JazzTokyo

Jazz and Far Beyond

閲覧回数 49,361 回

Hear, there and everywhere 稲岡邦弥R.I.P. リー・コニッツNo. 265

Hear, there & everywhere #13「Lee Konitz / At Storyville」

text by Kenny Inaoka  稲岡邦彌

別稿の「カメラマン米田泰久氏が語る素顔のリー・コニッツ」に登場する リー・コニッツのStoryville三部作は名盤として知られている。ファンの間では、それぞれ「ライヴ」「海岸」「ハーヴァード・スクエア」の愛称で知られ、10吋(とおインチと読む)盤は幻の名盤としてつとに名高く、ファン垂涎のアルバムだった。
Storyvilleは、1897年から1917年にわたる20年間、ニューオーリンズに設置されていた公認の紅灯街の名前である。ストーリーという名の議員が提出した法案が通り設置された特別区ということでストーリーの街、ストーリーヴィルと名付けられたとモノの本には記されている。
1951年、生まれ故郷のボストンにあるコープリー・ホテルの地下にジャズ・クラブを開いたジョージ・ウィーン(日本では、ジョージ・ウェインと表記されることが多い)はクラブの名をSotryvilleと名付け、同時に設けたレコード・レーベルの名もStoryvilleとした(余談になるが、82年にボストンを初めて訪れた際には、まだ存在していたコープリー・ホテルに宿をとり往時を偲んでみたりした)。ジョージ・ウィーンは 1954年に開催したニューポート・ジャズ・フェスティバルのプロモーターとして世界に名を馳せることになるが、もともとはジャズ・ピアニストでレコードも残している。ウィーンの興味はニューポート・ジャズ・フェスティバルに傾斜していくので、Storyvilleが存続したのは5年ほどである。制作されたアルバムは20枚前後だが、龝吉敏子のデビュー・アルバムを始め時代を反映したジャズ・アルバムはどれも捨て難い味を持っている。70年代初期にロンドンのレーベル、Black Lionのオーナー、アラン・ベイツがStoryvilleの権利を買ったので、Black Lionとカタログ契約をしていた旧トリオレコードが日本の発売権を持つことになった。
マニアの間ではStoryvilleレーベルは、スイングからビバップへの過渡期のジャズ、いわゆる“中間派”ジャズ(“野球は巨人、司会は巨泉”のキャッチフレーズで売ったジャズ評論家出身の大橋巨泉の命名と言われている)のレーベルということで知られていたが、ロンドンの倉庫でビリー・ホリデイの未発表音源を見つけた時は狂喜した。クラブ・ストーリーヴィルでは毎夜、演奏がラジオ放送されており、ビリーの音源はその同録テープで、ラジオのDJのアナウンスから始まる臨場感あふれる内容だった。
リー・コニッツのStoryville三部作はまさにそのような背景で制作されたものだ。なかでも通称「ライヴ」、『Lee Konitz at Sotryville』(LP304) はクラブ Storyvilleでライヴ録音されたものだ。原盤のライナーノーツはジョージ・ウィーン自らが執筆しており、ウィーンのコニッツに対する評価の高さが窺われる。コニッツの真価を見抜いていたウィーンはその後、『Konitz』 (LP313)、『In Harvard Square』(LP323) と続けて2作アルバムを制作している。LP313は“海岸のコニッツ”と通称されているもので、コニッツの師とも言われるピアニスト、NYのレニー・トリスターノのプライヴェート・スタジオで録音され、ウィーンがこれぞコニッツ!と大満足したであろうことは、『George Wien presents KONITZ』というアルバム・タイトルに如実に表れている。LP323『In Harvard Square』は、オリジナルの10吋盤では7曲だが、トリオレコードから12吋盤としてリリースした時に54年の録音から3曲追加され10曲となっている。このアルバムは、1989年にBlack LionでCD化した時にアウトテイクが6曲追加され14曲となった。(オリジナルに収録された3曲のオルタネイト・テイク)

前述したようにStoryvilleレーベルは、ファンの間では“中間派ジャズ”のレーベルと知られているが、実際にはビバップの龝吉敏子がいたり、ヴォーカルのビリー・ホリデイがいたり、当時の移行期のジャズ・シーンを反映したレーベルといえよう。リー・コニッツの演奏も薫陶を受けたレニー・トリスターノの“クール派”的演奏が基本をなすなか、次代を予感させる情動の発露をみせる演奏もあり非常に興味深い。トリスターノやマイルス・デイヴィスとの共演やアルバムが先行していたとはいえ、この時点でコニッツの異彩を見抜き、3枚のアルバムを制作したジョージ・ウィーンの慧眼はさすがというべきだろう。
ところで、“幻の名盤”としてマニア垂涎の10吋盤を日本で再発するにあたっては、コレクターからオリジナル・ジャケットを借り出す作業がある。入り口に『In Harvard Square』を飾っていた門前仲町のジャズ喫茶タカノの高野さんのように快く貸し出してくれるコレクターもいれば、なかには希少価値がなくなることを憂慮して渋るコレクターもいる。コレクター心理としては当然だろう。当時、スンイグジャーナル誌が火を付けた“幻の名盤ブーム”に乗って多くの“幻の名盤”が陽の目を見ることになった。その裏では多くのコレクターの協力があったのだ。リー・コニッツのStoryville3部作もそんなブームの中で12吋レコードとして日本で初めて再発されたのだった。
この項を書くにあたってネットを検索していたところ、現在、日本でStoryvilleの発売権を持つMuzakレコードが4月に三部作を2枚のCDにまとめてリリースしたとの記事が目に入った。ジャケットは『Jazz at Storyville』のアートワークが使われ、邦題は『リー・コニッツ/コンプリート・ストーリーヴィル・レコーディングス』とある。Disc1に17曲、Disc 2に14曲、オルタネイト・テイクもすべて収録され全31曲。税別2500円という定価に驚いた。配信や隣接権の切れたアルバムがyoutubeでも聴けるなか、古い音源をCDとしてリリースするメイカーには相当の企業努力が求められていることを実感した次第である。

 

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください