ジャズ・ア・ラ・モード #59. モダン・ジャズ・カルテットのユニフォーム

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ジャズ・ア・ラ・モード #59. モダン・ジャズ・カルテットのユニフォーム

59. Modern Jazz Quartet in their uniform style
text and illustration by Yoko Takemura 竹村洋子
Photos: Pinterestより引用

モダン・ジャズ・カルテットは、1952年にグループとして、ミルト・ジャクソン(vib:1923~1999)、ジョン・ルイス(p:1920~2001)、ケニー・クラーク(ds:1914~1985)、パーシー・ヒース(b:1923~2005)により結成されたグループである。ミルト・ジャクソン、ジョン・ルイス、レイ・ブラウン、ケニー・クラークは1946年から1950年の間にディジー・ガレスピーのバンドで一緒に演奏していた。1951年ミルト・ジャクソン・カルテットという名前でレコーディングもしており、これがモダン・ジャズ・カルテットの前身となる。
1952年、ベース・プレイヤーのレイ・ブラウンをパーシー・ヒースに変え、ミルト・ジャクソン・カルテットの略称『MJQ』の『MJ』を『モダン・ジャズ』と置き換える。
MJQは1954年頃からコンサート・ホールやナイトクラブでイレギュラーに活動し始め、この頃からケニー・クラークがコニー・ケイ(1927~1994)に変わる。
MJQはスタートした当初、音楽監督をミルト・ジャクソンとジョン・ルイスが担当していたが、その後ルイスがすべての仕事を引き受けるようになる。ルイスは西欧のクラシック音楽とジャズのインプロヴィセーションを融合させることに情熱を注ぎ、それまでの黒人音楽、ジャズにはないサウンドを展開した。(これが結果的にルイスとジャクソンとの決裂の原因にもなるが)MJQのサウンドはビ・バップ、スィング時代のスタンダードナンバーだったが、管楽器を使わずジャクソンのヴィブラホーンを中心とした知的で斬新なアプローチとして評価され、最高に新しいジャズ・アンサンブルとして大きな反響を呼んだ。
ジャクソンのリズミカルで複雑なヴィブラフォーン・ソロはルイスの抑制された一見シンプルな演奏スタイルとは対照的でもあった。1974年、ミルト・ジャクソンがグループを去り、その後数年メンバーたちは別々に活動をするが1981年代には再びグループとして活動を再開した。グループとしての最後の録音は1994年となっている。

近代紳士服の背広(スーツ)は、1920年頃に英国で市民の服として着られていたラウンジ・スーツが始まりだった。背広の前身でもあるフロック・コートの上衣の前裾を丸く裁断したラウンジ・スーツが登場する。これが現在の背広の始まりとなる。
英国、ヴィクトリア王朝時代の男性のファッションは、フォーマル要素が強く堅苦しいものからよりシンプルで活動的なラウンジ・スーツへと変わって、庶民へと広まっていった。
ラウンジ・スーツの特徴は、肩幅は狭く袖山と見頃が一体化したような細い袖がついている。上衣丈は長く、ハイウエストで絞り、4つボタンのシングル・ブレスト。ヒップ周りはゆったりとし、Vゾーンが小さい。トラウザー(トラウザーというのは少し昔風の呼び方で、スラックスは時々使われるが、現在ではパンツが普通。)はノー・プリーツの細身のシルエットで裾はシングルカットの長め。

アメリカでは1849年に既成服が初めて作られた。1867年に現代版のスーツに最も近いアメリカでいうところの背広、『サック・スーツ』が作られた。ラウンジ・スーツはフロック・コートの前裾を切り落としたもの。サック・スーツは長方形の袋(サック)のように、ぶかぶかの袋に袖をつけたようなウエスト周りに絞りの無いシルエットで、両者は服の構造が根本的に違う。

英国で生まれたラウンジ・スーツはセヴィル・ロウの腕のいい仕立て職人たちが注文服として縫い上げたために、アイロンによる立体的な癖取りにより立体的に丸みのある上衣に仕上がった。一方、アメリカのサック・スーツは既製服(レディメイド)として工場で大量生産された。1800年代半ばに手回し式本縫いミシンが完成され、袋のような長方形の単純な型紙を作り、合理的な方法によって既成服産業化していった。

1818年にニューヨークで創業したアメリカ最古の洋服屋ブルックス・ブラザースは、このサック・スーツに工夫と改良を重ね、1901年に『ナンバーワン・モデル』のスーツを完成させた。これが現在のアメリカン・トラディショナル・モデルと呼ばれているスーツの基本形になっている。
ボックス・シルエットで肩幅がやや狭くナローショルダーの3つボタン、段返りの1つ掛けセンターベント。パンツはノー・プリーツ、パイプド・ステムで細身。既製服としてシンプルで軽く、気心地の良さを一番に考えたアメリカ式の機能的でスポーティな背広として完成されている。
1953年にアメリカの国際衣料デザイナー協会が発表してアメリカ全土で大流行したアイビー・リーグ・モデルもサック・スーツがベースになって作られたものである。(#6.マイルス・デイヴィスから始まったアイビー・ルック参照)
今日に至ってもブルックス・ブラザースのスーツはエスタブリッシュメントを始め、多くの人たちに愛されている。そして、アメリカン・スタイルの背広は今でもサック・スーツがベースになっている。

1920年~1930年代、スイング・ジャズ全盛期のミュージシャンの多くはタキシードを着て演奏していた。この頃のミュージシャンは黒人、聴衆はほとんどが白人であり、ジャズ・ミュージシャンはまだ大衆芸人の域を出ていなかった。ニューオーリンズで始まったジャズは1930年代にカンザスシテイへ、1940年代にはシカゴ、ニューヨークへとその中心は移って行った。スイング・ジャズの次に登場したのがチャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーたちによる『ビ・バップ』だった。バップ・プレイヤー達の間ではたっぷりとした分量のズート・スーツが流行した。
ジャズのスタイルで言うと、この時期以降を『モダン・ジャズ』と呼ぶことが多い。

MJQの音楽のスタイルは極めて知的で斬新だった。グループを『MJQ』というネーミングにし、敢えて『モダン・ジャズ』と言い、自分たちの音楽を新しい形とカテゴライズし、それまでのスウィングやバップとは違うという事を示した。
MJQのファッションを見てみると、1951年の発足当初から解散に至るまで、アメリカン・トラディショナル・スタイルのスーツである。特にグレイ系が多い。
1950年代には黒人の公民権運動が盛んになってくる。この時期にMJQのメンバー達がアメリカ独自に発達して来たアメリカン・トラッド・ファッションをユニフォームとして着て演奏していた、ということにも意味がある。
彼らにはアフリカン・アメリカンが作り出したジャズをさらに洗練させ、自分たちの新しい形態の音楽を、自らのファッションのスタイルを通してもアピールする、という狙いがあったのかもしれない。その新しいスタイルこそが、Made in Americaのアメリカン・トラッド・ファッションだった。(ブルックス・ブラザースだったかどうかは定かではない)

また、クラシックのミュージシャン達は観客に対してリスペクトする意味もあり、男性ミュージシャン達は時代を問わず、スーツやタキシードといったきちんとした服装で演奏するのが基本である。
MJQのメンバー達がアメリカン・トラッド・スタイルのスーツを着て演奏していたのは、自分たちの音楽性がクラシック音楽と同様にどれほど格式高いか、アメリカの白人のエスタブリッシュメントと同様、もしくはそれ以上のエリート集団である、という意思表示だったのではないだろうか。

グループ再結成後の1980年代以降はタキシード・スタイルが多い。タキシードは男性の礼服の一つであり、黒の蝶ネクタイを着用するのが最も格式の高いファッションとされている。ジャズ・ミュージシャンがタキシードを着始めたのは、1930年代にベニー・グッドマンをはじめとする白人ジャズ・バンドが台頭し始めてからのことである。MJQのメンバーたちが着る機会が多くなってきたのはクラシックのシンフォニーとの共演が増えてきたからと思われる。

MJQのメンバーは、スーツもタキシードも4人揃って、ユニフォームとして着ている。
ユニフォームを着る、というのはジャズと矛盾しているようにも感じる。ユニフォームの“ユニ:uni”は“単一”という意味であり、ファッションにおいては制服のことを言う。団体、組織の人間と外部の人間とを区別するために、また組織内の序列、職種、所属などを明確に区別するために作られた。同じ服を着ることで、連帯感や忠誠心を強めたりさせる効果があるとされている。軍人、警察官、消防士からスポーツチーム、学校、レストランのウエイターなど、様々な職種で着られている。
音楽シーンで言うと、ニューオーリンズ・ジャズのブラスバンドやスウィング・ビッグバンドには制服があった。人数が多い場合、ユニフォームを着た方が集団としてまとまって見栄えが良い。
MJQのファッションがユニフォームであった事は彼ら4人の持つ音楽的志向が同じ、ということを示しているのだろう。
しかし、もっと自由な音楽表現であるはずの『ジャズ』と『MJQのユニフォーム』とは何か矛盾点を感じてしまう。MJQの音楽はジャズではない、と言う人たちもいるが・・・。ジャズに限らず、どんなアートも型にはまっていない方が面白い。

MJQの写真を片っ端から見たが、4人揃った服を着ているものばかりで、4人がバラバラのスタイルでいるものはほとんど見つからなかった。おそらく意図的に外部には出していなかったのだろう。ミルト・ジャクソンは数枚あった。
オフ・ステージではメンバーはどんなファッションだったのだろうか?
4人全員、アフリカン・アメリカンである事以外、バックグラウンドや演奏する楽器やサウンドも違う。人にはそれぞれ個性というものがある。同じものを着ても人は皆違う。

珍しく、ミルト・ジャクソン、個人で写っている写真、サック・スーツ

蛇足ながら、全く個人的なことを言わせてもらうと、トラッド・ファッション・ファンの方には申し訳ないが、トラッド・ファッションは英国、アメリカを問わず、遊びが少なくやや面白みに欠けると長年感じている。何故なら、型、ルールにはめられたものだから。ルールがあると人は安心できる。型、ルールにはめられた中でどう着るか、ということが面白いという事もあるとは思うが。だが、チャーリー・ワッツが言うように(#50.チャーリー・ワッツのファッション哲学参照)ある程度年齢を重ねた男性が素敵に着こなしているのにはとても好感が持て、清潔感、格式の高さのようなものを感じる。
MJQのメンバーたちは、間違いなく皆、アメリカン・トラッド・スタイルを素敵に着こなしている。

You-tube リンクは<朝日のようにさわやかに:Softly, as in a Morning Sunrise>、タキシードを着用。

<朝日のようにさわやかに:Softly, as in a Morning Sunrise>

*参考資料
・英国流おしゃれ作法:林勝太郎
・One hundred years of Men’s wear: Carry Blackman

竹村洋子

竹村 洋子 Yoko Takemura 桑沢デザイン専修学校卒業後、ファッション・マーケティングの仕事に携わる。1996年より、NY、シカゴ、デトロイト、カンザス・シティを中心にアメリカのローカル・ジャズミュージシャン達と交流を深め、現在に至る。主として ミュージシャン間のコーディネーション、プロモーションを行う。Kansas City Jazz Ambassador 会員。KAWADE夢ムック『チャーリー・パーカー~モダン・ジャズの創造主』(2014)に寄稿。Kansas City Jazz Ambassador 誌『JAM』に寄稿。(2016)

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