ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #14 『Mind Transplant』
ありがたいことに年末はミュージシャンにとって忙しいので、今回はこの楽曲解説をスキップしようと考えていたのだが、昨日2016年12月26日にAlphonse Mouzon(アルフォンス・ムザーン)が68歳で他界してしまった。とても珍しい神経系の癌だったそうだ。9月に病気が発見されて3ヶ月だった。
どれだけのジャズファンが彼の名前を知っているだろうか。彼はアメリカ生まれだがフランス系のアフリカ人だ。70年代にはファンク系で活躍していた。その他マイルスのDingoに出演し曲を提供したり、確かウェザー・リポートのオリジナルメンバーだったと思う。自分の音楽に野心的で、数多くのアルバムを自分のオリジナルで埋め尽くすことでも有名だが、作曲というより一発もので構成が面白いものが多い。
彼のドラミング・スタイルはコブハムを思わせるタムのロールを多様するが、彼のタイム感は変化するので、不思議としか言いようがない。トニー・ウィリアムスの様に獣的に変化するのではなく、曲のスタイルによって変化すると言った方がいいだろう。基本的にはアフリカ系のオン・ザ・ビートで。ポップアップするようなタイム感なんだと思うが、ファンク系ではかなり幅の広いビート感で気持ち良いグルーヴ感を醸し出す。彼は2000年代に入ってからハードコア・ジャズ系をフィーチャーするようになったが、『Live in Hollywood』や『Jazz in Bel-Air』で採用したベーシストは前にドライヴするタイプではなく、それに対してアルフォンスはライドをビハインドに引っ張るようなグルーヴの出し方をしていないので、筆者にとってはあまり居心地のいいグルーヴではない。しかし、その後2010年代に入ってからのベースは、YouTubeで確認する限り、アルフォンスのライドに対してやや前でドライヴするのでグルーヴは出ている。
https://youtu.be/QLEKkeXestg?t=5m59s
ところが1976年のジャコとの映像を見るとちょっと不思議なことになっている。ジャコ自体は例の特有のブリッジ近くで幅の広いマルカート奏法をしながら、それでもオン・トップ・オブ・ザ・ビートでドライヴしているのに対し、アルフォンスはかなりアフリカ系のオン・ザ・ビートでポップアップするようなタイム感でライドを叩いている。ジャコの凄さのおかげで思いっきりグルーヴしているが、ジャコがソロを始めた時(2分50秒あたり)ジャコは困っているようにも見える。ベースソロ全体のドラムとベースの間で生じるタイム感の幅の狭さに耳を注いで頂きたい。
注目したいのは、この70年代当時は、アルフォンスはライドを高く設置しているということだ。多分流行りだったのであろう。前述の2000年代以降ではライドを低く設置している。
『Mind Transplant』
アルフォンスのタイム感に関してはまだまだ不思議なことがある。1974年にブルーノートからリリースされた『Mind Transplant』、そのタイトル曲である<Mind Transplant>だ。その話に移る前にこのアルバムの概要を説明しよう。こんなにすごいアルバムなのに、1993年までCDリリースがなかったのがとても残念だ。パーソネルは以下の通り:
- Alphonse Mouzon – drums, vocals, synthesizer, electric piano, organ, arranger, conductor
- Jerry Peters – electric piano, organ
- Tommy Bolin, Lee Ritenour – guitar
- Jay Graydon – guitar, programming
- Henry Davis – electric bass
当時22歳のリー・リトナーが参加しているのにも驚くが、25歳の時麻薬で若死した、ディープ・パープルに参加していたトミー・ボーリンの名があるのも驚く。こんなところでボーリンに再会できたのがなんとなく嬉しい。その他のメンバーの名前は筆者には馴染みがない。
実は今回このアルバムを聴いてみて、ジェフ・ベックがヤン・ハマーと始めた新しいロックのスタイルをそれより数年前にアルフォンスが始めていたことに驚いてしまった。しかもそれがブルーノートからリリースされているのである。今回色々調べて始めてわかったことなのだが、このアルバムはビリー・コブハムのスペクトラムと並べて、新しいジャズ・ロックのドラミングのイノベーションとして取り上げられるそうだ。そういえばあのスペクトラムはヤン・ハマーではなかったか。しかし筆者にとってはスペクトラムよりこのアルフォンスのアルバムの方が断然面白いと思う。
一回聴いただけでこのアルバムの虜になってしまった。全曲アルフォンスのオリジナルである。まず驚くのが、ミックスが抜群である。アルフォンスのアルバムではドラムが大きすぎると思ってしまうものもいくつかあるが、このアルバムは全て完璧だ。そしてアルフォンスはタイム感をしっかりとコントロールして使い分けているのがよくわかる。曲ごとにスネアのバックビートのフィールに注意して頂きたい。例えばブラック・コンテンポラリー系の7曲目<Golden Rainbows>は、思いっきり幅のあるタイム感でグルーヴしているが、他のロック系の曲ではオン・トップ・ザ・ビートに近いオン・ザ・ビートで思いっきりポップアップするビートで叩いている。ここが彼の凄さである。普通ならスネアをビハインド・ザ・ビートにするところだ。それに加えダブルペダルのキックドラムをオン・トップ・オブ・ザ・ビートにしてガンガン追い立てまくる。スリル満点だ。それに対しタムやスネアのロールは幅をもたせているので気持ちがいい。
このアルバムは全体のプログラミングもかなりすごい。プログレやメタル系の曲がブラック・コンテンポラリー系の曲と上手にミックスされている。しかもドラムが思いっきり好き勝手なことをしているのに全く邪魔にならないだけではなく、ドラムが見事にフィーチャーされている。実に上手に作れたものだと感心してしまう。
<Mind Transplant>
この曲はまずブラック・コンテンポラリー系のビートで始まるが、ツイン・ギターでメロディーが始まるといきなりプログレの様なサウンドに変化する。コード進行はD-7からブルース進行を思わせるG-7に飛んだかと思うと2度下がってF-7。そしてDマイナーから半音上行形だ。それに続くセクションが、ヘビメタ系のパワーコードでD > A > A♭になる。この部分のタイム感が、前述した不思議な部分なのである。ここまではかなりオン・ザ・ビートなのに、この部分に入った途端に思いっきりビハインド・ザ・ビートになる。ダブル・ペダルのキックドラムが思いっきりビハインドだ。最初技術的に遅くなったのかと思ったら、その後長いドラムソロのヴァンプになるわけだが、そこでも同じダブル・ペダルを使用しており、そこでは全く遅くなっていない。これは意図的だ。
多分意図的だ。このアルバム最後の曲、<Nitroglycerine>のライヴバージョンをYouTubeで見つけた。なんとリリースから49年後の演奏になる。このYouTubeで同じ様なことが起こる。オリジナルのレコーディングではなかったのに、このYouTubeバージョンではイントロが終わってヘッドに入った途端にタイムの幅が思いっきり広くなる。これの好き嫌いは賛否両論だろうが、それにしても不思議なドラマーであった。最後にこの映像をご覧頂きたい。