ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #123 R.I.P. Ralph Towner<Hop, Skip And A Thump>
この2026年1月18日にRalph Towner(ラルフ・タウナー)が85歳で亡くなった。入院して間もなくだったそうだ。ラルフは90年代にイタリア人女優、Mariella Lo Sardo(マリエッラ・ロ・サルド)に出会い、イタリアに移住してその後結婚しローマに居住。Oregon(オレゴン)のドラマー、Mark Walker(マーク・ウォーカー)の話によると、周囲が羨むほどのおしどり夫婦だったそうだ。

超絶技巧のラルフ・タウナーのことは筆者がアメリカに移住した80年代終わりの頃から知っていたが、彼の音楽が筆者お気に入りのグルーヴ系でなかったことからほとんど聴いていなかった。タウナーの名前を知っていたのは、Weather Report(ウエザー・リポート)の『I Sing the Body Electric (1971)』に収録されている、Wayne Shorter(ウェイン・ショーター)作の<The Moors>の、オープニングの12弦ギター演奏が素晴らしかったからだ。この録音は、なんとタウナーがウォームアップをしていた時、Joe Zawinul(ジョー・ザヴィヌル)が「おい、テープを回せ」と指示して、さらにタウナーに演奏を止めるなと合図したものだったそうだ。ギタリストになるのが子供の時の夢だった筆者はタウナーの演奏に感動し、友人のオレゴンのアルバムを聞かせてもらって期待外れだったことを覚えている。何せこちらはまだジャズの勉強をし始めた時で、ビバップの流れをくむジャズ以外を聴く余裕が全くなかった。
もう一枚知っていた作品はElvin Jones(エルヴィン・ジョーンズ)とオレゴンの意外な共作、『Together (1976)』だった。もちろんエルヴィンだからと友人に借りたアルバムだった。エルヴィンと当時のオレゴンのパーカッショニスト、Collin Walcott(コリン・ウォルコット)のグルーヴの相性が最高だった。リードを担当するPaul McCandless(ポール・マカンレス、日本ではマッキャンドレス。以下マカンレス)の笛(リコーダー?)の演奏も深く印象に残った。最近知ったのだが、このアルバム制作は、なんとエルヴィンが持ちかけたそうだ。エルヴィンはオレゴンの音楽のファンで、共演させろ、とレーベルに強く要求したのだそうだ。これほど素晴らしいアルバムなのに、タウナーはYouTubeで見つけたインタビューで「It didn’t work(うまく行かなかったよ)」と回想する。おそらくうまく行かなかったと思っているのはタウナー一人だったのだと思う。エルヴィンとウォルコットの相性は最高だし、この二人が思いっきり楽しんでいることがはっきりと聴こえて来る。マカンレスもベースのGlen Moore(グレン・ムーア)もエルヴィンとの演奏を楽しんでいることがはっきりと聴こえる。タウナーのギター演奏、特に最終トラックの<Brujo>での演奏も最高ではないか。今でも筆者のお気に入りのアルバムだ。ただ、2トラック目の<Lucifer’s Fall>だけは違った意味で印象に残った。最初聴いた時、まさかBill Evans(ビル・エヴァンス)が参加しているのか、と勘違いするほど違和感があった。実はこれがタウナーのピアノ演奏だと知った時は頭を抱えてしまった。マーク・ウォーカーの話によると、タウナーはこのエルヴィンとのアルバムのトラウマからキック・ドラムを嫌うので、自分はキック・ドラムを強く踏まないように神経を使う、と話してくれた。タウナーがドラムを嫌うのは、自分のギターの音色がはっきりと聞こえなくなる、と考えているからだそうだ。また、タウナーは極端にウォーキング・ベースを嫌うので、オレゴンはスイングの曲を演奏してもベースは常にハーフタイム・フィール(別名2フィール)で絶対にウォーキング・ベースを演奏しないのだそうだ。Ron Carter(ロン・カーター)、Ray Brown(レイ・ブラウン)、Charles Mingus(チャールズ・ミンガス)のようなオン・トップ・オブ・ザ・ビートでガンガンにドライブするウォーキング・ベースこそがジャズの醍醐味と感じている筆者のような者にとっては、かなり複雑だ。ちなみに、ウォーキングベースとは、4分音符ビートでガンガンドライヴすることだが、ハーフタイムフィール(2フィール)とはパルスをその2倍にするということだ。つまり、4分の4拍子ならパルスを2分音符ビートに、4分の3拍子ならパルスを付点2分音符ビートにすることを言う。これはオン・トップ・オブ・ザ・ビートで演奏しないという意味ではないことに留意。
90年代からオレゴンに参加しているドラムのマーク・ウォーカーはボストン在住で、筆者も彼との付き合いは長い。筆者のバンドで演奏してもらったことも何度かあるし、他の色々な仕事で一緒になる仲なので、ラルフの話を聞かせてもらおうと彼の自宅スタジオに訪れた。忙しいのにわざわざ時間を割いてくれただけでなく、ライヴの仕事に出なくてはならない時間ギリギリまで楽しい時間を過ごさせてくれた後、せっかくだから1曲やろう、などと言うほどいいヤツだ。


NYCでマークは90年代に4年間、マカンレスのバンドで仕事をしていた。そのマカンレスに誘われてオレゴンの『Northwest Passage (1996)』のレコーディングに参加した。オレゴンというバンド名は、タウナーとベースのグレン・ムーアが勉学を共にしたオレゴン州立大学に由来する。ネット検索には迷惑なバンド名だ。このバンドは、タウナーとムーアがPaul Winter Consort(ポール・ウィンター・コンソート)で一緒に活動していたマカンレスとウォルコットを誘って、1969年にNYCで結成された。ウォルコットはパーカッションだけではなくRavi Shankar(ラヴィ・シャンカル)直伝のシタールも演奏し、なんとマイルスの『On the Corner (1972)』にシタールで参加している。だが、彼は1984年、オレゴンの東独ツアー中に交通事故で死去してしまう。39歳だった。その後、タブラ奏者のTrilok Gurtu(トリロク・グルトゥ)がパーカッションを担うが、彼はJohn McLaughlin(ジョン・マクラフリン)に引き抜かれて退団。マークはハンド・パーカッションもこなせるドラマーとしてオレゴンに迎え入れられた。『Northwest Passage』の録音でタウナーはマークを即座に気に入り、「稼げるバンドじゃあないが、それでも良ければこのバンドのドラマーの座はきみのものだよ。」と言ったそうだ。
マークの参加は確実にオレゴンのサウンドを変えた。まず、ドラマーであるマークは、歴代のオレゴンのタブラ及びインド音楽を基盤にしたパーカッショニストと違い、ドラマー概念で演奏した。つまり、それぞれのハンド・パーカッションをスネア、キック、ハイハットという音空間に当てはめるように演奏したのだ。もうひとつ、マークの参加は確実にブラジル音楽のタイム感をもたらした。実はここがマークの面白いところだ。彼は1989年からPaquito D’Rivera(パキート・デリベラ)の専属ドラマーとして数々のグラミー賞を受賞するほどラテン界で活躍するドラマーだが、ボストンでは、なんとブラジル音楽のドラマーとして引っ張りだこなのだ。どうやって天と地ほど離れたタイム感を両立させるのか本人に聞いてみたが、自覚はないようだ。ロン・カーターに聞いた時もそうだったが、こういう人たちは身体に染み付いているので自覚がない。羨ましい限りだ。本人の自覚はともかく、マークの参加後オレゴンはブラジルのタイム感を取り入れるようになった。Maracatu(マラカトゥ)のビートがフィーチャーされた曲が演奏されるようになったり、タウナーが書くChoro(ショーロ)に似た曲がもっとショーロに聴こえるようになった。これは筆者にとって嬉しい。
このバンドはロックバンド同様メンバー変更をしない。バンドとしての統一性を強調している。結成46年後の2015年にムーアが突然引退し、イタリアのベーシスト、Paolino Dalla Porta(パウリーニョ・ダラ・ボルタ)が後を継いだ。タウナーは憧れのビル・エヴァンスの相棒、Scott LaFaro(スコット・ラファロ)のような演奏ができるムーアをこよなく愛した。オン・トップ・オブ・ザ・ビートでガンガンにドライヴするラファロのタイム感のことではない。何せタウナーはウォーキング・ベースを嫌っているから。そうではなく、ラファロのエヴァンスに対する絡みを再現できるのがムーアだったのだ。ポルタはそういうタイプのベーシストではない。だがポルタを見つけて来たのはタウナーだった。筆者にとっては、ポルタの参加はオレゴンのサウンドの変化に大きく貢献したと思う。彼はマークがブラジルのタイム感を出すと、それに合わせて気持ち良いグルーヴを出せるベーシストだからだ。誤解のないように言及するが、エルヴィンとの演奏でわかるようにムーアもガンガンにグルーヴする奏者だ。ただ、以前のオレゴンでムーアのグルーヴが生かされていたか、あまり覚えがないのだ。今回取り上げたオレゴン最後の作品、『Lantern (2017)』は筆者にとっても好きなアルバムだ。タイム感が最高だし、ジャズ好きとしてはこのような新しいサウンドへの前進が嬉しい。ポルタの初参加で好きなブラジルのタイム感も楽しませてもらえる。
マークの話によると、オレゴンの古くからのファンは、進歩を好まない。ロックバンドのファンと同じだ。ファンたちが馴染んだサウンドの演奏でなければ文句が出るので慎重になると話していた。だが意外にも、タウナーはこの『Lantern (2017)』を今までで最高の出来だと言ったそうだ。なぜか嬉しくなった。
Ralph Towner(ラルフ・タウナー)

ラルフ・タウナーの若い頃の映像(YouTube → )を見ると常に口を開けて演奏するのでとても鋭いタイプには見えないが、一旦話し出すと恐ろしく鋭い人だと分かる。見た目とのギャップが激しい。実は筆者も高校の頃ギターを弾く時についつい口を開けっぱなしにして、よだれをたらして感電したことがある。安物のギターだったのだが、その時自分にはギターは向いていない、と強く思ったことを覚えている。
ベイカーさんはパン屋さんの家系、ミラーさんは粉屋さんの家系。タウナーさんは「街に住む人」の家系だ。ワシントン州生まれのタウナーはオレゴン州の田舎町、ベンドという当時人口9千人程度の街で育った。バンド名がオレゴンである理由のひとつだ。母親はピアニスト、父親はトランペット奏者だが、この小さな田舎街に娯楽としての音楽はなかったのだそうだ。まず、小学校のブラスバンドでトランペットを始めた。6歳の時だ。9歳の時にはすでにLouis Armstrong(ルイ・アームストロング)の真似ができるようになっていた。並行して、母親はいつもバッハを弾いていたので、耳がすっかりそれを覚えてしまっていた。自分がピアノの前に座れば、バッハ風の即興が簡単にできた。面白いことに親からは正式なレッスンを受けていないらしい。全て耳で覚えて、すぐに演奏できるのでちょっとした神童扱いで得意になっていたと語る。15歳の頃にはダンスバンドで稼いでいた。たいして練習しなくても色々な楽器が出来てしまうので、大学には作曲専攻で入学した。そこでビル・エヴァンスのアルバムを耳にし、ピアノを本気で練習し始めた。先生には就いていない。全くの独学だ。エヴァンスのコピーに明け暮れたそうだ。興味深いのは、3年経って卒業間近になってもギグはしていなかったらしい。卒業直前に、今度は心理学科の学生が演奏したクラシック・ギターのコンサートにショックを受け、ギターを学ぶことを決心した。独学の限界をピアノで十分味わっていたので「最高のギターの先生は誰か」と自分の大学の教授に聞くと、ウィーン国立音楽大学のKarl Scheit(カール・シャイト)だと教えられた。ヒッチハイクで(どうやってアメリカからオーストリアまでヒッチハイクで行けるのかは不明)ウィーンに渡り、当時の$400、現在の$4,300(日本円現在66万円相当)で1年暮らしたというから脅威だ。ヨーロッパの学費はタダだが、よくそんな所持金で生活できたものだと驚く。1年後にアメリカに戻るのもヒッチハイクだったと言う。半端ない。

タウナーはウィーンのシャイト教授にルネサンス音楽をみっちり仕込まれたそうだ。ヨーロッパで音楽を学ぶ、というのはそういうことだ、と語っている。なるほど、タウナーのヴォキャブラリーの謎が解けた。彼のギター演奏からはビバップのヴォキャブラリーが聞こえて来ない。彼のヴォキャブラリーは民族音楽と、バッハと、ルネサンス音楽だったのだ。それにしても人生不公平だ。ギターを真剣に練習しただろうことは理解する。だが、始めたのは22歳ではないか。ピアノはエヴァンスに出会う19歳の頃まで練習していない。なのにあれだけの超絶技巧になれるということが妬まれる。それにしても、やはり芸術はコピーから始めるに限る。ピアノはエヴァンスのコピーだった。ギターはちゃんと先生に就いたのに、コピーを怠らなかった。英国人クラシック・ギタリストのJulian Bream(ジュリアン・ブリーン。日本ではジュリアン・ブリーム。)をしこたまコピーしたそうだ。コピーした後、同じ曲を弾いて録音し、ブリーンと自分との違いを細かくチェックしたと語っている。筆者がクラシックの生徒だった頃のアイドルはPeter-Lukas Graf(ペーター=ルーカス・グラーフ)だったが、真似したくともそれだけの技量が自分にはなかった。あの頃コピーするという考えが自分にあったらどんなに自分は変わっていただろうか。当時の日本の音大には、コピーすることを示唆する先生などいなかった。現在はどうなのであろうか。
ところで、タウナーのピアノはさすがにエヴァンスの影響でジャズのヴォキャブラリーが満載なのだが、どうも聞き流してしまう。反対に彼のギター演奏からは彼独自のヴォキャブラリーがプンプン匂って、吸い寄せられる。彼はエヴァンスのヴォイス・リーディングをギターに生かしている、と語る。興味深いのは、彼のピアノ演奏からは彼のギター演奏からの影響が聴こえてこない。タウナーのギターを聴けばすぐに彼の演奏だと分かる。ピアノではそうはならないのだ。ただ単に「すごい」で終わってしまう。筆者の偏見かも知れない。音楽的な内容は素晴らしいのだから。
タウナーの作曲作品群も実に興味深い。まず、70年代にバーガー・キングのTVコマーシャルに使われた<Icarus (イカロス)>は、その後ポール・ウィンター・コンソートでもフィーチャーされたヒット作品だ。当時のポピュラー音楽を代表していた。オレゴンは初期からフリー・インプロヴィゼーションの曲をセットリストに挿入していて、それが魅力ではあったが、全体の印象としてはタブラをフィーチャーしたインド的なサウンド、またはイージー・リスニング的なサウンド、またはサウンド・トラック的なサウンドという印象だ。タウナーがECMに移籍し、プロフェット-5シンセサイザーを使い始めるとプログレッシブ・ロックのようなサウンドの曲や、Chick Corea(チック・コリア)やPat Metheny Group(パット・メセニー・グループ)の影響を受けているような曲も出て来た。だが、マーク・ウォーカーが参加した90年代後半からタウナーの作曲スタイルがはっきり出るようになった。それは、複雑な変拍子や入り組んだコード進行の上で流れるメロディがキャッチーなものだということだ。ポール・マカンレスも、グレン・ムーアも、パウリーニョ・ダラ・ボルタも、あのギタリスト特有の細かく動くコード進行が敷き詰められているタウナー作品に着いて行ける、その技量が半端ない。マカンレスは、ただでさえインプロヴィゼーションに向かないオーボエやリコーダーなどの難易度の高い楽器を自由自在に操る。マーク・ウォーカーの話によると、やはり彼は休憩中にソロの練習をみっちりやっていたそうだ。筆者はジャズのソロが即興でなければならないと考えない。ジャズで最も重要なのは、ジャズ独特のグルーヴ感だからだ。あのエラ・フィッツジェラルドの追従を許さないスキャットはレイ・ブラウンが書いていたと言われるが、即興だろうがなかろうが、あれはまさにジャズの醍醐味だった。
『Lantern (2017)』

前述の通りタウナーが今までで最高の出来と言ったこの「提灯」というタイトルのアルバムは、筆者に取ってもオレゴンのベスト・アルバムだ。どの曲も非常にスッキリしたジャズ・アルバムだ。そう、今までのオレゴンで最もジャズ色が強いアルバムなのだ。1トラック目の<Dolomiti Dance>のドロミーティとはイタリア北部の山岳地帯のことだ。この曲のスタイルは西アフリカとカリブとヨーロッパのフォークソングを合わせたようなサウンドで、まさにオレゴンのキャラクターをよく表していると思う。変拍子の部分も短く効果的だ。
2トラック目の<Duende>のドゥエンデはスペイン語で、翻訳しにくい言葉だそうだが「芸術が生まれる瞬間のエネルギー」らしい。この曲には変拍子も気をてらうコード進行もなく、キャッチーなテーマで中世ヨーロッパを思わせるサウンドなのだが、構成はしっかりジャズのソロ回しだ。単純な曲なのに、なぜかオレゴンの匂いがぷんぷんしていて実に心地良い。
3トラック目の<Walk The Walk>はマーク・ウォーカーの作曲作品で、むちゃくちゃカッコいい。「Walk The Walk」というタイトルは、もちろんウォーカーの名前をもじったジョークだが、実は日常生活に使用する「実行する」という慣用句だというところが洒落ている。この曲はご機嫌なジャズだが、ネイティブなサンバのグルーヴ感が満載だ。これがマーク・ウォーカーの貢献なのだ。ブラジル音楽ファンには嬉しい。マークの幅の広いタイム感を是非お楽しみ頂きたい。
4トラック目の<Not Forgotten>も2トラック目同様、単純にオレゴンの魅力を楽しめるジャズ曲だ。コード進行も複雑ではないが、美味しいコードが上手に配備してある。じっくり楽しめる曲だ。
5トラック目の<Hop, Skip And A Thump>は今回取り上げた曲なので、後述する。6トラック目の<Figurine>のタイトルの意味は、小さな人形だ。このフィギュアリンはフィギュアより小さい人形だ。フィギュアと言えばアニメキャラクターやスーパーヒーローの人形のことを言うが、フィギュアリンにはその意味がないことに注意(筆者はそれを知らずに最初勘違いした)。この曲はターナーのピアノとマカンレスのオーボエだけの実に美しい曲だ。驚いたことにターナーからエヴァンスの影が消えている。ヴォイシングも実に素晴らしい。タウナーは実にキャッチーなテーマを次々に生み出す。

7トラック目の<The Glide>は書き下ろしではなく、ECMからの三作目、『Crossing (1984)』の6トラック目に収録されていた曲で、唯一ジャズっぽい曲だった。ベースラインはシンセベースで始まり、すぐにムーアのベースに入れ替わるが、ウォルコットがタブラでご機嫌なスイングを演奏しているのに(このウォルコットがともかくすごいのでぜひお聴きください)ムーアはオンビートなので、どうもしっくりしない。もしかしたらタウナーはリデンプションしたかったのではないか。蛇足で申し訳ないが、日本には「リベンジする」と言う表現があるが、これを聞く度にどうも居心地が悪い。英語のRevengeには「仕返しする」、つまり相手に危害を加ることが大前提だからだ。それに対しRedemption(リデンプション)が「もう一度挑戦する」という意味の言葉だ。「リベンジ」はすでに日本語英語になっているので変わるとは思わないが、やはり自分で使用したい言葉ではないことをご理解頂きたい。話は大幅に外れたが、今回のこの録音ではパウリーニョ・ダラ・ボルタが見事にドライヴしている。面白いのは、タウナーがウォーキング・ベースを嫌うのでポルタは2フィールに徹しているが、ウォークしたくてうずうずしているのが手に取るようにわかるのだ。この緊張感が特殊なドライヴ感を生み出していると思う。ご機嫌だ。ちなみに、この曲も実にキャッチーだ。
8トラック目は<Aeolian Tale>。この「エオリアンの物語」のエオリアンは第6モードであるという意味もあるだろうが(実際にこの曲は第6モードで書かれている)、その他にも「風の神」という意味もあるのだそうだ。この曲は変拍子と複雑なコード進行で、このアルバムで最も以前のオレゴンの特徴を継承している曲なのだが、なんとこの曲はタウナー作品ではなく、新入りのポルタの作品だ。実に興味深い。
9トラック目のタイトル曲、<Lantern>はオレゴンお得意のフリー・インプロヴィゼーションの曲だ。プロフェット-5シンセから始まり、前衛度は高い。長年のオレゴン・ファンにとっては嬉しいトラックだろう。
最終トラックの10トラック目は、スコットランド民謡の<The Water Is Wide>をマカンレスが編曲したものだ。タイトルの「水が広くて渡れない」とは、会えない恋人のことを歌っているらしい。このJames Taylor(ジェームス・テイラー)などもカヴァーしているポピュラーな曲をオレゴンはKeith Jarrett(キース・ジャレット)風のスタイルで上手に料理する。アルバム最後に相応しいサウンドだ。
<Hop, Skip And A Thump>
アメリカには「Hop, Skip, and a Jump」という言い回しがある。この意味は「すぐそこ」または「目と鼻の先」だ。「It’s just a hop, skip, and a jump from here.」と言えば、「それはすぐそこだよ。(チョンチョンと行ける距離)」という意味になる。それをもじったのが、この「Hop, Skip, and a Thump」だ。「Thump」とは、「どしんと尻もちをつく」だ。「チョンチョン行こうと思ったらコケた」と言ったところか。笑える。ちなみに、陸上競技の3段跳びで使う「ホップ・ステップ・ジャンプ」とは別物だ。
この曲はシンプルでキャッチーなメロディーに対して複雑なコード進行なので楽曲解説に適しているだけでなく、オレゴンとしては初のブルージーな曲だと思う。演奏も今までで一番ジャズっぽいのではないだろうか。ポルトのベースは7トラック目の<The Glide>と同様2フィールだ。こちらのこの曲はもっとリラックスしたものなので、オン・トップ・オブ・ザ・ビートでガンガンとドライヴしたベースラインではないが、それでもオンビートよりはしっかりドライヴしている。だが、なんと言ってもタウナーのタイム感だ。以前だったらもっと突っ込んで演奏しており、バンドが釣られて走るのをマーク・ウォーカーが押さえ込むような演奏をしていたが、ここでのタウナーは、なんとビハインド・ザ・ビートスレスレのところにいる。だからオレゴンから初めてジャズのサウンドが聴こえると感じるのだ。正直この変化には驚いた。
さて、この曲はジャズのスタンダード、【A】【A】【B】【A】32小節形式だ。筆者が知る限りタウナーがこのようなスタンダード形式の曲を書いたことは今までなかったと思う。まず【A】セクションを採譜した。

譜面だけを見ると、まるでビッグバンドの曲のようだ。ご覧のように、メロディーは単純でキャッチーなのに、コード進行が恐ろしく複雑だ。さらに、タウナーは全てのトライアッドに第2音を含めたヴォイシングをしている。これは9thコードという意味ではない。なぜなら第7音を意図的に除外しているからだ(それ故同音が9thではなく2nd)。ここがタウナーのこだわりなのだと思う。第7音はジャズ特有のサウンドを生む。第7音抜きで第2音を加えるヴォイシングは、ポップ音楽の常套手段だ。
このキャッチーなメロディーは、なんとEマイナーのブルースのメロディーだ。また、フレーズの切れ目、4小節目3拍目と8小節目3拍目に登場するフレーズは、なんとビバップフレーズだ。これも筆者のタウナーの印象と比べるとかなり新しい。次にブリッジである【B】セクションを見てみよう。

思いっきりスイングするセクションだ。まず注目したいのは、ウォークを嫌うターナーが4分音符1拍ずつにコードを与え、まさにウォーキング・ベースを表現しているではないか。これは確実にタウナーの新境地を表している。
次に、Eマイナーのブルースだった【A】に変化を付けるために調性が変わったように聞こえさせている。またしてもコード進行が複雑に動くので見た目には分からないだろうが、これらの謎はソロ・セクションの演奏で解明する。ソロ・セクションではコード進行が若干単純化されているからだ。ヘッド(日本ではテーマ)のコード進行と比べ合わせて、さらにマカンレスのソロの音使いを比較してみた。その結果が以下のコード進行だ。まずは【A】セクション。

見やすくなったと思うが、ご覧のようにEマイナーのブルースに当てはまるコードは8小節目以外ひとつも出ていない。だがマカンレスはEマイナーのブルースフレーズで気持ち良いソロを取っている。
次に【B】を同様に単純化して採譜した。これでブリッジの転調するようなサウンドの謎が解けた。

このセクションは意外にも主調であるEマイナーのコードから始まり、モーダル・インターチェンジであるGマイナーコードに上がる。後半は前半4小節のパターンを長2度下げて、最後のコードはEマイナーのドミナントであるB7だ。つまり、【A】はあれだけEマイナーと無関係のコード進行が配備されていたのに対し、ブリッジは思いっきりEマイナーの調性内ということなのだ。よくこれだけ捻り回した作曲法をもって、これだけシンプルでキャッチーに聞こえる曲を書けるものだと感嘆した。タウナー恐るべし。お楽しみ頂きたい。
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