Chapter7 ミシャ・メンゲルベルク
photo&text by 望月由美/Yumi MOCHIZUKI
ミシャ・メンゲルベルク(c) 望月由美
1985年9月、新宿「pitinn」楽屋にて
ICPオーケストラの新作『ICP049』の冒頭でミシャの詩の朗読のようなヴォーカルが現われ、ミシャの意表をつくシニカルなユーモア精神を思い出す。ミシャのそうした思いもよらない着想と遊び心は今までにも何度か経験している。例えば、エリック・ドルフィーとの『ラスト・デイト』(LIMELIGHT)の録音から丁度10年後の1974年の夏、ハン・ベニンクのところにミシャ・メンゲルベルクから小荷物が届いた。そこには録音テープと手紙が入っていた。手紙にはテープが見つかったいきさつが書かれ、テープの内容は『ラスト・デイト』の録音前日、つまり1964年6月1日に行われたアイントホーヘンのスタジオでのリハーサル・テイク<エピストロフィー>と1972年に録音されたミシャと<EEKO>と云う名前のオウムとのデュオが収められていた。アルバム『ICP015』誕生のいきさつである。いま聴いても面白いのはB面に入っているミシャとオウムとのデュオの方である。オウムのさえずりにミシャのピアノが絡む、そのピアノにオウムが鸚鵡返しで掛け合いを始める。ミシャが可愛がっていたという灰色の紅い尾をしたオウム<EEKO>の鳴き声、そのスキャットが陽気で諧謔的でかなりスインギーなのがミシャそっくりで微笑ましい。動物好きのミシャならではの作品ともいえるが、幻の<エピストロフィー>のB面に<EEKO>とのデュオを持ってくるところがミシャらしいところである。
デュオは相手の個性、人格を認めた上で初めてその対話が成り立つものだと思うがミシャはオウムにもまたある時は猫にもその尊厳を認めて対等にデュオを行う。ミシャはデュオが実によく似合うミュージシャンであり、ミシャとの出会いもハン・ベニンクや豊住芳三郎とのデュオからであった。
『ICP049』のボーナス・トラックのDVDに写っているミシャの近影は意味ありげで陰鬱な哲学者と云ったおもむきで昔とはすっかり変わってしまっていたのに時の隔たりを感じた。
1985年、ICPを離れて単身初来日をしたときのミシャは快活で愉快な、しかし思慮深い好奇心旺盛で遊び心をもった紳士という趣であった。東京、東大和のライヴスポットへ出演した折りのことである。近くの焼き肉屋で焼き肉6皿を一気にぺろりと平らげて平然としている健啖家でもあった。また、当時は大変なヘヴィー・スモーカーで常にタバコを手にし、しまいには指が火傷をするほど短くなるまで吸っていたのが印象的である。従って当時の写真にはタバコを手にしたカットが多い。そしてビールをお茶代わりに常に飲んでいたし、いくら飲んでも酔った素振りをみたことがない。オランダはドイツのお隣なのだからかもしれないが、そもそもミシャは1935年キエフの生まれ、小麦の産地だからビール好きなのは当然といえば当然か。ミシャはこのように豪傑な反面、もの凄く繊細な一面も持ち合わせている。
ピアノの指慣らしの時には、モンクの<アイ・ミーン・ユー>や<クレパスキュール・ウィズ・ネリー>を実に雰囲気を出して弾いている。ところがステージの本番直前になると、ふらっと一人で散歩にでる。暫くして戻ってきてピアノに向かうといきなり序奏なし、テンションを一気に高め、聴き手の気持ちをつかんでしまう。そぞろ歩く中で精神を集中させてきて最初の一音から最高潮に達するのである。また、人に対する接し方も明るくユーモラスな面と優しく真摯な面をもった人格者であった。強者揃いのICPオーケストラのリーダーを永年に亘って務めているのも人間的な魅力あってのものではないかと思う。帰国後、ミシャに写真を送ったら直ぐ返事が届いた。タイプ印刷ではなく肉筆で、写真をとても気に入ってくれたこと、特にカップの写真(上掲)が好きだといってくれたのは嬉しい思い出である。
ミシャは父も兄弟も音楽家であったが、祖父が建築家だったこともあって、はじめ建築家をこころざしていたという。が、本人曰く、突然ウイルスに襲われたかのように音楽に方向転換する。ピアノの勉強もしないし練習も好まなかったというが、これはミシャ独特の反語だと思う。さもなければ、天才といえどもあの美しく強力なピアノは弾けない筈である。
ミシャはモンクとハービー・ニコルスを好んでいた。スティーヴ・レイシーとモンク&ハービー・ニコルス集(Soul Note)を創ったりしている。モンク、ニコルスの二人に共通しているのは、余分な装飾を省いて最小限の音で最大のインパクトをもたらすこと、そしてシャイでロマンティックな一面を内に秘めている点だと思うが、ミシャの音楽も正にこの二人と共鳴するものをもっている。よくインタヴューなどでミシャはちょっと理屈っぽい話し方で煙に巻くシーンを見かけることがあるが、これはシャイな内面を隠すためのミシャ流のポーズなのかもしれない。
囲碁好きのミシャは、来日すると帰国の前日に、よく渋谷毅さんのところに電話がかかってくることがあったという。これから囲碁をやらないかという誘いだった。碁会所につめた二人は夜を徹して囲碁を打ったという。ミシャが「ジャズはとどのつまりはスパイスが利いているかどうかだ」と言い、渋谷は「そうですなぁ」と受ける。こんな禅問答のような話をしながら夜を徹して打った。「ミシャってもの凄く考えて、考え尽くす人じゃない、そういう碁を打つ人なんだよ」と渋谷さんから聞いたことがある。「そう云えばここ暫らく会ってないなぁ」。ミシャと渋谷さんほどモンクへの係わり度の深いミュージシャンはいないと思うが、その二人の囲碁はどんな局面を展開したのだろうか、その勝敗は明らかにされていない。因みに、通訳を務めたのは“SABU”豊住芳三郎であった。
初出:Jazz Tokyo 2010年10月1日
豊住芳三郎、渋谷毅、セロニアス・モンク、ミシャ・メンゲルベルク、ハン・ベニンク、ICPオーケストラ、ハービー・ニコルス