風巻隆「風を歩く」から Vol.38「神蔵香芳さん~音のある風景 」
text: Takashi Kazamaki 風巻 隆
踊りの神蔵さんと初めて会ったのは、1983年の秋、福見くんという友人が企画した早稲田大学の学内のイベントで、鈴木和彦というダンサーと一緒に即興のパフォーマンスをしたときに、当時まだ学生だった彼女がお客さんとして来てくれ、打ち上げで「とても不思議で、面白い音でした。」といった話を一緒にした。彼女はボクの手帳に住所を書いてくれ、それからはモダンダンスのサークルの公演や、美術展でのパフォーマンスなどの機会があるとチラシを送ってくれていた。
初めて共演したのは1988年の3月、ボクが企画して横浜・大桟橋ホールで行った「デュオ・インプロヴィゼーション・ワークショップ」で、20分程の即興的なパフォーマンスを行った。その前年から彼女は本格的にソロ公演をはじめ、大倉山記念館ギャラリィでの「花粉」という公演のチラシでは、手書きの文字で「ふとした瞬間に、自分が空気のなかに溶けていくのがみえることがある。そんなとき、ちいさい個にすぎないわたしが、かぎりなくおおきくなれるような気がする。」と書いていた。そう、彼女の踊りは、フォルムを作ったり何かを演じるようなものではなく、空気に溶けていくようなものなのだ。
神蔵さんと長尺の公演を初めて行ったのは、翌89年の明大前・キッド・アイラック・ホールで5日間にわたって行われた「Dancing Image」というダンスと音楽の即興パフォーマンスのフェスティバルだった。毎回、客席や舞台の形状を変化させて5つの公演を形にしていったのだけれど、その3日目、金曜日の夜にターンテイブルの大友良英とのトリオという形でその公演は行われた。大友さんも88年の大桟橋での二日間のフェスティバルにも参加していたし、ジャズやノイズミュージックを横断する幅広い活動をその頃には始めていて、東京の即興音楽シーンに新しい風を吹き込んでくれていた。
92年には「DUOS」、93年春にはオランダから来日したバリトンサックスのアド・ペイネンブルグとのトリオで「空に近づく方法」、また秋には二人で「すべての種の目覚めるところ」といった作品をキッド・アイラック・ホールなどで発表していく。また、その直後には伊丹・アイホールでの2日間にわたる音とダンスのコラボレーション企画「I & I VIBRATION」に二人で参加する。岩下徹+梅津和時、山田せつ子+藤枝守という三組が参加したこの企画では、神蔵香芳(かんぞう・かほう)がダンスの世界での若手の注目株であることを印象付けた。ダンスと音楽が等身大で向き合うこの企画は、豊穣な時間が流れていた。
94年、そうした神蔵さんとのコラボレーションをもっと発展させていきたいという思いから、「音のある風景」というタイトルで、二人で多くの地方公演を行った。音楽もそうだけれど、ダンスの公演は東京や関西にかたよっている。照明や音響設備、床材のリノリウムといったものが揃った場所で踊りたいというダンサーが多いということなのだろうけれど、そうしたダンスの「あたり前」からはずれたところで、この「音のある風景」は行いたかった。まず、プロモーションのための写真を写真家の小畑雄嗣さんに撮影をお願いすると、調布の飛行場へ行き、枝を剪定した木が林立する広場で写真を撮った。

この企画に真っ先に反応したのは大分の若い美術家だった。大分では現代美術家の風倉匠さんを中心に若いアーティストやミューシャンが集まっていて、85年には湯布院・塚原の高原で「MUSIC LANDSCAPE」という現代音楽とJAZZのオールナイトフェスティバルが行われ、ボクもサックスのダニー・デイビスとのデュオで出演したことがあった。今回、神蔵さんとの「音のある風景」を請けてくれたのは、そのフェスティバルにもスタッフとして参加していたムッちゃんこと橋本睦子さんで、大分「かんたん倶楽部」での公演や、湯布院「クアージュゆふいん」などでのパフォーマンスを設定してくれた。
4月28日、ほぼ1日がかりで大分へ。29日はお昼ごろに由布院へ着く汽車に乗り、1時過ぎから新しくなった由布院の駅の駅中の広場のような場所で、まずさらっと45分程パフォーマンスを行う。ゴールデンウィークで観光客も多く集まるなか、地元有志のアート委員会(ART NOW)の方がそうした機会をセッティングしてくれた。その後には「クアージュゆふいん」という温泉施設へ行き、そこでも野外の広場で1時間ほどのパフォーマンスを行う。そうしたボクらの新しい試みを、写真家の高倉幸生さんが記録に残してくれ、「天井桟敷」という落ち着く茶房で、安心院(あじむ)の赤ワインを飲む。
30日は何もしなくていいゆったりとした時間があったので、バスに乗ってワインの産地・安心院へ行ってみる。どこかに、のんびりとできるテラスのようなものがあって、ワインをいろいろ味わえればいいなと勝手に思っていたりしたのだけれど、何の下調べもなしにいきなり出かけたこともあって、酒屋にいくつか地元のワインがあったものの、わざわざ出かけたわりにはめぼしい成果はあげられなかった。それでも車窓から見える田舎の景色は、心を癒すものがあったし、旅に出たことで得られる自由な時間というものはとてもありがたいもので、好きに時間を使えるということをただ楽しんでいた。
その日の夜、大分での二人の公演は「かんたん俱楽部」というフェリー乗り場の近くの倉庫を改装したようなスペースで行われた。長方形のスペースの長辺の壁に沿って、それぞれ2列の客席を作り、中央に細長い舞台を作る。今回、ボクは楽器を固定せずに、自由に動き回れるようにしたかったので、神蔵さんの動きというものに合わせながら、自分の立ち位置というものを考えていく。舞台照明もなく、客席もほんのり明るいまま、ボクらのパフォーマンスは多くのお客さんが左右から見つめる中でたんたんと進められていった。演者が間近に見られるので、お客さんの反応もすこぶる良かった。
このツアーに出る数日前、吉祥寺の「大原商店」という雑貨屋で西アフリカの木琴「コギリ」を見つけて、これは面白いと思って衝動買いしていた。アフリカの民族音楽にはずっと興味があったけれど、アフリカ音楽をやろうと思ったわけではない。あくまで叩けば音が出る一つの打楽器の一つとしてコギリを自分なりに使っていけないかと考えていた。神蔵さんとのデュオは、自分にとって新しい実験ができる場所でもあった。木琴には当然「音階」があるわけだけれど、コギリのそれはけしてドレミではない。あたり前の音楽からちょっと離れた不思議なその音色は、神蔵さんの踊りとの親和性があった。
大分での公演の成功もあって、各地の友人・知人に「音のある風景」の公演を依頼すると、福井、福島、花巻の友人達が企画に名乗りをあげてくれた。7月30日は福井の「人形と語り座あとりえ」、神蔵さんの友人の笠井くんが中心となって、ボクが87年にソロでツアーしたときに公演を請け負ってくれた石倉さんらとチームを組んでくれ、新聞社や放送局の後援や、地元の企業で世界的なメガネフレームメーカー「シャルマン」の協賛も取り付けてくれた。納屋を改造したという古くからの芝居小屋のような風情のある舞台での公演には、ダンスのファンをはじめ、多くの若者が詰めかけてくれた。
8月7日は福島・梁川の「コスモス コロシアム象(ショウ)」。福島在住の舞踏研究家の星野共さんの紹介で、福島から阿武隈急行線で30分程離れた梁川という小さな町の駅からスグの、おそらく普段は天井の高い普通の喫茶店なのだろう、椎名さんという元気なママさんがとりしきるイベント空間で二人の公演が行われた。背の高い脚立に乗って神蔵さんが照明を調節するのを、下で脚立を押さえて支えていた時間を今でも鮮明に覚えている。はじめての場所で、これといった舞台もない場所でどうやって作品を作っていくのか…、その場所をアレンジすることから二人の作品は始まっていた。
8月11日はいわて花巻空港の近く、花巻・葛にある「勇作殿(ゆうさくど)青雲庵」という日本画家・井堂雅夫さんのアトリエで、古い友人の鎌田万里さんの企画で行われた。また、ここでも写真家の鈴木敏明さんにお願いして写真を撮ってもらう。築200年という古民家、広い土間や、囲炉裏のある広い畳部屋は真夏の午后でも日射しが入り込まないので涼しい。そのスペースの風情は、「遠野物語」の座敷童や河童がでてくる民話の世界のようだ。宮沢賢治の詩や童話は昔よく読んでいたので、花巻でパフォーマンスをするということは、若い頃感じていた漠とした思いと向き合うことでもあった。
8月19日、「音のある風景」の夏のツアーのラストは、佐渡・小木の木崎神社の境内で、和太鼓集団「鼓童」が企画した「アースセレブレーション94」へのフリンジ参加というものだった。午後の4時からという時間帯は、メインのコンサートが夜に行われるからなのだろうけど、夏の夕方、セミの鳴き声がこだまして、緑のあふれる神社の境内でタイコを叩くのは楽しいものだったし、入場無料でもあったので多くのお客さん達が遠巻きに観てくれていた。神蔵さんのご親戚が佐渡に暮らしていることもあって、神蔵さんの弟君の運転する車で、神蔵さんの友人達と行動を共にすることも楽しかった。
その夏のツアーの余韻がまだ残っている9月2日、東京・両国の「シアターX(カイ)」で、ボクらは「MAM DAD GOD」という作品を上演した。第1回シアターXインターナショナルダンスフェスティバルに参加するもので、これもまた即興的な作品ではあったけれど、さまざまな場所で、さまざまなやり方で舞台を作ってきた経験が、確かな作品として結実していくのがよくわかるような舞台になった。その秋、10月15日に栃木市大平町の和風庭園で、23日には上田の「信濃デッサン館(槐多庵)」で神蔵さんとパフォーマンスを行う。こんな風にツアーで地方を飛び回るのは、この年が最後になった。
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