Hear, there & everywhere #36 ヒロ川島と妖精とチェット・ベイカー

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text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌(photo*)
photo by Mitsuhiro Sugawara 菅原光博

Hiro Kawashima Sings & Plays
Fuji Lake District Vol.7 at Kawaguchi Lake Kitahara Museum
3月21日(月)17:00~
河口湖北原ミュージアム Happy Days 音楽の部屋

ヒロ川島 (tp,vo)
遠藤征志 (p)
中津裕子 (db)


休日の遅い朝食中にカメラマンの菅原光博から呼び出しがあり、急遽、河口湖に駆けつけることになった。菅原は今年からワールド・ジャズ・ミュージアム21の代表を務めることになり、4月から12月まで伊香保温泉近くの切り絵緑の美術館で月替わりの写真展とライヴを計画している。4月は内藤忠行さんの「マイルスと桜」をフィーチャーした「トランペット・サミット」がテーマで、4月17日のライヴに予定しているヒロ川島の演奏のチェックだという。菅原も僕もヒロ川島は初体験である。
3連休の最終日とはいえ、高速バスは満車だと思い、新宿〜高尾〜大月〜河口湖の電車路線を想定し、念のために高速バスに電話を入れたところ新宿〜河口湖直通で予約なしでも空席があるという。直行で2時間、2000円とはありがたい。取るものもとりあえずバスタ新宿へ駆け付け、直近のチケットを買ったところ、京王バスの2階建ての新車ながら乗客が1階と2階に4, 5人ずつ...。「まん防」は解除されたとはいえ、市民の「自粛」が続いているのだろうか。会場に入る前に、高台に建つ「湖(みず)のホテル」で一服する。マンハッタンの由緒あるホテル、アルゴンキンを彷彿させるインテリアの素晴らしいホテルだ。ロビーから河口湖の全景が見渡せ、背後に控えるのは雪を頂いた霊峰富士。そう、富士山はいつでも「霊峰」なのだ。間近に霊峰富士を仰ぐことは僕にとって、日常から非日常へと移る一種のセレモニーとなる。

会場は、湖畔に建つ北原ミュージアムの中の「音楽の部屋」。歌謡曲のEP盤やいろいろなフィギュアのコレクションに囲まれた部屋で、セミコン1台とトランペッター用のハイチェア、コントラバス、限定20名が頃合いのスペースだ。ヨーロッパ滞在中に各地の湖や森で妖精伝説に馴染んだヒロ川島が持参の水晶石を打ち、妖精を招くセレモニーを行ったあと演奏が始まる。オープナーはチェットの愛奏曲<Look for the silver lining> 。ヒロのラッパの音色がとてもマイルドでウォームだ。その後、<You’d be so nice to come home to>や 数年前のチェットの映画のタイトル・ソング <My foolish heart> などチェットの思い出の曲が続く。時折り挟むヴォーカルもラッパの雰囲気をそのまま宿している。インターミッションで確認したところ、演奏している楽器は生前パリのホテルに滞在中のチェット・ベイカー自ら国際宅急便を使ってヒロの誕生日に届けてくれたというチェット愛用のブッシャー「アリストクラート」だという。そう、ヒロ川島はイギリスのWIRE誌が報じているように晩年のチェットとの親交が厚かったのだ。ヒロの演奏と歌の多くが、チェット縁(ゆかり)のレパートリーを追っていることもあり、チェットを彷彿させるのは当然のことなのだ。時にチェットが憑依しているのではと思わせる瞬間さえあった、と言ったら言い過ぎだろうか。2ndセットのオープナーはリッチー・バイラークの<Elm>と並ぶ名曲<Leaving>で、チェットとリッチーは共演経験はあるものの、両者によるこの曲の録音は認められない。但し、チェット自身はは<Leaving>をライヴや録音で何度か取り上げてはいるが、チェットのレパートリーの中ではかなりマニアックといえようか。マニアックといえばチェット唯一のオリジナルと言われる <Chetty’s Lullaby >もそうかも知れない。ピアノの遠藤とベースの中津は、譜面を使わないヒロの進行に苦もなく対応できる腕達者だが、いずれもやや単調で、音色、弾きぶりともにもう少しヒロとチェットの世界を共有する配慮があっても良かったのではと感じた。若いふたりには、チェット・ベイカー(1929年12月23日 – 1988年5月13日)はすでに遠い存在なのかも知れないが。

ヒロ川島 (tp, vo)
チェット・ベイカー本人から譲り受けたトランペットを使用した遠藤征志 (p) とのデュオで2022年春、CD3部作を完成させた。
遠藤征志 (p)
玉川大学文学部卒。源氏物語54帖を音で綴るリサイタル「響」の第2、3、4回を2022年に予定。
中津裕子 (db)
東京理科大卒。ジャズを中心に、pops、ハワイワン、シャンソンなどジャンルを超えて活躍中。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。音楽プロデューサー。著書に『増補改訂版 ECMの真実』(河出書房新社)編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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