ジャズ・ア・ラ・モード #62.キース・ジャレットのミニマリズム

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62. Keith Jarrett’s Minimalism

text and illustration(Keith Jarret) by Yoko Takemura 竹村洋子
Photos: Courtesy of Akiko Jarret, David Taw, Henry Leutwyle and  photographers in ECM, Pinterest, Getty Imagesより引用

新しい年の幕開けには、明るく、希望や夢のあるトピックにしたいと思う。2023年にあたっては、昨年9月にアルバム『ボルドー・コンサート:Bordeaux Concert』をリリースした、4年前に脳梗塞で倒れ、現在療養中のキース・ジャレットを、彼の回復を祈って取り上げようと思う。

キース・ジャレット(Keith Jarrett : 1945年5月8日~)アメリカ、ペンシルバニア州、アレンタウン出身のジャズ、クラシックの天才ピアニスト、作曲家。3歳よりピアノのレッスンを始め幼少期はクラシックの教育を受けたが、ハイスクール時代からジャズに傾倒するようになった。卒業後はボストンのバークリー音楽大学に進学し、ジャズピアニストとして活動を始めた。

1960年代にニューヨークへ進出。1965年にアート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズに加わるものの2ヶ月ほどで退団。その後、チャールス・ロイドのカルテットに参加。
1970年、マイルス・デイヴィスのバンドに参加し、1971年の終わり頃まで在籍。この時、『ワイド島・ポップ・フェスティバル』でヒッピーの大聴衆を前でのパフォーマンスを体験している。

1971年、マイルスのグループに在籍中、ヨーロッパ・ツアーで、ドイツ・ミュンヘンの新興レーベルだった『ECM』のオーナー、マンフレート・アイヒャーと出会う。同年、初のピアノ・ソロ・アルバム『フェイシング・ユー』をリリースし、以後50年以上にわたってECMレーベルより作品を発表し続けている。
1970年代、チャーリー・ヘイデン、ポール・モチアンとのトリオにデューイ・レッドマンが加わった『アメリカン・カルテット』を結成。さらにパレ・ダニエルソン、ヨン・クリステンセン、ヤン・ガルバレクの北欧出身のミュージシャンとで『ヨーロピアン・カルテット』を結成。

1980年代、キースはゲイリー・ピーコック、ジャック・ディジョネットとのトリオで再びマンフレート・アイヒャーにより、3枚のアルバムを発表。これが『スタンダード・トリオ』と呼ばれる。

1980年代後半からはクラシック音楽のレコーディング活動を行う。1996年、イタリアでのコンサート中に慢性疲労症群という病に侵され、演奏活動ができない状態に陥ってしまい、療養生活を余儀なくされたものの2年ほどで演奏活動に復帰。以後、精力的に演奏活動を続けたが2017年に再び療養生活に入る。2018年に脳梗塞を2回発症し、左半身麻痺となり、ニュージャージー州、オックスフォードの自宅で療養生活を送っている。

今回、このコラムを書くにあたり、キース夫人のジャレット・顕子さんから、キース自身の事、またキースのファッションについて、おそらく今まで公になったことはないだろうという話を聞く機会を得た。

キース・ジャレットは、世の中の動きや流行に非常に敏感で、物に対するこだわりも極めて強く、とてもお洒落な人だ。そして、本当に良いものがどんな物かという事も熟知している。
デビュー当時の1960年代はアイビー・スタイルが全盛の頃で、キースもアート・ブレイキーやチャールス・ロイドのステージでは他のミューシャン同様にスーツを着ていた。
1960年代後半から1970年代にかけて、マイルス・デイヴィスと一緒に活動を始めた頃は、世の中はヒッピー・ムーブメント全盛期だった。キースもアフロヘアにし、エスニックファッションだった。アフロヘアは、当時のファッションの流れだったという事もあるが、キースは縮毛なので、髪を切らないでそのままにしておいたら、パーフェクトなアフロになってしまったらしい。

そんな流行に敏感なキースのファッションを一転させる出来事があった。
キースはオートバイや車が大好きだ。若い頃に、立ち往生した車を押した時に、背中を痛めた。キースの演奏スタイルは独特である。きちんと椅子に腰掛けてお行儀良くピアノを弾くのではなく、立ち上がったり、体全体を使い全力で演奏に臨む。この激しい動きが背中の痛みをさらに悪化させ、コルセットをはめて演奏するようになった。ツアーも、365日専属のカイロプラクターを雇って同行させ、キース専用のテンピュールのマットレスと枕5つを持って移動していた。
余談だが、キースはピアニストである。ピアニストに指が特徴があるのは当然の事だが、筆者がキースのイラストを描いている時、彼の指の節が太く、指の腹が非常にユニークな形なのに気づいた。顕子夫人曰く『カエルのお腹』のような指だそうだ。それだけ全身の力を指の腹に込めてピアノの演奏で酷使しているという事だ。

1989年、日本の八ヶ岳高原音楽堂で行われた『バッハ:ゴルトベルグ変奏曲』を演奏する時にはハープシコードを使った。キースはハープシコードだけは自分で調律を行う。調律の際、ハープシコードの中を覗き込んだ時に右の首筋をひどく痛めてしまい、調律中にもその痛みはどんどん悪化していったようだ。以来、右肩に何か重いものが触ると痛みが出るようになった。
そして1996年に発症した慢性疲労症候群(Chronic Fatigue Syndrome)はその痛みをさらに悪化させたようだ。慢性疲労症候群とは身体診察や臨床検査で客観的な異常が認められない状況で重度の疲労が長く続くという症状で、集中力、記憶力の低下、筋肉痛、関節痛、頭痛、胃腸過敏などの症状が現れる難病である。顕子夫人によると、キースの人生は、『痛みとの戦い』だという。

キースは右肩の痛みに対処するように、右肩の神経にできるだけ触らないようなデザインの服を着るようになった。キースの普段の服装の基本はTシャツにジーンズ。Tシャツは右の首筋の神経に触らないように首ぐりを楕円にカットしたものを着ている。
筆者はキースのTシャツはネックホールが広く、ボートネックのTシャツを着ているのかとずっと思っていたが、そうではない事を顕子夫人から聞き、驚いた。
日常でも、コンサートでも、キースの服装は軽くてソフトな素材の着やすい物が基本。シルエットは、やや体にゆとりを持たせたものが多いような気がする。
1980年代のスタンダード・トリオの頃には髪は、もう短くカットしている。

コンサートはシャツ&パンツで臨む。長年に亘り、ツアーの後はニューヨークのリッツ・カールトンに数日滞在してからオックスフォードの山奥にある自宅に帰る、というパターンだった。シャツは数十年に亘り、ホテルの近所のセレクトショップで購入していたが、ほとんどは『アスコット・チャン』でシルクのシャツをオーダーしていた。
『アスコット・チャン(Ascot Chang)』は香港のシャツメーカー。ジョージ・W・ブッシュ、レオナルド・デカプリオ、アンディ・ウォーホールなどのセレブリティたちにも愛されていた。ハイ・クオリティで丈夫、軽量。わずかにドロップショルダー、ややゆとりのある美しいシルエットと良いバランスと、質の良い天然素材の持つ快適さを備えたシャツ、と言われる。

キースが好きな色は黒、白、赤、ブルー、グレイシャツにはウーステッド・ウール(梳毛)の軽い素材のパンツを合わせる。赤は自宅の壁やスタジオの外壁にも使うほどお気に入りらしい。

夏のフェスティバルにはブルーのエスニック調の柄のシャツを羽織るように着るのがお気に入りのようだった。これは、東京滞在中、紀尾井町にあるセレクトショップで購入したもの。キースは、気に入ったものがあると同じパターンで色違いを何枚も買い求める、という買い物癖があるようだ。

レザーやカシミアのセーターなども好きだったようだが、ここ10年程は痛みのため重いものは着られず、冬場の外出時には軽いダウンを着る。
キースは、若い頃からオートバイ好きで、レザー・ジャケットには目がなかったようだ。ある時キースは、街中のブティックのショウウィンドウにあった、レザーのライダース・タイプのジャケットを見つけ、どうしても欲しくなったらしい。顕子夫人は、「それは素晴らしい手触りで軽く、良いものでしたが、馬鹿らしい程に高く、着る機会もないし、右肩の痛みがあるからもう着れないので買わないで~!と思っていました。でも、諦めきれず、とうとう手に入れてしまい、今はタンスの肥やしになっています。昔の思い出が蘇ってどうしても手に入れたかったんでしょう。」と語っていた。レザー・ジャケットはマンフレート・アイヒャーと一緒によく買いに行っていたようだ。

眼鏡は『リンドバーグ(Lindburgh)』。リンドバーグはデンマーク製で、軽く、柔軟性が高く、フィット感にも優れた眼鏡として知られている。アルマーニ、エリック・クラプトン、ビル・ゲイツほか、日本の岸田首相もデザインは違うが愛用している。創立者のヘンリック・リンドバーグは「朝から晩まで眼鏡をかけていても、それがリンドバーグの眼鏡ならかけていることさえ忘れてしまうだろう。」と言っている。

キースは1980年代にはアルマーニをはじめとするブランド品も多く買っていたようだが、ここ10年程はほとんど買い物はしていない。ファッションも以前のように興味を持ち追っかける事はなくなった。
ジャレット夫妻はニュージャージー州オックスフォードの人里離れた郊外で、テレビもインターネットもない生活を送っている。キースは外部との接触を最小限にし、ひたすら自分の音楽に集中し、痛みと闘いながら生きることに一生懸命だと、顕子夫人は語っていた。

キースのファッションは、Tシャツ&ジーンズ、シャツ&パンツといったシンプルなスタイルが基本になっており、それはキースの痛みを回避することから生まれた、と夫人は言う。しかし、それは単に機能を追求したシンプルなファッションということではなく、キースの溢れる才能、知識、技術、知性、情報など多くの事から生み出された、キースのエッセンス、『キースの究極のミニマリズム』と言えるだろう。それが『天才キース・ジャレットのダンディズム』なのだ。

今回のコラムを書くにあたり、多くのプライベートな情報を提供して下さり、写真の公開まで許可して下さった顕子夫人に深く感謝すると共に、キースのさらなる回復を願う。

*イラスト:キースと顕子夫人がイラストを見て笑った、キースの節が太くカエルのお腹のような指の腹

You-tubeリンクは、東京での演奏、<ドーント・ウォーリー ・アバウト・ミー:Don’t Worry ‘Bout Me >2002年。黒のシャツとパンツ姿。

<ドーント・ウォーリー ・アバウト・ミー:Don’t Worry ‘Bout Me >

*参考文献
・ECMの真実/The Truth of ECM : 稲岡 邦彌(河出書房新社)

竹村洋子

竹村 洋子 Yoko Takemura 桑沢デザイン専修学校卒業後、ファッション・マーケティングの仕事に携わる。1996年より、NY、シカゴ、デトロイト、カンザス・シティを中心にアメリカのローカル・ジャズミュージシャン達と交流を深め、現在に至る。主として ミュージシャン間のコーディネーション、プロモーションを行う。Kansas City Jazz Ambassador 会員。KAWADE夢ムック『チャーリー・パーカー~モダン・ジャズの創造主』(2014)に寄稿。Kansas City Jazz Ambassador 誌『JAM』に寄稿。(2016)

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