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Hear, there and everywhere 稲岡邦弥No. 297

Hear, there & everywhere #40「近澤可也米寿記念シャンソン&詩吟 LIVE」

text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌

2022年12月24日(土)
新橋・ピアノカフェ ベヒシュタイン

近澤可也(構成・演出・シャンソン・詩吟)
岩元ガン子(ピアノ・祝舞)
井口恵聖(城勝流二代目宗家・詩吟)


「近澤可也」(ちかさわかや)という名前を聞かされても当誌 JazzTokyoの読者でその素性を知る者はほとんどいないであろう。近澤は東大「丹下健三研究室」卒の建築家としてその筋では知る人ぞ知る存在ではある。1964年の東京オリンピック、丹下が担当した国立代々木競技場の設計にチームの一員として参画した実績を持つ。
その近澤が米寿を記念して自ら企画・立案・制作・運営を手がけたLIVEを主催した。本来、11月に設定されていたLIVEだったが近澤本人がコロナの陽性反応を示し1ヶ月の順延となった。クリスマス・イヴと重なったため参加者が半減したというが本人は気にしない。
冒頭の挨拶が30分の長口舌になってしまい祝辞も記念品贈呈も飛んでしまったが、これまた一向に気にする気配はない。本人が舞監を兼ねているので進行も本人次第。ところが。一部のシャンソンの部。1曲目の〈過ぎ去りし青春の日々〉が始まると参加者全員の目が、耳が近澤の演唱に釘付けになった。何たる説得力。若い頃は歌手を夢見たという歌唱力と役者としての演技力。全身全霊で歌詞の意味するところを表現し聴き手に伝える。2曲目〈初恋のニコラ〉。近澤のシャンソンの師匠で伴奏を務めたピアノの岩元ガン子の解説で、移民のシルヴィー・バルタンが故郷ブルガリアに残した幼友達のニコラを想う歌であることを知る。ニコラ!ニコラ!と呼びかける近澤の絶唱が胸に突き刺さる。岩元の祝舞で息を整えるはずだった近澤だったが、後半の2曲〈My Way〉と〈生きる〜遺言〉ではさすがに疲れを隠しきれない。無理もない。昨夜は準備が長引き数時間しか寝ていないという。しかし、近澤のキャリアを歌い込んだような巧みな選曲から近澤の万感が胸に迫る。

二部は詩吟の吟詠。詩吟の詩は漢詩だから意味がわからないと...ということで昨夜4時までコピーの作業があったというわけだ。シャンソンで鷲掴みにされた心は吟詠を違和感なく受け入れる。近澤可也にとってシャンソンを歌い、漢詩を吟じることは趣味ではない、という。趣味ではなく求道。道を究めること。今回は師匠のスケジュールの都合で実現しなかったが、近澤のもうひとつの求道にフラダンスがある。十数年ぶりに聴く城勝流2代目宗家井口恵聖師の吟詠にも文字通り魅了された。粋な和装が暗示するように恵聖師の吟詠は歌謡性を帯びたものだが、何よりまずその艶やかで伸びのある声質に魅せられる。声量も豊かだ。今日はゲストで1曲のみの披露が実に残念、またの機会を待ち望みたい。

なお、二部の冒頭、記念品の贈呈があった。記念品は当誌JazzTokyoの連載でもおなじみ竹村洋子さんによる近澤師のドローイングである。実は筆者の思い付きで常識を逸した短期間で急ぎ書き上げてもらったものだ。すべてが驚くほどにリアルだが、とくにその細密かつ精緻な髭の筆致にはつくづく見惚れてしまった。「描いているうちにダヴィンチの自画像を思い出してしまいました」とは本人の自信を窺わせる弁。
プロ顔負けの感動を与えてくれた建築家・近澤可也米寿のLIVEだった。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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