JazzTokyo

Jazz and Far Beyond

閲覧回数 ...

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説No. 333

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #122 Miles Davis 生誕100年記念<Circle>

今年、2026年はMiles Davis(マイルス・デイヴィス)生誕100年祭だ。

マイルス生誕100年祭(画像提供:The Miles Davis Estate)
マイルス生誕100年祭(画像提供:The Miles Davis Estate)

マイルスが65歳で1991年に他界してから35年の歳月が経つ。あまり公の場で宣伝することではないが、筆者はマイルス教の信者だ。そう言うと冗談を言っていると思われるだろう。クリスチャンの家庭で育ったので、物心ついてから疑問なしにずっとキリスト教だった。大学生になると自動的に日曜学校の教師になり、初めて疑問が沸いた。子供たちに神さまの話をしていて、自分が本当に心から神を信じているかということに確信が持てなくなったのだ。その後しばらく聖書に記述されているイエスの話を子供たちに聞かせてお茶を濁したが、大学卒業の頃には教会を去っていた。幼い頃から面倒を見てくれていた牧師に強く影響を受けた。彼女は聖書に記述されるイエスの行動に導かれ、多くの社会運動に参加していた。そして彼女は全学連に自宅を襲撃されるほど社会的な影響力があった。彼女は信徒を導くより自分の行動で示すタイプだった。筆者は大学卒業後、1987年1月7日にジャズのジャの字も知らずにボストンに移住し、その9月に筆者がアシスタントを勤め始めた故George Russell(ジョージ・ラッセル)に促されてマイルスのライヴを観に行って人生が変わった。

『Live In Germany 1987 DVD』 スクリーンショット
『Live In Germany 1987 DVD』 スクリーンショット

1987年9月27日、ボストン・オペラハウス。そこで見た光景はまさに神的だった。真っ暗なステージの上で一筋のスポットライトに照らし出されたマイルスの姿が、38年経った今でも忘れられない。バンド・メンバー全員が、マイルスに対して瞬時に反応すべく緊張を張り詰めていた、あの空気を今でも忘れられない。Darryl Jones(ダリル・ジョーンズ)が静かに立って、ものすごいグルーヴを醸し出している、あの光景が今でも忘れられない。マイルスが<Time After Time>のソロの途中でミュートを外して1音パーっと延した途端、自分の目から涙が溢れ出した。神の声か。回心したパウロのような気分だった。同伴したジャズ・ピアニストの女性がコンサート後にマイルス批評を始めた。何故かそれが冒涜に聞こえ、その場に彼女を残して一人で帰宅した。その日から夢中でマイルスを聴き始めた。

このボストンのライヴのメンバーは、上の写真のドイツ公演DVDと同じで、以下の通り:

  • September 27, 1987 – Boston Opera House
  • Miles Davis(マイルス・デイヴィス): Trumpet, Synthesizers
  • Kenny Garrett(ケニー・ギャレット): Alto Sax, Flute
  • Robert Irving III & Adam Holzman(ロバート・アーヴィング3世&アダム・ホルツマン): Synthesizers
  • Joe “Foley” McCreary(フォーレイ): Lead Bass
  • Darryl Jones(ダリル・ジョーンズ): Electric Bass
  • Ricky Wellman(リッキー・ウェルマン): Drums
  • Mino Cinelu(ミノ・シネル): Percussion

クリスチャンの信仰は、もちろん神を人間の価値観に引き下ろさずに手放しで受け入れることだが、イエスの足跡を導きとして日々の行動とすることも含まれると教えられた。ならば、自分はマイルスの足跡に導かれようと決めた。マイルスの足跡とは、常に新しい音楽を創造し続けるということだと思う。そして、マイルスのそのプロセスが神的だった。筆者はマイルス研究家ではないので、マイルスに詳しいわけではない。マイルス・ファンではないので、マイルスのどの時代が好きか、などということもない。マイルスから学ぶことを一生続けるだけだ。

聖書を文字通り解釈する危険は周知だ。勝手な解釈を許す記述や矛盾する記述、また、時代背景を考慮しなければならない部分はかなり多い。文字通りの解釈や都合の良い解釈が聖戦を引き起こす。聖書研究会に出席して聖書のメッセージを正しく理解する努力を続けて行かなければならない。同様に、マイルス教徒はマイルスの行動全てを導きとするわけではない。マイルスの薬物中毒や女性関係などはマイルス教の教えとは無関係だろう。マイルスの音楽全てを手放しで受け入れ、そこから学ぶだけだ。反面、筆者はマイルスをコピーしたことはない。もちろん何度も聴きすぎて覚えてしまったマイルスのソロは数々あるが、他のアーティストに対して筆者がするように、マイルスのタイム感やアーティキュレーションを丸コピーしたことはない。神の声を真似ようなど恐れ多いし、無意味だ。

楽曲解説に書いて来たマイルス関係の記事もぜひご覧ください。

『Miles Smiles (1966)』

『Miles Smiles (1966)』
『Miles Smiles (1966)』

今回の楽曲解説は、筆者のお気に入りのマイルス作曲作品のひとつである<Circle>を取り上げた。これは筆者に取って「好きな聖句」のようなものだ。この曲は1966年10月録音の『Miles Smiles』に収録されていた。第二期マイルス黄金クインテットの2作目だ。一作目は『E.S.P.』だった。マイルスは1961年にWayne Shorter(ウェイン・ショーター)に出会い参加を懇願したが、ウェインがArt Blakey(アート・ブレイキー)のThe Jazz Messengers(ジャズ・メッセンジャーズ)を抜けるまで4年間待たされた。ウェインが自由の身になると即座にファーストクラスの航空券を送り付け、リハーサルなしに本番。その時ウェインが持っていた<E.S.P.>の譜面を見て翌週に録音した。マイルスの頭の中では、ウェインを使って新しいサウンドを生み出す設計図が完成していたわけであったのであろう。その成果がはっきり現れたのが、この『Miles Smiles』だった。何せ、ジャケットで、あのマイルスが笑っている。いつも苦虫をかみ潰している自分だって笑うことはある、という本人の希望だったらしい。

ご存じの方も多いと思うが、このアルバムは色々な話題を巻き起こした。まず<Freedom Jazz Dance>だ。このEddie Harris(エディ・ハリス)の『The In Sound (1965)』に収められていたヒット曲はファンキーなダンス曲だった。それをマイルスがとんでもなくカッコいい異次元のサウンドに作り変えてしまった。次に<Footprints>だ。ウェインのこのオリジナル曲は、『Miles Smiles』録音前の2月にウェインの『Adam’s Apple (1966)』のために録音されたばかりだったが(発表は翌1967年)、マイルスはこの曲も異次元に連れて行った。4-over-3、つまり三拍子上で4拍子を使ってグルーヴするという、しかもそれを自由自在に入れ替えて進んで行くというスリル満点のアイデアの初の録音として歴史に残った。

もうひとつ特筆すべきはHerbie Hancock(ハービー・ハンコック)のヴォイシングだ。誰も試みたことのないようなヴォイシングでジャズのサウンドを変えたアルバムとなった。ハービーは自叙伝やインタビューで、これはマイルスの指示だったと告白している。その最も著名なマイルス語録が「Don’t play the butter notes(バター音を弾くな)」だ。最初ハービーは「バター音」とは何のことか分からず困惑した。スラングで「バター」とは「素敵」とか「滑らか」の意で、「バター・アップ」はお世辞を言って自分の利益のために相手を良い気にさせるというネガティブな意味だ。悩んだハービーは、マイルスが言ったバター音とはファットな音、またはお決まりの音のことを言っているのだろうと解釈し、コードのキャラクターを決定する3度音と7度音を隠すヴォイシングを考え出した。3度音を省けば長調短調の区別が付かなくなる。7度を隠せばジャズ・ヴォイシングのサウンドが消えるだけでなく、ドミナントも成立しなくなる。解決に必要なトライトーンが消えるからだ。

さて、『Freedom Jazz Dance: The Bootleg Series, Vol. 5 (2016)』が『Miles Smiles』録音の50年後にリリースされた。当時のレコーディングの様子が記録されている。いつものマイルスのやり方で、テープが回しっぱなしになっていたのだ。マイルスが「そんな普通のことをするな」と言っているのが何度か聞こえて来る。マイルスの驚異的な創作工程が記録されており、中でもハービーに対する指示が実に興味深い。

「コードを弾くな。メロディーだけ弾け。こっちの邪魔にならないようにしろ。」

「ファットなヴォイシングを避けろ。」

「チャイムみたいに弾け。」

「そうだそうだ。その調子だ。重くならないようにしろ。」

「曲を演奏してるようにじゃなくて、リズムを演奏するようにしろ。」

「4拍目の裏を弾かないようにしろ。」

「(ハービーが弾いたブルース・リックに対して)するな!」

「右手だけで弾け。」

「オレが欲しいサウンドを理解してるか?」

「それだそれだ!まさにそれだ!」

このマイルスからのプレッシャーに全く動じないで刻々と進化し続けるハービーがすごい。マイルスはウェインを除いて全員に細かい指示を出している。トニー(Tony Williams)はマイルスが何か言えば即座に対応してマイルスを満足させられるようだが、ロン(Ron Carter)は真面目な性格だからか、ハービーと違って少々ストレスしているようだ。だが、このブートレグのボックスセットを最初から最後までヘッドフォンで注意深く聴くと、マイルスの口の悪いのは全員が理解しており、ドキドキ心配しているのはこちらばかりで本人たちは冗談を飛ばしながら楽しそうにやっているのがわかる。マイルスがプロデューサーのTeo Macero(ティオ・マセロ、日本ではテオ)に「気に入った部分を使ってくれ」と言うと、ハービーが「それをゴミ箱の中にしまっておいてね」とチャチャを入れてマイルスを爆笑させるシーンがある。

メンバーそれぞれの当時の年齢をリストしてみよう。皆若い。

  • マイルス:40歳
  • ウェイン・ショーター:33歳
  • ハービー・ハンコック:26歳
  • ロン・カーター:29歳
  • トニー・ウィリアムス:20歳
  • (ティオ・マセロ:41歳)

それにしてもエディ・ハリスの<Freedom Jazz Dance>のヘッド(日本ではテーマ)は難しい。数年前、筆者はこの一発コードの曲にコード進行を付けて演奏してソシアルメディアに流したことがある。すると、それを偶然耳にしてこのアレンジを気に入ってくれたエディ・ハリスのお嬢さんという方から感謝のメッセージが届いた。何でもエディ自身もこのヘッドの演奏には泣いたそうで、なんでこんな難しい曲を書いてしまったのか、とこぼしていたそうだ。そのヘッドをマイルスはもっと速く演奏したかった訳だが、何度も失敗する。「ティオ。難しくて吹けねえよ。」「大丈夫、マイルス。そんなことないよ。」ロン・カーターは「このチームは絶対的な信頼で繋がっていた」と語っている。

<Circle>

『Freedom Jazz Dance: The Bootleg Series, Vol. 5』3トラック目の<Circle (Session Real)>は<Circle>のリハーサルテープだ(YouTube  → )。最初テンポが速いのに驚く。マイルスはハービーのヴォイシングとロンのベースラインに相当時間をかけている。

9分手前でフィードバック(日本ではハウリング)が入りマイルスは演奏を止める。「ナイスなメロディーだぜ。」恐らくハービーが弾いたコンピング(伴奏)を褒めたのだと思われる。続いて訳すのを憚れるほどキッツいスラングで録音の中断を罵った。ティオがトークバック・マイクで「なぜ演奏を止めたんだ」と言うと、マイルスが「ノイズが聞こえたからだよ」と答える。ケンカになるのかと思いきや、

Miles: “I need your moral support, Tio.”

Tio: “OK”

Miles: “Immoral”

この「moral support」の直訳は不可能だ。「ティオ、(ちゃんと)心の支えになってくれよな。」とマイルスらしからぬ発言を意味する。言った途端、即座に「Immoral」と言い直す。辞書上ではmoralは「道徳」、immoralは「不道徳」だが、名詞として使われる場合はmorality「良心に添った行動」、immorality「人間として間違った行動」という使用例になる。マイルスがここで「Immoral」と言ったのは、ティオの「お前、道徳的じゃないぞ」と言っているとも解釈できないことはないが、非難するような語調ではないので、「心の支え」という慣用句を言ってしまったことから急いで「悪さの手伝い」に言い換えたといったところだろう。マイルスお得意の言葉遊びだ。この時「通常」をことごとく避ける思考回路に入っていたのかも知れない。スタジオの中で誰かがクスクスと笑うのが聴こえる。一連のマイルスのキッツい暴力的なスラングに反し、やけにほのぼのとした雰囲気だ。

音楽ジャーナリスト、Ashley Kahn(アシュリー・カーン)によるこのボックス・セットのライナー・ノーツは、この<Circle>は『Someday My Prince Will Come (1961)』4トラック目に収録されていた<Drad-Dog>のコード進行を使っているとしているが、それは何かの間違いであろう。200歩譲っても類似点は見られない。ちなみに<Drad-Dog>も実に素晴らしいマイルス作曲作品だ。これも筆者の聖句曲だ。<Circle>はライヴで演奏されたという記録が見当たらない。ちなみに、6週間後にこの曲のバリエーションが別名で録音されている。『Circle in the Round』のタイトル曲、<Circle in the Round>だ。メロディーは明らかに<Circle>が発展したものだが、コードは一発に変更されている。

この曲でまず特筆すべきは、それぞれのセクションの頭に入るハービーのアルペジオだ。この曲の調性はDマイナーだというのに、このアルペジオのコードはDMaj7(#11)だ。マイルス恐るべし。次に、この曲のメロディは世にも美しいことを強調したい。マイルスの神性が最も良く表れている曲だと思う。採譜した。

ヘッド
ヘッド

前述のように第一テーマは DMaj7(#11)のアルペジオだ。第二テーマは、なんと、驚きの6小節フレーズだ。第一セクションは6小節+4小節。第二セクションは6小節に第一テーマを挟んで4小節。この巧妙さ、お分かり頂けるであろうか。まさに天才マイルス。調性は最初の6小節がDマイナー。次の4小節は転調してBマイナー。マイルスやコルトレーンに影響を与えたジョージ・ラッセルのリディアン・クロマチック・コンセプトで分析すると、3ステップ外向した動きだ。これは調性の重力に逆らった動きで、6小節目のメロディーであるG#音の登場で思いっきり持ち上げた効果が聞き取れる。

11小節目から始まる6小節フレーズのベース・ラインはロンが考え出したもので、この曲の第三テーマになっている。ライナー・ノーツにあるロンのコメントからすると、彼はすでにこの頃から音選びに命をかけていたようだ。筆者がロンに会った時、「ぼくは音選びでグルーヴするんだ」と話してくれた。「いやいや、あなたの超人的なオン・トップ・オブ・ザ・ビートのタイム感が追従を許さないグルーヴを生み出しているのですよ」と言いたかったが、そこは控えた。

この曲にはまだまだ凝った捻りがある。19小節目以降が4種類あって、それぞれのソロでその4種類が不規則に入れ替わっているのだ。このボックス・セットの4トラック目、<Circle>の5テイク目でマイルスの指示が入る。「ウェインが#4から入って、その後でハービーは#3から入れ。ウェインは#4と#3、ハービーは#1、#2、#3、#4だ。ウェインのソロの後はBマイナーだ。」かなりごちゃごちゃだ。ハービーが「ちゃんと順番決めようよ」などと言っている。この4種類を採譜してみた。

19小節以降のバリエーション
19小節以降のバリエーション

実際にはもう1種類ある。それは【19】以降が’割愛されて頭に戻るバージョンだ。これを便宜上#5とする。それぞれのソロは以下の通り。

マイルス:#2

ウェイン:#4、#3、#5

ハービー:#1、#4、#5

ヘッド・アウト(日本では最後のテーマ)の後にDペダルのアウトロでフェードするが、マイルスはDマイナーとDメジャーの間をさまよって、なんとも言いえない美しいラインを織りなして行く。ハービーは前述のマイルスの指示通り、コードの限定音を省いてマイルスがどこにでも移動できるように配慮している。なんというサウンドだろう。失神しそうだ。

手前味噌注意報:筆者のバンドのこの曲の録音にもぜひお立ち寄りください。

ヒロ ホンシュク

本宿宏明 Hiroaki Honshuku 東京生まれ、鎌倉育ち。米ボストン在住。日大芸術学部フルート科を卒業。在学中、作曲法も修学。1987年1月ジャズを学ぶためバークリー音大入学、同年9月ニューイングランド音楽学院大学院ジャズ作曲科入学、演奏はデイヴ・ホランドに師事。1991年両校をsumma cum laude等3つの最優秀賞を獲得し同時に卒業。ニューイングランド音楽学院では作曲家ジョージ・ラッセルのアシスタントを務め、後に彼の「リヴィング・タイム・オーケストラ」の正式メンバーに招聘される。NYCを拠点に活動するブラジリアン・ジャズ・バンド「ハシャ・フォーラ」リーダー。『ハシャ・ス・マイルス』や『ハッピー・ファイヤー』などのアルバムが好評。ボストンではブラジル音楽で著名なフルート奏者、城戸夕果と双頭で『Love To Brasil Project』を率い活動中。 [ホームページ:RachaFora.com | HiroHonshuku.com] [ ヒロ・ホンシュク Facebook] [ ヒロ・ホンシュク Twitter] [ ヒロ・ホンシュク Instagram] [ ハシャ・フォーラ Facebook] [Love To Brasil Project Facebook]

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください