば、ターナーは「パーカッショニスト」だからだ。
巷に溢れる万人向けのガイドブックには飽きたらない中級以上のリスナー向けか?
音楽としての純粋性を損なうことなく、大衆が理解可能な音楽はいかにして可能か
話の内容は日本のジャズの歴史そのものであり、その記憶力の良さには文字通り圧倒される。
この本の価値のひとつは、齋藤徹という類い稀な音楽家を、音以外の面から歴史化する最初の一歩となりうる点にあると感じた。
ロン・カーターというまれに見る真摯なミュージシャンの充実した人生(人種差別という終生避け得ない苦悩を含めて)と実績。
歴史学者として著名なエリック・ホブズボームはジャズ愛好家でもあった。1959年に初版が出た『The Jazz Scene』を改訂した1993年版の邦訳が出版された。
30年以上にわたるコンテンポラリー・ミュージシャン、マイルス・デイヴィスとコンテンポラリー映像作家・内藤忠行の魂の触れ合いの記録。
この著書は、サッチモに関するバイブルであると同時に音楽人としてどう生きるべきかを気付かせてくれる人生のバイブルでもある。
20世紀最後の20年間に芒洋と広がる音楽の大海に自分なりの航路を見出すための羅針盤となるのがこのディスクガイドの役割ではないだろうか。
編集・批評家・オ−ガナイザー、細田成嗣の顕現、さらなる色違い重版を祈念する、
本人の口から語られる様々なエピソードを歌手で著作家でもあるベン・シドランが書き綴ったオーラル・バイオグラフィーである。
被写体のキースが2度にわたる脳卒中でリハビリ中であることは周知のとおりだが、撮影者のロベルトも病床で白血病と闘っている。
『近代日本の音楽百年』は音楽史としても側面も持つが、文化受容を多角的に捉えることで日本の近代を音楽面から捉えた本といえる。
この3ヶ月ぐらいに出版された音楽本のなかで、幾つか目ついたものを取り上げてみたい。ここで取り上げる3冊『スティーヴ・レイシーとの対話』『阿部薫2020』『AA 50年後のアルバート・アイラー』は単著ではなく、複数の著者による編集本で、編集者の意向が強く反映された書籍だ。
自らの死を予期しながら、若き日の思いで、ユーモアも交え、そして「ジャズをレコードで聴く」という事を一つの道、戦い、創造的手段として選んだ人がいたという事実を強く感じ、老いた青年の僕はこの書を閉じた。
「私は生還者の義務として、思い出してもゾッとするあの過ぎしころの悪夢のような出来事と、現地の実相を、たとえ筆は拙くとも、ただ有りのままに世に広く発表したいと……」
これら多くの事実とこの二人との交誼を通して、一人の愛に満ち溢れた人間としてのバーンスタインが浮き彫りになっている。
そのためパーカーのニックネームの由来をはじめとする多くの点において通説を否定する新たな事実が示されている点などを含めてすこぶる興味深い。
ECMは想像力のこのうえない触媒である。ECMの音楽は空と海の間、消失点から響いてくる。
「フリー・アット・ラスト」。我々は、聴く自由によって解放される。
ふたたび音楽に光明を見出し自立するまで、時に痛ましく、時に愛おしいひとりの女性の生きざまがむしろ淡々と語り継がれていく。
LPアルバムの復活があちこちで聞かれる昨今だが、藤岡にとっては作品発表の場としてまたとないチャンス到来といえるだろう。
折角の労作である。再度、最後の詰めを期待したい。
即興音楽を聴く/聴いてみようと思う人のためのガイド本。ターゲットにしているのは、コアなファンだけではなく、むしろ即興音楽の周辺で入口を見つけられずにいるリスナーや、即興音楽に接したことはあるがどう聴いてよいかわからないでいる人たちだ。著者は聴取行為をバード・ウォッチングに喩えながら、軽快な筆致で即興音楽に馴染みのないリスナーにも聴取のポイントを解き明かし、即興音楽の深い森に入っていく。
5月から始まる令和の時代が断じて戦(いくさ)と無縁の平和な御代であることを祈りつつペンを置く。座右に置いて、挿入された反戦歌の歌詞にぜひ繰り返し触れていただきたい。
児山さんのキャリアの成功の源は「スイングジャーナル」という専門誌の権威付けにあったと思う。
サブタイトルに「音楽で生きていくために」とあるが、決して「音楽家」を目指す者だけに限られた内容ではない。
「体感する現在進行形ジャズ」が写真とエッセイで綴られ、NYのジャズシーンの熱気に手が汗ばむほど。
豊住さんはたしか東京芸大を卒業しているはずだが、それも確かではない。彼にとっては(多分)どうでもよいことだから直接聞いたことはない。
G-Modern 25号を開いてみると、灰野敬二、JOJO広重、非常階段などの固有名詞があちこちに踊っている。表4の広告は灰野敬二のドラム・ソロのアルバムだ。そう、G-Modernは言ってみれば彼らの牙城だったのだ。
編集に注力する末富とITを駆使する河合、この名コンビが実現した電子ブック/オンデマンドによる「フリー・ミュージック」の刊行はスタートを切ったばかり。今後どのような企画が飛び出すかまったくもって目が離せない。
音楽だけがもたらすことのできる本質的な生の手応え(リアリティ)—それは核であると同時に捉えがたい神秘でもあるのだが—へ至る過程を、史実や人間の身体のメカニズムを丹念に解きほぐし、あらゆる照応関係を証左して積み上げた記念碑的な大著。ただの惰性となりかねない、音楽を発する行為や聴く行為を掘り下げるとき、寄す処(よすが)となる新境地がここに拓けたことをまず喜びたい。
この本はインタビュー&アーカイブではない、博物館なディスクアーカイブとも無縁だ、70年代後半から80年代にあったとされる音楽は今もリアリティを持って生きていることに愕然とさせられる、付録CD 18トラックがそれを補完している、
ジャズ喫茶で名盤に耳を傾け、新譜を追いかけたファンにはあの肉迫するスリリングでダイナミックなヴァン・ゲルダー・サウンドがまざまざと蘇ってくるだろうが、ヘッドフォンやイアフォン主体のデジタル世代の若者にはゲルダー・サウンドはどのように響いているのだろうか。
ここに登場するのは、そのスマッグラーの中でもなんら組織を背景としない一匹狼。ノルマや規律にしばられないフリーランスの運び屋だ。草兵、41歳。国際前科4犯。身長180センチ。彼はみずからのことを、プライベート・マフィアと呼ぶ。
日本のトップ・ジャズ・ベーシストのひとり、鈴木良雄が語り下ろしたジャズ名盤55選
ウラジーミル・タラーソフのLPレコードと本の話題
ロシア屈指のドラマー、ウラジーミル・タラーソフの自伝『トリオ』(鈴木正美訳、法政大学出版局)が出た。タイトルが示すようにヴャチェスラフ・ガネーリン(p)、ウラジーミル・チェカーシン(sax)と出会い、ガネーリン・トリオ(GTChトリオ)の結成から解散に至るまでを回顧している。随分と音楽家の自伝や伝記を読んだが、この本はそれまで読んだものとは全く違う。音楽家や彼らを取り巻く人々だけではなく、KGBや国外に行ったときに同行する「外套」と呼ばれる監視要員も登場、まるでロシアを舞台としたサスペンス小説のような世界だった。
ジャズに深く関わってきた瀬川昌久氏と柴田浩一が史実や文物(とくにレコード類)を丁寧に繙(ひもと)いて、戦前から戦後の日本のジャズの歴史を改めて見極めようとする
ジャズの世界では、黒人を中心とするイースト・コースト・ジャズを得意とするルディ・ヴァン・ゲルダーと白人を中心とするウエスト・コースト・ジャズのロイ・デュナンが東西を二分する名エンジニアとしてながらく名を馳せていたが、じつは日本にはある意味では彼らを凌ぐ録音制作家菅野沖彦が存在していたのである。
とくに、パーカーはモダン・ジャズの源流であるビ・バップの創始者的存在であるだけに、音楽的な解析は避け得ず、菊地成孔、大谷能生、矢野沙織、濱瀬元彦らミュージシャンの対談やインタヴューを通した発言に傾聴すべき内容が多い。
“あの時代の [黒ジャズ] にもっとも相応しい言葉――自主、独立、自立、独自をキーワードに、地域性/民族性/音楽性を限定した結果 ”生まれたのが“ インディペンデント・ブラック・ジャズ・オブ・アメリカ”というわけだ。
半世紀にわたってバックステージで日本のジャズを支えてきた功労者、「ジャズ批評」発行人松坂妃呂子の目を通した日本のジャズとジャズシーン。
現代ジャズの扉は開かれた。ジャズ評論の21世紀はようやく始まった。
高田馬場のBigBoxでアルト、ピアノ、ハーモニカを録音した。この時の写真が何枚か収録されている。初めて父親になる期待と不安がないまぜになったような表情が見てとれないだろうか。
カンザス・シティ・ネイティヴ、しかも、膨大な資料を収集、管理、分析するアーカイヴィストの手になるチャック・ヘディックスの著書。この新著で明かされた新事実、既刊書の誤謬の訂正もある
竹田と山崎の著作が既出記事のアーカイブであるのに対し、関西アンダーグラウンドを代表するノイズ・バンド、非常階段のリーダーJOJO広重の『非常階段ファイル』は全編書き下ろしのドキュメンタリーである。
「ジャズの過去を振り返る歴史書はあっても現在のジャズ・シーン、とくにフリージャズ・シーンを切り取ったガイドブックがなかったんです」
ジャズ評論家副島輝人が1970年代後半から『ジャズ批評』、『パイパース』などに寄稿した文章が集成され、一冊の本になった。現代ジャズの広がり、その発展と変容に迫った内容でリアルタイムの現場を伝える貴重な著作集。
この第2作でも神野の朗読と小曽根の音楽がひとびとの創造力を強く刺激することだろう。その源泉は共に稲吉紘実のメルヘンである。
一流のアーティストが誠意を込めて制作したものだけに大人にも充分鑑賞に耐え得る作品に仕上がっている。
(提示された「シンプルさ」はそれ自体閉じてしまうものではなく、むしろ解釈の自由を促すものだ。とりわけ、インプロヴィゼーションの才能に恵まれた者にとっては。
1枚の写真がじつに多くのことを語り、多くのことを暗喩しているが、本書に掲載された多くの写真に共通するその事実は筆者がフォト・ジャーナリストであることに由来する。
もしも、無人島に1冊だけ持ち込むとすれば、コレっきゃありません。
ところで、氏の音楽観が一挙に大きく拡がったのはひと夏のNYでのアウトドア・コンサートの体験だったという。
ヨーロッパ・ジャズに対する誤解や偏見を正そうとする著者の強い義務感に思わず襟を正したくなるファンも多いのではないだろうか。
本作は単なる研究書、あるいはオーラル・ヒストリーに基づく歴史本を超えた著作となった。膨大なインタビュー、資料に基づき、時代的文化的背景、60年代の実験音楽の動向等をも含め多角的に検証し、歴史的パースペクティヴのなかでAACMを位置づけている。
中上の青春はジャズと共にあった。しかもアイラーの<フリー・ジャズ>と共に。
スタジオ内におけるミュージシャンとの攻防などCDの裏に隠された制作現場の緊張など、リスナーにとっても鑑賞の新たな楽しみになるだろう。
プロとしてデビュー15年目になる彼が人生とジャズについて語り尽くしたこの著書からも彼の誠実さが溢れ出ている。
これは、1988年8月、癌を宣告された著者が再発を経て余命を意識した頃、勧められて音楽鑑賞教育委員会に入会、機関誌『音楽鑑賞教育』に92年3月から足掛け6年にわたって連載した「ジャズの歴史」である。
「ハーレム・ルネッサンスの中心人物、詩人ラングストン・ヒューズの自伝(3部作)の第1巻。
本物のブルース、その真の意味を極めたい向きは「ハーレムの詩人」による本書にあたるべし。
80年代のジャズがどう展開してきたか?
これは「リズムがない音楽なんて聴けない」という人に聴いてもらいたい。
自分の中にある「日本の情緒」みたいなものをアルバムの主題にしました。
渡欧したマリオン・ブラウンはギュンター・ハンペルとの長い交流を開始させる。そしてバール・フィリップス、スティーヴ・マッコールのふたりも相次いで渡欧した。卓越したミュージシャンたちによる、その時期の特別な記録である。
一つの肉体に外的な強烈さと内的な強烈さを併せ持つマリリン・クリスペルというミュージシャンに筆者は更なる興味を抱いた
挾間が首席指揮者を務めるデンマーク・ラジオ・ビッグバンドとの共演作第3弾。DRBBと歴代主席指揮者7人の歴史的遺産を研究し吸収した上で、新たな音楽と伝統を創り出した快作。アイデアの斬新さ、サウンドの深さとクオリティの高さに圧倒される。
本作品は日本のファンにとって過小評価されていたビリー・チャイルズというピアニストの代表作となり得る傑作。
イングリッド・ジェンセンはスイング感も音色も素晴らしい。ジョージ・コールマンをゲストに迎えたご機嫌なこの新譜、タイトル曲を聴いて彼女の作曲能力に顎落ち状態となった。本人インタビューを交えて解説を試みた。
『六大』は映像作品のためのサウンドであるためか、6枚それぞれに「地・水・火・風・空・識」のイメージを意識している感覚がある。音のみで映像を幻視させる局面もある。だが、そのことは音楽の独立性を毀損しているわけではない。明らかに菊地は音楽を作り出すことを楽しんでおり、作品は在るがままに在る。
類い希なる個性であった金大煥(キム・でファン)は、あちらのヒトになったか、カミになったか。
ビター&スイートにしてスモーキーという唯一無二の個性的な声質とフリューゲルホーンを専門とする唯一人のプレーヤーTOKUの魅力が凝縮。
自然や日常の息づきや囁きを集めて音楽を生み出すことを習性(Habit)とする平野剛のささやかな標本箱といえるだろう。
ポーランドの女性ドラマーのもとに、7つの文化的背景を持つ音楽家と多彩なゲストが集結。音楽的かつ人間的な「対話」を通じて即興作品を創るというーマから、ファンタジックで味わい深い曲が生れてくる。
本盤は、ニューヨークで高く評価される永井ならではの現代的な作品であり、かつ極私的な表現でもある。
プエルトリコ音楽の持つ力強いリズムとジャズのモダンな和声、そして「時間」や「空間」という要素を効果的に組み入れた、アヴァンギャルドで実験的とも言えるとても意欲的な作品
震災の記憶を風化させてはならない
三者の手合わせにより、結晶があらわれては一瞬でその姿を消してしまう。本アルバムはその過程を幻視さえもできる作品だ。
個性を強調しないナチュラルな声質だからこそ彼女の唄を聴いていると聴き手の心へと静かに歩み寄って語り掛けてくる。
アイヌの歌手・豊川容子とピアノの矢部優子の気負わない個性が出た好盤。
対話をテーブルの上にのせて個を尊ぶのがヨーロッパやアメリカの社会のありようだと仮に見立てるとして、本盤には、そのテーブル自体もその場で作り上げてしまおうという意思が横溢している。
ショパンの名曲の数々と、各曲からインスピレーションを受け角野が作曲した新曲を交互に配置。ショパンの重力から新たな音楽の軌道を生み出し、ショパンと角野の想いを美しく明確に浮かび上がらせる。
音楽に心血を注ぐ、ブルース・スピリッツ横溢した生粋な“漢”の、ジャズ&ブルース讃歌。
新レーベル Mo-Zone の第2作目は、壷阪健登のアルバム『Lines』である。小曽根真のプロデュースにより、ニューヨークで録音された。
ジャズを「線の芸術」と言う壷阪が、「バッドプラス」のデイヴ・キング、バークリーからの盟友チャーリー・リンカーンとNY録音した初ピアノトリオアルバム。壷阪の珠玉のオリジナルに、3人の「線」がときに交わりときに別々の方向へと伸び自由と喜びの音楽が生まれた。
なんといっても4年がかりで拾い集めたこのミネソタ拾遺集には「翳り」が濃すぎる。
コンピュータ・プログラマーとコントラバス奏者の二刀流から生まれた興味の尽きないアルバム。
〈ALFIE〉でのライブ録音シリーズ第9作。のびのびとした自由度の高さと、細やかなコントロール感を巧みに両立させた、強い疾走感と高い熱量に溢れた強力なライブアルバム
すべての曲から、人の、そして人々の声が聞こえてくる――そんなアルバムである。
小曽根真のレーベル「Mo-Zone」第一弾は「TRiNFiNiTY」セカンドアルバムのドイツ録音。小川晋平と、きたいくにととの共同作業が小曽根真の新たな魅力と音楽性を引き出し、ポーランドのアナ・マリア・ヨペックの歌も交え、平和への願い込めたストーリーを紡ぎ出す。
渡辺貞夫の音楽的吸収力は凄まじく、それらが現在の渡辺貞夫の血肉となっていることは疑いない。
OTBで知られるマイケル・モスマンtpが手がけたNY在の若き俊才のデビュー・アルバム。
藤本一馬と林正樹のつくりだす、静けさの奥にあるどこまでも澄み切った美しい世界。心ゆくまでじっくりと味わいたい。
本作はヒカシューが約四半世紀ぶりにあるべき形、すなわち完全体に変態した作品といえるだろう。これぞシン・ヒカシューの幕開けである。
未来への生命力に満ちた復帰作となった『異端教祖』は、宮西計三という稀有なる存在をリスペクトし愛する「濃厚な友人たち=THE HEAVY FRIENDS」の絆の結果であり、根源的に音楽が持つ治癒の力の証に違いない。
譜面の旋律が見えるほど優等生的な音の良さである。
ゆったりと変わってゆく綾は独特の世界観からくるものであり、ずっと聴いていてもまったく飽きることがない。ちょうど川辺に座って眺める水面に一刻も同じ風景がなく、気がつくと長い時間を過ごしているように。
菊地は夢想の中で1音1音胸の深奥から音を探り出してメロディを編んだ。
繰り返し演奏された曲をどう変貌させていくか、より高く純粋な表現をすることができるか、John Taylorが取り組んだ素敵な記録
ケニー・ホイーラーやノーマ・ウィンストンと共同作業も多く、多くのECM作品に参加して来たイギリスのピアニスト、ジョン・テイラーの遅すぎた初ECMリーダー作『Rosslyn』。その直前のイギリスでのライヴ録音盤が22年後にリリースされ、スタジオ盤と遜色のない美しい世界を魅せる。
中低音を主体に中低速の演奏が並ぶ6曲には、じわじわと感動が聴き手へと浸み込んでいく
トランペットのライジングスター、鈴木雄太郎が放つ海外録音によるデビュー・アルバム
カンザスシティーから巣立った俊才トランペッター、ハーモン・メハリの2枚目になるデュオ作品『ソウル・ソング』
ロック、プログレ、パンク、フォーク、ノイズ、即興ジャズ、電子音楽、ワールドミュージックに亘る膨大な音楽の記憶がオマージュのように隠されている
ファーストコール・トランペッターであり、「ブルーノート東京オールスター・ジャズ・オーケストラ」の音楽監督を務め、世界で活躍するエリック・ミヤシロが15年ぶりにリリースしたリーダーアルバム。”聴く人を笑顔にする”快作ができあがった。
布施⾳⼈トリオ待望の 2nd アルバム。澄み渡るピアノと息づくリズムが紡ぐ⾳の絵巻物
2025年のジャパン・ジャズという地平においてBOCCOは極めてアグレッシヴにして繊細な感性を併せ持つグループとして鋭い光彩を放っている。
ブルーノート社長、ドン・ウォズ率いるパン・デトロイト・アンサンブルが来日と同時にデビューアルバム、『Groove In The Face Of Adversity (逆境でグルーヴする)』を発表する。ドンが提示するデトロイトの音楽や、カバー曲を演奏してもユニークなサウンドになるこのバンドの解説を試みた。
モダンジャズの屋台骨を支えるのはビバップ期の昔も21世紀の今もベースだ。
ポーランド新世代ジャズを担う4人組、Błoto(ブウォト)の新作を分析し、この斬新なバンドと、その母体である音楽家集団、EABS(エアブス)を詳しく紹介。
富樫の優美なメロディに頼ることなくその世界を広げ、深く掘り下げた座右の1枚としたい秀作。
坂田学や大森菜々が藪をものすごい勢いで刈ったあとに招き入れる「なにものか」とは、坂田明なのかもしれない。
レジェンド級の演者たちによるソロを参照してもなお、デイヴ・モスの本アルバムは個性的に聴こえる。まるで虹のようなサウンドだ。
ジャズ、クラシックからJ-Popまで幅広く活躍する塩谷 哲の初のオーケストラ作品集。小曽根真&塩谷哲デュオのために書かれた「交響定的エレジー」から拡張した<Elegy for Piano and Orchestra>、ソロピアノ曲からの<Preciousness>を収録している。
2016年ヨーロッパ5都市ツアーから7月9日ウィーン楽友協会での録音。抽象的にも感じる音響的美しさの追求、心暖まる美しいメロディとハーモニー、グルーヴが絶妙に溶け合う珠玉のピアノソロで、巨匠画家の個展を楽しむような時間。2016年ツアーの中でも特にお勧めしたい。
インプロのアプローチやエフェクターの使い方などで昔から気になっていたメアリー・ハルヴァーソンの新譜が出た。この4管編成のアルバムは想像以上にすごかった。彼女の作曲テクニックの素晴らしさにびっくり。頭から離れない1曲、<Carved From>の解説を試みた。
このピアノトリオアルバムを聴くと、私たちは気づかないうちに鈴木の創造性の源泉に触れ、彼女の経験してきた音楽的歴史に胸をふるわせる。
アケタズ・ディスクにまた1枚明田川荘之の精神と煙草とアルコールの匂いが詰った秀作が加わった
ユルさと音楽的というより精神的なハモり
マックス・ローチ生誕100周年に因んだ代表作『We Insists』のテリ・リン・キャリントンによる渾身の蘇生。
本作品に聴かれる守屋純子オーケストラの創造するストレートアヘッドなジャズ・スピリットには脱帽するばかり。
新しい次のステップへの予感がきこえてきそうな期待に満ちた新作だ。
ディノ・サルーシのバンドネオンが奏でるメロディーは、どこまでも優しく、心地よく響く。何度も繰り返し聴きたくなる、心に残る一枚。
伸びやかで覇気にも満ち、快調にフレーズを疾駆させていく、そのアグレッシブで真摯な有り様...
旧友Chris Cheek(クリス・チーク)の新譜が出て急に彼と話したくなった。ポール・モチアンに見い出されて世界に羽ばたいた彼だが、ボストン時代ではしょっちゅう一緒に演奏した仲間だった。彼をフィーチャーした曲を書いたほど好きな彼の演奏を解説。
ここに紹介する二人にはもう多言を要しない。が、まだこんな素晴しい演奏が陽の目を見ていなかったことに驚く。
その世界観や音楽的なエモーションは一幅の絵巻のごとく連続かつ一貫していて途切れることがない。
異色の音楽集団アンサンブル・シッポリィが4年ぶりの第3作となるアルバムを出した。このグループのテーマが「息のかさなり」であることは変わらないが、サウンドとしてのあらわれはずいぶん変わってきている。
今年に入ってから大友良英のアルバムが次々とリリースされている。4月には昨年末の新宿ピットイン年末ライヴ「Old and New Dreams」 4 days 8公演のうち2公演もCD化された。
5月9日にBlue Noteからデビュー・アルバムがリリースされる若手トランペッター、Brandon Woody(ブランドン・ウディ)の音楽はかなり新鮮だ。ピアノがしっかりとバンドのサウンドを支える中全員が倍のテンポで即興する、そのエキサイティングなサウンドの解説を試みた。
バリー・ハリス・チルドレン三原彩子の女性バッパーらしい、強靭にしてしなやかなプレイ。
この唯一無二の演奏は中牟礼が90歳、渋谷が83歳の時だというから正に至宝同士による希有のパフォーマンス。
マッズ・トーリングは、ヴァイオリンにジャズの魂を吹き込む稀有な存在だ。本作『マスター・オブ・ジャズ・ヴァイオリン』は、彼のルーツと敬意を映し出すトリビュート・アルバムである。
ルォー・ユー・チェン(陳若玗)のピアノトリオがベートーヴェン、チャイコフスキー、プロコフィエフなどのクラシック作品に取り組んだ。それは独自色の高いものであり、シューベルトとモーツァルトに焦点を当てた前作からさらに成熟度を増したようだ。
破壊の果てに残された人間の尊厳と儚さを浮き彫りにする一枚である。
関西拠点のピアニスト、関谷友加里のセカンド作。優雅なメロディーのすぐそばに、フリージャズや即興音楽への入り口があり、するりと異世界へ抜けていく。
ブランフォード・マルサリスのブルーノート移籍第一弾は、なんとキース・ジャレットの『Belonging (1974)』のアルバム丸ごとカヴァーだ。ブランフォードのインタビューを色々交え、彼の音楽に対する姿勢とこのキースの美しい曲の解説を試みた。
これらの演奏はビッチェズ・ブリューで繰り広げられた。大由が普通のプレイヤーとは異なるスタンスで演奏に臨み、香村が即興演奏の形を練り上げ、また纐纈がソロ演奏の場を幾度も得た場である。この機会を提供した杉田誠一のもつ緩衝帯についても、語っていかなければならないことである。
キプロス出身のピアニスト、Christos Yerolatsitis (フリストス・イェロラツィティス)のトリオのデビュー盤。現代的なジャズとギリシャの音楽文化が自然に融合し、クールで先鋭的でありながら、抒情性に満ちている。
本作品はチック生涯の最終到達点でありピアニストとしての原点回帰と言えるのではないだろうか。
石若駿の次の世代で最も注目すべきドラマー/作曲家 中村海斗のセカンドアルバム。海斗の作曲したストーリーの上で、メンバーが自由自在かつ緻密に繰り広げる演奏は衝撃的だ。20歳のアルトサックス佐々木梨子の音楽性も恐ろしいほどだ。
スタジオ録音かと思う程に全員の緻密で理性的な集中力が素晴らしく、ライヴ盤らしくないアルバムの統一感に優れている。
リーダー櫻井郁雄の技術、感覚、人格が全体を統一しつつ、参加者達を自由にしている。
この音があれば酒など要らないのかもしれない。
ミシガン州立大学で全額奨学生として学ぶ注目のトロンボーン奏者 治田七海のアメリカデビューアルバム。師匠マイケル・ディーズにオールスターのリズムセクションを従えながら、治田の膨よかで深みのある音色が心に沁みて、聴く者の心を穏やかにする不思議な波動を持った魅力あるアルバムができ上がった。
ロン・カーターのピアニストとして活躍するリニー・ロスネスがブラジル愛のアルバムを発表した。ゲストはエドゥ・ロボ、ジョイス、マウシャ・アジネ、シコ・ピニェイロ。意外にもハマったミルトン・ナシメントの<Estórias da floresta>のアレンジの解説を試みた。
ガラティの持つ美意識をスタンダートを通して浮かび上がらせるという試みは、名録音技師の誉れ高いステファノ・アメリオによって余すところなく聴き手に届けられた。
ケニー・ホイーラーが1970代にBBCのために書いたスコアが発掘され、ノーマ・ウィンストンやクリス・ポッター、イングリッド・ジェンセンなども参加して録音された。50年経っても色褪せない新鮮なサウンドを魅せてくれる。
リオネール・ルエケが我が師デイヴ・ホランドとのデュオ・アルバムを発表した。ハンコックやブランチャードのライブで馴染んでいたルエケの演奏は、このアルバムで恐ろしく進化していた。このご機嫌なアルバムから耳に張り付いて離れない1曲の解説を試みた。
纐纈が初手合わせとなるメンバーとの間に一切のリハーサル無しで臨んだこのセッションは、爽快感に溢れている豊穣のドキュメント。
テクニック至上ではなく、いやテクニックを超えて吹ききる、咆哮する、纐纈之サックスは情念。
あたかもフリージャズ全盛期を思わせるような激しい演奏に驚かされる
Aaron Parksの斬新なバンド、Little Bigの三作目が発表された。パークスの変拍子を変拍子と感じさせない作品と演奏スタイルや、彼の特殊なヴォイシングは相変わらずエキサイティングだ。彼の練習法や作曲過程などを交えて彼の特殊な世界の解説を試みた。
本アルバムを聴くことが「キース・ジャレットにとってピアノとは何か」を全てのキース・ファンが問い直してみる機会となることを期待したい。
キースとポールが16年ぶりに共演、それはジャック・ディジョネットの代役としてだが、逆に、菊地雅章やポール・ブレイらをサポートしてきたゲイリー&ポールのコンビに、キースが参加したと視点を変えるとそのサウンドは興味深く、重要な一期一会であったことが見えてくる。
試合と演劇の中間にある「オルタナティヴ・ロック」。
山口コーイチの演奏はどのような形態であれ普通ではない。本盤において、かれの視線の先には大きな船ではなくメンバーとの交感自体がありそうに思える。
ノーマ・ウィンストンがECMから6年ぶりのアルバムリリース。デュオを組むキット・ダウンズもやはりECMでの活躍が近年目覚しいピアニストだ。
NYCのファースト・コール・トロンボーン奏者であるライアン・ケバリーのグループ、カタルシスの新譜が発表された。あちらこちらにお楽しみ満載のこのアルバム、どの曲を取り上げるか悩んだほどだ。言葉で説明しきれないこのアルバムの面白さの解説を試みた。
「SENSES COMPLEX-五感を超えて、感覚が交差・拡散する地点」というギャラリーノマルのコンセプトの具現化に違いない。
庄子勝治、植川縁というふたりの対照的なサックス奏者が古いブッシャーのサックスを吹き、即興音楽のソロイストとは異なる独自性をもつ照内央晴がピアノを弾く。録音が山猫軒独特の気配をとらえていることも特筆すべき点である。
音が人である以上、本盤に収められた演奏だけが最上のものだと言うことはできない。だが、この音も聴くべきである。
ハイサンプリング・デジタル録音の音質が、 音楽的にミュージシャンの気持ち をいかに揺さ振ったか。
複雑な録音、あるいはピアノの複雑さを鑑賞して録音のあり方を聴くサンプルか?
ピアノとギターの演奏の親密さと楽器の精密さを聴く。
ステージ録音。さすが、楽器の特質を聴くような配置を作っている。
すごく熱の入った音像の表現に脱帽。
バランス、音場の定位といい、息を飲む録音。
ボーカルが、単なるマイキングではなく。かなり時間を要したのでは?
パイプオルガンとテナーサックスの音像を同等に扱い、身震いするサウンドが鳴る。
マイクで、ここまで声の感触を作ることができるのか。
一本のソロマイクではないエネルギーとライブの空間感
サックスとヴァイオリンの発する音は神社の響きを濃厚に表している。
Saxの音色に単なるソロ・マイクのマイキングとは、大きく違うサウンドに驚嘆
オンマイクには違いないが、響きを豊かに取り込んでいて、マイキングの謎に耳は張り付く。
謎の音響空間に浸り、さらに音響的感動に移る。
ピアノの残響。空間ではなくてピアノの弦のうなりを強調したサウンドが耳に強く残る。
ピアノも驚きの音場、音像、を聴かせて優秀録音だ。
相当の時間を要した録音、ミックスの成果が楽器や声の特質を生かすことに成功している
ピアノ、ベース共に音の抜けの良さを感じる。
ギターの音像が身震いさせる。
強烈なピアノの中音部にミックス・バランスの重きを置いたサウンドが音場を作る
聴かせるぜ!と録音の優れた余韻を楽しんだ。
ボーカルの声の質感が優れていて低音域の豊かさが心地いい。
何たるサウンドの落ち着き!絶句。マスタリングが相当に音質に寄与していると感じた。
とにかく、気持ちの良いバランスが光っている。
サウンドにマジックあり雰囲気を伴い、通りすぎるバンドの行進を表す。
バランスが優れていて、音量をあげて鑑賞した。
奥深いサウンドに何もかも引き込まれて、秀逸録音に違いない。
トランペットの鮮やかな耳に近い音に、近接を感じない。
ダイナミック系のマイクロホンと想像。
芯のあるオンマイクだったり、サウンド空間の鮮明さでエンジニアが遊んでいる。
軽く発散するピアノの音は、かなりの時間を要したと、こちらも引きずられてしまった。
このCDは録音にかなりテイクを要したと思われるが、素晴らしいサウンドに気持ちが充実した
イタリアギターの美しさ。これには陶酔。今月の聴きどころの最優秀盤だ。
録音の優秀さに驚嘆。ショックだったので、数十回聴いた。
残響がピアノを助け、大きな情景を作る。
Pfの穏やかな演奏で、近接マイクの表情がすごく良い。
ステージ上のサウンドを明瞭度の高い録音に完成させた技に感服。
ノリノリのアンサンブル・サウンドが部屋中に充満、録音技術の最高レベルを聴き通す。
レコーディングのデジタル化が、演奏者の思うままの表現、ダイナミックスを司る現実に現れて驚嘆。Mixed by Satoko Fujii。
ピアノの豊かで明瞭な響きを重厚に表している。それに乗る矢野さんの特徴ある声の輪郭表現も見事。
アコースティックだけの技とは思えない技巧だ。NY マスタリング。Mike Marciano / Systems Twoの聴かせどころだ。
ボーカルの音像が勢いを感じさせ、ライブの音場を堪能する。
音の魅力に、オーと大声をあげて聞き惚れてボリュウムをあげ、筆者の経験値ではこれ以上の種明かしができない。
Tsのオンマイク・サウンドが耳に飛び込んでくる。狙いである。
ボーカルまでが音場を表現して、マイクの前に立ち尽した音とは違う。
オーディオ系鑑賞に気分痛快。ボリュームを上げて楽しみたい。
即興演奏の立ち上がるサウンドを、エッジのシャープさで強調され、会場での即興を聴いた気分になる。
音楽の自然バランスに任せて、ミックス・バランス等、録音において飾りを挿入しない音も注目
アコースティック・ギター、バイオリン、ビオラ、チェロ。凄い重厚なサウンドの展開が出ていて、筆者、仰け反ってしまった。
透明感と輪郭の明確な音像に驚嘆。リアルな近接感も魅力で、臨場感の豊富な録音。
ホールの音響が明瞭であることを聴く録音。
ボーカルの音像表現にマイクの使い方のうまさを聴く。
スウェーデンの教会での録音が効果的に生きていて、重厚さが広がっている。
遠くからの情景を感じさせたり、直近の情景を表したり、ミックバランスに時間をかけた音だ。
バランスとして明瞭さを強調せずにした控えめが聴きどころ。
録音・編集 佐藤允彦。筆者は驚嘆。筆者のマイキングに目を向けていた表情は板についている
エンジニアの腕前に喝采。さらにマスタリングも同様。常套手段では上手くいかない壁を超えたサウンドに乾杯。
シンセのサウンドがトランペットに上手く乗るミックス技術が聴かせどころといえよう。
近接サウンドの輪郭が音像の表面を構成。サウンドを浴びる感触がたまらない。
音源の質感にアナログ録音が効果を効かせる。
当時の簡易録音器カセットであれ、ここまで、音像の輪郭が鮮明で音域の不足を感じない録音はお見事。
狭い空間のライブであり音場より音圧を狙ったと解釈。その方が、グググっとくる。
透明感あふれる音源。フイリッピン録音の効果か。
通常はエッジの効いたサウンドに向かうはずだが、ここでは透明感に向かっている。
ドラムの音量バランスをこれでもかの強烈な表現。バシバシっと響くスピーカーの反応に耐える自分がいる。
響きの余韻が重厚で、内部奏法の音色も忠実度が高い
物理的な至近距離での音響を聴かせるものではなく、最前列での鑑賞を再現すべく自然さを感じる。
2曲のベースのソロ、センターにドスの効いた効果で表現される。エンジニアとして、仕掛けたサウンドである。
従来のピアノの録り方から脱皮。録音の技に頼る仕掛けは聴いていて愉快。
優れたサウンド仕上げに、息をのむ。明瞭さに加えて、楽器のエネルギーを感じさせるマジック。
テナーの陰で、アコースティック・ギターの生々しい音に、ほっとする楽しみを感じた。
ピアノの中高音域の重厚なサウンドは、マイキング手法から得られたと言える。余韻が気持ちいい。
スピーカーの音量を上げたくなる感触に誘われるのは、オーディオ 嗜好も満足させる録音。
穏やかな空間を作り出した音場はお見事。
ベースがかなり図々しく出てくるが、バランスとしてボーカルを食い込む音にならない。愉快なバランスが成り立っている。
肉声をここまで強烈な印象で聴かせるボリュームは、録音からミックスの段階で相当な経験技があると言える
音像からはスタジオ録音だが、バランスからはワンポイントを想像する。
クラリネットの耳を刺激する音の質量をバランスで整えて聴かせ、録音として優れている。
通常のビッグバンドのエネルギーの爆発とは違う。各楽器の明瞭なサウンドが、ミックス・バランスでのテクニックで持続の特有のサウンドとして生かされている。
楽器の奏法から得られる音空間を見事な録音で仕上げた技に驚嘆。マスタリングも大きな貢献を果たしている。
各楽器のサウンドに明瞭さがあって、バランスも良く、気持ちよく聴ける。
ピアノトリオの雰囲気が自然なバランスで聴かれる。心地いい
録音場所の石材で作られた宮殿の部屋の残響を生かしたサウンドに、スタジオ録音とは異なるピアノ、サックスに自然さを感じる。
混濁しないかと思う演奏空間にありながら、各楽器の音色が鮮やかに浮かび上がっていて、優れた録音として感動。
アルト、トロンボーン。このサウンドの透明感とツヤのある音質に思わず声を上げてしまった。
空間感が全てを表す録音。ドラムスが空間感の主役。
ミックス・バランスに神経を使ったサウンドの流れが聴こえる。
音量を上げればライブ感そのままだ。
このレーベルの変わらぬマスタリングにも興味を持つ。
管楽器のソロも同様、オンでありながら重厚な音質の安定を聴く。マジックだ。
オルガンのエネルギーを保ちながら、明確な音像を聞かせるサックス、ドラムは秀逸。
あれだけ混在のミックスでありながら効果的な表情で仕上げている技は感服。
丁寧なサウンドにまとめたミックスの努力が聴き取れる
ミックス&マスタリングがNYC在住の内藤克彦氏。故デイヴィッド・ベイカー氏のサウンドを受けつぐ。
録音時のバランス。あるいはミックス時のバランスが後に透明感につながったと思えるのだ。
As, Ssの近接音が確かな音像で突き立つ明瞭さが聴きどころ。
エレキギターの透明感。ライン収録に機材選択があったはず。
ミックス・バランスの見事さか。空間に響く遠近感が、耳に刺激のない音像を作る。
いやいや、聴き出したら、これはすごいぞ。濁りがなく、どのパートも鮮明に抜けている。
ピアノの抜けのいい鮮明なサウンドは優秀録音の証だ。
ベース、ドラムの超低音をキチッと聴取できるかどうかに、このアルバムの理解がかかっています。
今回のCDでは、オリジナルLPにあったダイヤモンドの輝きの “クリアな音” が、デジタルの装いで素晴らしいアルバムとなりました。
フルレンジ・スピーカーの持つ音楽性と、MJこと、マイケル・ジャクソンというブランドの流れにある音も味わう。
ハレの場の根底にある「張りつめたもの」、透明感、音の形を味わって欲しい。
ドイツ・バウアー・スタジオならではの立体的な空間イメージや音楽的厚み、深みも良くできた音、という印象です。
聴く人の力量やオーディオ的理解力が試されるアルバムです。
今回のアルバムは、大きなストリングスを従えての演奏でもあり、ストリングスとの素晴らしい「調和」や響きを堪能できる。
オーディオ的音楽性・音の美はむしろ静寂や副次的な響きなどの間接音が大きく貢献して作られる。
図太いベースの音に対してピアノの打鍵のタッチが鋭く軽やかで、このアルバムは伝統とコンテンポラリーの対比がテーマだ、と理解しました。
幅広いリスナーを対象とした手軽なオーディオでも楽しくノリで聴けるように音作りしたアルバム。
コンシュマー・オーディオでこそ楽しく聴けて、清水くるみさんのピアノなど、豊かな音楽を楽しめました。
オーディオ装置をCD1枚分ぐらい、鳴らしてエージングしてから聴いてほしいと思う
ですから、「守・破・離」という能のパラダイムにある、響き、静寂のありよう、を丹念に集めて作り上げています。
多彩な経歴の演奏者とNYでのマスタリングが音楽と音に品格をもたらせている
このアルバムを聴いて「凄い音だ!」というのが第一印象だ。
音が良い、というのが第一印象で、シンプルなシステムでも十分「音の良さ」を、聴けてしまうアルバム。
良いもの・優れたものを味わうには、受け取り側に高い感性と、それなりの機材を含めた環境の整備が求められるものだ。
どんなオーディオ機器にも合う、うまくまとまった音
中低域の再生は、スピーカーの低域再生能力も重要ですが、パワーアンプの能力も重要。
このアルバムを楽しむには、中低音の味わえる程度のスピーカが望まれます。それはECMレーベル全般に言えることです。
低音も豊かで、周波数的帯域バランスも良く、楽しんで聴くことができた。
楽器の聴かせどころを心得て作られていて、ボーカルも味わい深いCD。
CDでの再生システムのクオリティを上げることで、マスターテープ・レベルの音が味わえる一枚です。