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Jazz à la Mode 竹村洋子No. 308

ジャズ・ア・ラ・モード # 67. クラシックなオーバーコートを着たジャズメン

67. Jazz Men in overcoats
text and illustration(Dizzy Gillespie in his young age)by Yoko Takemura 竹村洋子
Photos: Over Time The Jazz photographs of Milt Hinton, Pinterestより引用

東京の12月初旬は、そろそろオーバーコートを着始める始める頃だ。
『オーバーコート』。懐かしい響きの言葉だ。今は略して、『コート』と呼ばれることが多い。外気が冷え、寒い時に防寒のために着用される衣服のことをいう。保温性が高く暖かい衣服であることが一番重要だ。毛皮、皮革からウール、カシミア、キャメル、モヘア、ツイード、またウールと他の素材との混紡などが表地で、裏地がついているのが一般的である。

オーバーコートの基本は『体を寒さから守る』ことである。
暖かく、機能性を追求したものでは、ピー・コートやダッフル・コートといった漁師達が船上で仕事をするときに着るものがある。防寒着として完成されており、コートの一つのスタンダードとなっており、現在でも男女を問わず、多くの人たちに愛され続けている。

17世紀後半のジェストコール
19世紀中頃、チェスターコート。

社交服としてのコートは17世紀後半にイタリア、フランスの上流階級の人々に着られたジェストコール(justaucorps)がコートの始まりと言われている。これが後に、男性の各種コートスタイルに変化した。フロック・コート、テール・コート、モーニング・コート、などにつながっていく。
オーバーコートは、19世紀には男性の外衣として一般的になり、日本でも洋装文化が一般的になると共に着られるようになった。19世紀の中頃、着られる様になった代表的なコートに、チェスターフィールド・コート(chesterfield coat)がある。チェスタフィールド・コートとは、丈がやや長めの膝ほど。見た目はフロックコートや背広に近いがフォーマル的な要素が強い。19世紀に英国の第6代チェスターフィールド伯爵が流行させた事が名前の由来と言われている。テーラード・ジャケットと同じように襟の形が特徴的なロングコートのことを言う。このコートは富の豊かさ、権力など、ヒエラルキーを表すためにも着られた。現在では、主にビジネスシーンで着られるようになった。

オーバーコートのデザインは時代によって変化してくるが、通常、脹脛丈をロングコート、膝丈をハーフコート、腰丈をショートコートという。シルエットはメンズの場合はほとんどがストレート。フロントはボタン留めのシングル、ダブル打ち合わせやシングル打ち合わせの比翼仕立て、ウエストをベルトで縛るラップ・コートなどが一般的だ。

ミュージシャンの写真というのは、ほとんどがステージで演奏中のものだ。寒いアメリカの冬のオフ・ステージで、皆どんな物を着ていたのだろうか、と言う興味でこのテーマを取り上げた。
注目したのが1940~1950年代のジャズ・ミュージシャン達のオーバーコートである。彼らは、ステージ上はスーツを着て演奏していた。そのスーツの上に着るオーバーコートである。やはり、ミュージシャン達は、スーツに合ったクラシックなスタイルのロング丈のオーバーコートを着ている。
音楽的にはスイングからバップに変わろうとしている頃だ。スーツも、ダブダブのズートスーツから、小洒落たアイビー・スタイルが台頭し始めた頃だ。

コートのスタイルとして目につくのは、チェスターフィールド・コートとそれに類似したスタイルのもの。そしてステンカラーのシンプルなストレート・シルエットの、いわゆるステンカラー・コートと呼ばれるものが目立つ。
ステンカラー・コートは後ろの襟腰が高く、前のあき止まりが低く、襟先が四角いデザイン。1950年代に流行ったアイビー・スタイルのアイテムとして挙げられるかもしれない。日本でも1950年代半ばにアメリカから入ってきたアイビー・スタイルのビジネス・コートとして流行った。ラグラン・スリーブが基本だが、セットイン・スリーブのスクエアなシルエットも人気がある。(*セットイン・スリーブは着る人の肩幅の肩先から袖をつけたもの。ラグラン・スリーブは襟ぐりから袖下にかけて斜めに切替を入れ方を一続きにした袖のこと。)

アメリカで既製服の生産が始まったのは1800年代半ばなので、ここに登場するミュージシャンたちのコートは、数人を除いて、ほぼ既製服と言って間違いないだろう。しかし、当時のオーバーコートは、素材も厚手でコートの芯地もきちんと貼ってあり、現在では考えられないほど厚く重いものだったに違いない。ロング丈ならば尚更のことだ。

ロングコートのバランスの良い着こなしは、まず重たい生地を背負っているように、またズルズル引きずっているように見えない事だ。コートの重心を高めに設定し、重たく見せるのを避ける事。襟元に目がいくことも重要だ。先に述べた、ショルダーラインは大事なポイントだ。かっちり見えるか、ソフトに見えるか、着る人の全体の印象を大きく左右する。
この当時、帽子は必須アイテム。帽子があるとないとでは着こなしの洗練度、存在感がまるで違う。スタイリッシュなソフト帽は全体のスタイルを野暮に見せない。マフラー、手袋といった小物も重要なポイントだ。
ポケットには、シルエットが崩れるため、あまり物を入れないのが基本。それに拘らないジャズメンは、お財布でもタバコでもマウスピースでも何でも入れてコートをバッグ代わりにしていただろう。

デューク・エリントン、ツィードのステンカラーコートのお手本のような着こなし。

ミュージシャンを見ると、コートも着こなしも圧巻なのは、やはりデューク・エリントン。見るからに、ハイクオリティなツイード素材と仕立ての堂々たるスタイルである。これはオーダーメイドだろう。ステンカラーで、セットイン・スリーブのロングオーバーコートだが、肩は少しナチュラルで体の大きさの割に重々しさがない。
そして小物のスカーフとソフト帽も忘れていない。
MJQのメンバーもミルト・ジャクソンを始め、オーダーメイドだろう。ファッション誌に掲載されてもおかしくない程美しい。
コールマン・ホーキンスは質の良いものを着ているが、他は、皆、似たり寄ったりの既製服だ。素材もウールのモッサあたりが多かったと察する。晩年のチャーリー・パーカーは、ヨタヨタのラグラン・スリーブで、如何にも垢抜けない。

マイルス・デイヴィス、ジミー・コブ、ポール・チェンバース(L→R)

1960年代以降、超ビッグなシルエットなもの、1970年代にはウエストのシェイプを強くしたものなどが登場した。マイルス・ディビスは真っ先に着ている。この頃までにはオーバーコートのデザインのバラエティも増えた。そしてダウンコート(#54、ビリー・ホリデイのスキー・ウエア参照 )もコートの一つとして登場して来る。一時、このダウンコートの台頭によってウールのオーバーコートを着る人は減少したが、2000年代に入ってから、またファッションのクラシック回帰という傾向もあり、男女を問わずウールのロング・オーバーコートがリバイバルしているようだ。

最後に、ロング・オーバーコートがジャズ・シーンにおいて如何に重要だったかという話をひとつ。オーバーコートは本来、防寒が主なる目的である。アメリカ禁酒法の時代(1920~1933)、オーバーコートは男物、女物を問わず、防寒以外にも大変重要な着用目的があった。

1920年代、ロングコートの下に闇酒を隠した女性(アメリカン・ジャズエイジより引用)。

禁酒法の全盛期は1920年代で、もぐりの酒場(スピーク・イージーと呼ばれた)は非合法に酒を売る店として大いに流行った。酒場には堂々と酒を持ち込めないわけだから、ウィスキーやジンのラベルを別のものにし、オーバーコートの内側に沢山つけたポケットの中に闇酒の瓶を隠して売っていた。シガレットガールがベビードールにタイツ姿、上にオーバーコートを羽織って、甘い言葉で男性に近寄り、テーブルに身を屈めて闇酒を売っていた姿など、想像してみて頂きたい。
男性も同様にして、コートの下に酒を隠して売っていた。初めは隠した酒の瓶で体は膨れて大きく見えたが、酒が売れ始めていくと、その体はスリムになって行った。というのは本当の話だ。

 

You-tubeリンクはオーバーコートと結びつく演奏が全くないので、素敵な着こなしのデューク・エリントンに敬意を評して、コートのように重い<ムード・インディゴ>で、1952年のパフォーマンス。

*参考文献
・アメリカ・ジャズエイジ:常盤新平(集英社・絶版)
・英国流おしゃれ作法:林勝太郎(平凡社)

竹村洋子

竹村 洋子 Yoko Takemura 桑沢デザイン専修学校卒業後、ファッション・マーケティングの仕事に携わる。1996年より、NY、シカゴ、デトロイト、カンザス・シティを中心にアメリカのローカル・ジャズミュージシャン達と交流を深め、現在に至る。主として ミュージシャン間のコーディネーション、プロモーションを行う。Kansas City Jazz Ambassador 会員。KAWADE夢ムック『チャーリー・パーカー~モダン・ジャズの創造主』(2014)に寄稿。Kansas City Jazz Ambassador 誌『JAM』に2016年から不定期に寄稿。

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