RIP Chick Corea by photographer 菅原光博

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photos by © Mitsuhiro Sugawara 菅原光博

1974年7月、スイングジャーナル誌の取材に同行して、NYのスタジオを訪れた。スタジオの壁には大きなカモメが飛んでいた。この頃、明るい太陽とカモメがチックのシンボル的存在だったのだ。チックが第2期「リターン・トゥ・フォーエヴァー」の新メンバーを集めてくれていた。加入したばかりのアル・ディミオラgとドラムスのレニー・ホワイト。ベースはオリジナル・メンバーのスタンリー・クラーク。
ハービー・ハンコックとのピアノのデュオも大きな話題を呼んだが、掲載の写真は、1979年7月24日「Live Under the Sky」にて。ちなみに、チックは1941年、ハービーは1940年生まれの1歳違いだ。
同じフェスにチックは、アル・ディミオラ、トニー・ウィリアムスを含むバンドでも出演。
いちばん下の写真は、1977年にリリースされたジョー・ファレルが戻った「リターン・トゥ・フォーエヴァー」の『ミュージック・マジック』の東京でのコンサート。その後チックのパートナーとなるゲイル・モランvoが入ったゴージャズなラージ・アンサンブルだった。

リターン・トゥ・フォーエヴァー(w. アル・ディミオラg スタンリー・クラークb レニー・ホワイトds)

チック、アル・ディミオラ(g)、トニー・ウィリアムス(ds)@Live Under the Sky 1979

チック・コリア+ハービー・ハンコック@Live Under The Sky 1979



1978年5月、ゲイル・モラン(vo)が参加したチックの「ミュー・ジック・マッジク」

菅原光博

1949年、北海道上川郡愛別町生まれ。ワークショツプ写真学校細江英公教室OB。1973年1月よりジャズを中心に、レゲエ、ブルース、ソウル系コンサートを内外で取材開始、雑誌、ジャケット、ポスター等をメデイアとする。著作に、『田川律+菅原光博/ジャマイカの風と光』(1984 音楽の友社刊)、『菅原光博+藤田正/ボブ・マーリー よみがえるレゲエ・レジェンド』(2014 Pヴァイン)。 https://mitsuhiro-sugawara.wixsite.com/photographer

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