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Jazz à la Mode 竹村洋子No. 263

ジャズ・ア・ラ・モード #31 ビリー・ホリデイのファー・コートと<コートにスミレを>

31. Billie Holiday~ Violets For Your Furs
text by Yoko Takemura 竹村洋子
photos: Library of Congress-William Gottlieb Collection, Pinterestより引用

この原稿がアップされる頃は、暦の上では春。まだまだ冬の寒さが残っているだろうが、春の気配を感じ始める頃だろう。ビリー・ホリデイのファー・コート(毛皮のコート)と春を象徴する話題について取り上げてみようと思う。

ビリー・ホリデイについては、以前にも#9.ビリー・ホリデイとシンプルなクルーネックセーター#22. ビリー・ホリデイの最高にゴージャスなアクセサリー、で取り上げた。彼女は洋服でもアクセサリーでも常に最上級のものを身につけていた。

ファー・コートは人類の歴史が始まった時から防寒着として用いられていた。中世ヨーロッパでは高級なものはゴールドや宝石と同様に財宝として扱われ、代々受け継がれてきたものでもあった。ヨーロッパから世界に広まっていったのは18世紀以降。近年に至っては動物愛護の観点から毛皮使用反対運動が広まり、本物の毛皮を使うことは多くのファッション・ブランドが控え始め、替わって値段も手頃なアクリルのフェイク・ファーがファッション・ファーとして定着している。
と言ってもやはり毛皮愛好家はまだまだいる。シベリアを始めとする極寒冷地、アメリカでも冬の寒さは半端でない地域も数多く、防寒着として現在でも必需品だ。また高価な物を成功のステータスとして好む人達も多くいる。
毛皮の種類でいうと、最高級のセーブル(テン)からミンク、シルバーフォックス、チンチラから安価なラビット、ラクーン、ビーバーやムートンなどがある。ミンクはイタチの一種で北米に多く生息し、1930年代から人工飼育が始まり大量生産させるようになった。

ビリー・ホリデイのファー・コートは素晴らしい。冬場にステージ衣装の上に羽織るコートして半実用着としてよく着用していた。何事にも最上級を求める彼女の事、おそらく最高級のセーブルのコートだったと察する。彼女のコート1着に30~40頭のテンが必要だっただろう。丈もフルレングスに近く、袖がドルマンスリーブのようにアームホールが広く袖口が狭くなっているデザインが特徴的。現在の価格で、500万円は軽くするだろう。ビリー・ホリデイはこのコートがかなりお気に入りだったようで1940年代から亡くなる1959年まで愛用していた。彼女は大きなストールもよく使っており、こちらはミンクだったかもしれない。

セーブルとミンクを見分けるのは、コートにされる過程で毛皮が刈り込んであったりするため、写真からはなかなか難しい。

ちなみに、ビリー・ホリディ以外にも、エラ・フィッツジェラルド、ダイナ・ワシントンもファー・コート大好き組だ。彼女らを始めとした成功した女性シンガー達が着ている物は、セーブルかミンク。ダイナ・ワシントンは1950年代の後半に、彼女のパトロンから$15,000 (現在の価値にすると約300万円程?)のミンクのコートをプレゼントされた、という記録もある。贅沢三昧の生活で借金まみれだったビリー・ホリデイのコートもパトロンか誰かにプレゼントされたものかもしれないが、誇り高い彼女の事、自分でオーダーしたものを着続けていたのかもしれない。

富豪ロスチャイルド家出身にして、セロニアス・モンクやチャーリー・パーカーなどをはじめ多くのジャズ・ミュージシャン達のパトロン的存在だったパノニカ・ドゥ・コーニグズウォーター夫人はセーブルのロングコートの下にTシャツとジーンズといった、何とも贅沢なスタイルでいた事が多かったようだ。

ミンクのコートは大量生産されるようになった1930~1940年代にはかなり流行したようだが、1960年代にも毛皮の流行があった。アレサ・フランクリンやダイアナ・ロスといったR&B系のアーティスト達が挙って着ていた。何れにしても、ファションであると同時に成功の象徴として着用されたいたことは事実だろう。

<コートにスミレを: Violets For Your Furs>という1941年に作曲マット・デニス、作詞トム・アディアによって作られた、ロマンチックなスタンダードナンバーがある。マット・デニスがトミー・ドーシー・オーケストラのために作った曲で、フランク・シナトラが唄いヒットさせた。その後ジョニー・ハートマン、シャーリー・ホーンや多くのシンガー達によって唄われ、ジョン・コルトレーンも演奏していた。男性シンガーにも女性シンガーにも好まれた歌であるが、女性シンガーのパフォーマンスの極みは、何と言ってもビリー・ホリデイだろう。

1958年2月にコロンビア・レコードでレコーディングされた『Lady In  Satin (レディ・イン・サテン)』の中で唄っている。
原曲は男性が女性に対して唄ったもので、『私はあなたにスミレの花を買った』という所をビリー・ホリデイは、『あなたが買ってくれた』と唄っている。

<コートにスミレを:Violets for your furs >

作曲:マット・デニス
歌詞:トム・アディア

冬のマンハッタンだったわね
あたりは降った雪片でいっぱい
街は薄い氷が覆ってたわ
何処かで聞いた簡単な魔法のお陰で
至るところの天気があっという間に変わったわ
あなたは私の毛皮のコートにつけるスミレの花を買ってくれたわ

しばらく春のようだったの、憶えてるかしら?
あなたは私の毛皮のコートにつけるスミレの花を買ってくれた
そして、あの12月は4月か5月のようだったわ
花に舞い落ちた雪は途端に溶けてしまって、夏の日みたいだったわ

(中略)

あの時から私達は完全に恋に落ちちゃったわ
あなたが私の毛皮にすみれを買ってくれた日から・・・

この歌を知っているジャズ・ファンとは、この歌詞について「雪の降ってる12月に春の花のスミレがあるの?」と必ず笑い話になる。寒い12月に男性が女性にファー・コートに似合う花を買い、それが2人をまるで春のような暖かい気分にさせ、一気に恋が芽生えて盛り上がった事を表現した話で、ここでのスミレは一種の比喩だろう。

『スミレ』はもちろん春に咲く花。ここで言う『スミレ』は『ニオイスミレ(西洋スミレ)』のことだろう。元はアジア原産の野の花だが、アメリカやヨーロッパでも見られる。ニオイスミレの香りは、ヨーロッパでは古くから化粧品、 ハーブティー、ワインなどの飲み物やお菓子など、さまざまなものにも使われて来た歴史がある。英語では 『スウィート・ヴァイオレット(sweet violet)』ともいう。『ニオイスミレ』は永遠の愛や思いやりのシンボルとされ、『ささやかな幸せ(modest happiness)』とか『謙虚(modesty)』『誠実(faithfulness)』といった花言葉がある。慎ましく、可憐な花であることから人気がある庶民の花だ。

そんなロマチックな花が男女の恋に一役買っているという事なのだ。トム・アディアがどういう意図で作詞したかは確かではないが、おそらくそんな意味合いか、ただ単に『violet』という言葉の響きが曲に合って良かったからかもしれない。

個人的な話をさせてもらえれば、仕事で欧米によく行っていた頃、この歌詞に憧れて、スミレのコサージュをよく探して回った。意外に沢山あり見つけると片っ端から買い、ちょっとしたコレクションになってしまった。今になって考えてみれば、人工的なコサージュであっても、スミレの花はよくアクセサリーに使われているのかもしれない、と勝手な想像をする。

ビリー・ホリデイはファー・コートを着て、本来なら夏の花である豪華なオーキッド(蘭)やカメリア(椿)の花もをつけていたし、彼女のガーデニア(梔子)は生花だけではなく造花のコサージュもあった。庶民の花スミレはビリー・ホリディのセーブルのコートにはちょっとピンとこないが…。
ビリー・ホリディはその惨憺たる生き様ばかりがクローズアップされているが、本当は『スミレ』のように可憐な一人の普通の愛すべき女性だったような気がする。
彼女の最晩年の録音のこの曲を聴いていると、フランク・シナトラのロマンチックそのものとは全く違い、ビリーが昔の良き時代を思い出し、切々と歌っているのがなんとも痛々しく胸が詰まったような気分になるが、妙に説得力がある。そう感じるのは私だけではないだろう。

身も心も暖かくなるような春の到来が待ち遠しい。

 

<コートにスミレを:Violets for your furs >ビリー・ホリデイ

<コートにスミレを:Violets for your furs >フランク・シナトラ

竹村洋子

竹村 洋子 Yoko Takemura 桑沢デザイン専修学校卒業後、ファッション・マーケティングの仕事に携わる。1996年より、NY、シカゴ、デトロイト、カンザス・シティを中心にアメリカのローカル・ジャズミュージシャン達と交流を深め、現在に至る。主として ミュージシャン間のコーディネーション、プロモーションを行う。Kansas City Jazz Ambassador 会員。KAWADE夢ムック『チャーリー・パーカー~モダン・ジャズの創造主』(2014)に寄稿。Kansas City Jazz Ambassador 誌『JAM』に2016年から不定期に寄稿。

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