ジャズ・ア・ラ・モード #50 チャーリー・ワッツのファッション哲学

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50.The fashion philosophy of Charlie Watts
text & illustration by Yoko Takemura 竹村洋子
Photos : Used by permission of the University of Missouri-Kansas City Libraries, Dr. Kenneth J. LaBudde Department of Special Collections、Figaro Japan、Pinteresより引用

今年(2021年)8月24日にイギリスのロックバンド、ローリング・ストーンズのドラマーだったチャーリー・ワッツが亡くなったのは、ロックファンだけでなく、ジャズファン、音楽ファンとっても大きなショックだった。
チャーリー・ワッツ(Charles Robert “Charlie” Watts:1941年6月2日~2021年8月24日)はロンドン生まれ。ローリング・ストーンズのオリジナルメンバーの一人であり、ジャズに大きな影響も受けており、自分では元々はジャズ・ドラマーだと言っている。2016年、ローリング・ストーン誌が選ぶ『歴史史上最も偉大な100人のドラマー』で12位を獲得している。

12歳でいとこが持っていた、当時イギリスで流行していたアール・ボスティックの<フラミンゴ>のレコードを聴きジャズに興味を持ち始める。13歳の頃ドラムの興味を持ち、最初に買った楽器はバンジョーだったが、ネックを取ってしまい、スネア・ドラムのように使っていたようだ。同じ頃にチコ・ハミルトンの存在を知り、ハミルトンのブラッシュ・ワークに憧れる。14歳の時に両親にドラム・セットを買ってもらい、ジャズのアルバムを聴きながら独学でドラムの演奏を始める。その後ジャズクラブにも出入りするようになる。
アートにも興味を持ちハロウ・アート・スクール(現ウエストミンスター大学)で学ぶ。卒業後はデンマークでグラフィック・デザイナーとして広告代理店に勤める傍ら音楽活動を続けていた。初期のローリング・ストーンズのアルバムカバーデザインを手掛けたり、ワッツのアイドルだったジャズ・ミュージシャンのチャーリー・パーカーのイラストなようなものも残している。

1963年にローリング・ストーンズに加入し、以後バンドのドラマーとして活躍。1970年後半より自らのジャズバンドでも活動を始める。ブルース・ミュージシャンのイアン・スチュアートの『ブーギー・ウーギー・バンド・ロケット88』に参加、エヴァン・パーカー、コートニー・パイン、ジャック・ブルースなどイギリスのジャズ・ミュージシャンたちと、1980年代にはワールド・ツアーを行っている。
1980年代半ばにはドラッグ中毒、アルコール依存症も患ったが克服し、1991年にはジャズ・カルテットを組み、チャーリー・パーカーをトリビュートするアルバムも出している。

ワッツは、ファッションセンスの良いことでも知られており、イギリス。デイリー・テレグラフ社の『ワールド・ベスト・ドレッサー』にも名を連ねており、2006年に ヴァニティ・フェア誌の『インターナショナル・ベスト・ドレッサーの殿堂』入りをしている。

チャーリー・ワッツは極めて高い美意識を持ち、稀なるスタイリッシュなミュージシャンであり、美しく歳を重ねた男性だった。写真と併せてチャーリー・ワッツのファッションを紹介し、哀悼の意を評したい。

【チャーリー・ワッツ、ファッションとの出会い】

ワッツは父親からファッションの影響を受けている。ワッツがティーンエイジャーの頃、父親がロンドンのイーストエンドにある仕立て屋に連れて行っていた。

ファッションに対する興味が本格的に芽生え始めてからは、1950年代当時のジャズ・ミュージシャンたちから音楽だけでなく、彼らのファッション、生き方など様々な事に大きな影響を受けている。
ハリウッドの映画スターやジャズ・ミュージシャンにも興味を持ち、特にその頃流行したシンガーでバンドリーダーのビリー・エクスタインにぞっこんだった。エクスタインは独特の襟のシャツを着ていて、最高に様子の良い見栄えのするジャズ・ミュージシャンだった。ミスターBというニックネームで、その大きな襟はBカラーと呼ばれていた。
1940年~1960年代のジャズ・ミュージシャンたちは皆とてもハンサムでお洒落だった。デューク・エリントン、レスター・ヤング、チャーリー・パーカー、マイルス・デイヴィス等がワッツのジャズ・ヒーローだった。(コラム#1.チャーリー・パーカーのストライプスーツ、#4.スタイリッシュなバンドリーダー達、#10.ビリー・エクスタインとジョー・ウイリアムスの粋参照)ジャズ・ミュージシャンたちの素晴らしい服の着こなしはワッツの憧れだった。彼らはただ服を着て、オフィスを行き来するだけでなく、その服で一晩過ごし、そのスーツで演奏もしていた。
ワッツはマイルス・デイヴィスのアルバム『マイルストーン』でマイルスが緑のシャツを着ているのを真似し、デクスター・ゴードンが『アワー・マン・イン・パリ』で襟にピンをしているのを見ては何百本にも及ぶほどピンを買い込んでいた。ワッツがシャツにピンをしている姿は数多く見られる。

*ワッツのジャズ・ヒーローたち〜1940~1960年代のジャズミュージシャンたち

*襟のピン

20代初めのローリング・ストーンズ在籍時代から生涯にわたり、こういったジャズ・ミュージシャン達のファッションを真似し、ダブル・ブレストのストライプ・スーツや英国風の服を好んで着ていた。
2012年のアメリカGQマガジン7月号に掲載されたワッツのインタビューによると、ワッツは当時のことを振り返り、「何てったって、自分がレスター・ヤングか何かだと思い込んでたんから。そうやって、いつも夢の世界にいたんだよ。今でもそうだよ。今でも僕は、ニューヨークのアポロ・シアターやシカゴかどこかのクラブで演奏してる姿を想像してたりするんだよ。そんなことに思いを巡らせるのが好きなんだ。」と言っている。

*1940〜1950年代のレスター・ヤングのスーツ・スタイル

【自己のファッションについて】

ワッツ自身は若い頃から、英国の伝統的な服が一番の好みであり、TPO(時間、場所、場面)と自分の年齢に合った服の選び方、着こなし術を心得ていた。
全体のバランス、素材、デザイン、ディテールに至るまで、自己のファッションに対するこだわりも相当なものだ。好き嫌いもはっきりしている。カジュアルで一見地味に見えるようなスタイル、コーディネートでも、シャツとソックスのカラーをきちんとコーディネーションしたり、細部に至るまで気を配っていた。

若い頃はジャケット着て演奏してたこともあるが、徐々にステージではスーツは着なくなり、ほとんど半袖のシャツかT-シャツ、ポロシャツといったスタイルに変化していった。色は黄色、赤、ロイヤルブルーなどかなり派手なものが多かった。イギリス人はある年齢に達すると、色の好みが英国国旗ユニオンジャックの赤、ロイヤルブルーに固着し出す人がかなり多い、とイギリスのファッションデザイナーに聞いたことがある。ワッツもその一人だろうか?
晩年はテレビショウなどの場でシャツにネクタイ、ヴェスト、スラックスというスタイルで登場していたが、ジャケットはドラムを演奏するには窮屈だった様だ。

*1960年代頃、ローリング・ストーンズ時代

*晩年のステージでのワッツ

自分で着るスーツやシャツは自分でデザインし、ロンドンにある行きつけの店2件でスーツをオーダーしていた。紳士服の仕立て屋は、服作りのルールに従って服を作り、客にデザインのあれこれを言わせることはまずない。ワッツが自分の好みに合う様にオーダーする、というのは極めて稀なことなのである。
「もしダブル・ブレストのスーツにノッチド・ラペルで仕立てるように注文しても、仕立て屋は作らないと思う。ダブルのスーツにはピークド・ラペルと決まっているからさ。“どうしてだろう、やってくれてもいいのに。”と思う時があるね。でも、誰かがノッチド・ラペルのダブル・ブレストのスーツを着ているのを見たらやっぱり変だと思うよね。これは何百年も続いた伝統的なスーツの仕立て方で、僕はそんな伝統があるファッションが好きなんだ。」とワッツは言っている。

彼のお気に入りのファッション・ブランドの一つにラルフ・ローレンがある。ラルフ・ローレンは1967年に創立されたアメリカのブランドだが、初期のラルフ・ローレンの服は着たまま寝たくなるほど大のお気に入りだった様だ。古き良き英国風やボストンに代表されるアメリカ東海岸の伝統的なファッションは、晩年のワッツの様なある年齢に達した白髪の男性にはとても良く似合う。
彼の好みのスタイルは昔風で伝統的なものであるため、長く在籍していたローリング・ストーンズのメンバー達と一緒にいる時には、居辛さや気恥ずかしさを感じていたこともあった様だ。ストーンズのメンバー達との写真を見ると、確かにワッツ一人がファッション的に浮いている感じがする。特にワッツはスニーカーが嫌いだった様で、メンバー達と一緒の写真を見ると、みんながスニーカーを履いているのに一人革靴を履いている姿かなりある。ストーンズのメンバー達にはスタイリストがついていただろう。ワッツは自分の服はバンドのメンバーたちとテイストが違っても、あくまで自分のセオリー通りに自分で選んでいた。服に対しても音楽と同様に情熱を持ち、信念を貫き通していた。

時に有名なファッション・ブランドの服、と思われる様なものも着ている時もあるが、ワッツには少しお洒落すぎるかもしれない。どこか本来のワッツの姿ではない様な気がする。

*コートの着こなし

靴については、ありとあらゆる種類のものを持っているが、特にロンドンにあるジョージ・クレヴァリーのトラディショナルな靴がお気に入りだった。非常に高品質な靴で日本で買えば1足10万円は軽くする。この店はスタイリッシュで有名な俳優のテレンス・スタンプを始め同じようなファッション・テイストを持ったセレブリティたちが集まる老舗である。

ワッツは大変な衣装持ちだ。ロンドンの自宅には200着程のスーツがあり、イギリス南部の小さな田舎町のデヴォンにある別邸にもそこそこ持っていた様だ。そして、服を大事にしていた。30年以上前に購入した服まで着ていたらしい。
そのスリムな体系をキープし、「体にはあまり良い事ではないけれど、もしスラックスが履けなくなったら履けるようになるまで何も食べない。」とも言っていた。

【ファションに大事なことは・・・】

ファッション好きなワッツも自分のスタイルを作り上げるまでには、多くの時間、年月を費やしたようだ。自分と同じくらいの年代の男性の粋な着こなしや、若い人たちのファッションに触発されることもあった。
服はどう言う風に着ることが一番大事かワッツは知っていた。服は1950年代のジャズ・ミュージシャンのように、『着こなしていなければならない』のだ。また、下ろし立ての新品ではなく『着古した服』が好きで、それも自分で『着古した感』を出すことが大事なので、ヴィンテージのものは買わなかった。
服は『自分なりに着こなす』ということが如何に大事かということを常に念頭に置き、自分なりのファッションを創意工夫し、一番自分に似合うものを生涯にわたって模索し続けていたに違いない。
ワッツにとっては、ファッションに関して時間をかけ悩んだりすることは、ちょっと失われた世界を楽しんでいる様な感じだったらしい。

世界中でファスト・ファッションが当たり前になった近年、ファッションに時間をかける人たちがどれ程いるだろうか?自分で服を作る人も極めて少ない。しかし、英国にはファッションに関しても、伝統を大切にする文化が深く根付いている。英国には『ソーイング・ソサエティ』なるものが存在する高校や大学が数多くある。自分で服を作ったりリメイクする『裁縫クラブ』と言ったところだろう。英国のライフスタイルやファッション文化の懐の深さを感じる。
ワッツの中にも、新しいものに挑戦していく前に、長い歴史の中で培ってきた英国文化と伝統を守り尊重する、という思想、哲学があったに違いない。

ワッツのファッションは英国風の伝統的なスタイルが基本であり、ゴテゴテ飾り立てるのではなく、至ってシンプルだ。
今は亡きフランスの世界的ファッションデザイナー、ココ・シャネルの言葉に『シンプルさこそエレガンスの鍵。エレガンスとは青春期を向け出したばかりの人たちの特権ではなく、すでに自分たちの未来を手に入れた人たちの特権です。』という言葉がある。
チャーリー・ワッツのスタイルは優美で気品に溢れ、彼のダンディズムは『エレガンスそのもの』だったという気がする。

*YouTubeリンクは1992年、ロス・アンジェルスでのT V番組『デニス・ミラー・ショウ』に出演した時の映像で<ラヴァー・マン:Lover Man>。演奏するのに珍しくスーツを着ている。チャーリ・ワッツ・カルテットのメンバーは、ピーター・キング(as)、ブライアン・レモン(P)、ジェラルド・プレセンサー(tp)、デヴィッド・グリーン (b)、バーナード・ファウラー(vo)はローリング・ストーンズのバック・ヴォーカリストとして知られるアメリカのヴォーカリスト。
そして、ワッツが最初に聴いたジャズ、アール・ボスティックの<フラミンゴ:Flamingo>。

<Lover Man>The Charlie Watts Quintet – Dennis Miller Show (1992)

< Flamingo>Earl Bostick:1954

*参考文献
THE BIOGRAPHY OF CHARLIE WATTS: Life, Career and Death: All You Need To Know About Charlie:
Samuel Sorenson

*GQアメリカ、2012年7月、チャーリー・ワッツ・インタビュー記事
https://www.gq.com/story/charlie-watts-style-interview-rolling-stones-drummer

*ラルフ・ローレンHP
https://corporate.ralphlauren.com

*ジョージ・クレヴァリーHP
https://www.georgecleverley.com

関連リンク
コラム#1.チャーリー・パーカーのストライプスーツ
https://jazztokyo.org/issue-number/no-233/post-18593/
#4.スタイリッシュなバンドリーダー達
https://jazztokyo.org/column/jazz-a-la-mode/post-18739/
#10.ビリー・エクスタインとジョー・ウイリアムスの粋
https://jazztokyo.org/column/jazz-a-la-mode/post-19499/

竹村洋子

竹村 洋子 Yoko Takemura 桑沢デザイン専修学校卒業後、ファッション・マーケティングの仕事に携わる。1996年より、NY、シカゴ、デトロイト、カンザス・シティを中心にアメリカのローカル・ジャズミュージシャン達と交流を深め、現在に至る。主として ミュージシャン間のコーディネーション、プロモーションを行う。Kansas City Jazz Ambassador 会員。KAWADE夢ムック『チャーリー・パーカー~モダン・ジャズの創造主』(2014)に寄稿。Kansas City Jazz Ambassador 誌『JAM』に寄稿。(2016)

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