ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #67 Curtis Fuller <Three Blind Mice>

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この5月8日にCurtis Fuller(カーティス・フラー)が86歳で亡くなった。一つの時代が幕を閉じたという感だ。カーティス・フラーと言えば、やはりFreddie Hubbard(フレディ・ハバード)とWayne Shorter(ウェイン・ショーター)との3管で築いたArt Blakey and The Jazz Messengers(アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ)の黄金期だと思う(YouTube→)。

Wayne Shorter, Freddie Hubbard, Curtis Fuller with Art Blakey at the Apollo Theater in Harlem, New York in 1964 (photo: https://www.rte.ie)
Wayne Shorter, Freddie Hubbard, Curtis Fuller with Art Blakey at the Apollo Theater in Harlem, New York in 1964 (photo: https://www.rte.ie)

ジャズ・トロンボーンと改めて考えると、筆者はどうもあまり聴いていないようだ。聴いた覚えのあるのはJ. J. Johnson(J.J.ジョンソン)とRobin Eubanks(ロビン・ユーバンクス)くらいな気がする。トロンボーンは非常に特殊な楽器だと思う。筆者から見ると金管楽器は木管楽器よりはるかに難しい(木管楽器カテゴリーであるフレンチ・ホルンも正確にはブラス楽器)。なにせ木管楽器のようなキーがなく、倍音を利用するので失敗率も高い。トランペットは目立つ楽器なので、トランペット奏者には自信家が多いような気がする。チューバもそうだ。それに比べフレンチ・ホルン奏者は神経質な性格が多いような気がする。音程が大変だからかもしれない。トロンボーンはと言うと、インテリ系な奏者が多いような気がする。

ボストンやNYではトロンボーン奏者が少ない。ベース・トロンボーンはなおさらだ。だから大抵のトロンボーン奏者は仕事にあぶれない。だが、アメリカにはこんなジョークがある。アメリカでは大晦日のギグが一番ギャラがいいのだが、或るトロンボーン奏者でプロになったばかりの若い学生がタキシードを着て、来るはずのギグの誘いを待っているうちに年を越してしまったという。そんな悲しいジョークがあるほどトロンボーン奏者は仕事に困らないと思われているのだ。トロンボーンはトランペットほど派手ではない。演奏法もピストンではなくスライドなので難しい。オーケストラでは必ず必要な楽器だが、やはりジャズとなるとトランペットやサックスほどポピュラーな楽器ではない。そう、わがマイルスもトロンボーン奏者をレギュラーに入れたことがない。まあ、筆者が選んだ楽器であるフルートほどはマイナーではないと思うが。

ジャズトロンボーンの難易度を乗り越えたと筆者が感じた奏者には、時として曲芸的な印象を受けることもある。Slide Hampton(スライド・ハンプトン)がそうだったし、カーティス・フラーにもそういう印象を持っていた。両者ともダブル・タンギングで速吹きがすごい。J.J.はちょっと違った。彼はトロンボーンの魅力的な音を存分に披露していたという印象だ。今気がついたが、カーティス・フラーもロビン・ユーバンクスもザ・ジャズ・メッセンジャーズのメンバーだった。

カーティスがザ・ジャズ・メッセンジャーズに在籍していたのは1961年から1965年までの4年間だが、残されたアルバムは16作品に及び、内8作品で計9曲提供している。今回調べていて意外だったのは、カーティスの作品と知らずに聴いていた曲が多かったことだ。カーティスの作曲作品は基本単純だが、実にキャッチーなものが多い。ア・ラ・モードなどは一度聞いたら忘れない。

 

Art Blakey!!!!! Jazz Messengers!!!!! (1961) 『Art Blakey!!!!! Jazz Messengers!!!!!』(1961)

  • <À la Mode>
『Mosaic』(1962)

  • <Arabia>
Three Blind Mice (1962) 『Three Blind Mice』(1962)

  • <Three Blind Mice>
『Ugetsu』(1963)

  • <Time Off>
  • <The High Priest> Bonus Track
Buhaina's Delight (1963) 『Buhaina’s Delight』(1963)

  • <Bu’s Delight>
'S Make It (1965) 『’S Make It』(1965)

  • <Little Hughie>
Indestructible (1966) 『Indestructible』(1966)

  • <The Egyptian>
  • <Sortie>
『Kyoto』(1966)

  • <The High Priest>

Blue Train (1958)
Blue Train (1958)

カーティス・フラーのリーダー作を語る前に、忘れてはいけない重要なアルバムがある。コルトレーン(John Coltrane)の『Blue Train』(1957年録音)だ。タイトル曲<Blue Train>でのカーティスのソロはすごい。コルトレーンのバリバリのソロに続き、負けじとぶっ飛ばすLee Morgan(リー・モーガン)の次に入るカーティスは、単純なフレーズにゴリゴリのグルーヴを効かせた演奏で2コーラス。3コーラス目から自分も速吹きに参加、その持って行き方が非常に新鮮だった。しかしやはり<Moments Notice>以降のトラックでは曲芸感が出てしまうトロンボーンという楽器はやはり特殊だと感じてしまう。筆者にとってジャズの、特に管楽器のソロの醍醐味は、チャーリー・パーカーが始めたオン・トップ・オブ・ザ・ビートとビハインド・ザ・ビートのタイム感の使い分け方なのだが、トロンボーンやフレンチ・ホルンではこれを実行することが非常に難しいようだ。トランペットやチューバでは問題ないので、原因はピストンの欠如なのかも知れない。トロンボーンはスライドだし、フレンチ・ホルンはロータリーだ。その物理的な難易度を超えたスライド・ハンプトンやカーティスの演奏が、曲芸的だという印象を筆者に与える。以前にも何度か引用した、マイケル・ブレッカー(Michael Brecker)が教える「7割の力で演奏しろ」がなかなか難しい楽器だという印象がどうにもぬぐい切れない。カーティス・フラーほどのテクニックを持った奏者でさえ聴いてる者には9割以上の力で演奏しているように聞こえてしまうのだ。このアルバムでの例外は5トラック目の<I’m Old Fashioned>だ。このスロースイングでのカーティスのソロはすごい。J.J.とは違った音色の魅力を満喫させてくれるだけでなく、その分厚いタンギングから発生するご機嫌なグルーヴ感が至極だ。是非お聞き頂きたい。


カーティス・フラーのリーダー作

Curtis Fuller (photo:Wikipedia)
Curtis Fuller (photo:Wikipedia)

カーティスが亡くなった時、多くのコメントが彼の温和な性格を語っていた。写真からも彼の人柄がうかがえる。あの攻撃的な演奏と、速い曲を好む彼のアルバムからは想像しにくい。今回この楽曲解説に何を選ぼうか、カーティスのリーダー作を数多く聴いてみた。なにせ録音作品はJ.J.より多い。ところがどれもピンと来ない。全体的な印象は、どれもしっかりリハーサルされていないということと、音程とチューニングが怪しいものが多いのだ。これはプロデューサーの責任だと思うが、彼の温和な性格とバンドリーダーとしての適性にやや疑問を持った。そんな中で1枚だけ気に入って何度も聴いたアルバムが『Crankin’』(クランキン:1973)だった。このアルバムはかなり興奮させられた。なにせリズムセクションが若きStanley Clarke(スタンリー・クラーク)とLenny White(レニー・ホワイト)。両者とも20代だ。この二人のグルーヴ感はとんでもない。これに加えGeorge Cables(ジョージ・ケイブルス)のRhodesがまた最高なのだ。1トラック目のタイトル曲、<Crankin’>はなんと360BPMという速さなのに、レニーのとんでもない速さでスイングするライドと、そのさらに先でドライブするクラークのベースは間違いなく70%の力を持って余裕のグルーヴを楽しませてくれるのだが、なんとカーティスのソロも全く余裕で速吹きをしており、絶好調といった感だ。いや、このアルバムでのカーティスのソロの凄いのなんの。

Crankin' (1973)
Crankin’ (1973)

だが、このアルバムで一番耳を引いたのはギターのBill Washer(ビル・ウォッシャー)だった。無名のセッションギタリストで調べるのに苦労した。なにせ名前からして冗談のような名前だ。ビル(紙幣)・ウォッシャー(洗う人)とは文字通りマネー・ロンダリング、つまり不正取引で得た資金や企業の隠し資金を、金融機関との取引や口座間を移動させることによって資金の出所や流れを分からなくすることを想像させるが、この名前はどうやら本名らしい。Billの正式名はWilliamなので、Willではなく、敢えてBillと名乗った本人はやはり笑いを取りたかったのかと思う。調べているとどうやら中村照夫ライジング・サンのメンバーだったらしいので、もしやご存知の方もいらっしゃるかも知れない。ウォッシャーがセッション参加しているアルバムをいくつか探し出して聴いてみた。また、彼のソロアルバム、A.S.A.P.も手に入れた。ところがどれもこのカーティス・アルバムで聞かせてくれるエキサイティングな演奏をしていないどころか、彼には全く自分のスタイルがないのではないかと思えるほど七変化なのだ。根っからのスタジオミュージシャンなのだろうか。ならばこのカーティス・アルバムで見せた彼のこの凄い演奏はカーティスの指示だったのだろうか。それともカーティス同様、このリズムセクションに触発されたのであろうか。ともかくこのアルバムのメンバーの相性は凄い。この1枚しか残っていないのが実に残念だ。

このアルバムは全てカーティスのオリジナルだ。これも珍しい。その1曲1曲、どれもシンプルだがキャッチーだ。残念ながらシンプルすぎて楽曲解説には向いていない。例外は4トラック目の<Ballade>だ。バラードとスペルが違う。こちらは中世フランスで流行った、詩に準ずる物語をピアノソロで表現するという意味があるらしい。それなので、これはカーティス・フラーのリーダーアルバムなのに、ジョージ・ケイブルスのソロフィーチャーだ。この曲は楽曲解説に適していると思ったのだが、残念ながらケイブルスがメロディーを崩しているのではっきりしたメロディが聞こえて来ない。もちろん作品としては十分楽しめるのだが。また最終トラックの<The Spirit>はフォームが特殊だ。このシンプルなコード進行で意表を突いたフォームがカーティスの凄いところだと思う。フォームが引き伸ばされている部分のF7の繰り返しに、♭9音であるG♭上にできるディミニッシュド7thコードを上行して行くあたりは、下手するとかなり安っぽく聞こえるのだが、そうさせないゴリゴリのグルーヴが素晴らしいのだ。筆者もこの曲にはかなり感心したので、自分でも演ってみた。興味のある方はご一聴下さい(筆者の<The Spirit> YouTube→

<Three Blind Mice>

楽曲解説に向くカーティス・フラーの作曲作品を探していて行き当たったこの曲は、カーティスには珍しく凝ったハーモニーが使用されており、カーティスの意外な一面に出会った。もちろんこれは彼のオリジナル曲ではなく、輪唱に使われる有名な童謡の編曲だ。<Blues March>で一世風靡したアート・ブレイキーが選びそうな曲とも思われるが、カーティスが自分から持ち込んだ曲なのかは定かでない。

横溝正史じゃあないが、童謡というと何故か暗い過去がもれなく付いてくる。マザー・グース(イギリスに伝わる童謡集)に編纂されているこの曲の歌詞は、血に塗られたメアリー女王1世に処刑された三人の殉教者のことだそうだ。ローマ・カトリックに屈しなかった三人のイギリス国教会の司教のことを3匹の盲目のネズミとして歌ったと伝えられている。60年代にアメリカで揺れ動いた黒人に対する人種差別問題の中、この曲を持ち出したその意図がなんとなく理解できる。まずこの童謡のオリジナルメロディを1分半の動画で見てみよう。

メロディーにお聞き覚えがあると思う。しかし、この曲をジャズのインプロビゼーションの題材に取り上げたこと自体に驚いた。なにせこのメロディーから派生するコード進行からジャズっぽいフレーズを演奏することは非常に難しいからだ。

オリジナルのモチーフ
オリジナルのモチーフ

カーティスのこの問題に対する解決策は、ブルージーなオスティナートだった。

イントロ
イントロ

まずカーティスがこの曲の調性をBに設定していることに驚く。決して演奏しやすい調性ではないが、ブルーノートスケールを使っての演奏だと、実はそれほど嫌な調ではない、が、ジャズミュージシャンが好む調でもない。ラテンやブラジル音楽はギター主体が理由なのか#系の調性を好むが、ジャズはB♭/E♭楽器が主体だからか♭系の調性を好む。カーティスがここで選んだBという調性は、トランペットやテナーサックスにとってはD♭と考えればいいが、当の本人、カーティスにとってはBだというところが面白い。

このオスティナート、♭7音が入っていないのにブルージーに聞こえるのは、この2小節フレーズの最後の音である、コードに対する3度音D#に対して半音下からスライドするブルーノートを使用しているからだ。もうひとつ特筆すべきはその1音前だ。耳が期待するのは5度音であるF#なのだが、カーティスは13thであるG#を使用し、コードの印象を明るくしているのが巧みだ。実はこの13thの使用、筆者はかなり気に入っている。なぜかジミヘンのあのサイケデリックな音楽が聞こえてきそうな錯覚に陥る。

次に9小節目から入るピアノのボイシングだ。進行はオリジナルの I – V – I と違い I – IV – I – IV で、♭7音を含んでいるのでファンキーなブルース系のサウンドを構築してインプロビゼーションに可能性を膨らませている。この同じ作法はセサミストリートなどでもお馴染みだと思う。アメリカの音楽がファンキーな方向に移行していた時代なのだ。

さて、問題のヘッド(テーマ)を見てみよう。

ヘッド
ヘッド

イントロで I – IV – I – IV と提示していたのに、オリジナルの I – V – I に近い I – ♭VII – I 進行だ。この進行は俗に言うロックケーデンスで、ロックギターが演奏する I – V – I の代理と考える。簡単に言えば手の位置から発生したケーデンスだ。だがカーティスのボイシングはかなりひねってある。まず♭13th音であるG♮だ。これはブルーノートスケールにない、むしろオルタードテンションだ。むちゃくちゃかっこいい。そして【A】後半はRetrograde(レトログレード)技法、つまり逆戻りして、♭13のボイシングからフレーズの最後では♮13音であるG#をルートにして、B7(13) のボイシングの一部であるG#−に解決する。実に巧妙だ。

【B】に入ると、イントロのピアノでの進行を継承して I – IV – I となり、カーティスのしっかりとした構成力が明確にわかる。だが一番注目したいのが、42小節目だ。理論的には何の変哲もない、I – V – SubV(C7がF#7の代理コードという意味)なのだが、ここでのボイシングがむちゃくちゃかっこいい。この小節前半はユニゾンで、3拍目でいきなり下から短2度と長2度のクラスタがぐぁっと耳を引きつける。何も奇をてらっていないのに、このかっこよさにはびっくりした。そしてその後の4小節のバンプだ。ここでカーティスははっきりした意思を持って、特殊なオーギュメンティッドのサウンドを提示しているのだ。

ジャズの譜面には、ドミナント♭13コードであるべきものが間違って+5(オーギュメント)コードと書かれていることが数多くある。コード名というのは、譜面を書く者と演奏者との情報伝達手段で、誤って書かれれば誤解が生じる。例えば「あそこの端に行ってください」という指示に誤植があり、「あそこの橋に行ってください」と書いてあったことを想像して頂きたい。コード名が+5(または#5、Aug)と書いてあれば、使用スケールはホールトーンスケール(全音音階)と指示されているという意味で、反対にドミナント♭13と書いてあれば、使用スケールはMixo♭13という意味でなければ演奏者は初見で演奏することが不可能だということだ。これを踏まえてカーティスの譜面をご覧頂きたい。全員のラインが長2度で下降している。3者それぞれの間隔は長3度だ。つまりこのセクションはどう見てもホールトーンスケールでしかあり得ないのである。つまり、Mixo♭13ではトランペットのC#と、テナーのG♮と、トロンボーンのF♮の共存はできない。言い換えれば、Mixo♭13ならばトロンボーンの演奏するF♮はEであるべきで、またAltered MixoでF♮を正当化するならトランペットのC#はC♮でなければならないのだ。話が脱線したが、ここで重要なのは、カーティスがはっきりした意思を持ってホールトーンスケールのボイシングをしているということなのだ。ホールトーンスケールの使い方は非常に難しい。我々日本人にとっては鉄腕アトムのイントロが頭にこびりついているし、アメリカでは一昔前のテレビの喜劇ドラマで使い古された、回想シーンで流れるハープの音が頭にこびりついている。そんなスケールを下降形で、しかもモチーフを継承してあえて使用したカーティス恐るべし。

さて、いよいよ非常に難しいソロセクションだ。まずカーティスが書いたコード進行を見てみよう。

ソロセクション
ソロセクション

前半はブルージーな I – IV – I 、後半は面倒な I – V – I 、最後4小節のターンアラウンドはビバップ特有の、モーダルインターチェンジである4度マイナーから始まる拡張 II – V なので、全員ここだけ水を得た魚のようにバンバンフレーズが出てくる。各々のソロセクションで面白いことが起こる。一番手、ウェイン・ショーターの1コーラス目を見てみよう。

ショーター1コーラス目
ショーター1コーラス目

最初の赤矢印で示したA♮は、Eコードに対するアボイド音、つまりEというコードの機能を破壊する音だが、ショーターはブルースフレーズを演奏しているのでピアノとぶつかろうがなんの違和感もない。ところが、後半では急にオリジナルのメロディーを尊重し、A♮ではなくA#を吹き始める。これには驚いた。このアレンジだからブルースフレーズで通すのが常套手段だが、さすがショーター、しっかりと原曲をソロに織り込めているのだ。そう、【B】の頭でショーターの延ばす音は、9thのC#ではないか。この音はブルーノートにはない。この音を延ばした時点で自分はここからブルースを吹かないというしっかりした意思表示をしているのだ。恐るべしショーター。

次のカーティスのソロは、何とショーターと逆なのだ。前半は9thを多用したメジャースケール、後半はブルースフレーズ。ショーターのソロに真っ向から逆らうが、どちらのセクションもフレーズの組み立てがはっきりしてるので、これも何の違和感はない。だが続くフレディー・ハバードのソロは、はっきりしたフレーズの組み立てはなく、ブルースフレーズとメジャースケールがかなり入り乱れているが、さすがのフレディー、そこは持ち前のグルーヴで何のその、だ。

さて、なぜそんなに後半の I – V – I 進行が難しいのか、それはビバップフレーズが全く使用できないからだ。例えばブラジルのショーロのような音楽だったらバッチリだが、ブルースから発生したジャズでは全く通用しないのだ。つまり、ジャズミュージシャンがこの進行でやると、手枷足枷をされた中途半端なフレーズしか出てこない。もうちょっと突っ込んで説明すると、まずジャズが誇る7th、ないしは4声のボイシングが通用しない。そしてV コードの部分でしっかりと(7thではないのでトライトーンではなく)導音であるA#音を提示しないと主和音に戻れない。だがそれをはっきり提示するようなフレーズを演奏すると全くジャズのボキャブラリーから外れてしまうのだ。これをやりのけたのがショーターだ。ジャズフレーズなしで、グルーヴだけで、だ。さすがだ。ちなみに、このA#音に注意を向けて全員のソロを何度か聴いてみると実に面白い。全員これで苦しんでいるのが聞こえてくるかも知れない。筆者がもしこのソロを取らなくてはならない状況になったら、多分ショーロのフレーズをジャズっぽいタイム感で吹いて逃げるであることだろう。

前半の I – IV – I に注目してみよう。このアレンジでは、I はブルースの7thコードだ。ショーターのように完璧にブルースフレーズで通すのが常套手段だが、ここでカーティスが自分のソロで提示したやり方が面白い。何とこの面倒なコード音に対して忠実に共通音などを選んで演奏しているのだ。そう考えると後半だってブルースフレーズで押し通しているように聞こえるが、音を拾って見ればやはりここでもコードスケール音に忠実に共通音を拾ってグルーヴしている。これはすごいと思った。さすがインテリトロンボーン奏者グルーヴ付きのカーティス・フラーなのだな、と改めて感嘆したのであった。お楽しみください。

ヒロ ホンシュク

本宿宏明 Hiroaki Honshuku 東京生まれ、鎌倉育ち。米ボストン在住。日大芸術学部フルート科を卒業。在学中、作曲法も修学。1987年1月ジャズを学ぶためバークリー音大入学、同年9月ニューイングランド音楽学院大学院ジャズ作曲科入学、演奏はデイヴ・ホランドに師事。1991年両校をsumma cum laude等3つの最優秀賞を獲得し同時に卒業。ニューイングランド音楽学院では作曲家ジョージ・ラッセルのアシスタントを務め、後に彼の「リヴィング・タイム・オーケストラ」の正式メンバーに招聘される。NYCを拠点に活動するブラジリアン・ジャズ・バンド「ハシャ・フォーラ」リーダー。『ハシャ・ス・マイルス』や『ハッピー・ファイヤー』などのアルバムが好評。ボストンではブラジル音楽で著名なフルート奏者、城戸夕果と双頭で『Love To Brasil Project』を率い活動中。 [ホームページ:RachaFora.com | HiroHonshuku.com] [ ヒロ・ホンシュク Facebook] [ ヒロ・ホンシュク Twitter] [ ヒロ・ホンシュク Instagram] [ ハシャ・フォーラ Facebook] [Love To Brasil Project Facebook]

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