ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #17 『Hypochristmutreefuzz』
本年2017年3月3日、ひな祭りの日にMisha Mengelberg(ミシャ・メンゲルベルク)が81歳で他界したというニュースが入って来た。エリック・ドルフィーの『ラスト・デイト』でしか彼の名前を知らなかった筆者は、彼の死で世の中が大騒ぎになっていることに驚いた。自分の勉強不足を恥じると共に、急にミシャへの興味が湧いた。彼のICPオーケストラをYouTubeで聴きあさり、彼のフリー・インプロでのクリエイティビティに感嘆した。ICPとはこれまた興味をそそるタイトルだ。「Instant Composers Pool」の略だという。インスタント・コンポーザーとは即興演奏者のことを言い、プールというのは少なくともアメリカでは「貯めておく場所」という意味だ。つまりそこに貯めて置いて、必要な時にその一部を取り出す、という意味になる。発想が実に愉快だ。色々とミシャの記事を読んでいると彼は遊びの達人だったらしいと理解した。
今まで『ラスト・デイト』でしか知らなかったミシャの音楽に今回触れて、モンクの後継者としてではない、フリー・インプロバイザーとしての彼を知り、ハマった。『Solo』や『Fragments』、ICPの『INSTANTCOM ICP 002』などは実に素晴らしい。筆者は90年代前半にジョン・ゾーンに誘われてNYCニッティング・ファクトリーで彼のグループで演奏したり、ジョン・ケージ本人の前で彼の作品を演奏する機会があったりしてフリー・インプロにハマった時期があった。ドイツ、ベルリンからも2年連続で招聘を受け、地元のフリー・インプロで活躍するミュージシャンたちと共演したことがある。リハーサルなしで舞台に立ち、フリー・インプロの会話に花が咲き、主催者側が止めるまで我を忘れて演奏し続けた。ところが公演後楽屋に ”名のある” 彫刻家という人が訪ねて来て「君の演奏は真のフリー・インプロじゃない」とカタコトの英語でご丁寧に意見してくれた。それに対して「Thank you so much. I had a great time. Goodbye」と言ってその場を去ったことを今でも忘れない。彼の意味したことは、筆者のように頭を使いながらインプロしていくのはフリー・インプロとは言わないということだったのだろうと思う。そんな過去がある筆者にとってミシャの Instant Composer という即興演奏の概念は、筆者が思っていた即興演奏を否定しなくてよいという安堵をもたらせてくれた。つまり、あの彫刻家が否定したような、インプロに対する作曲という思考は許されるのだ。
『Last Date』
さて、ドルフィーのこの名盤、『ラスト・デイト』だが、実は筆者の愛聴盤ではない。周知の通りこれはドルフィー名義のアルバムだが、これが収録されたライブ自体はミシャのカルテットのギグにドルフィーがゲスト出演したものだ。ライナーノーツによると、レギュラーのアルト・サックス奏者、Piet Noordijk(ピエト・ヌードワイク)の代わりにドルフィーが参加したとある。このアルバムでのドルフィーはすごい。ミシャもご機嫌だ。だがどうにもベースとドラムがグルーヴしていなくて筆者にとって聴いていて居心地が悪い。これは筆者に課せられた呪いだ。マイルスバンドでのポール・チェンバースやロン・カーターとか、トリプル・プレイでのレイ・ブラウンとか、ジャズ・メッセンジャーズとか、ベースが思いっきりオン・トップ・オブ・ザ・ビートでドライブし、ドラムがビハインド・ザ・ビートでスイングしてタイムの幅を醸し出す演奏を死ぬほど聴いて過ごした後遺症なのである。アメリカ以外でのジャズでよく耳にする、ベースとドラムが同じタイムの位置にいるビートを聴けない体質になってしまったのである。実際自分でも不幸だと思う。頭が硬い、心が狭い、そういった領域の問題だと思う。
しかし反感を買う危険を犯してもここで敢えて言及しておきたい。このオン・トップ・オブ・ザ・ビートとビハインド・ザ・ビートの概念は、アメリカ黒人の話し方や体全体を使っての仕草に慣れていない者には非常に理解しにくい概念なのだと思う。日本の大学時代、アルバイトでライブの音響を手伝ったことがある。ジャズのジャの字も知らない頃の話で、もちろんメトロノーム的な正確なタイム感が正しいと信じていた頃だ。舞台では黒人のベースがドラムとサウンドチェックしており、コンソールのエンジニアが「このベースはツルツル滑って走ってて話にならないなあ」と言った。この言葉が忘れられない。筆者もベースとドラムが同じタイム位置にいないことに気がついていたが、大学でクラシックを専攻していた筆者は、少なくとも “走っている” のではないことを知っていた。しかしアメリカに移住するまでそれ以上のことは全く理解不可能だった。
Han Bennink(ハン・ベニンク)
Han Bennink(ハン・ベニンク)はミシャの1963年からの相棒で、ミシャのほとんどの演奏に参加しているだけでなく、ICPの共同創設者だ。彼らのフリー・インプロの演奏を聴けば彼らは切っても切れない夫婦関係にあるのが一目瞭然だ。フリー・インプロというのはまず確固たるテクニックが要求される。楽器を体の一部のように扱えて初めてフリー・インプロをする資格が備わる。両者の楽器に対する技量は半端じゃない。しかし彼らのテクニックは見せびらかすためにあるのではない。自由に即興で会話をするためにある。このあたりがフリー・インプロの醍醐味だ。ベニンクはヨーロッパでどんなスタイルもこなす数少ないドラマーだと絶賛されているが、筆者にとっては彼はクラシックで鍛え上げられたパーカッショニストだ。完璧なテクニックで自由自在の技術を駆使し、想像をはるかに超える表現力を見せつける。だからデュオがものすごく面白い。ミシャとのデュオ、デレク・ベイリーとのデュオ、最高である。しかもベニンクはミシャ同様相当遊びの達人のようだ。こういうイタズラ心満載のフリー・インプロは希少で、とくに楽しい。
反対にトラディッショナルなアメリカ音楽では裏目に出る。ライドもスネアもハイハットもきっちりメトロノームの位置にいる。これはジャズと限らず、例えばICPの『Live Sonico』の1曲目のニューオリンズビートでもスネアがまさにメトロノームビートに位置していてグルーヴしていないのが残念な限りだ。さて、背後霊のようにミシャにくっついているベニンクのおかげでいまひとつ腰が引けてしまう筆者に救済の手が届いた。本誌で活躍する横井副編集長からこれを聴けとアドバイスを受けたのが『No Idea』だ。
『No Idea』
このアルバムは最初の曲からすっ飛んだ。ドラムがベニンクではなく、ビル・フリゼルやジョン・ゾーンとの共演で名を馳せた(と、横井副編集長に教えられた)Joey Baron(ジョーイ・バロン)なのだが、ビハインド・ザ・ビートを得意とするミシャよりさらにビハインドなのだ。こうなるとメトロノーム位置にいるドライブしないベースなぞ関係ない。ミシャとバロンの間で信じられないグルーヴが生まれている。聴いていてドキドキしてしまう。ミシャの素晴らしさも一万倍だ。筆者はこういうタイム感を聴いているだけで幸せになる。しつこいようだが、このアルバムで聴けるミシャのグルーヴ感はともかくすごい。彼の自由奔放なインプロもモンクの系列などという下賎なレッテルを寄せ付けない。筆者にとってこの『No Idea』は速攻でミシャのベストアルバムとなった。クレジットを見るとジョン・ゾーンがプロデュースしたとなっている。やはりゾーンはジャズを題材にした時のミシャの最高の演奏を引き出す方法をちゃんと理解している。ここまで書いていて再生中のアルバム『No Idea』は5トラック目に入った。ここでハッと気がついたのは、もしやベースのGreg Cohen(グレッグ・コーエン)はわざと前にドライブしないように、まるで杭でも打つようにメトロノーム位置でコントロールしてるのではないだろうか。筆者がそう思ったのはこのトラックではベースがオン・トップ・オブ・ザ・ビートに出たいのに抑えるような仕草を数回したからである。こんな些細なことも効果的に興奮させてくれる。それにしてもミシャはベースがガンガンドライブするのを好まないのであろうか、と疑問を持ってしまった。
『Four In One』とDave Douglas
このアルバム、『Four In One』が筆者の気を引いたのは2点。聴き始めた途端に吸い寄せられるようにドライブするベース、それとプロデューサー兼トランペットがあのDave Douglas(デイブ・ダグラス)だったからだ。彼の最近の作品、『Dark Territory』や『High Risk』などは実に面白い。しかしそういう彼の作品しか知らなかった筆者にとって、彼のミシャとの繋がりは非常に意外であった。ダグラスとの面識はないもののメールでやりとりする仲であったので、ミシャについてコメントをもらえないかとメールしたら即答が返ってきた。以下がそのコピーと対訳である。
“I first met Misha Mengelberg when he came to New York to record for John Zorn’s label in a trio with Greg Cohen and Joey Baron. I knew of his early work with Eric Dolphy, his mastery of Monk and Nichols, his conceptual thinking and his approach with Instant Composers Pool and other improvising organizations. I had been playing with Han Bennink, with Michael Moore, and with Ernst Reijseger, all Amsterdam residents in his close circle.
「私がミシャ・メンゲルベルクと初めて会ったのは、彼がジョン・ゾーンのレーベルで、グレッグ・コーエンとジョーイ・バロンとのトリオで録音するためにニューヨークを訪れた時だ。もちろん私は彼の活動と功績をすでに知っていた。彼の初期のドルフィーとの演奏、彼のモンクやニコルスなどのスタイルの消化、ICPやその他のインプログループを通しての彼の概念やアプローチなど。それに私はアムステルダムのミシャの仲間たち、ハン・ベニンクや、マイケル・ムーア、エルンスト・ライシーガーらとすでに何度も共演していた。」
“I can’t remember how our first performances together were proposed, but one of our earliest performances together was a trip to Argentina as a Duo. I learned a lot from Misha as he would throw new curves at me every night. He refused to play by anyone’s rules, and buckled at performing any one piece the same way, or indeed, in any way that would be recognized as “good.” In fact, he once asked me if I could play “really bad, I mean, really, really not good at all.”
「最初にミシャとの共演の計画がどう持ち上がったのか正確には覚えていないが、初めての共演はアルゼンチンでのデュオでのツアーだったと思う。彼はこちらに毎晩違うカーブボールを投げつけ、鍛えられるようにして私は多くのことを学んだ。彼は誰のルールにも屈しない。どの曲も2度と同じように演奏することを嫌い、「良い」とレッテルを貼られるような演奏を嫌った。実際の話、彼は私にまずい演奏をしろと指示した。本当に全く良くない演奏をしてみろ、と言うのである。」
“When we got a chance to make some music in a quartet, I invited Brad Jones in on bass. We did quite a few gigs on tour with that group. It was always surprising and sometimes confounding. We played mostly Misha’s music, he has a fantastic songbook, as well as his favorites, like Gershwin, Monk, Nichols. I had the chance to bring them to New York to play weeks in some of the mainstream jazz clubs. That was a kick!
「カルテットを組もうと話が持ち上がった時、私はベースのブラッド・ジョーンズを招いた。このグループでいくつかツアーをした。それは常に驚きと困惑に満ちた経験だった。ミシャの数々の素晴らしいオリジナル曲のレパートリーを中心に、彼のお気に入りのガーシュウィンやモンクやニコルスの曲などを演奏した。そして私はとうとうこのグループをニューヨークの有名クラブ数件に週単位で持ってくることに成功した。それはもう興奮したものだ。」
“Songlines Recordings and Tony Reif asked me to produce a recording of the band, and thus was born Misha Mengelberg Quartet – Four In One. Both Misha and Han work very quickly in the studio. There are no “wrong notes.” Most of the pieces were first takes. Their commitment to the true creative act and to working from real spontaneous invention in the moment is something I still think about and valorize. I feel grateful to have had the opportunity to work with Misha and learned things I would have never encountered otherwise.”
「そしてソングライン・レコードとトニー・リーフが私にこのバンドの録音をプロデュースするよう依頼して来、このミシャ・メンゲルベルク・カルテットの『Four In One』が誕生したわけだ。ミシャとベニンクはスタジオで仕事をどんどん進めて行く。間違った音などない。ほとんどすべてのトラックが1テイクだった。彼らのピュアな創造過程と、全くの即興でその瞬間を進めて行くその真摯な態度は私の脳裏に強く焼きつき、今でもそこで学んだ価値感を大切にしている。私はミシャからしか学べ得ないことを多く学び、その機会に恵まれたことに感謝する。」
Dave Douglas, Bergamo, March 23, 2017 デイヴ・ダグラス、イタリア・ベルガモにて、2017年3月23日
ダグラスは今イタリアのベルガモでジャズフェスティバルのプロデュースをしていて忙しいそうだ。それなのにミシャのコメントを即答してくれたのが嬉しかった。読んでいてお判りのように、流れが面白い。筆者が前述した『No Idea』でダグラスはミシャと会い、そしてこのアルバム、『Four In One』が生まれた。両アルバムとも、ミシャの他のアルバムとの大きな違いはリズムセクションだ。どちらもプロデューサーがアメリカ人を入れ、メトロノーム的ビートのヨーロッパジャズから離れようとしている。ミシャにこの2枚のジャズアルバムがあることは筆者にとってとても嬉しいことだった。その他のジャズアルバム、名作とされた『Change Of Season』や1966年のニューポートのライブ、『The Misha Mengelberg Quartet』などはリズムセクションのせいで筆者にとって楽しめない作品だったからだ。
『Four In One』
前述したように、筆者にとって『No Idea』もこの『Four In One』もジャズの名作だ。しかし両アルバムは全く正反対の特質をもつ。表にしてみた。
アルバム | 功績者 | ベース | ドラム | ミシャ | グルーヴ感 |
No Idea | ジョン・ゾーンが連れて来たドラムのジョーイ・バロン | メトロノーム的正確なオン・ザ・ビート | ミシャよりもっと後ろのビハインド・ザ・ビート | ビハインド・ザ・ビートでモンク的にグルーヴ | まったりゆったりえっちなご機嫌ジャズ |
Four In One | デイヴ・ダグラスが連れて来たベースのブラッド・ジョーンズ | ガンガンとドライブするオン・トップ・ザ・ビート | メトロノーム的正確なオン・ザ・ビート | ICPで見せる自由奔放なインプロ | ゴリゴリのハラハラドキドキ大興奮ジャズ |
ここで興味深いのは、ミシャにとってはどうやら前者の方がスイングするらしい。ミシャのタイム感を聴いていると前者での方がミシャ特有のグルーヴ感が出ている。ところがやはりドラムが相棒のベニンクであるからかインプロは後者の方がミシャ特有の、ICPで聴かせる自由奔放さが際立つ。前者はモンク色が強いのに対し、後者ではなんとチック・コリア・フレーズまで飛び出す。このミシャの2面性は非常に興味深い。
後者のアルバムのタイトル、『Four In One』はモンクの名曲で、もう2曲モンクの名曲がフィーチャーされているが、残りのトラックはICPカラーが強く、ミシャの2面性を非常に上手に提示している。さすがミシャを深く理解しているダグラスのプロデュースだと思った。10トラック目の<We’re Going Out for Italian>は、ミシャが家族で夕食に出る時ミシャの娘が口ずさんだメロディーが元になったという。ミシャお得意の遊びもちゃんとフィーチャーされている。この曲、スタイルは古いスイング・ジャズのスタイルなのでメトロノーム位置にいるベニンクのタイム感はスタイルに合っているが、この古いスタイルをそのまま演ってはマイルスに「ジャズは博物館にしまっておくものじゃねぇんだ!」と怒鳴られるだろう。しかしジョーンズのベースがオン・トップ・オブ・ザ・ビートでガンガンドライブしてるから古臭い博物館サウンドなどこれぽっちもしない。実に楽しい。そしてダグラスの美味しいトランペットソロも珠玉だ。
<Hypochristmutreefuzz>(ヒポクリスマットゥリーファズ)
筆者がこの曲を今回の楽曲解説に選んだのは、もちろんドルフィーとの1964年の録音と比べられるからだ。繰り返すようだが筆者はこの『Four In One』のバージョンの方が断然好きだ。『Last Date』でのドルフィーの神がかりな演奏を脇に置いておくのは心苦しいのではあるが、いかんせん『Last Date』のリズムセクションは受け付けない。ミシャのタイム感の比較も面白い。前述の『No Idea』と『Four In One』でのミシャの比較にも共通している。『Last Date』ではモンクスタイル、『Four In One】ではICPフリー系。
まずこの難解なタイトルだ。筆者の想像によると、Hypocrite(偽善者・人気取り・調子合わせ屋)& クリスマスツリー & Fuzz(モヤモヤしたもの)、となるわけだが、やはりどういう意味なのかわからない。曲自体はRhythm Changes(リズム・チェンジズ:ガーシュウィンの<I Got Rhythm>のフォームが基になっているのでそう呼ばれる。日本では循環と呼ぶのだと思う)の [ A ][ A ][ B ][ A ] 形式で、モンクの<I Mean You>を思わせるのは、ブリッジ直前とフォームの最後で<I Mean You>のメロディーが引用されているからだ。ただここで注目すべきは、第一回目の [ A ] の最後の小節、フォームの頭から8小節目にこの曲の第一モチーフ、下降形を4度上で繰り返すフレーズを新規に始め、9小節目が最初の [ A ] の繰り返しなのにそう聞こえない細工がしてある。つまり聴くものにとってどこが頭かわからなくなるような細工だ。これがミシャのお得意のお遊びなのであろう。実に愉快だ。
コード進行は普通のリズム・チェンジズとはかなり違う。トニックのG以外は全てドミナントコードで、インプロは何でも有りにできるようになっている。
[ A ] | |||
E♭7 | D7 | E♭7 | D7 |
G7 | G♭7 | F7 | E7 | E♭7 | D7 |
[ B ] | |||
E♭7 | E♭7 | GMaj7 | GMaj7 |
A♭7 | A♭7 | D♭7 | D♭7 |
上の表には書かなかったが、2回目の [ A ] の最後とフォームの最後の [ A ] の最後の小節はD7二拍に続いてトニックであるGMaj6が二拍として終止感をつけている。ちなみにこれが『I Mean You』の引用部分だ。
面白いのは、実は『Last Date』でのコード進行と違う。『Last Date』のバージョンでは最初のコードがE♭7ではなくD♭7だ。但し『Last Date』のベース奏者ははっきり弾いていないので、どこまでミシャの書いたものに従っているかわわからない。そういう意味ではドルフィーも正確にヘッドを演奏していない。ミシャが必死にドルフィーのフラつきを補っている感がある。『For In One』でのダグラスのトランペットで演奏されたヘッドを聴いて初めてミシャがこの曲をどう書いたのかが判明した。
この曲のメロディーはかなり巧妙に仕掛けられていて、メロディーの分析をコードに沿って見て頂く。
ご覧いただいてお分かりのように、まずホール・トーンスケールがモチーフになっており、ホール・トーンでないフレーズは4小節フレーズの最後に節目として置かれ、7小節目の終わりにも8小節フレーズの終わりに向かって配置されている。下降形の二拍フレーズと上行形の二拍フレーズが巧みに並べられている。始まりをコードに対し3度、♭7度、そしてT13、とある程度の法則が敷かれ、かなり計算されて構築されている。T13の他にもT#11の多用がこの曲のキャラクターを決めている。
ブリッジはよくあるリズム・チェンジズのお約束のようにメロディーはなく、ソロ・フィルとしてオープンにしているが、ブリッジ直前で使用した<I Mean You>からの引用フレーズを発展させるということは決まっているようだ。そして、このブリッジのコード進行がまた奇抜なのである。普通考えられる起承転結の形をとっていない。まずトニックであるGに対してブルース・スケールを基にしたモーダルチェンジである♭VI7であるE♭7で始め、トニックであるGMaj7に解決するのはわかるが、位置が起承転結の「承」なのである。続いてGのV度の代理であるA♭7が次のコードのV度ピボットとして現れ、最終部 [ A ] の頭のE♭7に対する♭VII7に当たるD♭7に繋がっていく。天才的だ。
さて、インプロ・パート、まずはミシャのピアノからだ。『Last Date』でのミシャのインプロは、モンク調ビ・バップの3連でもたるタイム感でゴリゴリとスイングしているのに対し、この『Four In One』バージョンではポツポツと音を散りばめるようにフリー・インプロの印象を強く進めていく。しかしミシャのビハインド・ザ・ビートでグルーヴするタイム感は変わらず、ビートの後ろ側で見事なスイング感を出している。ミシャのインプロ2コーラス目(0分59秒)でミシャはいきなりアウト・オブ・タイムのソロを始める。大抵こういうアウト・オブ・タイムのフリー・インプロは皆ガンガンとフォルテで演奏するが、ミシャはさすがのベテラン、ごく自然にさらっと音を散りばめていく。自分を誇示する醜さなどこれっぽちもない。しかも、よく聴くとミシャはちゃんと自分のビート位置をリズムセクションとのビート位置と平行に並べている。めちゃくちゃしているのではない。これはジョージ・ラッセルが説いたパン・リズムに繋がるものだ。オーネットもハーモロディクスの一環としていた例のあれだ。
そして3コーラス目の9小節目(1分34秒)でいきなりチック・コリア・フレーズ。思わず吹き出してしまった。遊び心満載だ。ここからミシャはフォームのビートに戻り、コード進行に合わせた音選びを始めているのがお洒落だ。これはダグラスに、次のコーラスからお前のソロだから用意をしておけよ、と伝えているのだ。
これに続くダグラスのインプロはともかく素晴らしい。あまりにも書くことが多すぎるので今回は控えることにする。一つだけ特筆したいのはベニンクのドラミングだ。ダグラスのジリジリと興奮させてくれるインプロと、ガンガンにオン・トップ・オブ・ザ・ビートでドライブするジョーンズのベースに釣られたのか、ベニンクのブラシ・ワークが走っていくのだ。これは “有り” である。トニー・ウィリアムスなどはこれをわざとやっていた。こういうハプニングが、クリック・トラックなどを使用する最近の録音に殺されているジャズの醍醐味である。
https://youtu.be/Qo4uwqzp4Ko