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~No. 201ある音楽プロデューサーの軌跡 稲岡邦弥R.I.P. 清水俊彦

#19Ex. 清水俊彦さんの「剽窃」問題について

text by Kenny Inaoka  稲岡邦彌

昨年の夏のある日、旧知の元「スイング・ジャーナル」編集長・中山康樹氏から1通のメイルが届いた。求めに応じて渋谷の喫茶店で何年振りかで顔を合わせた。中山氏とは彼の編集長時代にはまったくといっていいほど付き合いはなかったが、退職後、著書を上梓するたびに版元を通じて献本を受け、旺盛な執筆活動に感心していた。その後、六本木のスイート・ベイジルのオペレーションを担当するようになった氏からブッキングの相談を受け、現場で打合せをすることが何度かあった。ちなみに、カーラ・ブレイのバンドは僕が仲介し、パット・メセニー・トリオの本邦初のクラブ出演も僕が取りまとめたのだが、中山氏の会社がオペレーションから降ろされたためドタキャンとなり僕は信用を失墜することになった。そんな苦い経験もあったが最近では彼が得意とするマイルスのアーカイヴについて僕が何度かメイルを通じて教えを乞うたことがあった。

目的を知らされずに会った彼の口から発せられた言葉に文字通り驚愕した。「稲岡さん、清水さんの盗作の事実を知っていますか?」 そういいながら手渡された本の「あとがき」を慌ただしく目で追った。そこには編者の筆で、刊行後に読者の指摘で清水さんが寄稿した一編がアメリカの作家の著作の一部を翻訳したものであったことが判明したため第一刷を回収、新たな執筆者を得て文章を差し替え第二刷を刊行した事実が記されていた*。驚きのあまりしばらく言葉も出せず、何度も何度も同じ文章を読み返しながら、「あの清水さんが、盗作?何故?」という疑問が頭の中を駆け巡るばかりだった。「JazzTokyoの清水さんの追悼特集を読んで驚いた」という中山氏の言葉に我に帰った。「皆が清水さんを絶賛している。しかし清水さんには盗作の事実があるのだから、それを公表しないとだめですよ。」 中山氏はどうして清水さんの盗作の事実を知ったのか、という問いに答えて、代役を務めたジャズ・シンガーの丸山繁雄氏から再版の献本を受け、同時に代役の理由を告げられたという。今を去る12年前、1995年のことだ。それが何故,今? 信頼すべき先輩が鬼籍に入った喪失感も癒えぬ今。
*編集部註:第二刷の「あとがき」に加えられた部分は以下の通り(関連部分のみを抜粋)
<この一巻の刊行後、一読者の指摘によって本書収録の一篇、清水俊彦の「ジャズ=不完全な芸術」が、遺憾にもテッド・ジオイヤ『不完全な芸術』(Ted Gioia、The Imperfect Art,Oxford and New York:Oxford University Press,1988.)の一部の剽窃であることが判明した。この結果、第一刷を直ちに絶版としたが、読者の方々には、ご迷惑をおかけしたことを陳謝する。(以下略)一九九五年四月 藤枝晃雄>(USA GUIDE 9 ARTS アメリカの芸術――現代性を表現する 藤枝晃雄編 株式会社弘文堂 第二刷 平成7年5月)

清水さんが剽窃をしたということは「あとがき」で記されている以上、動かし難い事実である。理由が何であれ文筆家として決して許されるべきことではない。その責は自ら負うべきだ。しかし、それでもなお「何故?」という疑問は残る。「清水さんは病気持ちでいろんな薬を飲んでいた。催眠薬や睡眠薬もね。一時的に精神状態が正常でなくなったことによる事故ということも考えられないだろうか。」 私の疑問に答えて中山氏は携えて来たもう1冊の本を開いて見せた。「望月由美さんが追悼文の中で<私の宝物>と書いている清水さんのイラストというのはじつは植草甚一さんのコピーなんですよ。」 中山氏が並べて見せたふたつのイラストはたしかに瓜二つだった。ひとつは中山氏に献本された自著に植草さんが記した自筆の署名とイラスト、もうひとつは望月さんに献本された清水さん自筆のイラスト(JazzTokyoに掲載された写真を中山氏がプリントアウトしてきたもの)。唖然とする私に中山氏はさらに傍証的な例を披露した。中山氏がスイング・ジャーナル誌の編集部員だった頃、清水さん執筆のアルバム・レヴューがアメリカのダウンビート誌に掲載されたレヴューに酷似しているとの読者からの投書があった。さらに...。「中山さん、そこまでフォローしているのなら中山さんが書いて下さい。JazzTokyoの誌面を提供しますから。僕は、そういう噂は一度も耳にしたことはないから。」「いや,僕は書きません。稲岡さんが書くべきですよ。」

私が清水さんにライナーノートを依頼するようになったのはスイング・ジャーナル誌の元編集長・児山紀芳氏の推薦によるものだった。詳細は追悼文に書いたので省くが、1972年のことだった(追悼文に1973年初頭と記したのは誤り)。トリオ(ケンウッド)・レコードに入社まもなくシカゴのAACMシリーズの国内発売を決心した私は児山編集長の推薦を受け、全シリーズの解説を清水さんに依頼したのだった(その内、5編が『ジャズ・アヴァンギャルド』[青土社・1990]の巻頭に集約収録されている)。音源とともに海外の紙誌に掲載された関連記事も提供した。海外の最新の成果を反映させてNYとは別の動きをしているシカゴ前衛派の全貌を浮き彫りにする意図があったからだ。清水さんに先立って日本でAACMを手がけた例はなかったので日本語の資料が手に入るわけもなく海外で公表された成果を活用するのは必然だった。おそらく、この1,2年というもの清水さんの頭はAACMに占領されていたに違いない。原稿は毎回3,40枚に及んだ。校正は通常の文字校の範囲を超えていた。論理の再構成による大幅な削除や追加。最新情報を得てのアップデート。現在動いているシーンをフォローするのだからできる限り新鮮な情報にアップデートしていくのは当然のことだった。当時、清水さんの書斎は2階にあり、朦朧とした頭で階段から転げ落ちて入院、ということも一度ならずあった。真夏の日など、ランニングシャツに半ズボンで書き上げたばかりの原稿を手にし2階から覚束ない足取りで降りてこられた時もあった。いつもダンディな清水さんとは余程かけ離れた出で立ちではあった。そんなことを思い出しながら重い足取りで帰途についた。校了に踏み切れずに時間の許す限り原稿に手を入れ推敲に推敲を重ねて文章を磨き上げていくのが清水さんのスタイルだった。それほど文章を大事にしていた清水さんが、よもや他人の文章を翻訳して自分の名前で寄稿するなどとは、正直なところなかなか受け入れ難い事実だった。

数日後、版元へ電話を入れ、当時の編集担当から、「本人の合意を得たので初版を回収、廃棄した。原著出版社の日本代理人と和解が成立したのでそこまでで事を済ませた。」との情報を得た。手元にあった植草さんの著書を繰ってみたところ、清水さんが流用したと思われるイラストが印刷されてあった。JazzTokyoで幹部会を開き、「12年前に<あとがき>で公表された剽窃の事実を中山氏経由で知ることになった。しかし、本人が故人となった今、その事実を唐突に後追い発表するのではなく、今後は必要に応じて客観的事実として清水さんの履歴に加えるべきである。近い将来、清水さんのクロニクルを作成、発表することも検討しよう。」との結論に達した。

昨年末、JazzTokyoのコントリビュータのひとりから「いーぐる」での連続講演の情報が伝えられた。テーマは「ジャズ・ジャーナリズムの現状を考える」だが、内容は「清水さんの盗作問題」で、自身の参加を求められているということだった。すぐに、主幹と編集長が参加すべきと判断したが、生憎、その日は両人ともトロンボーンの向井滋春のレコーディングに1時から市ヶ谷のサウンドイン・スタジオに拘束されている。思い余って主催の後藤雅洋氏に日程の変更を申し入れるメイルを出したが、当然のことながら「不可」の回答。折り返し、「事前にコメントを用意してもらえれば当日発表するが」との配慮あるメイルが届いたが、これは当方でお断りした。当日どのような展開になるか不明の状態で見解を書くのは不可能だ。代案として、後藤氏に当日の模様をレポートにまとめて寄稿していただき、それに対して誌上で対応させていただくことで合意を得た。ここでは、剽窃問題への対応の経緯についてのみ触れさせていただいたが、その他について思うところは稿を改めさせていただく。

テーマに興味を抱いたコントリビュータのひとり、クラシックの批評家・丘山万里子さんが「いーぐる」にも足を運び、「評論/ジャーナリズム/音楽ジャーナリズムを考える」として先行発表された。JazzTokyo/HOMEの「カデンツァ Vol.09」を参照いただければ幸いである。

なお、清水俊彦追悼特集に収録された山下邦彦氏の原稿、「3.倍音の横糸~CD『ポール・ブレイ/ソロ・イン・モント・ゼー』に寄せて」は、当該CDのレヴューとして寄稿されたものを、編集部の判断で追悼特集に転載したものである。

*初出 JazzTokyo #87   (2008.2.24)

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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